この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第十九話 隠された過去

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「あ、セレナ! サラ!」

ギルドの前でサラと話していると、後ろから声をかけられた。振り返ると、タリアンが大股で歩いてくる。

「おはよう、タリアン」

サラが軽く手を上げて挨拶する。私も一応会釈したけど、正直あまり関わりたくない相手だ。

「今日も元気にお仕事かい? 俺たち騎士団は命がけなんだけどな」

またいつものように、嫌味っぽい口調で言ってくる。

「命がけなのは冒険者も同じよ」

サラが穏やかに、でもきっぱりと答える。

「は? 魔物退治と治安維持じゃ重要度が違うだろ」

「そうかしら? 魔物が街に侵入したら、市民の安全を脅かすことになるわ。それを防ぐのも立派な治安維持だと思うけど」

「それは……」

タリアンが言い淀む。サラの論理的な返しに、反論できないようだ。

「それに、私たちは騎士団の補助として依頼を受けることもあるしね。お互い協力し合えればいいんじゃない?」

サラの巧妙な立ち回りに、私は感心した。タリアンを逆撫でしないように、でもしっかりと言い返している。

「ま、まあ……そういう考え方もあるかもな」

タリアンは不満そうだったけど、これ以上言い返せずに立ち去っていく。

「すごいですね、サラさん」

「ん? 何が?」

「タリアンをうまくやり込めるなんて。私だったら、きっと感情的になっちゃうと思います」

サラが苦笑いを浮かべる。

「慣れよ、慣れ。ああいうタイプの人とは、論理的に話すのが一番効果的なの」

◆ ◆ ◆

ギルドの中に入ると、ちょうどハルートが依頼書を眺めているところだった。

「おはよう、ハルート」

「ああ、おはよう」

彼はいつものように短く答える。でも今日は、なんだか優しい笑みを浮かべているように見えた。昨日の貧民街での出来事で感情的になってしまったことを、少し気にしているのかもしれない。

「今日は一緒に依頼をこなさない? 三人の方が効率いいし」

サラの提案に、ハルートは素直に頷いた。

「そうですね。ハルート、昨日はごめんなさい」

私が謝ると、彼は首を振る。

「いや、お前は間違ってない。俺が……ちょっと感情的になりすぎただけだ。あんな大人げない姿、見せちゃって悪かった」

そう言って、少し照れたような表情を見せる。こういうところが、ハルートの良いところだと思う。

◆ ◆ ◆

依頼を終えてギルドに戻る途中、サラが口を開いた。

「ねえ、セレナ。昨日の貧民街での話、聞いたわよ」

「あ、はい……」

「ハルートが珍しく感情を見せたって聞いたけど、本当?」

私は少し迷ったけど、正直に答えることにした。

「はい。いつものクールなハルートとは全然違って、すごく怒ってました。不正をする人たちが許せないって」

「やっぱりね」

サラが小さくため息をつく。

「実は、ハルートにはそうなる理由があるのよ」

「理由?」

「彼の生い立ちの話。聞いたことない?」

私は首を振る。ハルートは自分のことをあまり話したがらないし、私も深く聞いたことがなかった。

「ハルートの両親は騎士団の騎士だったの。それも、とても正義感の強い、誇れる人たちだった」

サラの声が、少し遠くを見るような響きになる。

「でも、ある大きな事件に巻き込まれて……」

サラが言いかけて、口を閉じる。

「両親が殺されたのよ」

その瞬間、私の血が凍りついた。

「え……?」

「詳しい話は……まあ、いずれハルート本人から聞けるかもしれないけど」

「そんな……ひどい……」

「両親を失ったハルートは、幼馴染の私の家に引き取られた。私たちは小さい頃からの家族みたいなものなの」

サラの表情が少し和らぐ。

「だから、昨日の不正への怒りも、きっと両親のことを思い出してしまったのね。正義感の強い両親を誇りに思ってるから」

私は胸が痛くなった。そんな辛い過去があったなんて、全然知らなかった。

そのとき――

「おい、何話してるんだ?」

ちょうどハルートがギルドから出てきた。

「あ、ハルート。ちょうどいいところに」

「まさか、俺の昔話でもしてたのか?」

ハルートの表情が一瞬複雑になる。でも、怒ってるというより、困ったような顔だ。

「サラ、過ぎたことを話すな」

「でも、ハルート――」

「別に隠すようなことじゃないけど、あまり気を遣わせたくないんだ」

普段はぶっきらぼうなハルートが、珍しく優しい口調で言う。私たちを思いやってくれているのが伝わってきた。

「ごめん、セレナ。変な話聞かせちゃって」

「いえ、そんな……私の方こそ、すみませんでした」

「じゃあ、俺は先に帰る。また明日な」

そう言って、ハルートは手を上げて立ち去っていく。その後ろ姿は、いつものように真っ直ぐで、頼もしく見えた。

◆ ◆ ◆

「オリヴィアさん、少し聞きたいことがあるんですけど……」

ギルドに戻った私は、恐る恐るオリヴィアに声をかけた。

「どうしたの?」

「ハルートの過去のことで……何かご存知ですか?」

オリヴィアの表情が、一瞬困ったような顔になる。

「ごめんなさい、セレナ。それは私が言うべきことじゃないわ」

「そうですか……」

「でも、彼が今の優しい性格になった理由があることは確かよ。辛い経験を乗り越えて、今では誰よりも仲間思いの青年になったと思う」

オリヴィアの言葉で、私は少しほっとした。

「それと……」

オリヴィアが少し声を潜める。

「最近の殺人事件で、もう一つ気になることがあるの」

「何ですか?」

「実は、昨日の夜にも騎士団の巡回で不審な人物の目撃情報があったの。やはり黒い外套を着た、がっしりした体格の男性だったそうよ」

私の心臓が跳ね上がった。

あの人影の正体が気になって仕方ないけど、アランの名前を出すのはやっぱり躊躇してしまう。

(アランは元冒険者だって言ってたし……まさか関係ないよね)

でも、体格や歩き方が似ていたのは確かだった。

「何か心当たりでも?」

「い、いえ……何でもありません」

私は慌てて首を振る。

証拠もないのに、あの時助けてくれた人を疑うなんて。

(きっと人違いよ……)

◆ ◆ ◆

その夜、私は宿屋の自分の部屋で一人考え込んでいた。

ハルートの過去を知って、彼への印象がより良くなった。辛い体験をしても、仲間を大切にする優しい青年に育った。

その一方で、アランへの疑念は消えない。

いや、むしろ深まっている。

(アランが正義の人だからこそ、怖いのかもしれない)

完璧に思える人ほど、裏の顔があったときの衝撃は大きい。

でも、証拠もないのに疑うなんて、私はなんてひどい人間なんだろう。

(明日、もう一度現場を見に行ってみようかな……)

もしかしたら、何か見落としがあるかもしれない。

アランが犯人じゃないという証拠が見つかるかもしれない。

そう思いながら、私は眠りについた。

翌日、真実の一端を知ることになるとも知らずに――。

(つづく)
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