エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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3・つかの間の幸せ

上司のありがたいお言葉(2)

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 (私と再会しなければ、清広さんは……。二次会に参加する予定だったから……)

 清広はつぐみと関係を深めるため、二次会をドタキャンして己を自宅に連れ込んでいる。
 このまま彼との間に何もなかったと上司に説明すれば、清広にとって相応しい女性を目黒夫妻から紹介されるのだろう。

 (清広さんが、私以外の女の人と……)

 つぐみは清広の隣に自分以外の女性が並び立つ姿を想像し、胸が痛むのを感じた。

 (そんなの、駄目だよ……。清広さんは、1児の父。私達を捨てて、ほかの誰かと幸せになるなんて……。それじゃ、交際をやり直した意味がない……)

 つぐみは右手に持っていたボールペンを握り締め、震える声で目黒に告げた。

「元、婚約者です。いろいろあって、お別れしたのですが……。先日、復縁、しました……。私は、清広さんの……彼女、で……息子の、父親です」

 つぐみは事実だけを、自信がなさそうな様子で上司に告げた。

 (嘘だと思われたら、どうしよう……)

 この保育園で働く保育士達の中で、つぐみは一番の新入りだ。
 経験も浅く、立場も弱い。
 目黒は比較的自分が優しく接しているが、それがいつまで続くかは不明瞭だ。

 つぐみは不安な気持ちでいっぱいになりながら、気まずい沈黙を連絡帳に文字を書き込むことでどうにかやり過ごす。

「そうだったのね。打ち明けてくれて、ありがとう。安堂海曹士と金沢先生は、お似合いだと思うわ」

 ――目黒が優しく微笑みながら沈黙を破ったのは、それから数分後のことだった。

 上司はつぐみが想像もしない言葉を受けて目を丸くしている間に、心配そうな視線をこちらに向けた。

「でも……大丈夫なの? 海上自衛官は、一度仕事に出たら一切連絡が取れないのよ。苦しくてつらい時だって、弱音を言える存在がいない」

 目黒がつぐみに話しかけてきた本当の理由を知り、真面目に聞いている自分が馬鹿らしくなって連絡帳に向き直る。

 上司は恐れているのだ。
 文句の一つも言わずに黙々と仕事に明け暮れ、率先して雑用をこなすつぐみが落ち込んで作業効率が落ちれば、万年人手不足に喘いでいるこの保育園は回らなくなってしまう。

 (広春が熱を出して、看病のために仕事を急に休むことが多いから……)

 上司はこれ以上迷惑をかけるなと、遠回しに釘を差しているのだ。
 つぐみは連絡帳の記入を終えると、パタリと音を立てて閉じて頭を下げた。

「ご心配をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。プライベートな感情は仕事に持ち込まないように、気をつけます」
「そう……? 離れている時間が長ければ長いほど、冷めやすくもあるけれど――愛は盛り上がるものよ。どうぞ、末永くお幸せにね」

 目黒はそれだけを伝えるために、わざわざ話しかけてきたようだ。
 用は済んだとばかりにさっさと教室をあとにした上司の後ろ姿を見送ったつぐみは、深い溜息を溢した。

 (そろそろ、潮時かな……)

 女同士の職場は、こうした足の引っ張り合いがあるから面倒なのだ。

 ――プライベートなことは職場に持ち込まない。
 それは、社会人として当然のことだ。

 (プライベートにうつつを抜かして。いつも通りに仕事をこなせない無責任な人だと、目黒先生から勘違いされていたなんて……)

 自己嫌悪に陥ったつぐみは泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、どうにか気持ちを切り替える。

 (忘れよう。こんなことを、気にしている場合じゃない)

 何度も自分に言い聞かせ、再び机の上に置かれた連絡帳の山に手を伸ばす。
 その後すべての作業が終わるまで、一心不乱に文字を描き続けた。
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