魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

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王都編

31. 公爵の来訪

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 その日は突然訪れた。
 外はすでに暗くなり、夕食の時間も近い頃合い。
 なにやら部屋の外が騒がしくなっていることに気が付いた。

「様子を見てまいります」

 カーラはそう言って部屋の外へ出ていった。しかしすぐに戻ってくると、困惑した顔で私に告げる。

「サンベルグ公爵閣下が騎士と兵を引き連れていらっしゃっているそうです」

 その名を聞いて、私はついに来たかと身構えた。しかし思っていたような襲撃ではないらしく、しばらくすると何事もなかったかのように静寂が戻る。
 これは、リゼルとルヴィアが言っていた予想は当たっていたということなのだろうか。

 外はどうなっているのか気になり、窓を開けて外を見下ろした。私の部屋は玄関に面する角部屋にあるため、かろうじて入り口付近が見える。
 玄関前には数十人程度の兵が並び、その後ろには複数の馬や馬車が目立つように止まっていた。

 ――そこに、見覚えのある人影が目に映った。本来はここにいないはずの人の姿。

「え?」

 ランタンの灯りに照らされ、懐かしい顔が見えたような気がした。まさか、

「アンセル……?」

 いや、そんなことあるわけない。だって彼は、今領地で仕事をしているのだから。
 私は目をごしごしと擦り、改めて目を凝らしてみた。馬車の前に立っているのは、彼によく似た青年。
 あのすっとした目鼻立ち、癖で少し跳ねのあるダークブラウンの髪。遠目だけれど、やはりアンセルにしか見えない。

 そう思った時、カーラが再び私を呼んだ。

「エマ様、魔導総院長がお呼びになられているようです」

 冷たい声でそう告げる。
 魔導総院長は、その存在だけは知っている。魔法院の中で一番偉い人らしいけれど、私は一度もお会いしたことがない。公爵が訪れ、総院長が私を呼んでいるということは、もうすでに何かが始まっているのかもしれない。

 ルヴィアとの会話を思い出しつつ、私はワードローブからクリーム色のクロークを取り出して身に纏った。
 私にとってこの外套はお守りのようなもの。アンセルが、私が寒くならないようにと贈ってくれた大切な物だから。メサイムを出てからも、冷えた体と荒んだ心を包んでくれていた。

 このあと何かが起きそうな予感に、クロークの開いた前部分を手でしっかりと閉じる。


「エマさん」

 廊下に出ると、すぐに横から声を掛けられた。そこにはジークが焦った様子で立っていた

「君を呼びに来たんだ。これから総院長室まで案内するけれど、今から簡単に状況を説明しておくよ」

 珍しくジークの顔が強張っている。この様子からして、リゼルから事前に何も聞かされていないらしい。やはりあの話は、ルヴィアと私だけにしか知らされていないようだ。
 ジークは、カーラにここで待機しているよう指示し、私を総院長室まで連れていってくれた。

「サンベルグ公爵が、多数の騎士と兵士を連れて魔法院に乗り込んできた。今は総院長が顔を突き合わせて話をしている。今のところ平和的な会話で進んでいるけれど、引き連れた兵の数を見ればこれからどうなるかわからない」

 眉をひそめながら早口でジークが話す。そうして階段を上がると、先に見える大きな扉の前には幾人もの兵が立ち並んでいた。

「以前にも公爵がこの魔法院に抗議を入れに来たことがあったんだ。でも今回はもっと事態が深刻らしい」
「あのジークさん、さっき外に……」

 アンセルらしき人が気になって聞いてみようとしたけれど、その前に目的の部屋に到着してしまった。姿勢よく並ぶ兵たちの前を通り、ジークが扉を開ける。

「お連れしました。魔導総院長」

 そこは広間といってもいい程の大きな部屋で、二組の陣営が対立するように向かい合って立っていた。そして魔法院側には、リゼルとルヴィアの姿があった。


「これがもう一人のアルトの女か」

 彼らと対立するように立つ恰幅の良い中年の男が、緩慢とした様子でこちらを振り返った。まるで塵でも見るような目で私を一瞥すると、すぐに正面に立つ老齢の男性に向き直る。

「ステラード家の者だけでなく、わざわざフィリオ伯爵領にいるアルト民まで奪っていくとは、何とも強欲ですな。魔女の排斥を望む我々に対して強引に介入してくるということは、それなりの覚悟があってのことだとこちらは解釈しておりますが」
「そちらには、闇の力が宿る者を見極める術がございませんでしょう。力なき者を誤って処刑されるかもしれない。そういった疑いを晴らすのも我々の仕事だとご理解いただきたい」
「それでは、このアルトの女がどうだったのか伺いたい。闇の力を持つのかどうか」

 目の前で繰り広げられる、緊張感のある会話。私はそれをハラハラとした気持ちで眺めていた。おそらくこの偉そうに話している人物がサンベルグ公爵だろう。そして相手をしている老齢の男性がおそらく魔導総院長。
 そう問われた総院長が一瞬だけ口を噤むと、公爵は間を置かずに視線をルヴィアに移した。

「ステラード家の者ならば、その力を持って同胞の能力を感じ取れるのだろう? 速やかに答えよ」

 しかし彼女もまた口を開かず答えない。公爵の顔すら見ずにそっぽを向いている。

「貴様、魔女の分際で……」
「僭越ながら、私がお答えさせていただきます。フィリオ伯爵領からアルトの女性を引き取り世話をして参りました、魔修士リゼル・クイードと申します。彼女を調べた結果、わずかながら闇の力があることがわかりました。しかしそれを発現させるほどの能力はないと結論付けております」

 彼女の隣にいたリゼルが、身を低くしてしおらしい姿勢で答えた。するとそれに被せるように、公爵ではない別の男が怒声を上げた。

「貴様には問いかけておらん! 閣下の許可なくして口を開くとは何事か、我がクイード家の恥めが!」

 突然の大声にびくりと肩を震わせると、公爵はその男を手で制した。立派な服を纏ったその男は、我がクイード家と言っていた。驚いて注目してみると、どことなく目元や鼻筋がアンセルに似ているようにも思える。

「そうか、お前がクイード子爵家の異端と言われている三男か」
「大変失礼いたしました、愚弟が出すぎた真似を……申し訳ございません」

 男は公爵に深々と頭を下げる。
 その様子を見ながら、昔アンセルが話していたことを思い返していた。たしか彼には三人の兄がいると言っていた。そして二男は騎士に、三男は魔法を研究していると。つまり今怒鳴った男が、アンセルとリゼルの兄である二男なのだろうか。

「魔女を恐れ不安になった弟からの手紙。それを利用し、我々に渡すまいと企んだのだろう? こちらはこれまで、ステラード家の血族を保護していることに口出しせず黙認してきた。それなのに、このような愚弄する姿勢を取られては我々としても黙ってはおれぬ」

 今の公爵の言葉にハッとした。リゼルの話では、アンセルの手紙は私を魔法院で保護してほしいという依頼だったはず。しかし公爵には、手紙を出したという事になっているらしい。
 言われてみれば、アンセルのその手紙はフィリオ伯爵を裏切るものだ。もしかして、アンセルはその責任を問われたりしたのだろうか。
 先程の彼らしき人の姿を思い返して、不安が募った。


「今までは目を瞑っていたが、このような真似をされては我々も容認する気がなくなる。……総院長、即刻二人の引き渡しを要求します。これは国王陛下にもご理解いただいている」
「まさか、陛下がそのようなご決断をされるとは……」
「我々が、これだけの兵を連れて王宮に入って来られた意味を、是非ともお考えいただきたい」
「…………」

 私は集中して、彼らの話し合いの意味を理解しようと努力した。含んだ物言いは、基本を知らない私にとっては解釈が難しいけれど、魔法院が不利な状況であることは伝わってくる。

「こちらも武力など使わず平和的に解決したいと思っているのですよ。それも辞さないという覚悟がおありなら、我々は受けて立つ用意はしておりますが」
「しかし」
「返事を待つつもりはありませんよ。今、この場で決断していただきたい。そうでなくては自らこうして来た意味がないのでね」

 武力行使も厭わないという姿勢を示した公爵と、決断を迫られる総院長に皆が注目している中、ルヴィアがその沈黙を破るように一歩前に踏み出した。

「……私は、自分の意志により公爵に従います。これまで魔法院の皆様に助けられ良くしていただいたこと、本当に感謝しております。ですが、私のせいで恩ある国に争いが起きてしまうことは望みません。公爵がそれで話を収めてくださるのなら、私は付いて行く覚悟がございます」

 大きな声ではないのに、澄みきったよく通る声が部屋に響く。

「随分と物分かりが良いことだ。その余裕は自分の能力を信じているからか?」
「いいえ、余裕などない決意でこざいます。ただしそちらへ従う代わりに、一つだけ私の願いを聞き入れてもらいたいのです」
「願い?」
「はい。そこにいるアルトの民はご容赦していただきたいのです。私はアルト自由都市を司るステラード家の一員として、市民を守る責務があります。それに彼女の能力はほぼ失いかけており、魔女として扱われる力はないのです」

 ルヴィアは私の方をチラリと見てそう答えた。私はただ固唾を飲んで二人のやり取りを見守っている。

「それはこちらが決めることだ。我々の要求はただアルトの民をこちらに引き渡すこと。それを取り下げるつもりはない」
「……もしそれを強行するとおっしゃるのなら、私はここで自害いたします。公爵は私たちを悪しき魔女だとして消し去りたいのでしょう? もし彼女を連れて行くのでしたら、私が死んで口出しできなくなった後になさってください」

 そう言い放ったルヴィアは、いつの間にか手にしていたナイフを自分の首元に当てた。

 ここでつい声を上げそうになったけれど、彼女の作戦の邪魔になってしまいそうで、言葉を発することができない。
 
「こけおどしなど効かぬ。二人まとめて……」

 公爵がそう言うと、ルヴィアの白い首から一筋の赤い血が流れだした。

「私は本気です。アルトが襲われた日から、私たちはいつでも我が身を捨てる覚悟が出来ているのです。ではお望みどおりに……」

 ルヴィアがナイフを強く握り直す仕草を見せると、公爵は慌てたように発言を翻した。

「わかった、……仕方がない。そなたの願いは受け入れよう。このアルトの女は置いていく。総院長もそれでよろしいか」
「……本人がそれで良いというならば、仕方がありませんな」

 諦めたような口ぶりで、総院長は公爵の要求を受け入れた。


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