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明晰夢
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玄関の扉を開けると笑顔の妻がそこにいた。
「おかえりなさい」
途端に違和感を覚えた。
「おつかれさま」
妻は私の鞄を受け取り、スーツの上着を脱がせてくれる。
「今日も大変だったでしょ? いつもありがとう」
そう言って再度こちらに微笑む。その顔はなんだかいつもよりまともに見えた。化粧でもしているのだろうか。
やはりおかしい。一体どういうことだろうか。ふととある思考が頭をもたげる。
「ご飯でいい?」
「ああ」
「すぐ準備するね」
そこで確信した。
夢だ。
これは夢なのだ。
夢には違和感によりそれが夢だと気付くことがあるという。たしか明晰夢と言ったか。
ソファに寝転び菓子を貪りながらテレビを見ている。
いつからだろうか。仕事から帰って目にする光景のほとんどはそれになった。
料理も洗濯も掃除も。いつのまにか全ての仕事は私のものになった。
「遅いよ。早くご飯作って!」
帰宅と同時にかけられる言葉は決まっていたはずだ。
玄関への出迎えや夕食の準備などあるはずがなかった。
夢。
そう。
そう考えれば全て納得がいく。
部屋着に着替えて食卓に着くと、メニューはカレーだった。
カレーか……。
私の大好物だが香辛料の刺激で目が覚めてしまわないだろうか。現実ではありえない、いい夢だ。すぐに覚めてしまってはもったいない。
「具合良くないのかな? お粥とかにしておく?」
その私の戸惑いに気付いたのか、妻は心底心配そうにそう言った。
こんな表情を見たのは何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
思わず涙が出そうになる。
夢の中で泣いたら現実でも涙を流しているのだろうか。そんなことを考えた。
出されたお粥を食べていると、なんだか視界がぼんやりとしてしきた。
いかん、もしかしたら夢から覚めようとしているのかもしれない。
相変わらず妻は心配そうにこちらの様子を伺っている。
そのふっくらとしたおかめ顔には昔の面影はまるでない。どうせ夢ならもっと若くて綺麗でもよかったのに。
いや、そんなことはない。きっと現実の妻にもこのような側面があるはずた。だからこそ神様はこの夢を見せてくれたのだろう。
夢から覚めたらもっと、今まで以上に優しくしてやろう。そうすればいつかきっと、この夢のような時間を取り戻せるに違いない。
視界はどんどんとぼやけて白んでいく。
短い夢だった。もう終わりか。
でもこの夢を見られてよかった。心からそう思えた。
薄れゆく意識の中でかすかに声が聞こえた。
「これでようやく保険がおりるよ……」
気だるさの中、力を振り絞って右の頬をつねった。
痛かった。
「おかえりなさい」
途端に違和感を覚えた。
「おつかれさま」
妻は私の鞄を受け取り、スーツの上着を脱がせてくれる。
「今日も大変だったでしょ? いつもありがとう」
そう言って再度こちらに微笑む。その顔はなんだかいつもよりまともに見えた。化粧でもしているのだろうか。
やはりおかしい。一体どういうことだろうか。ふととある思考が頭をもたげる。
「ご飯でいい?」
「ああ」
「すぐ準備するね」
そこで確信した。
夢だ。
これは夢なのだ。
夢には違和感によりそれが夢だと気付くことがあるという。たしか明晰夢と言ったか。
ソファに寝転び菓子を貪りながらテレビを見ている。
いつからだろうか。仕事から帰って目にする光景のほとんどはそれになった。
料理も洗濯も掃除も。いつのまにか全ての仕事は私のものになった。
「遅いよ。早くご飯作って!」
帰宅と同時にかけられる言葉は決まっていたはずだ。
玄関への出迎えや夕食の準備などあるはずがなかった。
夢。
そう。
そう考えれば全て納得がいく。
部屋着に着替えて食卓に着くと、メニューはカレーだった。
カレーか……。
私の大好物だが香辛料の刺激で目が覚めてしまわないだろうか。現実ではありえない、いい夢だ。すぐに覚めてしまってはもったいない。
「具合良くないのかな? お粥とかにしておく?」
その私の戸惑いに気付いたのか、妻は心底心配そうにそう言った。
こんな表情を見たのは何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
思わず涙が出そうになる。
夢の中で泣いたら現実でも涙を流しているのだろうか。そんなことを考えた。
出されたお粥を食べていると、なんだか視界がぼんやりとしてしきた。
いかん、もしかしたら夢から覚めようとしているのかもしれない。
相変わらず妻は心配そうにこちらの様子を伺っている。
そのふっくらとしたおかめ顔には昔の面影はまるでない。どうせ夢ならもっと若くて綺麗でもよかったのに。
いや、そんなことはない。きっと現実の妻にもこのような側面があるはずた。だからこそ神様はこの夢を見せてくれたのだろう。
夢から覚めたらもっと、今まで以上に優しくしてやろう。そうすればいつかきっと、この夢のような時間を取り戻せるに違いない。
視界はどんどんとぼやけて白んでいく。
短い夢だった。もう終わりか。
でもこの夢を見られてよかった。心からそう思えた。
薄れゆく意識の中でかすかに声が聞こえた。
「これでようやく保険がおりるよ……」
気だるさの中、力を振り絞って右の頬をつねった。
痛かった。
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