拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と惨禍 二十五 ―真龍の力―

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 その眼は、堕龍フォーレンドラゴンを含む眼前の景色を映してはいたが、スイは何も認識していなかった。

『(また間違えた)』

 同じ過ちを繰り返したと絶望に打ち拉がれて、ただただ自分自身を責め続けていた。

『(私が間違えたせいでコハクが)』

 光の無い翡翠の双眸から零れた涙が頬を流れる。

『(コハクが、死んだ)』

 強く頼もしく、時に叱ってくれる相棒。甘えん坊なのは小さな頃から変わらない、愛しい心友。
 そんなかけがえのない存在を、喪った。

『(私が死なせた)』

 スイの纏う雷が熾烈さを増す。其処彼処で小石や瓦礫が疎らに浮き、破裂音を鳴らし始めた。

「! また雷が落ちるぞ!」

「影響を受けない所まで離れろ!」

 再び肌にピリピリと刺激を感じ、ハンター全員が一斉にスイと堕龍ノズチから離れるべく走り出す。
 それと殆ど同時に、雷光がスイとノズチを照らし、雷が降り注いだ。

「「「っ!?」」」

「グァァアッ!!」

 いや、降り注ぐなどと生易しいものでは無い。ひとつひとつが柱の様な雷は、楔となって地面とノズチを穿つ。

「…………ッ!?」

 落雷に耐えたノズチは、首が焼け付く感覚を覚えた。咄嗟に顔の前に翳した左手が、手首から離れて落ちていく。

「!!」

「えっ!?」

 ソウジロウ、次いでアレックスがノズチの異変に気付いて其方に視線を向ける。
 ソウジロウの近くにいた筈のスイは瞬きの間に消え、ノズチの眼前にいた。

「(速い!!)」
 
 ダンジョンの魔法陣の如く瞬間移動したスイに、アレックスは理解が追いつかずにいる。
 精霊術の余波がハンター達の間を通り抜けると、数人が吐き気や目眩を起こして膝をついた。
 それに気付いたソウジロウが、足早にハンター達に近寄る。

「風属性の影響を受け過ぎて属性不和を起こしておる。地属性持ちはもっと後方に退いた方が良い」

 ソウジロウの指示に従い、影響の無い仲間に連れられて地属性持ちの数人が離れていく。
 彼等と逆に走ってきたアレックスは、ソウジロウを見て息を呑んだ。
 スイが纏っていた風の刃に巻き込まれ、身体のあちこちから血を流している。

「待って。誰か回復薬か、治癒魔法を」

「アレックス殿、お気になさらず。これくらい問題無い」

 雑に血を拭うソウジロウが、勿体無いとばかりにアレックスを止める。
 何が起こっているのか把握出来ず、不安と焦燥に駆られていたアレックスは、それならばと本題を切り出した。

「スイに何が起きてるの?」

「…………」

「教えて。答えないって事は、今のスイについて何か心当たりくらいはあるんでしょ?」

「何故そう思うのですかな。儂は、スイ様については知らぬ事の方が多いですぞ」

「ソウジロウさんは、解らない事はちゃんと解らないって言う人だと思ってるから」

「(ほう。戦馬鹿かと思っていたが、中々目敏い所もある)」

 アレックスを少々見直した所で、ソウジロウはスイに眼を向けて、もうひとつアレックスに問い掛けた。

「アレックス殿は、今のスイ様をどう見ておられる? 恐ろしいですかな?」

 アレックスもスイを見上げる。表情を無くし、普段とは掛け離れた力を以て堕龍を抑え込むスイを。

「……正直、震えるくらい恐い。角みたいなの生えてるし、とんでもない力であの堕龍を圧倒してるし」

「……そうか」

 諦念に目を伏せたソウジロウだが、アレックスは「でも」と言葉を続ける。

「恐いのは、スイがどうしてあんな事になってるのか解らないからなんだ。まるで絶対的な力そのものが人の形に具現化したと言うか、そんな感じがして……」

「……ほう」

「アタシにとって、スイは無二の友達なんだ。知らずに恐いままでいたくない。どんな内容でも理解して……ううん、理解出来なくても、それもスイなんだって受け止める。絶対に否定しない」

「(……本当にスイ様は良い縁に恵まれた。我等が龍神に、いや、龍神とアレックス殿に感謝を)」

 静かに祈ったソウジロウは、アレックスへと漆黒の眼を向ける。刀の様に鋭い眼に、アレックスは思わず身構えた。

「先程アレックス殿はスイ様の事を、絶対的な力そのものと言ったが、言い得て妙でございましてな」

「え?」

「この事はスイ様本人も知らぬ。御本人には折を見て儂がお伝えする故、スイ様にも、当然他の者にも漏らしてはならぬ。良いですな?」

「解った。この生命に懸けて誓う」

 即答し、心臓を拳で叩いたアレックスにソウジロウは頷くと、最低限ではあるがスイ自身が持つ力について話し始める。
 その間、堕龍ノズチは豹変したスイに激しい苛立ちを隠せずにいた。

「グアァァァアッ!!」

 スイを握り潰さんと振り上げられた右手は、触れる前にスイが纏う風の刃に切り裂かれる。更に雷が傷を焼き、傷から入り込んで右腕を痺れさせた。

「アガァッ!?」

『………………』

 スイが静かに右手をノズチに向けると、空気が三箇所、縦に流れ回り始める。まるで馬車の車輪の様に回るそれらは、とてつもない速さで一斉にノズチに向かってはしった。

「グゥゥゥゥゥッ!?」

 回り続ける風の車輪が鱗を裂き、その下の肉を抉る。
 魔力を使う魔法ではなく、霊力を使って創り出されている精霊術だ。魔法の様に決まった形は無く、使い手が想像したものがそのまま形となる。
 慣れていないと感知しづらく、感知出来てもその速さ故に躱すのが難しい。

「(何故だ……何で……!!)」

 今のスイは、ノズチにとっては理不尽極まりない存在だった。
 堕ちた存在とは言え、龍になったノズチは今のスイが何なのか、いやでも解らされていた。

「(数え切れない魔物まものを贄にした。魔核を使って、魔力も、魂も身体も引き換えにやっと力を得たのに……!!)」

 体内で怒りと共に渦巻く魔力の殆どを集め、スイに向ける。

「死ネェェェェェ!!」

 アレックスとソウジロウが顔色を変えた。
 吐き出された紫炎がスイを呑み込む。

「スイッ!?」

 紫炎はそのままスイの遙か後方まで伸び、地面に落ちると一帯を燃やし尽くして灰と炭に変えた。

「……馬鹿な……馬鹿ナ、馬鹿なァァァ!?」

「…………」

「……百聞は一見にしかず、とはこの事じゃな。目の当たりにすると、どれ程強大な力なのかよく解る……」

 唖然としているアレックスの視線の先で、スイは自身を風で包んで紫炎を全て後方へと流し、無傷で空に佇んでいる。

「これが……龍神化リュウジンカ……。堕龍とは別の、ドラゴンの力……」

 開いた口から零れた言葉に、ソウジロウは頷く。

「そう。真龍しんりゅう、或いはエレメントドラゴンと呼ばれる存在の力を宿す者が、その力を解放した状態。つまり――」

 ヒトは、自然の脅威には抗えない。
 精霊は自然と共に在り、真龍は上位精霊以上の存在だ。

「今のスイ様はアレックス殿が言った通り、絶対的な力そのものと言えるでしょうな」
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