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2・6年後に再会
朝ごはんとデートの行き先(2)
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「待たせてすまないな」
「私もさっき、食べ終えたところだから……」
「先程から、ずっと浮かない顔をしているな」
清広はどこか申し訳なさそうに、ぽつりと呟く。
(どうしてあなたが、そんな表情をするの?)
披露宴で偶然再会したあと、彼が何事もなかったかのように別れてくれたら、こんな想いをしなくて済んだ。
つぐみは彼がこちらに何か言いたげな視線を向けるたびに、苛立ちばかり募る自分の感情をコントロールするのに必死だった。
「俺は君を愛している。だからこそ、つぐみの笑顔を見たい」
そう願う彼の気持ちは理解できても、こちらが心の底から清広と過ごせる時間を楽しめるかは、また別の問題だ。
(清広さんの前だからこそ、私は無理をしないでいられるのに……)
人見知りが激しく引っ込み思案のつぐみは周りに心配をかけたくないと、無理をするタイプだった。
目の前にいるのが幼い頃から交流のある清広でなければ、今頃楽しくもないのに笑い、取り繕っていただろう。
自然体でいられるのは、彼に対する信頼の現れだ。
なのに、彼は嘘でもいいから笑ってほしいと言わんばかりの反応を示す。
それが不愉快で仕方がなかった。
「そう思うなら、心の底から笑えるような体験をさせてよ」
「ここの厨房には、玉子料理が得意なシェフがいると聞いてな……。喜んでくれると思っていたのだが……。どうやらこの程度では、君の笑顔を引き出すのは難しいようだ」
「いつまでも、子ども扱いしないで。私はもう、母親なんだから……」
「それもそうだな」
彼がどこか疲れたように笑うたびに、ズキンと心が痛む。
(私が受けた悲しみは、こんなものじゃない。もっと苦しめばいい。そう、思っていたはずなのに……)
自分でもなぜこんなにも傷ついているのかわからずに呆然としていれば、大人達の不穏な空気を悟った息子がこちらに声をかけてきた。
「ママ? また、怒ってる……?」
「そんなことないよ」
「ほんと……?」
「うん。これから、パパが好きなところに連れて行ってくれるって。広春は、どこがいい?」
清広のことを「パパ」と呼ぶのはいまだに慣れない。
だが、広春の父親は彼だけだ。
そう称する以外どうしようもなく問いかけたところ、息子は満面の笑みを浮かべて告げた。
「あそこ!」
広春は父親の膝の上に立って後方を振り返り、窓の外を指差した。
そこで初めて、つぐみは宿泊していたホテルの一室から青く澄み渡る海が見えると知った。
「奇遇だな」
「ぐー?」
「俺も、海に行きたいと思っていた」
「ほんと!? 僕とパパ、お揃い!」
「ああ。つぐみも同じ気持ちなら、家族みんなが一緒になるんだが……」
彼はこちらに向かって無言で期待を込めるような視線を送り、同意を求めた。
(清広さんは、ずるい……)
こんなふうに子どもを巻き込まれたら、「私は行きたくない」など言えるわけがなかった。
(どこへ行ったって、楽しい思い出になんかならないんだから……)
そう悪態をつきたい気持ちをぐっと堪え、つぐみは渋々頷く。
「私が広春の意思を、拒否するわけがないでしょ……?」
「では、決まりだな」
「海ー!」
息子は「早く行こう」と、大人を急かす。
海に行くのが待ち切れない様子の広春を目にしたら、意地を張っているのが馬鹿らしくなってくる。
(私も広春のように、素直に清広さんといるのが楽しくて仕方がないと態度に言い表せたら……。険悪な雰囲気にならずに済んだのかな……?)
どれほど強く願ったところで、過ぎ去った過去は変えられない。
しかし、この先の未来はいくらでも変更できる。
(ゆっくりと考えて答えを出したいのに、そんな時間が残されていないのが歯痒くて……)
自分が何をしているのかすらもよくわからぬまま行動した結果、ドンドンと取り返しのつかない方向へ進んでしまった。
(今日が終わるまでに、私は後悔しない答えを出せるのだろうか……)
つぐみは清広の方向へ、何か言いたげな視線を向ける。
(こういう時、私の不安を取り除いてくれるような行動をしてくれたら……)
彼に心を許せるかもしれないのにと願ったところで、こちらの意図は伝わらない。
「海に行ったら、したいことはあるか」
「カニさん! 見つけるんだよ!」
「ヤドカリなら、いるかもしれないが……」
「カリさん……?」
清広は息子と会話をするのに、夢中だったからだ。
(遠慮しないで、助けてって声に出せばいいだけなのに。私はどうして、一歩を踏み出せないんだろう……?)
清広に酷い言葉ばかりをぶつけ、子どもが最優先だからと言いたいことすらはっきりと伝えられず、こちらから触れるのすら億劫で、傷つくのを恐れている。
(私はいつだって、蚊帳の外だ……)
そんな弱い自分と決別する術を知らぬつぐみは、心ここにあらずな様子でぼんやりと仲良く話を続ける父子の姿を見ているしかなかった。
「つぐみ」
「な、何……」
いつまで経っても会話に入ってこない状況を見かね、清広は椅子から立ち上がると子どもを抱き上げたままつぐみの隣までやってきた。
その後無理やり腰を浮かせ、指先を絡め合う。
離れないように、強く。
「こんなことしたって、絆されないんだから……」
「わかっている。俺が手を繋ぎたかった。それだけだ。深い意味はない」
「何それ……」
言い訳がましく紡がれた言葉に不満を隠さずに告げたところ、清広は硬い表情のまま耳元に顔を近づける。
(一体、なんなの……?)
拒絶したい気持ちをぐっと堪えていると、思いもよらぬ言葉が彼の口から紡ぎ出された。
「広春だけではなく、君の心も……。必ず、射止めてみせる。覚悟しろ」
そんなふうに囁かれたら、期待してしまうから止めてほしい。
つぐみはそう言いたい気持ちを繋いだ指先に力を込めて堪えるとホテルのチェックアウトを済ませ、家族みんなで海へ向かった。
「私もさっき、食べ終えたところだから……」
「先程から、ずっと浮かない顔をしているな」
清広はどこか申し訳なさそうに、ぽつりと呟く。
(どうしてあなたが、そんな表情をするの?)
披露宴で偶然再会したあと、彼が何事もなかったかのように別れてくれたら、こんな想いをしなくて済んだ。
つぐみは彼がこちらに何か言いたげな視線を向けるたびに、苛立ちばかり募る自分の感情をコントロールするのに必死だった。
「俺は君を愛している。だからこそ、つぐみの笑顔を見たい」
そう願う彼の気持ちは理解できても、こちらが心の底から清広と過ごせる時間を楽しめるかは、また別の問題だ。
(清広さんの前だからこそ、私は無理をしないでいられるのに……)
人見知りが激しく引っ込み思案のつぐみは周りに心配をかけたくないと、無理をするタイプだった。
目の前にいるのが幼い頃から交流のある清広でなければ、今頃楽しくもないのに笑い、取り繕っていただろう。
自然体でいられるのは、彼に対する信頼の現れだ。
なのに、彼は嘘でもいいから笑ってほしいと言わんばかりの反応を示す。
それが不愉快で仕方がなかった。
「そう思うなら、心の底から笑えるような体験をさせてよ」
「ここの厨房には、玉子料理が得意なシェフがいると聞いてな……。喜んでくれると思っていたのだが……。どうやらこの程度では、君の笑顔を引き出すのは難しいようだ」
「いつまでも、子ども扱いしないで。私はもう、母親なんだから……」
「それもそうだな」
彼がどこか疲れたように笑うたびに、ズキンと心が痛む。
(私が受けた悲しみは、こんなものじゃない。もっと苦しめばいい。そう、思っていたはずなのに……)
自分でもなぜこんなにも傷ついているのかわからずに呆然としていれば、大人達の不穏な空気を悟った息子がこちらに声をかけてきた。
「ママ? また、怒ってる……?」
「そんなことないよ」
「ほんと……?」
「うん。これから、パパが好きなところに連れて行ってくれるって。広春は、どこがいい?」
清広のことを「パパ」と呼ぶのはいまだに慣れない。
だが、広春の父親は彼だけだ。
そう称する以外どうしようもなく問いかけたところ、息子は満面の笑みを浮かべて告げた。
「あそこ!」
広春は父親の膝の上に立って後方を振り返り、窓の外を指差した。
そこで初めて、つぐみは宿泊していたホテルの一室から青く澄み渡る海が見えると知った。
「奇遇だな」
「ぐー?」
「俺も、海に行きたいと思っていた」
「ほんと!? 僕とパパ、お揃い!」
「ああ。つぐみも同じ気持ちなら、家族みんなが一緒になるんだが……」
彼はこちらに向かって無言で期待を込めるような視線を送り、同意を求めた。
(清広さんは、ずるい……)
こんなふうに子どもを巻き込まれたら、「私は行きたくない」など言えるわけがなかった。
(どこへ行ったって、楽しい思い出になんかならないんだから……)
そう悪態をつきたい気持ちをぐっと堪え、つぐみは渋々頷く。
「私が広春の意思を、拒否するわけがないでしょ……?」
「では、決まりだな」
「海ー!」
息子は「早く行こう」と、大人を急かす。
海に行くのが待ち切れない様子の広春を目にしたら、意地を張っているのが馬鹿らしくなってくる。
(私も広春のように、素直に清広さんといるのが楽しくて仕方がないと態度に言い表せたら……。険悪な雰囲気にならずに済んだのかな……?)
どれほど強く願ったところで、過ぎ去った過去は変えられない。
しかし、この先の未来はいくらでも変更できる。
(ゆっくりと考えて答えを出したいのに、そんな時間が残されていないのが歯痒くて……)
自分が何をしているのかすらもよくわからぬまま行動した結果、ドンドンと取り返しのつかない方向へ進んでしまった。
(今日が終わるまでに、私は後悔しない答えを出せるのだろうか……)
つぐみは清広の方向へ、何か言いたげな視線を向ける。
(こういう時、私の不安を取り除いてくれるような行動をしてくれたら……)
彼に心を許せるかもしれないのにと願ったところで、こちらの意図は伝わらない。
「海に行ったら、したいことはあるか」
「カニさん! 見つけるんだよ!」
「ヤドカリなら、いるかもしれないが……」
「カリさん……?」
清広は息子と会話をするのに、夢中だったからだ。
(遠慮しないで、助けてって声に出せばいいだけなのに。私はどうして、一歩を踏み出せないんだろう……?)
清広に酷い言葉ばかりをぶつけ、子どもが最優先だからと言いたいことすらはっきりと伝えられず、こちらから触れるのすら億劫で、傷つくのを恐れている。
(私はいつだって、蚊帳の外だ……)
そんな弱い自分と決別する術を知らぬつぐみは、心ここにあらずな様子でぼんやりと仲良く話を続ける父子の姿を見ているしかなかった。
「つぐみ」
「な、何……」
いつまで経っても会話に入ってこない状況を見かね、清広は椅子から立ち上がると子どもを抱き上げたままつぐみの隣までやってきた。
その後無理やり腰を浮かせ、指先を絡め合う。
離れないように、強く。
「こんなことしたって、絆されないんだから……」
「わかっている。俺が手を繋ぎたかった。それだけだ。深い意味はない」
「何それ……」
言い訳がましく紡がれた言葉に不満を隠さずに告げたところ、清広は硬い表情のまま耳元に顔を近づける。
(一体、なんなの……?)
拒絶したい気持ちをぐっと堪えていると、思いもよらぬ言葉が彼の口から紡ぎ出された。
「広春だけではなく、君の心も……。必ず、射止めてみせる。覚悟しろ」
そんなふうに囁かれたら、期待してしまうから止めてほしい。
つぐみはそう言いたい気持ちを繋いだ指先に力を込めて堪えるとホテルのチェックアウトを済ませ、家族みんなで海へ向かった。
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