エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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1・別れ際に一夜の過ち

私と別れたいなら、抱いて(1)

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「別れてくれ」

 金沢かなざわつぐみは将来を約束していた婚約者の安堂清広あんどうきよひろから、一方的に別れを告げられた。

「すまない。俺はもう、つぐみと一緒にはいられない」

 彼と自分は、相思相愛のはずだった。
 なのになぜ、なんの前触れもなく――。
 こんなふうに婚約者関係の解消を申し出るに至ったのか。
 つぐみはその理由を知るまで、素直に「わかりました」と頷くつもりなどなかった。

「どう、して……?」
「今は、言えない」
「そんなの……! 了承できるはずがないでしょう……!?」

 自分を嫌いになったのだとしたら、清広は嫌悪感を露わにした状態で吐き捨てるはずだ。
 しかし、彼は苦しそうに唇を噛み締めて苦悶の表情を浮かべるばかり。
 まるでつぐみから、別れを切り出されて傷ついている時のような反応を見せている。

 (こんなの、絶対におかしい)

 幼い頃から、ずっと一緒にいたのだ。
 些細な表情の変化すらもわからないほど、耄碌したつもりはなかった。

 (私には言えないような理由があるに、決まっている……!)

 そんな確信をいだいたつぐみは、清広に勢いよく抱きつく。
 そして、瞳から大粒の涙を流して懇願した。

「離してくれ」
「絶対に嫌!」
「つぐみ……」
「こんなふうに別れるなんて、許さない!」

 駄々を捏ねる子どものようで、みっともない。
 その自覚はあったが、ここで彼と素直に別れを告げたら絶対に後悔する。
そう思ったからこそ、ある条件を婚約者に持ちかけた。

「どうしても私と婚約者を止めたいって言うのなら、最後に思い出を頂戴」
「何を……」
「抱いて」

まさにあちらも、こんなふうに己が提案をするなど思っても見なかったのだろう。
驚愕に目を見開き、言葉を詰まらせる。
しかし、つぐみはその隙を逃さない。

「そうしたら、別れてあげる」

 清広に向かって、今の発言が冗談などではないと知らしめるように強い口調で宣言した。

 (真面目な清広さんのことだ……)

 目的を達成するために肌を重ね合わせるなんて暴挙を、素直に受け入れるはずがない。
 彼ならば「自暴自棄にならないでくれ」と、こちらを心配する素振りを見せながら困ったように眉を伏せるはずだ。

「わかった」

 なのに――。
 清広は二つ返事でつぐみの申し出を受け入れると、当然のように唇を奪った。

 (ファーストキスは、想いを通じ合わせて幸せな気持ちに浸った状態でするとばかり、思っていたのに……)

 しかし、現実は非情だ。
 幸福が永遠に続きますようにと願いを込めるのではなく、最後の思い出作りとしてでなければ、関係を進展させられなかったのだから。

「なん、で……?」
「俺には君を抱く以外の選択肢が、残されていないからだ」
「嫌々抱かなきゃいけないほどに、私と別れたいんだ……?」
「そうだな……」

 彼はつぐみを寝台の上に押し倒し、どこか物憂げな表情をした。
 清広と目を合わせてその瞳の奥にさまざまな感情が浮かんでは消えていく姿を捉えた少女は、婚約者に厳しい言葉を投げかける。

「嘘つき」

 2人は付き合いがかなり長い。
 だからこそ簡単に騙せると思われていた。
 それに強いショックを受けたつぐみは、涙目で彼を睨みつけたまま吐き捨てる。

「清広さんなんて、嫌い!」

 しかし、清広は別れを切り出した時点でこうして心ない言葉を投げかけられるのは折り込み済みなのだろう。
 彼は真剣な表情で、つぐみに問いかけた。

「大嫌いな人間の前で、肌を晒したくなどないだろう。今ならまだ、戻れるぞ」

 ここで先程の発言をなかったことにすれば、今すぐ別れることになる。
 だが、肌を許せば――。
 その間だけは、ずっと一緒にいられる。

 (大好きな人だからこそ、少しでも長く清広さんのそばにいたい……!)

 たとえどちらを選んだところで、清広が考えを変えない限りは行き着く先が同じだとしても――。
 この場で「やっぱり抱かないでくれ」と口にするなど、絶対にありえなかった。

「撤回なんか、しないんだから……!」
「そうか」

 どれほどの辱めを受けたとしても、絶対に耐えてみせる。
「もうやめて」なんて、口にしてなどやるものか。

 (彼に初めてを捧げれば「責任を取って」と、こっちから迫ることだってできるんだから……!)

 つぐみはこれから起こるであろう未知の体験に怯え、全身を小刻みに震わせる。
 だが、けして「怖い」とは口にしない。

 彼の大きな指先が美しい肌を覆う衣服に触れ、下着を露出させるまでは緊張の色を隠せぬまま大人しくしていた。
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