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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

52話 リリー・バルクシュタインの回想 アラン殿下との密約 あたしがアシュフォード様にできること

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 殿下が急にガッツポーズを繰り出した。

「えっ? なにしてるんですか」

「ここのところ、ほんとうに嫌なこと、憂鬱なことばかりでな。ようやく光が見えてきたと思って。よくぞここまで仮説を立てた。それで、【黒闇】【穢れ】【茨】の魔女の知っていることを全部教えてくれないか?」

 扉が開け放たれ、ブラッド殿下が入ってきた。
「おい! 来客中だぞ。ノックぐらいしないか」
「ご、ごめん。早く書類仕事を片付けろっていうから、急いでもってきたんだ……。だれ、この子」
 立ち上がり、挨拶カーテシーした。

「ごきげんよう。リリー・バルクシュタインと申します」
「どうも」
 無表情であたしをジロジロと見る。おそらく、あたしを妾だとでも思っているのだろう。
「すまない。すぐ見終わるから、すこし待っていてくれないか?」
「はい。あたしのことは気にしないでください」

 殿下の本棚を見た。高い天井まで木の枠を通して作られた本棚は圧巻だった。戦術の本、魔女について書かれた本、小説、伝記、魔法教本、はては平民の暮らしについて書かれたものまであった。

 どんな小説を読むのか。うん? あたしはおかしなことに気がついた。

「なにをやっている! 何度も何度も言わせるな! 自分で判断せず、俺に聞いてからやれ。そんなんだから、いつまでもお前に仕事を任せられないんだ! いつまでに出来るようになる?」
 机を何度も叩く音がして、振り返った。
「その……次までには」
「絶対だな! ならば、もどってさっさとやれ!」

 アラン殿下が書類を床に放り投げた。ブラッド殿下が拾う。その時、するどい目でアラン殿下をにらみつけていた。その視線にぞっとした。

 ブラッド殿下が出ていった。

「いつも、あんなに厳しくしているのですか」
「ああ。ブラッドにはマルクールを継いでもらわないといけないからな」
「そうですか。ブラッド殿下はあたしたちの味方になってくれますか」
「あいつにはむかしから厳しくあたって、嫌われているから、難しいだろうな。ブラッドの母親がなくなって、王位継承権も2位で、苦労するのが見えていた。だからせめて、仕事ができるようになれたらよいなと……すまない。関係ない話だったな。魔女の話に戻そう」

 あたしはアラン殿下の肩に手を置いた。
「いえいえ。殿下のことが知れてよかったですよ」
 殿下はあたしの手をはねのけた。
「あまり、ベタベタさわらないでくれ!」

「あらっすみません。魔女の話でしたね。【黒闇の魔女】世界でいちばん有名な魔女ですね。つまり、手品がばれた手品師。夜戦で右に出る物はいないが、光に弱く、朝、昼間であれば、力の10分の1も発揮できないでしょう。【穢れの魔女】その姿を知っているものは皇帝陛下も含め、5人いるかいないかだとか。戦争時もその姿をアルトメイアの兵士から隠したと言われています。ほかの魔女よりもずっと長生きで、穢れという呪いを纏って、力を増強させているとしか。アルトメイアの秘匿レベルからいって、【黒闇】よりも、警戒すべきはこちらの魔女の方でしょう。【茨の魔女】人を操るなんらかの魔法が得意だとは聞いたことがあります。しかし、一切がゴルゴーン王国のなかで秘匿されていてわかりません。幽閉されているという噂がありますね」

 殿下がうなずく。

「俺が知っている以上の情報はないな。【茨の魔女】が最後に姿を現したのはいつぐらいかわかるか?」

「あたしたちが生まれる前の話なので、20年以上前って言われていますよね」


 
「【茨の魔女】はゴルゴーンにいるのだろうか」



 歩きながら、その仮説を考えてみた。


「なにか、おかしなことがありましたか?」


 殿下は目を閉じ、悔しそうに首をふった。



「おそらく、マルクールは魔女の攻撃を受けている」
「ほ、ほんとうですか!」

「父上の……陛下の様子がおかしい。半年程前からすこしずつ違和感を感じるようになった。いままでしなかったような選択をしたり、なぜかアルトメイアに有利になるような話を飲んだりしている。以前では考えられなかったことだ。他にもいくつか思い当たることがある」

「や、やばくないですか! 結局この話ってあたしたちが絶対勝てない戦いってことになりますよね? アルトメイアと戦争しても勝てないし、敵の魔女は強大すぎるし、そもそも、アルトメイアを押さえればいいのかもわからない。ゴルゴーンの仕業かも知れないし、【茨の魔女】の策略かももはやわからない」

「違う。勝利条件はフェイトが無事にマルクールに居続けること。そして、マルクールを攻撃している魔女が鍵だ」
 殿下は手袋に強い皺がつくほど、握りこんだ。


「婚約破棄の件は別の令嬢に頼む。だから、もうひとつ、大事なことを頼みたい」
「聞くだけは聞きます」
「魔女を、探してくれ。【茨の魔女】か、それとも違う魔女なのか。俺たちのすぐ近くにいる気がする。バルクシュタイン商会の力を使って探してほしい」

 あたしは何度もうなずいた。
「もう、これ、殿下もあたしも死にますよね。結構な確率で」
「いや。まだ、君には断る権利がある」
「ここまで話しておいて? 優しいのか、残酷なのか」

 あたしは大げさに、ため息をついて、しばらく黙った。

「話変わりますけど、小説、好きなんですか?」
「……ああ? 俺は生まれた時からなんの不自由もなく、世間を知らん。だから、物語を読む」
「貴方みたいにキラキラした王子様でも、そんなこと考えるんですね。ねぇ、どうして、【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】って本、2冊も持っているんですか。あたし、この話、大好きなんですよ」
 あたしは本棚からとった本を2冊見せた。

「人は誰かを守る為、時に悪役を演じなくてはならない」
 殿下はあたしを見ずに言った。

「そうですか。なら、あたしはアシュフォード様の為、なにができるでしょうか」

 本を元の位置にもどした。本は2冊ともほこりひとつなく、綺麗に革表紙が磨かれていた。


 殿下に挨拶カーテシーした。
「婚約破棄の件、承りました。殿下が命をかけ、悪役王子殿下を演じられるなら、そのパートナーとして、あたしが悪役令嬢になりましょう。正直、アシュフォード様が傷つくことに比べたら、あたしの悲しみなんて、大したことないです。あたしは笑って、アシュフォード様に嫌われるとしましょう。ただ、ひとつ約束してください」
「引き受けてくれて、ありがとう。言ってみてくれ」
「アシュフォード様にダンスを習えるようにしてください」
「それは……無理ではないか? 婚約破棄の原因の相手だぞ。わかっているのか」
 殿下の顔に指を何度も突きつける。

「わかっているから言っています」
「……善処しよう」

「では、あたしを一発なぐってください」
「大丈夫か? 俺は一回も殴っていないはずだが」
「いや、別にあたまがおかしくなったんじゃなくて、さんざん殴ってしまったでしょう。だから、痛み分けってことです」

 殿下がふふっと笑い、やがて、大笑いして、ソファーに倒れ込んだ。
「……フェイトと一緒だ。あれも、俺とブラッドがケンカしていると、同じことをした」

「光栄ですね。あたしはアシュフォード様の弟子みたいなものなので。では一緒にアシュフォード様をお助けしましょう。そして、生き残る。殿下はすべてが上手くいったら、アシュフォード様と結婚して、幸せになってください。いいですか?」

 殿下は目を丸くして、あたしを見た。ずいぶん返答がないので、文句を言おうとしたら、やっと、口を開いた。

「善処しよう」
「よく、言えました」
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