エリート海上自衛官は秘密の息子ごと、保育士の妻に海よりも深い愛を注ぎ込む

桜城恋詠

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4・すれ違い夫婦生活と同僚とのトラブル解決

憂鬱な送別会(1)

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「お、終わった……!」

 ――清広の力を借りたつぐみは、想定よりも早く、全ての作業を終えるのに成功した。

「かんせー!」

 時刻は夜の20時を周り、2人には帰宅後5時間も休憩無しで作業を手伝わせていたことになる。
 広春が喜ぶ声にお礼を伝える元気もなく、夫と息子に対して申し訳なさでいっぱいになった。

「ごめんね……。本当に……」

 ただ謝罪をするしかない己の不甲斐なさを感じ、張り詰めていた緊張の糸が途切れたせいか。
 一気に眠気が襲ってきた。

「夜食ができるまで、起きていられるか」
「うぅ……。凝った料理なんて、絶対に無理……。パンでいいかな……」
「わかった。用意しよう」

 寝ぼけているつぐみはすっかり清広をいないものとして扱っている。
 身を寄せていた彼の支えがなくなって重力に逆らいきれず、こてりと床に寝転がった。

「ママ? 大丈夫!?」

 見かねた広春が声をかけてくれるが、返事する元気もない。

 (起きていなきゃ……)

 芋虫のような状態で、ぼんやりとひんやりと冷たいフローリングの上に寝転がっていれば、清広とつぐみの携帯がほぼ同時に着信を告げる。

 (出なきゃ、駄目だよね……)

 つぐみが憂鬱な気持ちでいっぱいになりながら動けないでいると、その様子を見かねた息子がテーブルの上に置いてあったスマートフォンをこちらへ手渡してくれた。

「はい! どーじょ!」
「ありが、とう……」
「どーいたしまして!」

 つぐみはよくできた息子の行動に感謝を伝えたあと、夫とほとんど同時に通話を開始した。

「はい……安堂です……」
「安堂ですが」

 つぐみと清広はほぼ同時に、別々の電話へ名字を名乗る。

 妻はリビング、夫は対面式のキッチンでトースターを使ってパンを焼いていたため、互いの声がよく聞こえてきた。

「ええ。聞いています。明日ですか? はぁ……」
『目黒先生、3月末で退職するんですって!』
「そう、なんですか……?」
『旦那さんの転勤に着いて行くみたいで、送別会をやろうって話になりました。明日、時間取れますよね?』
「明日は……」

 ぼんやりと夢現な状態で、つぐみはキッチンにいる清広へ視線を移す。
 彼も不機嫌そうに顔を顰め、妻を見つめていた。

 清広はスマートフォンを操作すると、一度保留にした状態でつぐみへ話しかける。

「明日、目黒海将の送別会に呼ばれた」
「……あ。私も、です」
「そうか。明日の夜は、別々だな」
「別、なの……?」
『もしもーし? 安堂先生?』
「あ、はい。行きます……」

 清広の方はしっかりと保留ボタンを押していたが、つぐみの方は電話が繋がっていたままだった。
 寝ぼけたまま飲み会の参加を了承したせいで、場所と時間を聞く前に電話を切ってしまった。

「わかりました。つぐみには、そのように伝えます」

 清広から名前を呼ばれたつぐみは、そこでようやく眠気が一気に吹き飛ぶのを感じた。

 (私、今……なんの話をしていたんだっけ?)

 誰と何を話していたか思い出せず、手に持っていたスマートフォンに先程まで通話していた同僚からのメッセージを確認する。

 そこには明日行われる送別会の、場所と時間が書かれていた。

「どうしよう……」

 プライベートな集まりなど、つぐみには参加している暇などなかった。
 子どもはまだ小さく、夫の仕事は不規則。
 実家が遠方ともなれば、息子を連れて行くしかないからだ。
 だからこそ、意識がはっきりしていれば適当な理由をつけて断っているほどに飲み会に縁がなかった。

 (一度は参加すると決めたのに、やっぱり止めますなんて言えないよね……)

 つぐみが真っ青な表情で、スマートフォンを握りしめていたからだろう。
 広春は母親を慰めるように、優しく背中を撫でつけてくれた。

「痛いの痛いの、飛んでけー!」
「それは慰め方として、適切とは言えないが……。似たようなものか。また、顔色が悪くなったな」
「寝ぼけていて……。安請け合い、しちゃった……」
「参加したくなかったのか」
「うん……」
「すまない。今回だけは、我慢してもらえないか」
「そう、ですよね……」

 相手は、夫とも親交深い。
 ここで妻側が断れば角が立つ。
 つぐみが納得のいかない表情で渋々送別会の首席に同意したところ、ご褒美とでも言わんばかりにハニートーストが差し出された。
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