拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と帰らずの沼地 後編

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『ふ、うぁっ!』

 抜けた刀の先で鮮血がぬらりと光った。スイの腹部右側に滲んだ血が広がっていく。

『ハ、ハンターシュウ……?』

 傷が放つ熱と激痛に襲われながら、スイは驚愕の表情でシュウを見上げる。血に濡れた刀を携えるシュウの唇は弧を描いたままだ。
 肌がピリピリとする感覚に、殺意が向けられている事を理解する。

『ハンターシュウ……っ!』

 悲痛な声でシュウを呼ぶスイの視界が滲んだ。刺された傷以上に激しく痛む心が悲鳴をあげる。

『私です、スイです! ハンターシュウ!』

「…………」

『くっ……!』

「――!」

 刀を振り上げたシュウは、躊躇いなくスイに向けて振り下ろす。スイと解っていて刃を向けている。その事実が更にスイの心を抉った。
 コハクの声が聞こえた気がしたが、スイの耳はそれを言葉ではなく音としか認識しなかった。

『(な、治せない……!)』

 治癒魔法を発動させようとするが魔力が霧散した。激しい動揺で集中力が維持出来ない。
 スイはショートソードを右手で構えると、左手をアイテムポーチに突っ込んで上回復薬を取り、歯で蓋を開けて傷にかけた。瓶を乱暴にポーチに仕舞い、眼前に迫った刀を受け止める。

『…………?』

 耳に響いた音、手に伝わる衝撃。それらに違和感を覚えたが、その正体を探る間もなく二撃目、三擊目が襲ってくる。受け止め、或いは躱しながらスイはシュウに語りかける。

『ハンターシュウ、止まってください! 話を……!』

 止まらない。突きが繰り出され、スイの左頬と耳朶が裂けた。

『い、いつからなんですか……? いつから私を殺したいと思っていたんですか……!?』

 止まらない。薙ぎ払いをぎりぎりで避けると、髪が何本か宙を舞った。
 跳び退き、シュウから距離を取ったスイが叫ぶ。

『ハンターシュウ!! 答えてください!!』

 ――かつての仲間に裏切られる……無くはないのですよ――
 ――ハンターとして情に囚われずに殺せるのか――
 ――それとも個人の感情に囚われて自身や相棒の命を危険に晒すのか――
 ――精神の在り方は、時に命に関わります――
 スイの頭の中でシンシアの言葉がいくつも甦り、ぐるぐると回っている。

『(解ってる……! それでも……)』

 未だに一言も返さないシュウにスイは涙で頬を濡らし、震える声で自分の意思を伝える。

『……私は、あなたと戦いたくありません……』

 しかし、無情にもシュウはゆるりと刀を携えた。

『……避けられないんですね……』

 ――自分と仲間の命を重く見てください――
 シンシアの言葉が、コハクとザクロの存在が、スイに非情な決断を迫る。

『……戦わなくちゃ、いけないんですね……』

 重く感じるショートソードを構えて、絶望と涙に滲んだ眼でスイはシュウを見据えた。そうする事・・・・・を拒絶する心と身体を、無理矢理押さえ込んで。

『――うわぁぁぁぁぁっ!!』

「…………!」

 相手を傷付ける為に、二人同時に踏み込んだ。四肢と武器の長さにより、シュウが先に仕掛けたがスイは体勢を低くして避ける。
 立ち上がりざまにシュウ目掛けてショートソードを振り抜き、シュウの太腿を斬った。

『……ハンターシュウ?』

 違和感が再び顔を出す。
 シュウはこんなに容易に傷を負わせられる相手だろうか。
 西大陸にいた時よりも強くなった自覚はある。それでも記憶の中のシュウと真正面から戦って、たったの一撃でもまともに食らわせられる様子が、スイには想像出来ない。
 
『…………!』

 疑いを持って努めて冷静に相手を見れば、違和感が強まった。
 戦いながらスイの眼がシュウの脚に向いた時、疑念は確信へと変わる。
 斬った太腿から血は流れておらず、足元の泥を荒らす跡は人のものではない。所々でうねり、先に向かって細くなるそれは、まるで木の根のように見えた。

『(……人じゃ、ハンターシュウじゃない!)』

 頬を流れた涙は、安堵からか、それとも怒りか。
 迷いが晴れたスイがショートソードを構え直すと、二人を囲う霧の中に何かが飛び込んで来た。

《グルァァァァアッ!!》

 咆哮と共にコハクがシュウに襲いかかる。
 鋭い爪を伸ばす強靭な前足が、シュウの顔を泥濘るんだ地面に叩き付けた。

「ゲシャッ!?」

 人間とは思えない声が聞こえてスイは目を見張る。
 シュウを押さえつけたまま、コハクが鼻を動かした。

《……うん、シュウじゃない。匂いが全然違う。ザクロ、お前にはこいつは何に見える?》

「木ノモンスター」

『! やっぱり認識阻害……いや、幻覚……?』

「ザクロ、迷いの森の時みたいにオレとスイに掛けられてる状態異常を解けるか?」

「ヤッテミル! ンート、ンート、目ヲ覚マセー……ピュルルルル!!」

 ザクロの声が沼地に響き渡る。
 視界と頭の中が鮮明になったスイは、コハクが押さえつけているものに眼を向けた。

『……ハンターシュウじゃ、ない……』

 太い幹に、人の顔のように見える皺。根と枝をうねらせて逃げようと悶える、泥にまみれたマンイーターの姿がそこにあった。

「マンイーターだけじゃないぞ。何か変な奴もいる」

 よく見るとコハクの前足の下、マンイーターとの間に何かが挟まって蠢いている。花を咲かせた二股の根の植物だ。

「ヒャアア……」

『マンドラゴラに似てるけど、あれは花は咲かない筈……。でも何処かで見た事が……』

 アイテムポーチの中にレイラから貰ったモンスター図鑑があるが、マンイーターの生息地の中で悠長にページをめくる余裕は無い。

「霧はマンイーターが出してるのを見たぞ。此処に来るまで幻覚は見なかったから、マンイーターがシュウに見えたのはこいつのせいじゃないか? ……プシッ!」

「花粉ガ出テルネ。何カ嫌ナ感ジスル」

《面倒だな。気絶スタンさせるか》

 コハクが強めに威圧の咆哮をあげると、マンドラゴラに似たモンスターはくったりと脱力する。それを袋に入れたスイはショートソードをマンイーターに振り下ろした。

「ゲェェ……!?」

 幹が深く抉れ、とろりと零れ出てくる樹液をスイはしゃがんで無言で瓶に集める。コハクの威圧とスイの一撃で意識がほぼ無いマンイーターは、抵抗出来ずにぴくぴくと動くだけだ。

『…………』

 必要な量を採ると、スイは蓋を閉めてアイテムポーチの中に瓶を入れて立ち上がった。

《もういいのか?》

『うん』

《こいつはどうする?》

『放っとく』

《解った》

「ゴ主人……? 大丈夫……?」

『うん』

 言葉少なく、スイは沼地を横断する。足元が泥から草に変わると、スイはアイテムポーチから魔石に似た石を取り出した。トゥイラから渡された精霊石だ。

『…………』

 霊力を込めずに石を持ったまま、スイはしがみつくようにコハクに抱きつく。

『ハンターシュウを殺す事にならなくて良かった』

《うん》

『……ハンターシュウじゃなくて、良かった……っ! 私、ハンターシュウと殺し合いなんてしたくないよ……!』

 心の底から吐き出された本心に、コハクも心から同意する。

《うん、オレもそう思ってる》
 
 頬を舐めると、コハクを抱きしめる力が強くなった。被毛に顔を埋めて静かに泣くスイをコハクはただ黙って受け止め、ザクロは静かに寄り添う。

『……何でもっと早く気付かなかったんだろ……。今思うと、おかしい所いっぱいあったのに』

 最初に武器を合わせた時、音も手に伝わる衝撃も刀のそれとは違っていた。

《そういう能力だったんだろ》

「何ニモ知ラナイモンスタート戦ウノ、危ナイネ」

『うん……』

 情報は武器であり防具だ。ハンターズギルドで何度も聞いた言葉であり、養祖父母からも口酸っぱく言われたが、再三言われる事には意味がある事をスイは理解した。

《なぁ、スイ》

『うん?』

 スイは少し顔を離してコハクを見た。琥珀色の眼が、スイを映している。

《オレ、シュウは絶対にスイの事傷付けないと思う》

『…………』

 殺意を持って自分に刀を向けたシュウ。本人ではなかったとは言え、その視覚情報はスイの心を深く抉った。

《シュウは、優しいんだ》

『……知ってるよ』

《多分スイの思ってる事とは違う》

『違う? どう違うの?』

《スイが寝てる時、シュウは凄く穏やかな顔で、凄く優しい手でスイの頭を撫でてたんだ》

『…………眼、見たの?』

《いや、ゴーグルで見えてない。それでも穏やかな表情かおをしてるって解った。空気が、凄く柔らかいんだ》

『…………』

 じわりじわり、抉れた傷が癒えていく。
 じわりじわり、また涙が滲む。

《だから、シュウは絶対にスイを傷付けたりなんかしない。ましてや、殺そうとなんてする筈がない》

『……うん』

 スイは小さく頷いた。まだ濡れている目尻を拭う。

『……ライハウァルトに戻ろうか』

《うん》

「ウン」

 精霊石に霊力を込めながら、ふとスイはコハクの全身を眺めた。

《? どうした?》

『コハク、泥だらけだね』

 特に脚が泥にまみれている。胴体に近い部分は乾き始めていた。

《グルゥ……毛が固まる……》

『戻ったら身体洗おうね』

《キューン……!?》

 悲しげな声がコハクの喉から漏れた。
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