魔女と呼ばれた花売りは、小さな町でひっそりと暮らしたいだけでした

紅茶ガイデン

文字の大きさ
34 / 48
王都編

32. 裏切り

しおりを挟む


 ルヴィアの決断によって。話はあっさりと終わることになった。
 公爵の騎士に連れられ、魔法院を後にするルヴィアの後ろ姿を見送る。彼女は花園かえんで相手側に乗る計画だと話していたけれど、本当にこれで良かったのかと不安になった。

 公爵たちが立ち去った後、総院長がその場にいた人たちに指示を出した。一部には公爵の後を追わせ、そしてすぐにこの場で魔導士たちによる緊急会議を開くことを告げる。
 そして周囲が慌ただしく動き出したことで、私は弾かれたようにリゼルに駆け寄った。

「リゼル様、本当にこれで良かったのですか? 私……」

 そう言いかけると、リゼルはさりげなく人差し指を口に当て、しゃべらない仕草を見せた。そして、魔導総院長に声を掛ける。

「エマを部屋に帰してもよろしいでしょうか」
「ああ……そうしてくれ。そしてお前にも確認したいことがある、送り届けたら速やかに戻るように」
「承知しました」

 リゼルは軽く礼をすると、私を連れて総院長室を後にした。



「ルヴィアから話は聞いただろう? これでいいんだ」

 公爵の兵が立ち去った後の、ガランとした廊下を歩きながらひっそりと私に話しかける。

「でも、あの様子では」
「さっき、私を怒鳴りつけた男がいただろう。彼も言っていた通り、あれは私の兄でね。情報を流してくれた張本人でもある」
「えっ」

 リゼルがサンベルグ公爵の計画を知ることになったのは、公爵筋から手に入れたとルヴィアが言っていた。それがお兄さんだったということか。
 あの場面では二人は完全に対立しているように見えたけれど、実は裏では繋がっていたと知ってほっとした。

 でも思えば、家族間で情報が漏れることはありえそうなことだ。公爵は、そのあたりの危機感を持たないのだろうか?

「公爵の言葉の通り、私はクイード家の異端児だ。父親である子爵は排斥派側の貴族で、当然長兄と二男そしてアンセルもそちら側についている。あくまで私一人だけが変人だから、警戒するに値しないと考えているのだろう」

 まるで私の思いを読んだように、リゼルは話を続けた。

「クイード家がさほど力を持たない小貴族であることも幸いしているんだろう。それに、はみ出し者の弟のために、公爵の騎士が裏切り行為をすると普通は考えない」

 そう話す彼は、いつもと変わらない様子だ。
 でもそれとは別に、私は魔法院に対してもちょっとだけ不信感が芽生えた。
 公爵の言い分を聞けば、私を保護したことは魔法院による敵対行為ともとれる。それに対する報復を恐れなかったのだろうか。

 そんな疑問をぶつけてみると、リゼルは少し気まずそうに顔を逸らした。

「まあ、それに関しては私や兄が焚き付けたところがあるから。だから魔法院が浅はかだったとは私は言えない。これ以上は、君が不快になるかもしれないから言わずにおくけれど」
 
 彼の中では、これも予定通りなのだろうか。その内容は知る由もないけれど、私は連れて行かれたルヴィアと、そしてアンセルのことが気になってしかたがなかった。
 だから思いきって聞いてみた。

「リゼル様。実はここに来る前にアンセルに似た人を見たんです。騒動に気が付いて窓の外を見たら、彼にそっくりな人がいて……彼は今、王都にいるのですか?」
「アンセル?……ああ、あいつは今、父のところへ一度戻ってフィリオ伯爵家に仕えることになったよ。ここに来ることは聞いていないが、伯爵に協力を求めていたら可能性はあるかもしれないな」

 フィリオ伯爵? さらりと出たリゼルの言葉が、ズキリと心に突き刺さった。
 彼がリゼルに手紙を書いてくれた時は、まだ私がアルト民だということを知らずにいた頃の話だ。そして今、私を捕まえるよう命令をした人のもとにいるということは……。 

『疑いさえ晴れれば、すぐに帰してもらえるはずだから』

 そう言って、安心させるように微笑んでくれたアンセル。
 彼を騙すつもりはなかったけれど、アルト出身であることを最後まで打ち明けなかった。そして、今はもう私が『魔女』であることを知っているはず。
 信じてくれていたアンセルの気持ちを裏切ったことと、秘密を知られてしまった悲しさで胸が苦しくなった。

「……大丈夫。アンセルがあちら側にいるのは、私がそう命じたからだよ」

 ハッとして隣りを歩くリゼルを見上げる。この人は少々意地悪に思うこともあるけれど、時々今のように優しい顔を見せる時がある。
 慰めるようにそう教えてくれて、悪い方へと流れかけていた気持ちがすっと止んだ。

 

「しばらくしたら、またこちらから連絡を入れる。それまでに何かあれば、私かジークの元へ使いをよこしてほしい」

 部屋に辿り着くと、私をカーラに預けてリゼルは廊下を引き返していった。
 その後ろ姿を見送った後、私は再び窓辺に駆け寄り外を見下ろした。彼らもまだ下に降りていったばかり、まだ去ってはいないだろうとルヴィアとアンセルの姿を探した。
 停まっていた高級そうな馬車の一台に、ちょうど乗り込もうとしているルヴィアを見つけた。そして彼女に手を貸す男性は、先程見たアンセルの姿。

「アンセル……!」

 あの仕草、動きを見たらはっきりとわかる。

「どなたかお知り合いが?」

 きっとただならぬ様子を感じたのだろう、珍しくカーラから私に話しかけてきた。
 いいえ、と誤魔化したかったけれど、声が発せられなかった。ただ馬車の中に消えゆく彼らを目で追っていた。

「……何か気になられるのでしたら、下まで足をお運びになってみてはいかがですか」

 カーラが私にそう勧めてくれた。馬車はまだそこに留まっている。流れがあまりに自然だったから、私は何も疑うことなくカーラの提案に頷いた。

「そう……そうですよね」

 せめて一度だけでも目を合わせられたら。
 すぐ目の前にアンセルがいるのだから、会いに行けばいい。

 冷静さを失っていた私は、急かすカーラに疑問を持たずに聖堂の玄関へと向かった。一階では混乱した様子の修道士たちが右往左往し、魔法院の衛兵は公爵一行の様子をただ遠巻きに眺めている状態だ。

 こちらです、とカーラは私の手を取り裏口から外に出る。そして遠回りして表玄関の方に向かうと、ルヴィアとアンセルを乗せた馬車はすでに出発してしまっていた。
 そして兵を乗せてきたであろう数台の幌馬車も、相次いで走り出そうとしている。

 私は気が抜けたように遠くに行ってしまった馬車を見送っていると、ふいにカーラに腕を強く掴まれた。

「カ、カーラさん?」

 ここでようやく、彼女の様子がおかしいことに気が付いた。私を振り返りもせずぐいぐいと腕を引いて、出発を待つ最後尾の幌馬車に近付いていく。

「あなたたち。この女がフィリオ伯爵領から連れてこられた魔女よ。どうして連れていかないの?」
「何?」

 すでに幌馬車に乗り込み出発を待っていた兵士は、突然のことに驚いた様子でざわついた。私はカーラの突然の裏切りに、このままではまずいと焦りだす。
 とにかく、今は味方である修道士たちのいるところへ、そう思ってカーラの手を振りほどこうと強くもがいた。しかしやっと手が離れた時には、すでに幌馬車から降りて来た兵士に取り押さえられることになる。

「隊長に連絡を!」

 後ろ手に掴まれ身動きを取れなくされた私を、カーラは蔑むように見下ろしていた。冷ややかで、つまらない者を見るような視線。
 今まで好かれていないことはわかっていた。それでも身の回りの世話をして、毎回毒見役までこなしてくれていたカーラのことは信頼していたのだ。

「ただの卑しい平民風情が、ルヴィア様と同等の扱いを受けるなんて図々しくおこがましい。本来のお前は、私の下に付くことはあっても上に立つなどありえないのよ」

 心底軽蔑するように私に言葉を吐きかける。
 そんな彼女を呆然と見つめていると、この場を離れていた兵士がすぐに戻って来た。

「駄目だ、すでに前列の馬車は出発してしまって追い付けない」
「……仕方がない、確認は取れないが連れて行く。魔女を差し出されて、置いていく理由はないだろう」

 私はここでやっと、声を出さなければと思い至る。

「誰か――」

 このままでは連れて行かれてしまう。声を上げようとしたけれど、すぐに口は塞がれた。屈強な男たちに囲まれたら逃げる術もなく、幌馬車の中に引き込まれた。

 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...