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第四章 南大陸
拾われ子のBランク昇格試験 前編
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リーディンシャウフが惨禍の終結を迎えてから四ヶ月が経つ。王都から送られた人員や物資も届き始め、復興が進む中、世界は今年最後の日を迎えていた。
一年の最後の日は自宅で過ごす人が殆どだ。しかし、今年のリーディンシャウフでは夜の間も起きている人が多い。
その大半は町の二箇所へ集まっている。旧闘技場や店が集まる中央部と、鎮魂碑がある北東部だ。リーディンシャウフを象徴するふたつの下に集い、人々は新たな一年の始まりを待つ。
空の彼方が朱に染まり、やがて太陽が顔を見せると人々は顔を見合わせた。
「佳き始めの日を迎えられた事に感謝を――英雄達に、心からの敬意を」
生きて新年をこの町で迎えられた事の慶びを噛み締め、誰からともなくそう言祝いだ。
新年の挨拶に新たに付け加えられた一言はこの年から始まり、リーディンシャウフの町では永く永く、新年を迎える度に使われる挨拶となる。
スイも、共に朝日を眺めるアレックスへ顔を向けた。首元で太陽の光をふたつの金鉱石が反射する。その内のひとつに、スイは手を添えた。
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。一緒に戦った仲間達に心からの敬意を』
「佳き始めの日に感謝を。戦友達に心からの敬意を」
リーディンシャウフの大惨禍を、関わった人々は生涯忘れない。
共に新年を迎える事が叶わなかった仲間がいる事を、スイとアレックスも生涯忘れる事は無い。
想い出と形見の品と共に、生者は未来へ歩んでいく。
「……んんー……! 南大陸は新年も空気が暑い」
上体を伸ばしたアレックスは賑やかになり始めた町中央部へ眼を向けた。
「こんな時はキンッキンに冷えた酒が美味いんだよねぇ……」
『新年じゃなくても同じ事言ってるじゃないですか』
ごくりと喉を鳴らしたアレックスに、スイはからからと笑う。
『酒場に行くんですか? それとも屋台で飲みます?』
「なーやーむーねぇ……!! んーんーんーんー……どっちも!」
『だと思いました』
アレックスとは一日二日の付き合いではない。予想通りの答えに笑うスイに、アレックスも流石だと笑った。
「新年を迎えた事を喜びながら飲む! で、スイが帰ってきたら合格祝いで更に飲むっ!!」
――スイが試験に合格すると微塵も疑わずにそう言ったアレックスを思い出しながら、スイはBランク昇格試験の場所へと向かう。
左腰にはデルベルトが打ってくれた白いショートソードが下がっている。渡された当初の重さや握りへの違和感はこの二ヶ月で無くなり、しっかりと馴染んでいた。
《スイ、この先に人がいるぞ。フェリペだ》
先に気配と匂いで気付いたコハクに、スイは歩く速度を少し上げる。
リーディンシャウフの町から南方へ歩く事三時間弱。ティヴァフランマ山とは別だが、火属性の影響が強く感じられる山の麓にフェリペはいた。
岩に腰を下ろしていたフェリペが、スイとコハクに気付いて立ち上がる。
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。共に戦った戦友達に敬意を』
律儀に新年の挨拶をしたスイに、フェリペは一瞬面食らったが微笑って同様の挨拶を返した。
『フェリペさんが今回の試験官なんですね』
「そうだ。試験の内容は?」
『聞いています』
コハクがスイに眼を向ける。頷いたスイの感情が波打ったのが、揺らいだ気配で判った。
『――B+ランク、オーガ一体の討伐だと』
意図してか、それとも偶々か。ハンターズギルドがスイのBランク昇格試験に選んだのは、ニコラスが最期に戦ったオーガだった。
僅かに揺らぎ続ける気配とほんの一瞬翳りを帯びた眼に、フェリペもスイとオーガの間に何かがある事を勘づくが、少なくとも表面上は落ち着いているスイに何も言わなかった。
『……確認なんですが、一体でいいんですか?』
武器を充分に馴染ませ、オーガの事を調べ、体調も万全にしたスイだが、懸念事項があるのが昇格試験の内容だった。
昇格試験は、どのランクでも異なる危険度のモンスターが一種類ずつ、計二種類が合格条件として提示される。
アレックスに聞いたが、アレックスの時も二種類のモンスター討伐が合格条件だったと首を傾げていた。
「何でだろうね? ま、Bの昇格試験はモンスター討伐よりその後の方が人によっては大変だとアタシは思うけど」
守秘義務の為、詳しくは言えないからと曖昧に伝えられた助言も気になるが、やはり今は討伐後よりも討伐内容そのものの方が気になる。
「一体だ、間違いない。オーガはこの先にいる。心の準備が出来たなら行け。試験が始まったら、俺達はお前達のやや後方で試験を見守る」
ハンターの昇格試験は、試験を受けるハンターが一人で対象モンスターを討伐しなければならない。法では主人の所有物扱いとなる従魔も、昇格試験の際は主人と共に戦う事は許されず、試験官の側で待機となる。
『……解りました』
《スイ、焦るなよ》
『うん。行ってくるね』
コハクとフェリペから離れて、スイは山道を行く。人が二人並べる程度の幅の道を歩いていると、拓けた場所に出た。血の臭いが鼻を突く。
中型モンスターの死体の一部を、骨付き肉の様に持って齧るオーガと眼が合った。
「ゴアアアアアアッ!!」
耳障りな咆哮が響く。ギャアギャアとマグマバルチャー達、鳥系モンスターが騒ぐ声が聞こえ、幾つもの気配が遠ざかっていった。
恐れ慄いて逃げていくモンスター達と違って、スイは逃げない。恐れている様子も無い。それが、餌を横取りに来たと思って憤慨しているオーガの気分を更に害する。
オーガは近くに転がっていた岩を持ち上げ、スイに向かって振りかぶって投げた。
「ゴ――オグッ!?」
岩がオーガの手を離れた直後に砕け、間を開けずに飛んできていた氷の塊がオーガの顔面に直撃した。
魔法詠唱も、手での方向制御も無い。氷の精霊術による予兆の無いカウンターにオーガは不意を突かれた。その一瞬でスイは距離を詰め、ショートソードを鞘から抜く。
姿を見せた白刃に、危機を感じたオーガが後ろに退いた。
下方からオーガの頭目掛けて振り抜かれた刃は、首ではなく角を捉える。引っ掛かりなく断ち、落ちた角の先が音を立てて転がった。
「ゴ……!? ガァァァァァァッ!!」
オーガや鬼は、拘るポイントは異なるが角の状態で同族内の地位の高低が決まる。オーガの場合、角が細い、或いは短いと序列は最底辺だ。折れた角は、治癒魔法や回復薬を使わない限り再生しない。
落ちた角を見るに、序列は上の方だったと思われるオーガは激昂した。怒り狂った眼に理性も知性も無い。
ただ気が済むまで敵を蹂躙する狂戦士となったオーガの突撃を、スイは流水の如くいなした。すれ違いざまに白刃がオーガの全身を疾り、腕や胴からの出血が宙を舞う。
《(……静かに怒ってる。一番恐い時のスイだ)》
討伐対象に狙われたり、戦闘の妨げになったりと試験者の邪魔にならない様に試験官は離れた所で試験を見守る。
フェリペの隣で試験を眺めているコハクは、スイの感情を読み取っていた。
《(オーガは弱くない。と言うか、アイツ自身はかなり強い方だ)》
オーガの拳は一撃で岩を砕き、地面を割る。くらえば、呼吸法で強化していても元が華奢なスイの身体は肉を潰され、骨まで砕けるだろう。
《(そんなアイツが弱く見えるくらい、今のスイが強すぎる……)》
コハクは、ニコラスの最期の瞬間を見ていない。
スイから話を聞かされたし、葬礼時に灰にする前のニコラスを見たからニコラスが死んだという実感はある。ニコラスが死んだ直接の原因がオーガだと言う事も知っているが、それだけだ。
コハクはニコラスが気に入らなかったからか、スイやアレックス程、ニコラスの死に衝撃を受けていないし思い入れも無い。
だから、スイの怒りがニコラスの死因によるものだと言うのも、あまりピンと来ていない。ただ、その怒りがスイの身体能力を何倍も引き上げている事は理解出来た。
《(本当に気に食わない奴だ)》
少々の面白くなさを覚えて荒く鼻息を吐いた。少しばかり落ち着いた所で、コハクはニコラスの事を考えるのをやめて試験中のスイへ集中する。
スイのショートソードがオーガの右脚を切り付けた。風の魔法剣が深く太腿を裂き、血を噴き出させる。がくりと体勢を崩したオーガの間合いに入り込んだスイが、その胸に手を当てた。
「…………ッ!?」
至近距離でスイとオーガの視線がぶつかる。色の異なる双眸には怒りと、オーガには解らないふたつの感情が宿っていた。
オーガはこの時、スイへ恐怖を覚え、そして衝撃を胸に感じて絶命した。
『…………』
怒りと悲しみと、申し訳無さが混同した眼でスイは倒れたオーガを見下ろした。
胸には氷の精霊術で貫いた穴が空いている。スイにそのつもりは無かったが、その死に様はあの日のオーガと同じだった。
ニコラスを殺した個体でない事は理解している。それでも、怒りを抑えきれなかった。八つ当たりとなった事を心の中で詫び、自分の目的の為に殺したオーガへ黙祷を捧げる。その背中に声がかけられた。
「B+ランク相手を、ほぼ無傷で討伐か。大したものだ……」
感心と、畏怖にも似た感情をスイに覚えながらフェリペは称賛する。
一度、静かに深呼吸してからスイは振り向いた。その眼には先程まであった感情は、殆ど無い。
『ありがとうございます』
「じゃあ、町に向かうか。オーガはアイテムポーチに入れておけ。黙っていたが、そいつは指名手配モンスターだからな」
『はい……え? あ! 本当だ……!』
言われて、改めてまじまじと見ればリーディンシャウフのハンターズギルドで見た容貌だ。スイは落ち着いているつもりでいたが、やはり感情に呑まれかけている部分もあったのだと反省する。
オーガの亡骸の前でしゃがむと、両手を合わせてからアイテムポーチに入れた。
走り寄ってきたコハクがぶんぶんと尻尾を振ってスイを褒めちぎる。苦笑いを浮かべながら礼を言うと、スイはコハクとフェリペと共にリーディンシャウフへの帰路へついた。
町まであと一時間も歩けば着くと言った所まで差し掛かった時、それに真っ先に気付いたのはやはりコハクだった。
《スイ、イザベラがいる》
『えっ? 強いモンスターが出たのかな?』
《いや、近くには何もいないと思う。血の臭いもしない》
『何だろう? フェリペさん、イザベラさんがこの先にいるみたいです』
「そうか」
『……?』
フェリペは不思議がる様子も、訝しむ様子も無い。平然としている。フェリペが動揺する事はあまり無い。なので、今の状態もその性質故か――。
「スイ。Bランクからは上位ハンターとなる。ここまで上がると、前例の無い、もしくは情報不足の敵を相手にする事も珍しくなくなる。それはモンスターだけとは限らない」
或いは、イザベラが此処にいる理由を知っていたからか。
「Bランク昇格試験。次の相手は人間だ。それも最強帯の強さを持つ、な」
Aランクハンター、剛腕戦斧のイザベラ。
南大陸最強のハンターが、炎の様に赤い長髪を靡かせて獰猛に、妖艶に笑って巨大な斧を持ち上げた。
一年の最後の日は自宅で過ごす人が殆どだ。しかし、今年のリーディンシャウフでは夜の間も起きている人が多い。
その大半は町の二箇所へ集まっている。旧闘技場や店が集まる中央部と、鎮魂碑がある北東部だ。リーディンシャウフを象徴するふたつの下に集い、人々は新たな一年の始まりを待つ。
空の彼方が朱に染まり、やがて太陽が顔を見せると人々は顔を見合わせた。
「佳き始めの日を迎えられた事に感謝を――英雄達に、心からの敬意を」
生きて新年をこの町で迎えられた事の慶びを噛み締め、誰からともなくそう言祝いだ。
新年の挨拶に新たに付け加えられた一言はこの年から始まり、リーディンシャウフの町では永く永く、新年を迎える度に使われる挨拶となる。
スイも、共に朝日を眺めるアレックスへ顔を向けた。首元で太陽の光をふたつの金鉱石が反射する。その内のひとつに、スイは手を添えた。
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。一緒に戦った仲間達に心からの敬意を』
「佳き始めの日に感謝を。戦友達に心からの敬意を」
リーディンシャウフの大惨禍を、関わった人々は生涯忘れない。
共に新年を迎える事が叶わなかった仲間がいる事を、スイとアレックスも生涯忘れる事は無い。
想い出と形見の品と共に、生者は未来へ歩んでいく。
「……んんー……! 南大陸は新年も空気が暑い」
上体を伸ばしたアレックスは賑やかになり始めた町中央部へ眼を向けた。
「こんな時はキンッキンに冷えた酒が美味いんだよねぇ……」
『新年じゃなくても同じ事言ってるじゃないですか』
ごくりと喉を鳴らしたアレックスに、スイはからからと笑う。
『酒場に行くんですか? それとも屋台で飲みます?』
「なーやーむーねぇ……!! んーんーんーんー……どっちも!」
『だと思いました』
アレックスとは一日二日の付き合いではない。予想通りの答えに笑うスイに、アレックスも流石だと笑った。
「新年を迎えた事を喜びながら飲む! で、スイが帰ってきたら合格祝いで更に飲むっ!!」
――スイが試験に合格すると微塵も疑わずにそう言ったアレックスを思い出しながら、スイはBランク昇格試験の場所へと向かう。
左腰にはデルベルトが打ってくれた白いショートソードが下がっている。渡された当初の重さや握りへの違和感はこの二ヶ月で無くなり、しっかりと馴染んでいた。
《スイ、この先に人がいるぞ。フェリペだ》
先に気配と匂いで気付いたコハクに、スイは歩く速度を少し上げる。
リーディンシャウフの町から南方へ歩く事三時間弱。ティヴァフランマ山とは別だが、火属性の影響が強く感じられる山の麓にフェリペはいた。
岩に腰を下ろしていたフェリペが、スイとコハクに気付いて立ち上がる。
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。共に戦った戦友達に敬意を』
律儀に新年の挨拶をしたスイに、フェリペは一瞬面食らったが微笑って同様の挨拶を返した。
『フェリペさんが今回の試験官なんですね』
「そうだ。試験の内容は?」
『聞いています』
コハクがスイに眼を向ける。頷いたスイの感情が波打ったのが、揺らいだ気配で判った。
『――B+ランク、オーガ一体の討伐だと』
意図してか、それとも偶々か。ハンターズギルドがスイのBランク昇格試験に選んだのは、ニコラスが最期に戦ったオーガだった。
僅かに揺らぎ続ける気配とほんの一瞬翳りを帯びた眼に、フェリペもスイとオーガの間に何かがある事を勘づくが、少なくとも表面上は落ち着いているスイに何も言わなかった。
『……確認なんですが、一体でいいんですか?』
武器を充分に馴染ませ、オーガの事を調べ、体調も万全にしたスイだが、懸念事項があるのが昇格試験の内容だった。
昇格試験は、どのランクでも異なる危険度のモンスターが一種類ずつ、計二種類が合格条件として提示される。
アレックスに聞いたが、アレックスの時も二種類のモンスター討伐が合格条件だったと首を傾げていた。
「何でだろうね? ま、Bの昇格試験はモンスター討伐よりその後の方が人によっては大変だとアタシは思うけど」
守秘義務の為、詳しくは言えないからと曖昧に伝えられた助言も気になるが、やはり今は討伐後よりも討伐内容そのものの方が気になる。
「一体だ、間違いない。オーガはこの先にいる。心の準備が出来たなら行け。試験が始まったら、俺達はお前達のやや後方で試験を見守る」
ハンターの昇格試験は、試験を受けるハンターが一人で対象モンスターを討伐しなければならない。法では主人の所有物扱いとなる従魔も、昇格試験の際は主人と共に戦う事は許されず、試験官の側で待機となる。
『……解りました』
《スイ、焦るなよ》
『うん。行ってくるね』
コハクとフェリペから離れて、スイは山道を行く。人が二人並べる程度の幅の道を歩いていると、拓けた場所に出た。血の臭いが鼻を突く。
中型モンスターの死体の一部を、骨付き肉の様に持って齧るオーガと眼が合った。
「ゴアアアアアアッ!!」
耳障りな咆哮が響く。ギャアギャアとマグマバルチャー達、鳥系モンスターが騒ぐ声が聞こえ、幾つもの気配が遠ざかっていった。
恐れ慄いて逃げていくモンスター達と違って、スイは逃げない。恐れている様子も無い。それが、餌を横取りに来たと思って憤慨しているオーガの気分を更に害する。
オーガは近くに転がっていた岩を持ち上げ、スイに向かって振りかぶって投げた。
「ゴ――オグッ!?」
岩がオーガの手を離れた直後に砕け、間を開けずに飛んできていた氷の塊がオーガの顔面に直撃した。
魔法詠唱も、手での方向制御も無い。氷の精霊術による予兆の無いカウンターにオーガは不意を突かれた。その一瞬でスイは距離を詰め、ショートソードを鞘から抜く。
姿を見せた白刃に、危機を感じたオーガが後ろに退いた。
下方からオーガの頭目掛けて振り抜かれた刃は、首ではなく角を捉える。引っ掛かりなく断ち、落ちた角の先が音を立てて転がった。
「ゴ……!? ガァァァァァァッ!!」
オーガや鬼は、拘るポイントは異なるが角の状態で同族内の地位の高低が決まる。オーガの場合、角が細い、或いは短いと序列は最底辺だ。折れた角は、治癒魔法や回復薬を使わない限り再生しない。
落ちた角を見るに、序列は上の方だったと思われるオーガは激昂した。怒り狂った眼に理性も知性も無い。
ただ気が済むまで敵を蹂躙する狂戦士となったオーガの突撃を、スイは流水の如くいなした。すれ違いざまに白刃がオーガの全身を疾り、腕や胴からの出血が宙を舞う。
《(……静かに怒ってる。一番恐い時のスイだ)》
討伐対象に狙われたり、戦闘の妨げになったりと試験者の邪魔にならない様に試験官は離れた所で試験を見守る。
フェリペの隣で試験を眺めているコハクは、スイの感情を読み取っていた。
《(オーガは弱くない。と言うか、アイツ自身はかなり強い方だ)》
オーガの拳は一撃で岩を砕き、地面を割る。くらえば、呼吸法で強化していても元が華奢なスイの身体は肉を潰され、骨まで砕けるだろう。
《(そんなアイツが弱く見えるくらい、今のスイが強すぎる……)》
コハクは、ニコラスの最期の瞬間を見ていない。
スイから話を聞かされたし、葬礼時に灰にする前のニコラスを見たからニコラスが死んだという実感はある。ニコラスが死んだ直接の原因がオーガだと言う事も知っているが、それだけだ。
コハクはニコラスが気に入らなかったからか、スイやアレックス程、ニコラスの死に衝撃を受けていないし思い入れも無い。
だから、スイの怒りがニコラスの死因によるものだと言うのも、あまりピンと来ていない。ただ、その怒りがスイの身体能力を何倍も引き上げている事は理解出来た。
《(本当に気に食わない奴だ)》
少々の面白くなさを覚えて荒く鼻息を吐いた。少しばかり落ち着いた所で、コハクはニコラスの事を考えるのをやめて試験中のスイへ集中する。
スイのショートソードがオーガの右脚を切り付けた。風の魔法剣が深く太腿を裂き、血を噴き出させる。がくりと体勢を崩したオーガの間合いに入り込んだスイが、その胸に手を当てた。
「…………ッ!?」
至近距離でスイとオーガの視線がぶつかる。色の異なる双眸には怒りと、オーガには解らないふたつの感情が宿っていた。
オーガはこの時、スイへ恐怖を覚え、そして衝撃を胸に感じて絶命した。
『…………』
怒りと悲しみと、申し訳無さが混同した眼でスイは倒れたオーガを見下ろした。
胸には氷の精霊術で貫いた穴が空いている。スイにそのつもりは無かったが、その死に様はあの日のオーガと同じだった。
ニコラスを殺した個体でない事は理解している。それでも、怒りを抑えきれなかった。八つ当たりとなった事を心の中で詫び、自分の目的の為に殺したオーガへ黙祷を捧げる。その背中に声がかけられた。
「B+ランク相手を、ほぼ無傷で討伐か。大したものだ……」
感心と、畏怖にも似た感情をスイに覚えながらフェリペは称賛する。
一度、静かに深呼吸してからスイは振り向いた。その眼には先程まであった感情は、殆ど無い。
『ありがとうございます』
「じゃあ、町に向かうか。オーガはアイテムポーチに入れておけ。黙っていたが、そいつは指名手配モンスターだからな」
『はい……え? あ! 本当だ……!』
言われて、改めてまじまじと見ればリーディンシャウフのハンターズギルドで見た容貌だ。スイは落ち着いているつもりでいたが、やはり感情に呑まれかけている部分もあったのだと反省する。
オーガの亡骸の前でしゃがむと、両手を合わせてからアイテムポーチに入れた。
走り寄ってきたコハクがぶんぶんと尻尾を振ってスイを褒めちぎる。苦笑いを浮かべながら礼を言うと、スイはコハクとフェリペと共にリーディンシャウフへの帰路へついた。
町まであと一時間も歩けば着くと言った所まで差し掛かった時、それに真っ先に気付いたのはやはりコハクだった。
《スイ、イザベラがいる》
『えっ? 強いモンスターが出たのかな?』
《いや、近くには何もいないと思う。血の臭いもしない》
『何だろう? フェリペさん、イザベラさんがこの先にいるみたいです』
「そうか」
『……?』
フェリペは不思議がる様子も、訝しむ様子も無い。平然としている。フェリペが動揺する事はあまり無い。なので、今の状態もその性質故か――。
「スイ。Bランクからは上位ハンターとなる。ここまで上がると、前例の無い、もしくは情報不足の敵を相手にする事も珍しくなくなる。それはモンスターだけとは限らない」
或いは、イザベラが此処にいる理由を知っていたからか。
「Bランク昇格試験。次の相手は人間だ。それも最強帯の強さを持つ、な」
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無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
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