プールサイド

なお

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落花

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昼休み、藍瑠とお昼食べた後、音楽室に行く途中。

「あ、あいちゃん」

前田先輩とその仲間と遭遇した。
確かに、二人の空気はラブラブだ。前田先輩も、軽いのは軽いけど藍瑠を見つめる目が変わってる……
私とコウキの空気とは違うなぁ……先輩のこと、軽いと思ってごめんなさい。

こんなところ見たら、野原君は切ないかもしれないなぁ……
そんなことを考えながら、藍瑠の腕を引っ張る。

「藍瑠、音楽室……」
「あー、ごめんねー後から行くから」

振り払われてしまった。

でも約束したから、行かなきゃ。
野原君待ってるかもしれないもん。

私ひとり、音楽室まで急ぐ。
近づくと、ピアノの音がしているけど、合唱部の先輩はいないようだ。
コンコンっ、ノックして開けたら、ピアノの音が止んだ。

「あ。来た」

黒く輝く大きなグランドピアノに座ってる野原君が、手を止めて笑った。

「ごめん、藍瑠……連れて来れなくて」
「え?あはは。いいよ。責任感強いよね」

責任感っていうか、自己満だよ。
役に立ってるつもりでいたいだけ。

「野原君一人で弾いてるの?」
「うん。隣に顧問いるかも」

野原君が、ポーンと鍵盤を触る。
音が澄んでて……きれいな指先。


「なんか弾こうか」
「弾いて弾いて」
「好きな曲ある?」
「なんでもっ」
「なんでもかー。じゃあ…簡単だけど」

白くて細い指先が、静かに鍵盤の上で動き出す。



……すごい

すごい。すごい。

かっこいい……


「ラピュタ?!」
「そう。君をのせて。中学で伴奏した時の…」
「中学でも伴奏してたの?」
「うん、小学校も…」


すごい

こんなに心つかまれるのって

ピアノって、音楽って、すごいんだ……


「かっこいい、すごい…すごいねぇ!野原君王子様みたい」
「照れる、やめてくれ」

王子様が良くなかったのか、野原君は演奏をやめて笑い出してしまった。

「だってほんとにすごいよー、私にはできないから、めっちゃかっこいいよ」

どうにか素晴らしさを伝えたくて、少ない語彙でまくしたてた。野原君はメガネを外して、顔をごしごし擦っている。

「波多野、大袈裟」
「なんでーっ?……じゃ、もう言わない。すごいーって心の中で思ってる」
「……なんかやっぱり弾けない。教室戻ろうか」
「もう終わり?」

よく見たら野原君、耳まで真っ赤。

「うん、もう、終わり。戻ろ……」

照れている野原君を見ていたら、私も同じ顔になっていそうだ。



「失礼しましたー…」

隣の部屋にいた音楽の先生に挨拶して、二人教室へ戻る。

「藍瑠連れてこれなくてごめんね…」

口数の減った野原君にもう一回謝った。野原君は「ううん」って、外見ながら答えた。





コウキはその日学校を休んでいた。それは、放課後メール見て発覚した。

明日か明後日には学校行くって。
風邪かなーって。そうメールに書いていた。

お見舞い行きたいけど……
部活もあるし、行く時間が……

部活が終わって、お家寄ったら遅いよね……
お母さんもいるだろうし。



部活遅れてったら、また佐久間先生に怒られるかも。
んーっ。

「なお、挙動不審」
「あっ、藍瑠ー!コウキ、休みみたいでね。お見舞い行きたいんだけど、部活遅れてもいいかなって…」
「ちょっとならいいんじゃない?用事で遅れて来る子たまにいるじゃん。さくちゃんに言っとくよ?」
「そう?でもなぁっ……佐久間先生にきつく怒られたし……」
「もー。どっちー」

そうやって悩んでたら、後ろから声がした。


「はっきりしないな笑」

……野原君!

「ねー。彼氏が心配なら行けばいいじゃんね。どう思う?」
って藍瑠が野原君に言う。

「オレなら、サボらず部活出てほしいかな。お見舞いの前に、電話じゃダメなの?」

すらっと背が高く、少し猫背気味の野原君。そんな彼に見下ろされる。

「電話……電話かぁ」
「とりあえず声聞けたら嬉しいんじゃない?」

野原君はにっこり、そう言った。




そのあと。流れでなぜか3人で部室裏に。
藍瑠と野原君が話してて、私がコウキに電話をする図……だが、全然でない。

「でないよ」
「もう一回チャレンジ!」
「寝てるのかな?」

それでも、やっぱり繋がらない。

「浮気でもしてるのかな……?」

ぼそっ…と言ってみたら、藍瑠と野原君が話を止めて私を見る。

「浮気って……彼氏って、あの人でしょ?声大きい先輩」
「そうそう、よく来てたよ教室……あ。電話だ。もしもーし」

藍瑠に電話が入り席を立った。
仕方なく野原君と並んで座り、二人で携帯を見る。
優しいな。野原君……親身になってくれて。

「ありがと、野原君」
「何かあったら話聞くって言ったじゃん」
「うん……」

野原君の答えはいつも全部優しくて、話してよかったって思う。


「野原君の彼女になる人は幸せだろうね……」

って。
心から思うよ。


「……じゃあ、なる?」
「えっ?」

何?え?
野原君はメガネを上げて、ふーってうつむいた。

「………固まんないでよ……」
「あ、ごめんっ…え?え?だって……」

からかわれてる?

「……ま。いいや……」
「う、うん……」

……さっきのは
オレの彼女になる?ってこと?

なんで…

「私彼氏いるのに……」
「いるよね」
「じゃあ、なんで……そんなこと言うの…」
「……だって全然、幸せそうじゃないよね」


どくん どくん
心臓。心臓がっ……

「なんて。勝手なこと言ってごめんね。オレも部活行かなきゃ」
「あっ…ありがとっ…」

そうして、手を振って見送って。


びっくりしたっ……
足が震えて、すぐに立てなかった。

野原君の彼女に、なれるならなってみたかった……
っていうホンネもあるけど、傍らでは、コウキはどうしてるのか、まだ気になってる。


●◎●◎●


1ヶ月だけだけど、あんなに深くつきあって。
あんな……あんなに……コウキのこと好きだと思ったのに。

部活中、ずっとそのことで頭がいっぱいで。


「波多野‼︎‼︎」

はっと気がついて顔を上げた。佐久間先生が怒って、近づいて来た。
恐い……殴られる⁉︎

「いい加減にしろ!ぼんやりするなら帰れ‼︎練習の邪魔だ」
「い、いえ、すいません‼︎練習します‼︎」
「帰れって言ってるんだよ。聞こえなかったのか?」
「申し訳ありませんっ‼︎泳がせてください」

佐久間先生は、おいてあったバスタオルをつかみ、私に投げつける。


「帰れ‼︎‼︎」


ぎゅっ…

拳を作った



「……失礼します」

藍瑠たちが心配そうに見てる。
私はバスタオルを抱えて、プールサイドの階段を降りた。


バカ。バカだ…っ
集中できてなかったから、佐久間先生をあんなに怒らせちゃって……

更衣室に戻ったけど、着替える気は起こらない。ぼーっとしながら涙を拭いて、西日が入る窓を見ていた。
窓は磨りガラスだから、外は見えないけど……

更衣室の声は外には聞こえないけど、部室裏にいる生徒の声は、思ったよりよく聞こえてくる。
エッチな声も聞こえてたのかもかもしれない。
そう考えたら、さらに自分がバカみたいに思えた。
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