エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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2・6年後に再会

朝ごはんとデートの行き先(1)

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「今さら家族の時間を作ろうとしたって、無駄だよ。失った6年間は、取り戻せない」
「やってみなければ、わからないこともある」
「随分と、自信があるんだね」
「ああ。知っているからな。心の底からつぐみが、俺を嫌っているわけではないと」

 清広から指摘を受けたつぐみは、悔しそうに唇を噛み締めた。
 ――図星だったからだ。

 本気で大嫌いな人とこれほど長い間面と向かって会話をし続ける状況に追い込まれたなら――。
 つぐみは全身を震わせ泣きじゃくり、「広春を返して」と泣き叫んでいたところだ。

 (息子を腕に抱いても文句を言わずに黙っていられるのは、彼が私の愛した人であり、子どもの父親だから……)

 つぐみは清広から指摘を受け、己の奥底に眠る感情に気づいてしまった。

 本当は、彼に愛を囁かれて嬉しかった。
 もっと自分を求めてほしい。
 つぐみなしでは生きていけないと語るのならば、拒絶しきれぬほどに息子ごと愛し抜いて。
 口先だけではなく、態度で表してくれたなら――。

 (そうすれば、きっと。素直になれる……)

 今回の提案はつぐみにとっては、願ってもない話だった。
 一度は途切れた運命の糸が結びつき、途切れぬほどに強固なものとなれば――。
 もう二度と、悲しい思いをしなくて済むのだから。

 (でも……)

 つぐみは恐れている。
 彼を信じ、裏切られることを。
 一度は許せても、二度目ともなれば――今度こそ、修復などできないほどに関係性は崩壊するだろう。

 (清広さんだって、わかっているはずだ。もう、あとがないことくらい。だったら……)

 かつて愛した人に最後のチャンスを与えるべきか、否か。

 頭の中でぐらりぐらりと不安定に揺れる天秤の幻影に気を取られていたつぐみは、清広が口元を綻ばせて挑発する声を聞いて我に返った。

「怖いか? 俺に再び惚れ、広春が懐くのが」
「そんなこと……!」
「なら、決まりだな」

 つぐみの説得に成功した彼は屈託のない笑顔を浮かべると、息子を抱きかえてベッドを降りた。
 己もそれに倣い、彼のあとをついていく。
 すると――。

「パパ?」
「朝食の用意が、整ったようだ」
「ご飯!」

 清広はルームサービスを運び込むホテルスタッフを招き入れ、注文した商品をテーブルの上へと所狭しと並べるように指示を出す。
 綺麗に陳列された食事の数々を目にした息子は、キラキラと瞳を輝かせてぽつりと呟く。

「すごーい……! これ全部、僕も食べていいの?」
「ああ。広春の分は、別に頼んであるが……。食べたいものがあれば、好きなだけ摘んでいいぞ」
「パパって、偉い人?」
「社会的な地位は、それほど高くない」
「そうなんだ……?」

 息子から向けられた素朴な疑問に威張ることなく曖昧に濁すあたりが、彼らしい。
 さっそくお子様セットを清広の膝上に乗って食べ始めた広春の姿を見守りながら、渋々対面の席に座ってカトラリーを手にする。

「つぐみも遠慮せずに、好きなだけ食べてくれ」
「はぁ……」

 つぐみは何度目かわからぬため息を溢したあと、ずっと狙っていたオムライスが乗せられた皿を掴む。
 そうして目の前に引き寄せた頃、清広はいつの間にか食事を口に運び、一皿目を完食していた。

 (それにしても、よく食べるなぁ……)

 6年前は青年と呼べるような年齢であったが、現在は成熟した大人に成長したからだろうか。
 彼は長机に並べられた料理を右から順番に、片っ端から口に運んでいた。

 (食べ方は惚れ惚れするくらいに綺麗だけど、毎日こんなに食べられたら……。食費が心配だ……)

 つぐみがどこか遠い目をしながら、マイペースに食事を口に運ぶ息子とハイペースで食べ進める父親の対比をじっと見つめていたのが悪かったのだろう。
 手を止めた彼は、なぜかこちらに食べかけの料理が乗った皿を差し出してきた。

「食べるか。うまいぞ」
「いらない……。見ているだけで、お腹いっぱいだから……」
「そうか……」

 清広はどこか残念そうにテーブルの上へ皿を戻すと、再び食事に集中した。

 (懐かしいなぁ……)

 無表情で黙々と大量の料理を平らげていく彼の姿をじっと観察していたつぐみは、懐かしさを覚えた。

『金沢、つぐみです……』

 清広はつぐみと初めて顔を合わせた時も、テーブルの上に置いてあった料理を無言で口に運ぶ姿を思い出したからだ。

 (細いのに、よく食べる人だ……)

 ――それがつぐみの、第一印象だった。

『安堂清広だ』

 彼は少女に向かって小さく頭を下げると、何事もなかったかのように食べ進める。
 幼いつぐみは清広の隣で、じっとその様子を見つめ続けていた。

 桶の上で綺麗に整列していた寿司が取皿に10貫並べられたかと思えば、清広の胃の中へ消えていく。

 ――まるで、魔法のように。

『食べるか』

 当時のつぐみは差し出された玉子焼きをありがたく受け取ったような気がするし、先程のように断ったような気がする。

 (広春の胃袋が、私に似ていて本当によかった……)

 つぐみは在りし日の思い出を脳裏に浮かべ終え、ほっと一息つく。
 女手1つで息子を育て上げるのは、肉体的な面でも金銭的な面でも重労働だ。
 もしも広春が父親そっくりの大食いタイプであれば、こうして実家から遠く離れた地で彼と再会するまでは親子2人暮らしなど続けられなかった。

 (私達の苦しみを、何も知らないくせに……。子どもの手がかからなくなったところで再び姿を見せるなんて、卑怯にも程があるよ……)

 こうして自問自答を繰り返すたびに、どんどんと自分だけではなく愛する人達まで嫌いになっていく。
 そんな己のうまくコントロールできない感情に吐き気を催しながらも、どうにか水とオムライスを使って醜い感情を流し込んだ直後のことだった。

「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさまでした」

 つぐみは息子と同時に声を発する清広の言葉を耳にして、我に返る。机いっぱいに並べられた料理の数々はいつの間にかすべて空になっており、右端にお皿が積み重なっていた。
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