【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ

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第一章 死ぬまでにしたい10のこと

35話 夜の貧民街、ふたたび

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 馬車から降りると、すでに日は落ちて暗くなっていた。

 ジェイコブがランタンに火を灯し、先導して歩いてくれる。
「離れないで。ここは危ないですよ」
「前もひとりで来たことがあるから大丈夫ですよ」

 ずい、とわたくしの目の前に、ジェイコブの強面顔が迫ってきます。ランタンの明かりで影ができたジェイコブはなかなかに、うん。普通のご令嬢なら悲鳴をあげているかもしれませんね。
「なぜ、貧民街にひとりで来た? 危なすぎるだろう」
「だってあのときはジェイコブがいなくて、戻ってくるなんて思わなかったですから」
 ジェイコブが眉間に皺を寄せ、すごくにらむ。やがて、わたくしから顔を背けた。
「すまない。そうだったか。次からはひとりでいくな。俺と一緒だ」
「はい。よろしくお願いしますね」



 貧民街の広場を通って、ジョージ護身術がある丘へと向かう。
 バラックの前をジェイコブが警戒しながら進むと。


 わたくしを指さし、ぼろぼろの服をまとったおじさんがみんなに声をかけている。みんながこちらを見て、ざわざわとなにかを話す。わたくしやジェイコブはあっという間に住民に取り囲まれた。


 ジェイコブが舌打ちした。


「おまえら、近づくな!!!!!!! これだから、貧民街に来るのは反対だったんだ。くそっ。走れるか? 俺が抑えるから、馬車に向かって逃げろ!」

 ランタンを地面にさっ、と置いて、腰の剣を抜き、わたくしをかばうジェイコブ。


 抜刀したジェイコブを見ても、住民達はひるまない。わたくしはその住民達を見つめた。


 ――あれっ……。


「ジェイコブ、待ってください!」
「待つもなにも、こいつらが待ってくれなそうだぞ」
 ジェイコブが叫んだ。


「剣をしまってください! ジェイコブ」
 わたくしはジェイコブのレザー・アーマーを叩いた。
「なにをおかしなことを言っている! 全部身ぐるみはがされるぞ」



 住民たちは一斉に膝を地につき、平伏した。

 ジェイコブが剣をにぎったまま、あっけにとられている。


 年かさの白髪の老人が言った。
「アシュフォード公爵家のご令嬢とお見受けいたします。この度は子どもたちの伝染病の薬を配布してくださり、心より感謝申しあげます」

 住民達から「ありがとう」「助かりました」「女神かよっ」「さすが、アシュフォード家のご令嬢さまだぁ」と声があがる。


 かくいう、わたくしはというと、顔に張り付いていた笑みがぴく、ぴくと痙攣する。


 ――また、土下座受けです。わたくしは人に土下座を強要させるような因子を持っているのでしょうか。末恐ろしい力……です。もうすこし、魔力にも頑張ってもらいたかった。


 皆様の敵意がないのはわかった。すぐに気持ちを入れ替え、扇子を取り出し、高笑いする。わたくしはもうすぐ寿命が尽きるので、住民方と仲良くなっても悲しませるだけですしね。

「いえいえいえー。わたくしではございません。たまたま、お子様たちの惨状を見ただけです。お友達(オリバー先生)に、お薬を配布なさってはいかがかとちょっとお伝えしたにすぎません。お金だってお小遣いをほんのすこし使っただけです。(アシュフォード家の半分の財産)ただの通りすがりの令嬢でございましてよ」

「うわっ……最近そういうのが貴族令嬢の間で流行しているのか? 俺には全然良さがわからんが……」
 ジェイコブが見たことがない顔を見せる。すべての顔のパーツが中央によっている。酸っぱい物を食べた時のような顔。わたくしは酸っぱい系令嬢ということでしょうか。


 住民が困惑している。
「どういう意味だ? いまの」「おめぇ、知らねえのか? 貴族様っていうのはノブレス・オブリージュっていうのがあってな、人助けも義務なんだよ。だから、あえて、アシュフォードご令嬢様は自分の手柄にしないで、友人という架空の人物を作って、自分に感謝が向けられないようにしてんだよっ」「えっつまりどういうことだ?」「……話聞いてたのかよっ。だから、自分は当たり前に人助けするから、わざわざ自分が人助けしました! すごいだろうってふんぞりかえらねぇんだ。すごいお方ってことだよっ」


 ――これは新しい恥辱プレイが開幕です。自分の思惑がすべて筒抜けで、悪役令嬢の振りをすることほど、恥ずかしいものはありません。わたくし、くちびるを噛んで、恥辱に耐えます。


 ああ! 丘から降りてくる金髪くるくる髪の男の子は、ジョージの子どもだ。顔のできものは完治はしていないが、だいぶよくなっていた。

「お姉ちゃん、薬、ありがとね。さすが、お父ちゃんをわざわざ探し出して、剣を習いに来る令嬢だね。僕は見所のある奴だと思っていたよ」
「ふふっ。薬の件はわたくしではございませんよ――」
「別に嘘なんてつかなくていいよ。ここ数日で貧民街にやってきたお金持ちの人は、お姉ちゃんだけだったし、貴族はそもそもこんなところ来ないよ。僕の弱って死にそうだった友達も薬のおかげでよくなってきた。友達を助けてくれてありがとう」
 不器用な姿勢であたまを下げるジョージの子ども。住民達もわたくしにあたまを下げる。


「俺たちは金もなくて、生活もひもじい、だから病気になっても放っておかれるって勝手に思っていました。もちろんマルクールはちいさい国だし、金だってアルトメイアに比べたら全然ないのは俺たちもわかっています。ですが、見捨てないで、手を差し伸べてくれるアシュフォード家のご令嬢様もいる。貴方様がここに来てくださって、みんな感謝しています。ありがとうございます」
 年かさの老人が言った。

「さすがアシュフォード嬢だ。俺がいないあいだに早速人助けをしているとは恐れ入る。仕える身としては鼻が高すぎるな。しかし、残念でならない。国の騎士になど、まったく戻りたくなくなった」
 ジェイコブが剣をしまい、首を振った。

「いえ、いいんですよ。いつでも国の騎士にもどって騎士爵を受け取って、家族に楽をさせてください!」

「いいんだ。俺は俺が守りたい人を……その……守るだけだからな」

 どこかから、ひやかしの口笛が鳴る。


 よかった。みなさんの笑顔が見られて。


「そういえばお父ちゃんが怒っていたよ。お姉ちゃんがサボりすぎだって! はやくウチの道場に行った方がいいんじゃない?」
 ジョージの子どもはいたずらっぽく笑う。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ! ジェイコブ、あの丘まで走って行きます! ジョージはすごく怖いのです。ほら、急いで!!!!!!」

「まったく、しょうがないな!」

 3人で走って行った。
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