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2・6年後に再会
一夜明けて(3)
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「よかった……」
息子は何度か瞬きを繰り返したあと、ぽつりと呟く。
口にするのも恐ろしい、夢の中での出来事を。
「あのね。夢の中で、2人が喧嘩してたの。そのあと、パパは消えちゃったから……」
「広春……」
「もう絶対、いなくなっちゃ駄目だよ?」
「すまない。それは、約束できないんだ」
「どうして……?」
子どもを安心させるなら「わかった」と2つ返事で約束をする場面だ。
しかし彼は、あえて広春を不安にさせるような発言をした。
それは、清広が嘘をつけない性格であるからなのだろう。
「ただ、これだけは絶対に断言しよう。俺は何度君達の前から姿を消したとしても、再び出会えるように尽力すると……」
「じりょー?」
「最善を尽くす」
「さぜ……? お魚さん?」
「それは、ハゼじゃないかな……」
「むぅ……。パパの言葉、難しい……」
彼はいつか必ず、親子の前から姿を消す。
広春はそれを納得できない様子で、頭部からプスプスと煙を放出させた。
しかし、すぐに自分が寝そべれば、両親の間に挟まれ川の字になって眠れると気づいたようだ。
息子は嬉しそうに再び寝台へごろんと転がると、父親の逞しい胸板へ小さな身体を寄せた。
「もうすぐ、朝ご飯だよ……?」
「準備ができるまで、パパとぎゅってする……」
「もう……」
ころころと機嫌を変化させては清広の腕の中で丸まった子どもの姿を呆れたように見つめていれば、彼の口からぽつりと疑問が紡ぎ出された。
「この近くに、住んでいるのか」
「それを知って、どうするの?」
職業は花嫁との関係性を説明するために仕方なく打ち明けたが、住んでいる場所まで伝えるつもりはなかった。
馬鹿正直に教えたら、自宅へ押しかけてくるかもしれないと危惧したからだ。
「俺はここから徒歩で、数10分程度の場所に住んでいる」
こちらが嫌悪感を露わにした姿を目にして、いつまで経っても情報を打ち明けないことに痺れを切らしたのか。
「俺と一緒に、暮らさないか」
彼はつぐみでも知っている近隣の有名なタワーマンション名を告げると、親子を誘った。
「結婚は、しないって言ったでしょ」
結婚すれば当然、1つ屋根の下で暮らすことになる。
その申し出をすでに断っているのだから、彼がどれほど生活水準の高いマンションに住んでいたところで、つぐみからの了承を得られるわけがなかった。
「では、付き合ってくれ」
しかし、彼はどれほどこちらが拒否をしても、手を変え品を変え次々と提案してくる。
結婚、同棲、交際――。
明らかに順序が逆としか思えない内容を立て続けに提案されてしまえば、これ以上どうやって彼の好意を断ればいいのかさっぱりわからなかった。
「何度も言わせないで。私は……」
「どうして、怒るの……?」
いい加減にしてほしいと声を荒らげたところ、怒りを露わにした母親の姿に怯えた息子が瞳を潤ませる。
清広の腕の中にいる広春は、どうしても彼を睨みつけると視界に入ってしまうのだ。
「僕が、パパと一緒にいるから……?」
「違うよ。広春は、何も悪くない。ママは、パパが酷いことをしているから、叱りつけなくちゃいけないの」
「パパは、いい子だよ! 昨日、ママのこと、助けてくれたもん……!」
つぐみは涙ぐむ息子の姿を目にして、ぐっと唇を噛みしめる。
(小どもが起きている時に、清広さんと言い争ったら駄目だ……)
たとえ嘘でもいいから、表面上は仲のいいところを見せてやらなければ――両親が仲良く暮らす日々を夢見ている子どもに、精神的な負担を強いてしまう。
(彼と肌を重ねた時は、子どもさえいれば清広さんの心を縛りつけられると思った。でも、今は……)
広春の存在が、彼と距離を取りたいと願う己の足枷になっている。
(大好きな人との間に産まれた子を、いくら心の中であったとしても邪険に扱うなんて……。母親失格だ……)
つぐみが暗い表情で目を伏せると、親子の会話が微かに聞こえてきた。
「どうしよう……。ママ、悲しんでる……」
「心配いらない。俺に任せてくれ」
清広が優しく息子に語りかける声を耳にしたつぐみは、一度は落ち着いた怒りが再燃するのを感じた。
(誰のせいで、こうなっていると……!)
拳を握りしめることでどうにか高ぶる感情を押さえつけ、何度も深呼吸を繰り返す。
その後ゆっくりと顔を上げたところ、こちらを慈愛に満ちた瞳で見つめる彼と視線が交わった。
(今さらそんな表情をしたって、無駄なのに……)
つぐみがなんとも言えない気まずさを感じていれば、彼の口からさらなる衝撃的な言葉が紡がれた。
「これから家族3人で、遊びに行こう」
最初は何を言われているのかさっぱり理解できなかったが、時間が経つに連れて段々と先程の発言と関連づけられていたのだと気づく。
(さっきの発言は、男女交際のほうじゃなかったの……?)
己が早とちりしてたと知り、恥ずかしいやらなんやらで居た堪れない。
つぐみは精一杯強がりながら、吐き捨てた。
息子は何度か瞬きを繰り返したあと、ぽつりと呟く。
口にするのも恐ろしい、夢の中での出来事を。
「あのね。夢の中で、2人が喧嘩してたの。そのあと、パパは消えちゃったから……」
「広春……」
「もう絶対、いなくなっちゃ駄目だよ?」
「すまない。それは、約束できないんだ」
「どうして……?」
子どもを安心させるなら「わかった」と2つ返事で約束をする場面だ。
しかし彼は、あえて広春を不安にさせるような発言をした。
それは、清広が嘘をつけない性格であるからなのだろう。
「ただ、これだけは絶対に断言しよう。俺は何度君達の前から姿を消したとしても、再び出会えるように尽力すると……」
「じりょー?」
「最善を尽くす」
「さぜ……? お魚さん?」
「それは、ハゼじゃないかな……」
「むぅ……。パパの言葉、難しい……」
彼はいつか必ず、親子の前から姿を消す。
広春はそれを納得できない様子で、頭部からプスプスと煙を放出させた。
しかし、すぐに自分が寝そべれば、両親の間に挟まれ川の字になって眠れると気づいたようだ。
息子は嬉しそうに再び寝台へごろんと転がると、父親の逞しい胸板へ小さな身体を寄せた。
「もうすぐ、朝ご飯だよ……?」
「準備ができるまで、パパとぎゅってする……」
「もう……」
ころころと機嫌を変化させては清広の腕の中で丸まった子どもの姿を呆れたように見つめていれば、彼の口からぽつりと疑問が紡ぎ出された。
「この近くに、住んでいるのか」
「それを知って、どうするの?」
職業は花嫁との関係性を説明するために仕方なく打ち明けたが、住んでいる場所まで伝えるつもりはなかった。
馬鹿正直に教えたら、自宅へ押しかけてくるかもしれないと危惧したからだ。
「俺はここから徒歩で、数10分程度の場所に住んでいる」
こちらが嫌悪感を露わにした姿を目にして、いつまで経っても情報を打ち明けないことに痺れを切らしたのか。
「俺と一緒に、暮らさないか」
彼はつぐみでも知っている近隣の有名なタワーマンション名を告げると、親子を誘った。
「結婚は、しないって言ったでしょ」
結婚すれば当然、1つ屋根の下で暮らすことになる。
その申し出をすでに断っているのだから、彼がどれほど生活水準の高いマンションに住んでいたところで、つぐみからの了承を得られるわけがなかった。
「では、付き合ってくれ」
しかし、彼はどれほどこちらが拒否をしても、手を変え品を変え次々と提案してくる。
結婚、同棲、交際――。
明らかに順序が逆としか思えない内容を立て続けに提案されてしまえば、これ以上どうやって彼の好意を断ればいいのかさっぱりわからなかった。
「何度も言わせないで。私は……」
「どうして、怒るの……?」
いい加減にしてほしいと声を荒らげたところ、怒りを露わにした母親の姿に怯えた息子が瞳を潤ませる。
清広の腕の中にいる広春は、どうしても彼を睨みつけると視界に入ってしまうのだ。
「僕が、パパと一緒にいるから……?」
「違うよ。広春は、何も悪くない。ママは、パパが酷いことをしているから、叱りつけなくちゃいけないの」
「パパは、いい子だよ! 昨日、ママのこと、助けてくれたもん……!」
つぐみは涙ぐむ息子の姿を目にして、ぐっと唇を噛みしめる。
(小どもが起きている時に、清広さんと言い争ったら駄目だ……)
たとえ嘘でもいいから、表面上は仲のいいところを見せてやらなければ――両親が仲良く暮らす日々を夢見ている子どもに、精神的な負担を強いてしまう。
(彼と肌を重ねた時は、子どもさえいれば清広さんの心を縛りつけられると思った。でも、今は……)
広春の存在が、彼と距離を取りたいと願う己の足枷になっている。
(大好きな人との間に産まれた子を、いくら心の中であったとしても邪険に扱うなんて……。母親失格だ……)
つぐみが暗い表情で目を伏せると、親子の会話が微かに聞こえてきた。
「どうしよう……。ママ、悲しんでる……」
「心配いらない。俺に任せてくれ」
清広が優しく息子に語りかける声を耳にしたつぐみは、一度は落ち着いた怒りが再燃するのを感じた。
(誰のせいで、こうなっていると……!)
拳を握りしめることでどうにか高ぶる感情を押さえつけ、何度も深呼吸を繰り返す。
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(今さらそんな表情をしたって、無駄なのに……)
つぐみがなんとも言えない気まずさを感じていれば、彼の口からさらなる衝撃的な言葉が紡がれた。
「これから家族3人で、遊びに行こう」
最初は何を言われているのかさっぱり理解できなかったが、時間が経つに連れて段々と先程の発言と関連づけられていたのだと気づく。
(さっきの発言は、男女交際のほうじゃなかったの……?)
己が早とちりしてたと知り、恥ずかしいやらなんやらで居た堪れない。
つぐみは精一杯強がりながら、吐き捨てた。
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