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第四章 南大陸
拾われ子と惨禍 二十六 ―暴威―
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雨水が大地を潤し、芽吹いた草木に葉が茂って花が咲き、風が種を運んで命を繋ぐ。
火が、過ぎたるものや古きものを灰に帰して、新たな誕生を促す。
ヒトは、これら生命が廻る現象は精霊の営みだとして尊んだ。そして嵐や河川の氾濫、地震や噴火など生命を脅かすものを精霊の怒りと恐れた。
「自然の暴威そのものとなったスイ様を強制的に止める事は出来ん。力の矛先が堕龍に向けられている内は良いが……」
ソウジロウは散在する落雷の大きな焦げ跡と、深手を負っている堕龍を順に見ると、最後に感情と自制心が欠落したスイに眼を向けた。
「……もし見境を無くしてしまわれたら、この町を含む周辺一帯が無人の荒野と化すだろう」
「そんな!! 何とかならないの……!?」
「なるなら疾うに手を打っておるとも。龍神化については明かされていない事が多く、スイ様の一族全員が出来ると言う訳でも無いのだ」
「え?」
「特定の者だけが龍神化出来るのは判明しているが、何が契機となるかは伝えられておらぬ。直近の前例は三百年近く前だが、それも記録があまり残されていなかった」
「……そんなの、伝説の域じゃん」
「まさしく。スイ様の一族に長く仕えている儂も、龍神化については父からの口伝でしか知らぬ。それも龍神化出来る者と御姿の特徴だけで、龍神化の契機が何なのかは知らされなかった」
話し終えると、ソウジロウはその契機について考えた。龍神化する直前のスイの言動を思い返す。
「(堕龍に尾で殴り飛ばされた後から……いや、その前だ)」
急に動きを止めたスイは、茫然としていた。
だが、ソウジロウが把握している限り、周囲にスイを動揺させる様な物は何も無かった。
「(スイ様の叫びからするに、直前にスイ様は何か重大な事に気付いたのかもしれぬ)」
嘘だ。スイは何度もそう言っていた。
信じられない、信じたくない事があった。それは何なのか。
「(そう言えば、スイ様は御自身よりも仲間が傷付く事に敏感だったが……)」
闘技大会で剣を交えた後、スイの不満を発散させた時。スイ自身に言及して煽るよりも、従魔やアレックスを引き合いに出した途端に感情を昂らせた。
その時の事が、ソウジロウの中で引っ掛かった。
「……仲間?」
魔導師、治癒士、冒険者、ハンター。既に多くの戦士達が亡くなっている。
スイの様子が急変した時も、遺体は周辺に多くあった。
「(いや、合流した時からこの場の惨状は眼に入っていた筈。彼等の死では無い。もっと大きな、例えばそれこそ――)」
ソウジロウはアレックスに眼を向ける。
アレックスは生きている。だが、それ以外は?
そう思い、町中の気配を探ってハッと目を見開いた。
「アレックス殿」
「な、何? どうしたの? 何か解ったの?」
「……町の何処かに、スイ様の従魔の気配を感じられるか?」
「コハクとザクロ? ザクロはまだ帰ってきてないんじゃないかな。コハクは……」
町中の気配を探っていたアレックスの顔色がサッと変わった。緊迫した表情であちこちに顔を向けていたが、恐る恐るソウジロウと眼を合わせる。
「……無い。何処にもコハクの気配を感じない。だいぶ前、闘技場を挟んで町の反対側で戦ってたのは感じたんだ……けど」
視線を落としたアレックスは、それ以上何も言わなかった。
「…………」
「確かによく慕われていたが、それ程大きな存在だったのか……いや」
疑問を感じたが、ソウジロウは自身の考えを改める。シュウトから聞いていた話を思い出したのだ。
「……確か、養祖父母を亡くしてそれ程経たない内に出逢ったのだったか……」
共に幼い頃に親から離れ、独りとなった一人と一匹。
「寂しさを埋めてくれる存在でもあったのかもしれぬ。魂繋契約を結んでいるとも聞いた。情が深くて当然か……」
ぎゅっと瞼をつぶったアレックスは俯く。
「……それに、その前にスイは、ニコを看取っているから……」
「……あの若者か。そうか、あの者も死んだか……」
この三日間、体力も魔力も限界まで戦っている。日に日に追い詰められていく中で、沢山の死を見続けた。
「……ニコラス殿を看取った時点で相当辛かったと思われる。限界寸前で耐えていたところで従魔を喪った事を知った。最早、心が耐えられなかったのだろう」
アレックスは目を瞑ったまま、握った拳を震わせている。アレックスも辛いのだ。
ニコラスやコハクまで死んだ事も、悲しみの深淵に沈み暴威を振るうスイを止められない事も。
「……ねぇ、ソウジロウさん。どうにかしてスイを――っ!?」
「危ない!!」
ソウジロウがアレックスを抱えて跳んだ。刹那、さっきまで二人がいた所を雷が穿つ。
「あ、ありがとう……。油断してた……」
「……まずい。危惧していた事が現実となった……」
「え? ……さ、寒っ!? 痛っ!」
急激に冷気が降りた。息は白くなり、雪や雹が降り始める。雷が上空からだけでなく、地面からも空に疾った。
雷が、氷が、楔となってノズチに向かう。しかし、それらはノズチだけでなく周辺一帯を穿った。
火が、過ぎたるものや古きものを灰に帰して、新たな誕生を促す。
ヒトは、これら生命が廻る現象は精霊の営みだとして尊んだ。そして嵐や河川の氾濫、地震や噴火など生命を脅かすものを精霊の怒りと恐れた。
「自然の暴威そのものとなったスイ様を強制的に止める事は出来ん。力の矛先が堕龍に向けられている内は良いが……」
ソウジロウは散在する落雷の大きな焦げ跡と、深手を負っている堕龍を順に見ると、最後に感情と自制心が欠落したスイに眼を向けた。
「……もし見境を無くしてしまわれたら、この町を含む周辺一帯が無人の荒野と化すだろう」
「そんな!! 何とかならないの……!?」
「なるなら疾うに手を打っておるとも。龍神化については明かされていない事が多く、スイ様の一族全員が出来ると言う訳でも無いのだ」
「え?」
「特定の者だけが龍神化出来るのは判明しているが、何が契機となるかは伝えられておらぬ。直近の前例は三百年近く前だが、それも記録があまり残されていなかった」
「……そんなの、伝説の域じゃん」
「まさしく。スイ様の一族に長く仕えている儂も、龍神化については父からの口伝でしか知らぬ。それも龍神化出来る者と御姿の特徴だけで、龍神化の契機が何なのかは知らされなかった」
話し終えると、ソウジロウはその契機について考えた。龍神化する直前のスイの言動を思い返す。
「(堕龍に尾で殴り飛ばされた後から……いや、その前だ)」
急に動きを止めたスイは、茫然としていた。
だが、ソウジロウが把握している限り、周囲にスイを動揺させる様な物は何も無かった。
「(スイ様の叫びからするに、直前にスイ様は何か重大な事に気付いたのかもしれぬ)」
嘘だ。スイは何度もそう言っていた。
信じられない、信じたくない事があった。それは何なのか。
「(そう言えば、スイ様は御自身よりも仲間が傷付く事に敏感だったが……)」
闘技大会で剣を交えた後、スイの不満を発散させた時。スイ自身に言及して煽るよりも、従魔やアレックスを引き合いに出した途端に感情を昂らせた。
その時の事が、ソウジロウの中で引っ掛かった。
「……仲間?」
魔導師、治癒士、冒険者、ハンター。既に多くの戦士達が亡くなっている。
スイの様子が急変した時も、遺体は周辺に多くあった。
「(いや、合流した時からこの場の惨状は眼に入っていた筈。彼等の死では無い。もっと大きな、例えばそれこそ――)」
ソウジロウはアレックスに眼を向ける。
アレックスは生きている。だが、それ以外は?
そう思い、町中の気配を探ってハッと目を見開いた。
「アレックス殿」
「な、何? どうしたの? 何か解ったの?」
「……町の何処かに、スイ様の従魔の気配を感じられるか?」
「コハクとザクロ? ザクロはまだ帰ってきてないんじゃないかな。コハクは……」
町中の気配を探っていたアレックスの顔色がサッと変わった。緊迫した表情であちこちに顔を向けていたが、恐る恐るソウジロウと眼を合わせる。
「……無い。何処にもコハクの気配を感じない。だいぶ前、闘技場を挟んで町の反対側で戦ってたのは感じたんだ……けど」
視線を落としたアレックスは、それ以上何も言わなかった。
「…………」
「確かによく慕われていたが、それ程大きな存在だったのか……いや」
疑問を感じたが、ソウジロウは自身の考えを改める。シュウトから聞いていた話を思い出したのだ。
「……確か、養祖父母を亡くしてそれ程経たない内に出逢ったのだったか……」
共に幼い頃に親から離れ、独りとなった一人と一匹。
「寂しさを埋めてくれる存在でもあったのかもしれぬ。魂繋契約を結んでいるとも聞いた。情が深くて当然か……」
ぎゅっと瞼をつぶったアレックスは俯く。
「……それに、その前にスイは、ニコを看取っているから……」
「……あの若者か。そうか、あの者も死んだか……」
この三日間、体力も魔力も限界まで戦っている。日に日に追い詰められていく中で、沢山の死を見続けた。
「……ニコラス殿を看取った時点で相当辛かったと思われる。限界寸前で耐えていたところで従魔を喪った事を知った。最早、心が耐えられなかったのだろう」
アレックスは目を瞑ったまま、握った拳を震わせている。アレックスも辛いのだ。
ニコラスやコハクまで死んだ事も、悲しみの深淵に沈み暴威を振るうスイを止められない事も。
「……ねぇ、ソウジロウさん。どうにかしてスイを――っ!?」
「危ない!!」
ソウジロウがアレックスを抱えて跳んだ。刹那、さっきまで二人がいた所を雷が穿つ。
「あ、ありがとう……。油断してた……」
「……まずい。危惧していた事が現実となった……」
「え? ……さ、寒っ!? 痛っ!」
急激に冷気が降りた。息は白くなり、雪や雹が降り始める。雷が上空からだけでなく、地面からも空に疾った。
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