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第四章 南大陸
拾われ子と惨禍 二十七 ―生命の重さ―
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雷が、氷が、楔となってノズチに向かう。しかし、それらはノズチだけでなく周辺一帯を穿った。
「スイ!? 待って、他の人達も巻き込まれる!」
これ以上広がれば、戦士達だけでなく一般人が隠れている家や教会までもが精霊術の範囲内に入ってしまう。
アレックスは声を荒げるが、聞こえているのかいないのか、精霊術の範囲は狭まらない。寧ろ、広がっていき、威力も強くなっていく。
『…………』
地面に降り立ったスイは右手の人差し指をノズチに向ける。そして、その形のままスっと下ろした。
「グッ!!」
巨大な雷がノズチ目掛けて落ちたが、ノズチは飛び退いて避けた。
下ろしていたスイの右手が再び上がり、ぴたりとノズチを指す。その指に、スイの意思に従って次々と雷がノズチに襲い掛かった。雷鳴が立て続けに轟く。
「アがァァッ!?」
「…………っ!?」
絶対に逃さないとばかりに追いかけてくる雷を避けきれず、ノズチは撃たれて墜落し、巨体が音を立てて沈んだ。
落雷はノズチを沈めても尚止まらず、町の外に広がる丘陵に楔を打ち続ける。
眩い光が爆ぜて夜闇を照らすと、一際大きな雷鳴を響かせて小高い丘に突き立った。
「………………」
漸く、雷鳴も落雷も止んだ。耳鳴りに顔を顰めながらアレックスは町の外へ眼を向ける。
町中からでも見えていた小高い丘は、跡形もなく消し飛んでいた。
「……なんて威力……」
茫然とするアレックスの肩に手が置かれる。
驚いて振り向いたアレックスは、漆黒の眼と視線がぶつかった。
「アレックス殿、貴女も退がられよ」
「……ソウジロウさんは?」
「儂はどうにかスイ様を止める。このままでは……いや、何でもない。早く他のハンター達と共に退がってくだされ」
アレックスの制止を振り切り、ソウジロウはスイの元へ走る。
「(このままではスイ様がこの町を滅ぼしてしまう。そんな事をすれば、スイ様自身が堕龍になりかねん)」
ソウジロウは、父親からも伝承からも、スイの一族から堕龍になった者が出たと言う話は見聞きした事が無い。
そもそも、人間が堕龍になると言う話すら聞いた事がなかったが、前例が眼の前にいる為に可能性として考えておくべきだと思っている。
先人から伝えられる事だけが真実では無い。
人間は、本当に知られたくない事は記録に残さず、後世に伝えないのだ。
影の一族に生まれ、スイの一族に仕えて影から支え、六十年近く生きてきたソウジロウはその事をよく知っていた。
魔法陣と言う特殊要素があるとは言え、実際にヒトが心の闇に囚われて堕龍になったのを目の当たりにしたのだから、記録に残されなかった前例があってもおかしくはない。
「(もしかしたら、三百年の間に他にも龍神化した方はいたのかもしれぬが……真相は最早知りようもない)」
今、やるべき事はスイを護る事。深淵から救い上げる事だ。
町を滅ぼせば、スイの精神は罪悪感に耐えられず崩壊するだろう。大罪人として、世界中から追われる事にもなる。
「(スイ様も、スイ様を知る全ての者も悲しみに暮れ、苦しむ。もし堕龍になってしまえば尚更だ。それだけは、何としても防がねばならない)」
例え、この生命にかえても。
「スイ様」
ソウジロウはスイとノズチの間に立った。背後から殺気の篭った視線を感じながら、前に立つスイを見詰める。
「(……なんと言う眼を……)」
スイの顔に相変わらず表情は無かった。その眼は、絶望を通り越して虚無に染まっていた。
生きる力を失くし、全てに興味を失くし、自暴自棄からくる破壊衝動のままに無尽蔵の霊力を惜しみなく使う。ともすれば、堕龍以上の脅威となる存在。
「なりませぬ、スイ様。貴女様は、荒神となってはならないのです」
一歩、前に出る。ソウジロウの頬が切れた。
「これ以上、そのお力を行使されては貴女様は人の心を完全に失ってしまう」
もう一歩前に出る。ソウジロウの右腕が切れた。
「スイ様には、まだ貴女様を想って生きている者達がおります。その者達を悲しませるのは、貴女様も本意ではないでしょう」
もう一歩、前へ。ソウジロウの肩と脚が切れ、血煙が舞った。
「まだ壊さねば気が済まぬと言うのであれば――この爺めで終わりにしてくださいませ」
冒険者やハンター達よりは重く。
けれどアレックスよりは軽い。
スイにとっての自分の生命の重さを、そう見定めたソウジロウは自らを差し出す。
『………………』
スイの右手がソウジロウに向く。
渦巻く風を見ながら、ソウジロウは信ずる神に祈る。
「(我等が龍の神よ。どうか、この老いぼれの生命と引き換えに貴方様の御子を救い給え)」
祈りを終えたソウジロウは、慈愛の眼差しをスイに向けて穏やかに微笑う。
「スイ様。大きくなられた貴女様にお会いできて、短い期間でも側に在れた事、このソウジロウは本当に嬉しゅうございました」
『……、……』
微かに、スイの唇が動いた。しかし、声にはならず。右手から真空波が放たれた。
「――でぇぇえええい!!」
「!?」
全速力で走ってきたアレックスがソウジロウにぶつかる勢いで突っ込み、肩を抱くと地面に飛び込む様に倒れた。
「アレックス殿!?」
「いだだだだだ……! ぐぅ、受け身取り損ねた……!」
起き上がったアレックスの背中や腕は、真空波と瓦礫の上を滑った事で傷だらけになっている。
「何をしている……!? 退がれと申した筈」
「うん。大丈夫、皆はちゃんと退がらせた」
「貴女もだ。今すぐ退がりなされ。アレックス殿に何かあれば、スイ様の心は本当に――」
「ソウジロウさんもだよ」
有無を言わせぬ強さで、アレックスはソウジロウの言葉を遮った。蜂蜜色の眼は、怒りを露わにしている。
「ソウジロウさんはスイの事を全っ然解ってない」
「何を……」
「何で自分を軽んじてるの。何で自分が死ねばスイが止まると思ってるの。スイの事を大事に思ってるなら、何でスイにとっての自分の生命の重さを見誤ってんの!!」
抑えきれず、アレックスはソウジロウを怒鳴りつけた。アレックスの持つ火の魔力が陽炎の如く揺らめく。
「スイは優しいの。優し過ぎるの」
「無論、知っている」
「いいや、解ってない。アタシやソウジロウさんだけじゃなく、名前を知らない誰かでも自分のせいで死んだら、スイは悲しんで自分を責める。そしてソウジロウさんの生命はもう、スイにとって充分重いの」
アレックスはソウジロウの胸倉を掴んだ。アレックスの怒りに呼応した火の魔力が、ちりちりとソウジロウの肌を焼く。
「それなのに! 自分のせいでソウジロウさんが死んだら! 自分の手でソウジロウさんを殺させたら! スイが戻ってくる訳ないでしょうが!!」
「…………!!」
周りに気を遣い、十二歳の心には重すぎるものを抱え、他人にぶつけるのを良しとしないスイ。
その過ぎた優しさで堪え忍ぶスイを思い返し、ソウジロウは目を見開く。そして、自身が過ちを犯しかけた事に気付いた。
「……儂は危うく……スイ様を……っ!」
「スイ!?」
二人の側に、雷が落ちた。
アレックスとソウジロウに眼と手を向けているスイは、何かを呟いている。
その小さな声を、二人の耳は拾った。
『……みんな、いなくなる……。みんな、しんでいく……。それなら、こんなせかい……なくなってしまえばいい』
スイが手を振り下ろす。破壊の雷が、二人を消すべく激しく弾けて落ちて――人一人分、逸れた。
「…………!!」
「……まさか……!」
当たっていたら炭となっていたであろう威力だったが、二人の眼は地面ではなくスイに向けられている。
スイと、その傍らに立ち、スイの脚に尻尾を絡めた白銀の毛を持つモンスターに。
「スイ!? 待って、他の人達も巻き込まれる!」
これ以上広がれば、戦士達だけでなく一般人が隠れている家や教会までもが精霊術の範囲内に入ってしまう。
アレックスは声を荒げるが、聞こえているのかいないのか、精霊術の範囲は狭まらない。寧ろ、広がっていき、威力も強くなっていく。
『…………』
地面に降り立ったスイは右手の人差し指をノズチに向ける。そして、その形のままスっと下ろした。
「グッ!!」
巨大な雷がノズチ目掛けて落ちたが、ノズチは飛び退いて避けた。
下ろしていたスイの右手が再び上がり、ぴたりとノズチを指す。その指に、スイの意思に従って次々と雷がノズチに襲い掛かった。雷鳴が立て続けに轟く。
「アがァァッ!?」
「…………っ!?」
絶対に逃さないとばかりに追いかけてくる雷を避けきれず、ノズチは撃たれて墜落し、巨体が音を立てて沈んだ。
落雷はノズチを沈めても尚止まらず、町の外に広がる丘陵に楔を打ち続ける。
眩い光が爆ぜて夜闇を照らすと、一際大きな雷鳴を響かせて小高い丘に突き立った。
「………………」
漸く、雷鳴も落雷も止んだ。耳鳴りに顔を顰めながらアレックスは町の外へ眼を向ける。
町中からでも見えていた小高い丘は、跡形もなく消し飛んでいた。
「……なんて威力……」
茫然とするアレックスの肩に手が置かれる。
驚いて振り向いたアレックスは、漆黒の眼と視線がぶつかった。
「アレックス殿、貴女も退がられよ」
「……ソウジロウさんは?」
「儂はどうにかスイ様を止める。このままでは……いや、何でもない。早く他のハンター達と共に退がってくだされ」
アレックスの制止を振り切り、ソウジロウはスイの元へ走る。
「(このままではスイ様がこの町を滅ぼしてしまう。そんな事をすれば、スイ様自身が堕龍になりかねん)」
ソウジロウは、父親からも伝承からも、スイの一族から堕龍になった者が出たと言う話は見聞きした事が無い。
そもそも、人間が堕龍になると言う話すら聞いた事がなかったが、前例が眼の前にいる為に可能性として考えておくべきだと思っている。
先人から伝えられる事だけが真実では無い。
人間は、本当に知られたくない事は記録に残さず、後世に伝えないのだ。
影の一族に生まれ、スイの一族に仕えて影から支え、六十年近く生きてきたソウジロウはその事をよく知っていた。
魔法陣と言う特殊要素があるとは言え、実際にヒトが心の闇に囚われて堕龍になったのを目の当たりにしたのだから、記録に残されなかった前例があってもおかしくはない。
「(もしかしたら、三百年の間に他にも龍神化した方はいたのかもしれぬが……真相は最早知りようもない)」
今、やるべき事はスイを護る事。深淵から救い上げる事だ。
町を滅ぼせば、スイの精神は罪悪感に耐えられず崩壊するだろう。大罪人として、世界中から追われる事にもなる。
「(スイ様も、スイ様を知る全ての者も悲しみに暮れ、苦しむ。もし堕龍になってしまえば尚更だ。それだけは、何としても防がねばならない)」
例え、この生命にかえても。
「スイ様」
ソウジロウはスイとノズチの間に立った。背後から殺気の篭った視線を感じながら、前に立つスイを見詰める。
「(……なんと言う眼を……)」
スイの顔に相変わらず表情は無かった。その眼は、絶望を通り越して虚無に染まっていた。
生きる力を失くし、全てに興味を失くし、自暴自棄からくる破壊衝動のままに無尽蔵の霊力を惜しみなく使う。ともすれば、堕龍以上の脅威となる存在。
「なりませぬ、スイ様。貴女様は、荒神となってはならないのです」
一歩、前に出る。ソウジロウの頬が切れた。
「これ以上、そのお力を行使されては貴女様は人の心を完全に失ってしまう」
もう一歩前に出る。ソウジロウの右腕が切れた。
「スイ様には、まだ貴女様を想って生きている者達がおります。その者達を悲しませるのは、貴女様も本意ではないでしょう」
もう一歩、前へ。ソウジロウの肩と脚が切れ、血煙が舞った。
「まだ壊さねば気が済まぬと言うのであれば――この爺めで終わりにしてくださいませ」
冒険者やハンター達よりは重く。
けれどアレックスよりは軽い。
スイにとっての自分の生命の重さを、そう見定めたソウジロウは自らを差し出す。
『………………』
スイの右手がソウジロウに向く。
渦巻く風を見ながら、ソウジロウは信ずる神に祈る。
「(我等が龍の神よ。どうか、この老いぼれの生命と引き換えに貴方様の御子を救い給え)」
祈りを終えたソウジロウは、慈愛の眼差しをスイに向けて穏やかに微笑う。
「スイ様。大きくなられた貴女様にお会いできて、短い期間でも側に在れた事、このソウジロウは本当に嬉しゅうございました」
『……、……』
微かに、スイの唇が動いた。しかし、声にはならず。右手から真空波が放たれた。
「――でぇぇえええい!!」
「!?」
全速力で走ってきたアレックスがソウジロウにぶつかる勢いで突っ込み、肩を抱くと地面に飛び込む様に倒れた。
「アレックス殿!?」
「いだだだだだ……! ぐぅ、受け身取り損ねた……!」
起き上がったアレックスの背中や腕は、真空波と瓦礫の上を滑った事で傷だらけになっている。
「何をしている……!? 退がれと申した筈」
「うん。大丈夫、皆はちゃんと退がらせた」
「貴女もだ。今すぐ退がりなされ。アレックス殿に何かあれば、スイ様の心は本当に――」
「ソウジロウさんもだよ」
有無を言わせぬ強さで、アレックスはソウジロウの言葉を遮った。蜂蜜色の眼は、怒りを露わにしている。
「ソウジロウさんはスイの事を全っ然解ってない」
「何を……」
「何で自分を軽んじてるの。何で自分が死ねばスイが止まると思ってるの。スイの事を大事に思ってるなら、何でスイにとっての自分の生命の重さを見誤ってんの!!」
抑えきれず、アレックスはソウジロウを怒鳴りつけた。アレックスの持つ火の魔力が陽炎の如く揺らめく。
「スイは優しいの。優し過ぎるの」
「無論、知っている」
「いいや、解ってない。アタシやソウジロウさんだけじゃなく、名前を知らない誰かでも自分のせいで死んだら、スイは悲しんで自分を責める。そしてソウジロウさんの生命はもう、スイにとって充分重いの」
アレックスはソウジロウの胸倉を掴んだ。アレックスの怒りに呼応した火の魔力が、ちりちりとソウジロウの肌を焼く。
「それなのに! 自分のせいでソウジロウさんが死んだら! 自分の手でソウジロウさんを殺させたら! スイが戻ってくる訳ないでしょうが!!」
「…………!!」
周りに気を遣い、十二歳の心には重すぎるものを抱え、他人にぶつけるのを良しとしないスイ。
その過ぎた優しさで堪え忍ぶスイを思い返し、ソウジロウは目を見開く。そして、自身が過ちを犯しかけた事に気付いた。
「……儂は危うく……スイ様を……っ!」
「スイ!?」
二人の側に、雷が落ちた。
アレックスとソウジロウに眼と手を向けているスイは、何かを呟いている。
その小さな声を、二人の耳は拾った。
『……みんな、いなくなる……。みんな、しんでいく……。それなら、こんなせかい……なくなってしまえばいい』
スイが手を振り下ろす。破壊の雷が、二人を消すべく激しく弾けて落ちて――人一人分、逸れた。
「…………!!」
「……まさか……!」
当たっていたら炭となっていたであろう威力だったが、二人の眼は地面ではなくスイに向けられている。
スイと、その傍らに立ち、スイの脚に尻尾を絡めた白銀の毛を持つモンスターに。
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