拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と惨禍 三十五 ―惨禍の終結―

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「――ア、あァ……」

 身体から力が抜けていくのを感じ、ノズチは自身の終わりを悟った。身体は粒子となって崩壊を始め、所々に龍の名残がある鱗人の上体だけとなったノズチは、夜明けの空とスイを見上げる。
 雷雲が消え、橙と薄青が共存する晴れた空には薄く伸びた雲が緩徐に流れている。

 殺戮や死闘とは無縁な静かさは人間達への当てこすりに思えたが、その人間達からは快哉を叫ぶ声が聞こえた。
 その声にノズチは悲願が成し遂げられなかった事を痛感し、邪魔立てをした人間達を憎らしく思い、その中でも自身の大きな障害となった少女を激しく憎悪した。
 闇属性を持たずに多くの才を持って生まれ、大勢の仲間に恵まれ、愛されるスイを。

「くそ……くそだ、こんな世界……」

 涙声で世界に怨み言を吐いて、ノズチの背中は地面に落ちた。

『…………』

 ノズチがスイを見上げ続けたのと同じく、スイもまた、ノズチが地に落ちるまで見下ろしていた。色の異なる双眸はノズチの様に激情に燃えてはいない。
 額に残っていた右角が、ゆっくりと消えていく。

『…………っ』

 がくりとスイの身体が傾いた。支える力を無くした身体は地面に向かって落下する。
 どっと重く感じる頭と身体に、瞼が下がる。急速に鈍り、止まろうとする思考でこのまま眠ろうとして――手放しかけた意識をスイは手繰り寄せた。

『(眠っちゃ駄目だ……!)』

 眼を逸らさず直視しろ。向き合う事を放棄してはならない。この惨禍の結末を。罪を生んだ大罪の存在を。 
 自分自身を諭して、スイはどうにか浮かぼうと風の精霊術を使おうとしたが、落下の勢いすら緩められずに落ちていく。
 高くなっていく空に強い衝撃と痛みを覚悟したスイだったが、止まったと思ったと同時に身体が受けた衝撃は予想よりもずっと弱かった。

『……ソウジロウさん?』

「左様でございます。ご無事ですか、スイ様」

『……はい。お陰様で』

「ほほっ。間に合って良うございました」

 ソウジロウが受け止めた事によりスイは身体を打ち付けずに済んだ。そっと下ろされて地面に立つと、寄り添ってきたコハクに手を添え、体重を預けながらスイは歩き始める。
 酷く疲弊している様子だが、何処かへ行こうとするスイの先にアレックスやフリーデはいない。いるのは。

「スイ様、其方に行ってはなりません」

《……スイ、オレも行かない方が良いと思う》

 スイが何処に行こうとしているのかを察したソウジロウは、前に立ちはだかってスイを止めた。
 コハクもスイの意思に従うつもりではいるが、これ以上進む事に難色を示している。

『ふたりの気持ちは解るつもりです。でも行かせてください。私は、ノズチと話したい』

 魔力は空だ。霊力も殆ど枯渇状態であり、自力で歩く事も難しいスイにもう戦う力は無い。
 それでも、眼にある光だけは少しも鈍っていない。
 その眼にソウジロウは既視感を覚え、仕方なさげに短く息を吐いた。
 こうなったら周りが考えや対応を変えるしか解決方法が無い事を、長くスイの一族に仕えているソウジロウはよく知っている。

「では爺めもお供致します故、この爺と従魔より前には絶対に出ないでくださいませ。それがお約束いただけなければ、是が非でも止めさせていただきます」

『……約束します』

「承知致しました。それでは、参りましょう」

 頷いたスイの半歩前に立ち、ソウジロウはスイの速度に合わせて歩く。そして、堕龍フォーレンドラゴンの身体と同じ様に黒く粒子化しているノズチの側で足を止めた。

「……自分が倒した敵を見下しに来たのか? 人類の怨敵の最期を」

「減らず口を叩く気力だけはあるのか。さっさと息絶えればよいものを」

「やれよ、一思いに」

『ソウジロウさん、待ってください』

 ノズチの首元に刀の刃を当てたソウジロウをスイは止める。一歩前へ進むと、その場に座ってノズチを見下ろした。憎悪と自暴自棄が混ざった紫の眼を見つめる。

『あなたがした事を、私は絶対赦さない』

 スイの言葉に、ノズチは鼻を鳴らして嗤った。わかりきった事を言うなと馬鹿にする眼を向けるノズチに、コハクとソウジロウは殺気立つが、ふたりの脚にそれぞれ手を添えて宥めながらスイはノズチへ語る言葉を続ける。

『この町での事も、他の場所での事も、やったのはあなたです。でも、あなたにやらせた本当の大罪人は、闇属性の人を陥れようとした人です』

「……は?」

 見開かれた紫の眼を、翡翠と燐灰石の双眸が静かに見つめる。同情でも怒りでも無い、真っ直ぐな眼で自分の思いを伝える。

『あなたの罪は消えない。けど、あなたの母様ははさまを殺したのも、あなたやあなたの母様の人生を壊したのも、真実を歪めた噂を正義とした人間の罪です』

「!? お前、何で母さんの事を……」

 闇属性魔法に精神攻撃があるのは事実だ。
 その魔法をくらった者の話を見聞きした事がある故に、被害者を減らそうと言う心持ちだったのかもしれないし、単なる話題のひとつとして誰かに話しただけなのかもしれない。もしくは、闇属性保持者への悪意だった可能性もある。

 最初に闇属性保持者に対する噂を撒いた者がどんな意図を持っていたのかは、今となっては誰にもわからず、突き止めようもない。
 だが、噂を聞いた者が全てを信じ込まなかったら。噂に振り回されず、闇属性を持つその人自身を見て接していたならば。
 ノズチ親子が関わった人々の中に、誰か一人でも噂の真偽を疑い、二人に理解を示し、受け入れてくれる人がいたならば、二人の現在みらいは異なったかもしれないのに。

 そんな仮定の話をした所で意味が無い事だ。世の中を知らない子どもの綺麗事だ。多くの人はそう言って歯牙にもかけないだろう。
 それでも、ノズチの記憶を見て感じたスイには、ノズチだけを巨悪の根源とするのは絶対に違うと思えたのだ。

「……何だよ、今更そんな事言ったって何も変わんねぇよ……」

『解ってます。でもこれからの事は変えられるし、変えなきゃいけない。今までつらい目に遭ってきた人達や、これから生まれてくる闇属性の人達があなた達親子と同じ様な目に遭わないように』

 スイは、ノズチと同じ様に紫の眼を持つ友人を思い浮かべる。彼だって、もしかしたらノズチと同じ道を歩んでいたかもしれないのだ。

「……ガキの戯言、綺麗事だよ。お前一人に、世界が変えられるものか」

『一人で出来るとも、すぐに変えられるとも思ってません。きっと同じ様な考えを持つ人はいるから、その人達と一緒に』

「無理だ、絶対に変わらない。闇属性嫌悪の根は深淵まで伸びている。盲信の正義を大義名分とした悪意は、どんな鬼や堕龍だりゅうよりも命と尊厳を嬲って踏み躙る」

『……あなたが言うのなら、それもひとつの事実なんだと思います。でも、ひとつの考えだけを正として疑わずにいる事は、闇属性の人達への噂を信じ込んだ人達ときっと同じだから』

「!!」

『私は諦めずに、何年、何十年掛かっても闇属性への差別が無くなる世界になるように生きていきます』

「…………っ」

 紫の眼に浮かんだ涙がこめかみを滑り落ちる。唇を歪めて、ノズチは無念さを滲ませて腹立たしそうに呟いた。

「……何で、もっと、早く……」

 その呟きに続く言葉が、ソウジロウには解る気がした。酷だ、大人気ないと思いはしたが、ソウジロウは敢えてそれを告げる。

「今、貴様が抱いている思いこそが貴様への罰よ」

『……ソウジロウさん』

「スイ様。スイ様が何を知った上で仰った事なのか、爺めには解りかねます。此奴にも事情があったとしましょう。然れど、此度此奴が起こした事は大罪と言う言葉には収まらぬ程大きな罪なのです。死を目前にしていたとしても罰は受けなければなりませぬ。この罪を贖うには、死ですら生温いのですから」

『………………』

 ソウジロウの言う事も尤もだと、スイは黙るしかない。

「何で……どうして……」

 殆ど消え、存在が残り僅かとなったノズチは、譫言の様に小さな声で何かを呟く。

「……あるじさまや……スイが、あの時……いてくれたら…………おれたちは……」

『……あるじさま?』

「待て貴様! それは誰の事だ?」

「ある、じ、さ、ま」

 ソウジロウの問いには答えずに最期にそう言い遺して、ノズチは完全に消えた。
 空に昇っていく最後の粒子を、スイは黙って眼で追いかける。ソウジロウも、思う事があるのか何も話さなかった。

 スイ達の後ろで、フリーデの肩を借りながら一連の様子を眺めていたアレックスも今回の惨禍が起きた背景が単純なものではない事を察して、複雑な表情と心境で黙っている。
 援護部隊の面々も、ただならぬ雰囲気に固唾を呑んでスイ達の動向を窺っていた。

 ノズチだった粒子が完全に見えなくなっても空を見上げているスイに、コハクが頭を擦り付ける。我に返ったスイは、コハクの首元を撫でながら自分の頬をふわふわの顔に寄せた。

「……この四日間で、多くの人々が亡くなった」

 誰もが無言でいる中で、言葉を発したのはアレックスを支えているフリーデだった。

「元凶だと思っていた者は、今し方空へと消えた。どうやら元凶は別にあった様だが、どちらにしろもう罪には問えない。堕龍フォーレンドラゴンを倒して終わりではなく、根深い問題がありそうだ」

 重苦しい空気が漂う中、フリーデは町へ眼を向けた。大部分が破壊され、数多の犠牲を出した屍山血河の有様が朝日の下に露わになっている。

大襲撃スタンピードが完全に終わったのかも判らん……が、町東部の方は鎮圧したようだ。まだ数日は襲撃に備えなければならないが……」

 四日間張り詰め続けた気を少しばかり緩め、フリーデはふっと微笑う。

「堕龍は討伐され、大きな脅威は去ったと思って良いだろう」

 援護部隊の面々に安堵の笑みと声が零れる。四日間の戦いを生き延びた戦士達はそれぞれの思いを胸に、お互いを称えあった。

「正式に宣言するのは数日後になるが……一先ずの終結とする! 皆、よく……よく、戦ってくれた……!」

 喜びの声が一斉にあがり、北東部から町中へと響き渡る。
 この四日間、町中には幾度も咆哮や悲鳴や怒号が響いた。それが堕龍討伐の快哉を境にぴたりと止み、それ程間を空けずに聞こえてきた二度目の明るい声に、隠れ潜む住人も北東部以外に居る戦士達も戸惑いを隠せない。

 だが、次第に広がる快報に町中からも快哉があがる。その声を聞きながら、スイはコハクに凭れかかった。微睡み、途切れかける意識の中でセイの声が聞こえる。
 ――寂しいけど暫くお別れだ。ゆっくりおやすみ、愛しいスイ。次に廻る時も、また君のもとへ……――

『セ、イ』

 のろのろと伸ばした手はセイには届かず。スイは今度こそ完全に意識を手放し、深い深い眠りへと落ちていった。
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