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第四章 南大陸
拾われ子VSソウ 後編
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その剣は、近付くだけで切れる。
その魔法は、掠るだけで痺れる。
「(威力が強い。理性はお有りのようだから当たっても死にはしないだろうが)」
右腕を風の刃が切りつけ、左の袖を雷が焦がした。
「(……ただでは済まんな)」
予選、選抜試験、本戦と闘ってきたが、ソウは闘技大会の試合で初めて危機を感じていた。
「スイ選手、水属性は効かないと判断したのか、風属性魔法に切り替えての攻撃にソウ選手は防戦一方となりました! 静かな面持ちで先程までとは別人のような激しさ! 嵐さながらの猛攻です!」
「(好奇心旺盛。穏やかで礼儀正しく、素直な性格に育ったと聞いていたが、いやはや)」
近付くだけで切れる風の魔法剣は受け流す訳にはいかず、距離を取るしか無い。しかし、離れれば風魔法と雷魔法を器用に切り替えながら攻めてくる。
「(怒ると中々に苛烈)」
ソウは、眉を下げて笑みを浮かべた。その笑みは切なげだが優しい。
「全く、血は争えない」
ソウの脳裏に一人の男が浮かぶ。
「(未熟ではあるが、片鱗が見える)」
一瞬、ソウは足を止める。そこを狙って氷槍が放たれたが、氷の盾が全て防いだ。
砕けた氷越しに、群青の眼と視線がぶつかる。来る、と本能が告げた。
「氷棘」
『雷嵐』
下から相手を貫かんと逆さ氷柱がスイに向かって幾つも突き出し、上からはソウの逃げ場を奪わんと数多の雷が降り注ぐ。
「互いに一歩も譲りません! 下から相手を追尾する氷棘と、上空から広範囲攻撃の雷嵐! リングの上でこのふたつの魔法が重なる場所は、氷と雷による檻が出来ています! かくなる私も必死に避けて……ウワァォウ!!」
雷がリポールの二歩右隣に落ち、逆さ氷柱が左足を掠めた。
額と背中を脂汗が流れるが、リポールは笑顔を崩さない。
「ひ、必死に避けていますが、この檻に閉じ込められそうです! 審判人生が長い私ですが、ここまで緊迫する程命の危機を感じたのは久しぶりです! これぞ特等席! これだから審判は辞められません!!」
《普通の人間はあの中、逃げ回れないぞ》
「アノ人間、凄ーイ!」
「プロだな」
ニコラス達のように、リポールのプロ根性に感心する声もちらほら上がる一方で、観客席の興奮はどんどん募っていく。
「いけー! そこだ、スイ!!」
「爺さん! あと一押しだ!」
「スイー! 子どもでも大人に勝てるって所を見せてくれー!」
逆さ氷柱と落雷、そして大歓声。多種多様な音が重なり合い、爆音となる。それが、人々の興奮を更に煽っていく。
「(好機)」
スイのショートソードから、風の魔力が消えた。その瞬間を見逃さずにソウが詰め寄り、刀を振るう。
その一撃を、スイは魔法剣を使わずにショートソードで受け止めた。
『…………』
中老とは言え、呼吸法で強化している事もあって力は弱くない。拮抗する力で微かに震える剣身からは、相手がまだ余力を残している事が伝わってくる。
今のスイには、その余裕が癪に障った。
呼吸を深くして、更に身体を強化する。
『…………!』
「!」
止まっていた刃が、ソウに向かって傾き始めた。
強化されているのは筋力だけでは無い、聴力もだ。聴こえた不快な音に、ソウは目を見開き、笑みを消した。
「それ以上はなりません、スイ様」
『!?』
毅然とした態度でソウはスイを諌めた。様子の変わったソウに、スイの頭が少しずつ冷めていく。
同時に、ソウが止めた理由が説明と共にスイの身体に現れ始めた。
「今の貴女の身体は、まだそこまでの負荷に耐えられませぬ。それ以上の強化は、身体を傷付け成長を阻害してしまう。おやめください」
つぅ、とスイのこめかみや二の腕、太腿を血が流れ、伝い落ちた。
『っ!? くっ!』
驚き、力が抜けかけたスイは押されて慌てて刀を弾く。ソウも引き、二人の間には数歩分の距離が出来た。
「スイ殿は、呼吸法はどなたから?」
『……ハンター、シュウに』
「……シュウ殿から、一定以上呼吸を深くしないよう言われませんでしたか?」
『?』
訝しげに、僅かに首を傾げたスイに、ソウは「なんと」と呟くと溜息を吐いた。
呼吸法は、呼吸の律動や深さで強化具合を調節出来る。血や魔力が全身を巡る速度を上げれば、その分身体は強化されるが、それ相応の負荷も身体に掛かるのだ。
「(……教えなければ、知らなければやる事も無いと思ったのだろうが……子どもの探究心や学習能力を甘く見過ぎですぞ、シュウト様)」
他の呼吸法使用者を見たり、思いつきを実践して覚えた事が、やってはならない事だとしてもそれを教えてくれる者はあまりいない。ひとりで行動する事が多いハンターなら尚更だ。
教えるならば、やってはならない事とその理由まで教えるべきだった。
「(だが、これはこれで儂の役目ですな)」
ソウは、心の中でシュウに語りかけるとスイを見つめた。先程までの苛烈さは薄れ、自分の身体に起きた事に戸惑っている。
「お身体の具合は如何ですか?」
『……平気です。何ともありません』
嘘だ。ソウは即座に確信する。
「(傷付いた血管と裂けた皮膚の痛み、それと急激に掛かった大きな負荷で脱力感に襲われている筈)」
事実、スイの呼吸は乱れている。
ソウは刀を構えた。
「では、そろそろ終わりとしましょう。呼吸はそれ以上深くせず、けれども全力でぶつかって来てくだされ」
『……解りました』
スイもショートソードを構えた。相手を斬り裂く風の魔力では無く、氷の魔力を乗せる。
「……し、静かだな……」
「全然動かなくなったぞ」
「……でも、何か……何て言うんだ、この感じ……」
野次を飛ばすのも、応援するのも躊躇われる。邪魔をしてはならない。一種の神聖さに似たものが、静けさと共にリング上にはあった。
リポールも、実況をせずに固唾を呑んで二人を見つめている。
『……ふっ!』
先に動いたのはスイだった。距離を詰め、ショートソードを振り抜く。
その剣身を、ソウの刀が滑り、いなした。身体を反転させ、裏拳がスイの顔に向かうが空中に創り出された氷の盾がそれを防ぐ。
空いたソウの脇腹にスイが眼を向けた瞬間に、ソウも狙いに気付き、同時に魔法を放った。
『氷砲』
「氷岩」
ほぼ同じ大きさの氷の塊が至近距離でぶつかり、砕け散った。
降り注ぐ氷の欠片の隙間を縫って、ショートソードと刀が振るわれる。
「実にハイレベルな闘い……! 中老の男と、歳若い少女。こんな猛々しく、洗練された動きの闘いを誰が予想出来たでしょうか!? 時折舞い散る氷の欠片も相俟って、美しさすら感じられます!」
『……っ、……ふっ……!』
「しかし、どんな闘いにも終わりは来る! 来てしまう! この闘いの末に立っているのはどちらなんだ!? いつ来るかは判らない、しかし必ず訪れる決着の瞬間を見逃すな!!」
再び盛り上がる観客席からの応援を何処か遠くに感じながら、スイは自身の限界を感じていた。
『(まずい……!)』
力が入らなくなってきた腕と脚の動きは鈍り、振るわれる刃にも重みは無い。
直接刀を当てているソウにも、それは伝わっている。
「(そろそろか。さて、どうするか……今日まで考えても、答えは出なかったが……っ!?)」
スイを止めるか、進ませるか。それを考えたソウは、自分の耳が拾った音に思考を強制的に中断され、驚きに目を見開いた。
聴こえたのは深い呼吸音と、血管が裂ける音。先程よりも強い負荷が、スイの身体に掛かっている。
自発的にか、それとも無理な呼吸法のせいか。スイの眼は群青色ではなくなっていた。
「馬鹿な! 今すぐおやめくだされ!」
スイはやめない。血をリングに滴らせて、身体の破壊を代償にごく一時的な身体強化を得る。
『猛吹雪』
リング上を、吹雪く雪と氷の粒が覆った。
水属性を持つソウを凍らせるには至らないが、視界を塞ぐ事は出来る。
「何も見えません!」と嘆くリポールの声は、魔法と魔道具、それぞれの魔力が干渉してくぐもり、途切れ途切れになった。
「(こんな無茶をなさるとは……いや、これも血筋か。似なくてよい所まで似たものだ)」
ソウは呆れながらも納得すると、感覚を研ぎ澄ませた。
一歩先ですら何も見えない猛吹雪の中では、視覚も聴覚も役に立たない。
「(審判の気配しか感じられない。十二歳でここまで気配を消すのが上手いとは……)」
成長が喜ばしい半面、スイの生まれを知るソウはその成長に複雑な感情を抱いた。
「(……いや、遅かれ早かれ、スイ様は強くならねばならなかった。ただ、そうなる過程が本来歩むべきものとは変わっただけだ)」
そう考えると、憐れむ気持ちも多少薄らいだ。
「(曖昧な記憶とごく限られた情報しか持たなくとも、己の意思で故郷を目指している。それは本能か、それとも我らが龍のお導きか)」
僅かな気配の揺らぎを感知して、ソウはそちらに集中する。スイへ示す道。その答えは出た。
「(水の様にしなやかな強さで、風の様に速く疾り、雷の様な苛烈さと氷の様な冷たさを持っている。その血に宿る気質と、翡翠と燐灰石の眼は紛うことなき一族のもの。そして――)」
猛吹雪の中から、ショートソードが姿を見せた。速いが、直線的で解りやすい軌跡はソウにとって躱すのも流すのも容易い。
しかし、ソウは避けなかった。
「(その顔も、穏やかさも無茶をする所も、紛うことなく、あの御二方のお子だ)」
自分に向かってくるショートソードを、ソウは刀を使わずに受け止めた。右手に刃が食込み、氷の魔力が手を侵食していく。
『なっ!?』
予想外の事に、スイはびたりとショートソードを止めた。
ソウの手の平から血が溢れていくが、すぐに魔法剣の魔力の影響で凍っていく。
スイは慌てて氷の魔力を霧散させてショートソードを引こうとしたが、ソウが強く止めている為に引き抜けない。
『な、何で……!? 貴方なら、避けるのも反撃する事も出来た筈です……!』
「スイ様」
『は――』
ショートソードから視線をソウに向けたスイは、その表情に言葉を失った。
「大きくなられましたなぁ」
感慨無量。目を細めて、慈愛と敬愛の微笑みを浮かべる様は、そう語っていた。
『……あ、なたは……』
その表情を、憶えている気がした。
猛吹雪が止む。冷えきっていたリング上に、熱が戻ってくる。
「審判」
「何でしょう?」
「その拡声の魔道具を貸していただけますかな?」
「構いませんが、少々動きにくく……」
半分以上凍りついているリポールに気付き、『あっ』と小さく声を上げたスイは、慌てて魔力操作でリポールの氷を砕く。
笑っているソウに、リポールが拡声の魔道具を近づけた。
「この試合、儂は退くとしましょう」
『えっ……!?』
スイだけでなく、観客席からも戸惑いと、一部不満の声が上がる。
「良いのですか?」
「えぇ。儂にとってこれ以上無い良い闘いだった。決勝は、これからの時代を担う若者同士の本気を拝見したく。その為にも、儂はここで退きたいのです。観ている方からすれば不完全燃焼かもしれぬが、どうかご理解いただきたい」
ソウの言葉は観客席中に届いた。主にソウと同年代か、それ以上の年齢の者が多く頷き、共感を示す。
リポールは拡声の魔道具を押さえて声が乗らないようにすると、「お気持ち、解ります」と自身も小さく同意した。
咳払いをすると、手を離して試合の決着を宣言する。
「ソウ選手、リタイア宣言によりスイ選手の勝利です! これにてスイ選手は決勝への進出が決まりました! 冷たく、熱き闘いを繰り広げたお二人に盛大な拍手をお願い致します!」
観客席からはスイへの激励だけではなく、ソウの健闘と心意気を称賛する声も多く掛けられた。
示し合わせてはいなかった。だが、二人は同時に深く頭を下げて、観客席に感謝の意を表したのだった。
その魔法は、掠るだけで痺れる。
「(威力が強い。理性はお有りのようだから当たっても死にはしないだろうが)」
右腕を風の刃が切りつけ、左の袖を雷が焦がした。
「(……ただでは済まんな)」
予選、選抜試験、本戦と闘ってきたが、ソウは闘技大会の試合で初めて危機を感じていた。
「スイ選手、水属性は効かないと判断したのか、風属性魔法に切り替えての攻撃にソウ選手は防戦一方となりました! 静かな面持ちで先程までとは別人のような激しさ! 嵐さながらの猛攻です!」
「(好奇心旺盛。穏やかで礼儀正しく、素直な性格に育ったと聞いていたが、いやはや)」
近付くだけで切れる風の魔法剣は受け流す訳にはいかず、距離を取るしか無い。しかし、離れれば風魔法と雷魔法を器用に切り替えながら攻めてくる。
「(怒ると中々に苛烈)」
ソウは、眉を下げて笑みを浮かべた。その笑みは切なげだが優しい。
「全く、血は争えない」
ソウの脳裏に一人の男が浮かぶ。
「(未熟ではあるが、片鱗が見える)」
一瞬、ソウは足を止める。そこを狙って氷槍が放たれたが、氷の盾が全て防いだ。
砕けた氷越しに、群青の眼と視線がぶつかる。来る、と本能が告げた。
「氷棘」
『雷嵐』
下から相手を貫かんと逆さ氷柱がスイに向かって幾つも突き出し、上からはソウの逃げ場を奪わんと数多の雷が降り注ぐ。
「互いに一歩も譲りません! 下から相手を追尾する氷棘と、上空から広範囲攻撃の雷嵐! リングの上でこのふたつの魔法が重なる場所は、氷と雷による檻が出来ています! かくなる私も必死に避けて……ウワァォウ!!」
雷がリポールの二歩右隣に落ち、逆さ氷柱が左足を掠めた。
額と背中を脂汗が流れるが、リポールは笑顔を崩さない。
「ひ、必死に避けていますが、この檻に閉じ込められそうです! 審判人生が長い私ですが、ここまで緊迫する程命の危機を感じたのは久しぶりです! これぞ特等席! これだから審判は辞められません!!」
《普通の人間はあの中、逃げ回れないぞ》
「アノ人間、凄ーイ!」
「プロだな」
ニコラス達のように、リポールのプロ根性に感心する声もちらほら上がる一方で、観客席の興奮はどんどん募っていく。
「いけー! そこだ、スイ!!」
「爺さん! あと一押しだ!」
「スイー! 子どもでも大人に勝てるって所を見せてくれー!」
逆さ氷柱と落雷、そして大歓声。多種多様な音が重なり合い、爆音となる。それが、人々の興奮を更に煽っていく。
「(好機)」
スイのショートソードから、風の魔力が消えた。その瞬間を見逃さずにソウが詰め寄り、刀を振るう。
その一撃を、スイは魔法剣を使わずにショートソードで受け止めた。
『…………』
中老とは言え、呼吸法で強化している事もあって力は弱くない。拮抗する力で微かに震える剣身からは、相手がまだ余力を残している事が伝わってくる。
今のスイには、その余裕が癪に障った。
呼吸を深くして、更に身体を強化する。
『…………!』
「!」
止まっていた刃が、ソウに向かって傾き始めた。
強化されているのは筋力だけでは無い、聴力もだ。聴こえた不快な音に、ソウは目を見開き、笑みを消した。
「それ以上はなりません、スイ様」
『!?』
毅然とした態度でソウはスイを諌めた。様子の変わったソウに、スイの頭が少しずつ冷めていく。
同時に、ソウが止めた理由が説明と共にスイの身体に現れ始めた。
「今の貴女の身体は、まだそこまでの負荷に耐えられませぬ。それ以上の強化は、身体を傷付け成長を阻害してしまう。おやめください」
つぅ、とスイのこめかみや二の腕、太腿を血が流れ、伝い落ちた。
『っ!? くっ!』
驚き、力が抜けかけたスイは押されて慌てて刀を弾く。ソウも引き、二人の間には数歩分の距離が出来た。
「スイ殿は、呼吸法はどなたから?」
『……ハンター、シュウに』
「……シュウ殿から、一定以上呼吸を深くしないよう言われませんでしたか?」
『?』
訝しげに、僅かに首を傾げたスイに、ソウは「なんと」と呟くと溜息を吐いた。
呼吸法は、呼吸の律動や深さで強化具合を調節出来る。血や魔力が全身を巡る速度を上げれば、その分身体は強化されるが、それ相応の負荷も身体に掛かるのだ。
「(……教えなければ、知らなければやる事も無いと思ったのだろうが……子どもの探究心や学習能力を甘く見過ぎですぞ、シュウト様)」
他の呼吸法使用者を見たり、思いつきを実践して覚えた事が、やってはならない事だとしてもそれを教えてくれる者はあまりいない。ひとりで行動する事が多いハンターなら尚更だ。
教えるならば、やってはならない事とその理由まで教えるべきだった。
「(だが、これはこれで儂の役目ですな)」
ソウは、心の中でシュウに語りかけるとスイを見つめた。先程までの苛烈さは薄れ、自分の身体に起きた事に戸惑っている。
「お身体の具合は如何ですか?」
『……平気です。何ともありません』
嘘だ。ソウは即座に確信する。
「(傷付いた血管と裂けた皮膚の痛み、それと急激に掛かった大きな負荷で脱力感に襲われている筈)」
事実、スイの呼吸は乱れている。
ソウは刀を構えた。
「では、そろそろ終わりとしましょう。呼吸はそれ以上深くせず、けれども全力でぶつかって来てくだされ」
『……解りました』
スイもショートソードを構えた。相手を斬り裂く風の魔力では無く、氷の魔力を乗せる。
「……し、静かだな……」
「全然動かなくなったぞ」
「……でも、何か……何て言うんだ、この感じ……」
野次を飛ばすのも、応援するのも躊躇われる。邪魔をしてはならない。一種の神聖さに似たものが、静けさと共にリング上にはあった。
リポールも、実況をせずに固唾を呑んで二人を見つめている。
『……ふっ!』
先に動いたのはスイだった。距離を詰め、ショートソードを振り抜く。
その剣身を、ソウの刀が滑り、いなした。身体を反転させ、裏拳がスイの顔に向かうが空中に創り出された氷の盾がそれを防ぐ。
空いたソウの脇腹にスイが眼を向けた瞬間に、ソウも狙いに気付き、同時に魔法を放った。
『氷砲』
「氷岩」
ほぼ同じ大きさの氷の塊が至近距離でぶつかり、砕け散った。
降り注ぐ氷の欠片の隙間を縫って、ショートソードと刀が振るわれる。
「実にハイレベルな闘い……! 中老の男と、歳若い少女。こんな猛々しく、洗練された動きの闘いを誰が予想出来たでしょうか!? 時折舞い散る氷の欠片も相俟って、美しさすら感じられます!」
『……っ、……ふっ……!』
「しかし、どんな闘いにも終わりは来る! 来てしまう! この闘いの末に立っているのはどちらなんだ!? いつ来るかは判らない、しかし必ず訪れる決着の瞬間を見逃すな!!」
再び盛り上がる観客席からの応援を何処か遠くに感じながら、スイは自身の限界を感じていた。
『(まずい……!)』
力が入らなくなってきた腕と脚の動きは鈍り、振るわれる刃にも重みは無い。
直接刀を当てているソウにも、それは伝わっている。
「(そろそろか。さて、どうするか……今日まで考えても、答えは出なかったが……っ!?)」
スイを止めるか、進ませるか。それを考えたソウは、自分の耳が拾った音に思考を強制的に中断され、驚きに目を見開いた。
聴こえたのは深い呼吸音と、血管が裂ける音。先程よりも強い負荷が、スイの身体に掛かっている。
自発的にか、それとも無理な呼吸法のせいか。スイの眼は群青色ではなくなっていた。
「馬鹿な! 今すぐおやめくだされ!」
スイはやめない。血をリングに滴らせて、身体の破壊を代償にごく一時的な身体強化を得る。
『猛吹雪』
リング上を、吹雪く雪と氷の粒が覆った。
水属性を持つソウを凍らせるには至らないが、視界を塞ぐ事は出来る。
「何も見えません!」と嘆くリポールの声は、魔法と魔道具、それぞれの魔力が干渉してくぐもり、途切れ途切れになった。
「(こんな無茶をなさるとは……いや、これも血筋か。似なくてよい所まで似たものだ)」
ソウは呆れながらも納得すると、感覚を研ぎ澄ませた。
一歩先ですら何も見えない猛吹雪の中では、視覚も聴覚も役に立たない。
「(審判の気配しか感じられない。十二歳でここまで気配を消すのが上手いとは……)」
成長が喜ばしい半面、スイの生まれを知るソウはその成長に複雑な感情を抱いた。
「(……いや、遅かれ早かれ、スイ様は強くならねばならなかった。ただ、そうなる過程が本来歩むべきものとは変わっただけだ)」
そう考えると、憐れむ気持ちも多少薄らいだ。
「(曖昧な記憶とごく限られた情報しか持たなくとも、己の意思で故郷を目指している。それは本能か、それとも我らが龍のお導きか)」
僅かな気配の揺らぎを感知して、ソウはそちらに集中する。スイへ示す道。その答えは出た。
「(水の様にしなやかな強さで、風の様に速く疾り、雷の様な苛烈さと氷の様な冷たさを持っている。その血に宿る気質と、翡翠と燐灰石の眼は紛うことなき一族のもの。そして――)」
猛吹雪の中から、ショートソードが姿を見せた。速いが、直線的で解りやすい軌跡はソウにとって躱すのも流すのも容易い。
しかし、ソウは避けなかった。
「(その顔も、穏やかさも無茶をする所も、紛うことなく、あの御二方のお子だ)」
自分に向かってくるショートソードを、ソウは刀を使わずに受け止めた。右手に刃が食込み、氷の魔力が手を侵食していく。
『なっ!?』
予想外の事に、スイはびたりとショートソードを止めた。
ソウの手の平から血が溢れていくが、すぐに魔法剣の魔力の影響で凍っていく。
スイは慌てて氷の魔力を霧散させてショートソードを引こうとしたが、ソウが強く止めている為に引き抜けない。
『な、何で……!? 貴方なら、避けるのも反撃する事も出来た筈です……!』
「スイ様」
『は――』
ショートソードから視線をソウに向けたスイは、その表情に言葉を失った。
「大きくなられましたなぁ」
感慨無量。目を細めて、慈愛と敬愛の微笑みを浮かべる様は、そう語っていた。
『……あ、なたは……』
その表情を、憶えている気がした。
猛吹雪が止む。冷えきっていたリング上に、熱が戻ってくる。
「審判」
「何でしょう?」
「その拡声の魔道具を貸していただけますかな?」
「構いませんが、少々動きにくく……」
半分以上凍りついているリポールに気付き、『あっ』と小さく声を上げたスイは、慌てて魔力操作でリポールの氷を砕く。
笑っているソウに、リポールが拡声の魔道具を近づけた。
「この試合、儂は退くとしましょう」
『えっ……!?』
スイだけでなく、観客席からも戸惑いと、一部不満の声が上がる。
「良いのですか?」
「えぇ。儂にとってこれ以上無い良い闘いだった。決勝は、これからの時代を担う若者同士の本気を拝見したく。その為にも、儂はここで退きたいのです。観ている方からすれば不完全燃焼かもしれぬが、どうかご理解いただきたい」
ソウの言葉は観客席中に届いた。主にソウと同年代か、それ以上の年齢の者が多く頷き、共感を示す。
リポールは拡声の魔道具を押さえて声が乗らないようにすると、「お気持ち、解ります」と自身も小さく同意した。
咳払いをすると、手を離して試合の決着を宣言する。
「ソウ選手、リタイア宣言によりスイ選手の勝利です! これにてスイ選手は決勝への進出が決まりました! 冷たく、熱き闘いを繰り広げたお二人に盛大な拍手をお願い致します!」
観客席からはスイへの激励だけではなく、ソウの健闘と心意気を称賛する声も多く掛けられた。
示し合わせてはいなかった。だが、二人は同時に深く頭を下げて、観客席に感謝の意を表したのだった。
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