エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

文字の大きさ
31 / 62
3・つかの間の幸せ

残業と会いたかった人 (1)

しおりを挟む
「お疲れ様で……」
「ちょっと、金沢先生! 待ちなさいよ!」

 結局勤務終了後も雑用が終わらず残業をし続けていたが、そろそろ広春のお迎えの時間が迫っている。

 (早く、帰らなきゃ……)

 一度仕事を切り上げ、延長保育を担当中の同僚に挨拶をしてから帰路に就こうとした時だった。
 園児の面倒を見ていた山田から、呼び止められてしまった。

「目黒先生の披露宴では、よくも恥をかかせてくれたわね? お詫びに鈴木すずきさんのお迎えがくるまで、面倒を見なさい!」

 同僚は清広に言われたことを、すっかり忘れているらしい。
 2人きりなのをいいことに、当然のように園児の手を引っ張ってつぐみに押しつけてきた。

「こ、困ります! 私も、息子のお迎えにいかなきゃいけなくて……!」
「やー! やまりゃせんせー、きらーい!」

 突然強い勢いでつぐみの前に腕を引っ張られて引き釣り出された園児は、大泣きして抱きついてくる。
 しかし、どうやら彼女には自分が子どもに乱暴をした自覚はまったくないようだ。

「ふんっ。目黒先生に、チクらないでよね。責任を持って、鈴木さんに引き渡して!」
「ま、待ってください……!」

 つぐみに念押しをした同僚はそう言い残すと、乱暴に教室の扉を締めて去ってしまった。

 (ど、どうしよう……)

 真っ青な表情で狼狽えたところで、現実は変わらない。
 つぐみはこの児童の迎えが来るまで、広春を迎えにはいけないのだから。

「かにゃざわせんせも、わたしがやなの……?」

 置いていかれるかもしれないと不安に思った園児が、瞳から大粒の涙を流して泣きじゃくる。
 そんな姿を目にしたら、とてもじゃないが外に出る気などなれなかった。

 つぐみは子どもの背中を撫でながら、優しい声音で語りかける。

「大丈夫だよ。もう、怖い先生はいなくなったから……」
「ひっく、ほんと……?」
「うん。金沢先生と一緒に、お母さんを待っていようか」
「かなじゃわせんせ、怒らない……?」

 つぐみが根気よくあやしていたところ、園児は不安そうにこちらをじっと見上げた。

 (山田先生、子ども達にも怒鳴ってるんだ……)

 女児から衝撃の事実が発覚した今こそ、園長に相談して問題を大きくするべきだとわかってはいるが――今日はすでに帰宅しているため、連絡の取りようがない。

 (今は鈴木さんの不安を取り除くのが、先決だ……)

 優先順位をはっきりと決めたつぐみは、窓際に置かれていた猫のぬいぐるみを手に取ると、左手で園児を抱き上げた。

「金沢先生は、優しいにゃーん!」
「ねこしゃん!」

 やはり猫の力は偉大だ。
 つぐみが普通に話をするよりも、子どもの食いつきがいい。
 先程まで泣いていたのが嘘のように元気になった園児と遊びながら、彼女は心の中で深いため息をついた。

 (清広さんに広春のお迎えをしてほしいと連絡したり、保育園に頼み込む暇もないな……)

 子どもの前で、スマホを弄るわけにはいかない。
 荷物を壁際の目立たないところにおいたつぐみは、壁掛け時計が20時を指した光景をぼんやりと見つめた。

「ママ、まだー?」
「もう少し、かな……」

 延長保育終了時刻になっても、園児の保護者は迎えに来る様子がない。

 (待っている時間が、一番つらいんだよね……)

 大人のつぐみだって早く帰りたくて仕方がないのだから、朝から晩まで母親から引き離された子どもの不安や寂しさは相当なものだろう。

「どれくらい……?」
「ええと……」

 つぐみは迎えを待ち切れない様子の園児を抱き上げ、どう説明すれば伝わるだろうかと困惑した様子のまま窓の外を見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

ドリンクバーさえあれば、私たちは無限に語れるのです。

藍沢咲良
恋愛
同じ中学校だった澄麗、英、碧、梨愛はあることがきっかけで再会し、定期的に集まって近況報告をしている。 集まるときには常にドリンクバーがある。飲み物とつまむ物さえあれば、私達は無限に語り合える。 器用に見えて器用じゃない、仕事や恋愛に人付き合いに苦労する私達。 転んでも擦りむいても前を向いて歩けるのは、この時間があるから。 〜main cast〜 ・如月 澄麗(Kisaragi Sumire) 表紙右から二番目 age.26 ・山吹 英(Yamabuki Hana) 表紙左から二番目 age.26 ・葉月 碧(Haduki Midori) 表紙一番右 age.26 ・早乙女 梨愛(Saotome Ria) 表紙一番左 age.26 ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載しています。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメン社長からの猛烈求愛

鳴宮鶉子
恋愛
イケメン社長からの猛烈求愛

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

龍の腕に咲く華

沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。 そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。 彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。 恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。 支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。 一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。 偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

処理中です...