この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第二十二話 血に染まった夜

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「今日はとても楽しかったわ」

オリヴィアとの食事を終えて、私たちは夜の王都を歩いていた。

約束通り、美味しい料理と楽しい会話で、最近の暗い気持ちがだいぶ晴れた。

「私も楽しかったです。訓練の話、アリアナの話、バランの指導の愚痴……」

「ふふ、セレナの話は聞いてて飽きないのよ。とても素直で」

オリヴィアの優しい笑顔に、私も自然と笑顔になる。

「アリアナも今度一緒だと、もっと賑やかになりそうですね」

「そうね。あの子の憧れの眼差し、とても可愛いわ」

夜風が心地よくて、歩いているだけで気持ちが軽やかになる。

こういう時間が、ずっと続けばいいのに。

そう思っていたとき――

「セレナ、ちょっと待って」

オリヴィアが急に立ち止まった。

「どうしたんですか?」

「あそこの路地裏……何か変な感じがするの」

オリヴィアが指差した先は、薄暗い路地だった。

「普段なら一人では行かないけど、セレナと一緒だから……ちょっと見てみましょう」

オリヴィアが私を信頼してくれているのが分かって、嬉しくなった。

「はい、一緒に行きましょう」

◆ ◆ ◆

路地に入ると、すぐに血の匂いが鼻についた。

「これは……」

奥の方で、人が倒れているのが見える。

また事件が起きている。

「セレナ、気をつけて」

オリヴィアと一緒に、そっと近づいていく。

そのとき――

路地の奥から、人影が現れた。

黒い外套を着た、がっしりした体格の男性。

でも今度は、顔がはっきりと見えた。

私の心臓が止まりそうになった。

「ハルート……?」

そう。そこに立っていたのは、間違いなくハルートだった。

血のついた短剣を手に持って、こちらを見ている。

立ち振る舞い、身長、体格――すべてが一致していた。

「やっぱり、あなただったのね」

オリヴィアが静かに言った。

その声には、悲しみと失望が混じっていた。

「バレたなら、しょうがない」

ハルートが短剣を構えなおす。

「ここから帰すわけにはいかない」

その瞬間、オリヴィアが恐怖で後退りした。

でも、運動神経が良くない彼女は、足がもつれて転んでしまう。

「あ……!」

足を挫いたようで、立ち上がれない。

私は咄嗟にオリヴィアの前に立った。

「ハルート……どうして……」

ハルートが少し驚いたような表情を見せる。

「セレナ……お前には、バレたくなかった」

その声に、かすかな後悔が混じっていた。

「なぜこんなことを?」

「お前には関係ない」

ハルートが短剣を握り直す。

「でも、見てしまった以上……」

彼の目が、冷たく光った。

戦うしかない。

オリヴィアを守るために。

真実を知るために。

私は剣を抜いた。

「ハルート……私は、あなたを止める」

「そうか」

ハルートが構えを取る。

「なら、本気でかかってこい」

そして――

血に染まった夜の戦いが、始まった。

◆ ◆ ◆

最初に仕掛けたのは私だった。

剣のリーチを活かして、一気に間合いを詰める。

でも――

「っ!」

ハルートが短剣で、いとも簡単に私の剣を弾いた。

その速度と力は、普段の彼とは全く違う。

(スキルを使ってる……!)

できた隙を狙って、ハルートが腹部に蹴りを入れてくる。

「がはっ!」

普通の蹴りとは思えない重い一撃。息ができなくなる。

でも、怯んではいられない。

すぐに剣を構え直すが、今度は後ろに回り込まれていた。

「速い……!」

頭部に強打を受けて、視界がぐらつく。

(こんなに……実力が違うなんて……)

武器のリーチ以前に、力とスピードが全く追いついていない。

サラがスキルを使ったときよりも、もっと強い。

「どうして……スキルが使えるの?」

私が問うと、ハルートが冷たく答えた。

「のんびりした毎日を過ごしていたお前とは、違うんだよ」

一方的な攻防が続く。

私の攻撃は全て受け流され、反撃は全て当たる。

「くっ……」

ついに、私は地面に倒れ込んだ。

◆ ◆ ◆

ハルートがオリヴィアの方に向かっていく。

「だめ……」

私は力を振り絞って立ち上がろうとした。

「まだ……終わらない……」

でも、その時だった。

ハルートが振り返って、攻撃スキルを放った。

「うあああああ!」

光の刃が私の頬をかすめていく。

その瞬間、私の頭に過去の記憶が蘇った。

事件の被害者たち。

あの深い傷跡。

すべて、この攻撃スキルによるものだったんだ。

恐怖で、剣を落としてしまう。

地面に座り込んで、身体が震えて止まらない。

(こんなの……勝てるわけない……)

ハルートとオリヴィアの会話が聞こえてくる。

「私にも罰が下るのね」

「そうだ」

「ごめんなさい……」

「ああ」

そして――

「があああ!」

オリヴィアの悲鳴が夜に響いた。

私は、ただその光景を見ることしかできなかった。

ハルートの短剣が、オリヴィアの心臓を貫いていた。

「オリヴィアさん……」

彼女が、その場に倒れる。

もう動かない。

◆ ◆ ◆

「ああああああ……」

私の口から、うめき声が漏れる。

ハルートがこちらに歩いてくる。

(次は私……)

(私も、ああなるの……?)

呼吸が乱れていく。

心臓が破裂しそうなほど鼓動が早くなる。

でも――

ハルートは私の横を通り過ぎただけだった。

そのまま、闇の中に消えていく。

私は一人、血に染まった路地に取り残された。

オリヴィアの亡骸と一緒に。

「うう……ううう……」

どれくらい時間が経ったのか分からない。

頭の中が真っ白で、何も考えられない。

信じていた仲間が、犯人だった。

優しいオリヴィアが、殺された。

私は、何もできなかった。

ただ、震えているだけだった。

やがて、誰かの足音が聞こえてきた。

騎士団の人たちが、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたようだった。

でも、私にはもう、何も聞こえなかった。

ただ、暗闇の中で震えているだけだった。

すべてが、終わってしまった。

私たちの平和な日常が、完全に壊れてしまった。

そして、私は知ってしまった。

時には、信じていた人が一番恐ろしい敵になることもあるのだということを――。

(つづく)
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