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さぁ、お礼に参りましょう
2.
しおりを挟む「ようこそおいでくださいました」
ほんとにな。
そう、恭しく天の王国式の礼をする外交官の顔を胡乱げに眺めながら、俺はうんざりとため息をついて見せた。
「いい?絶対に無理はしないで。怪我もしないで。敬語はちゃんと使って。大公の威厳を損なわないように。……それと、」
「お前は俺の母親か」
「う、うっさいわね!ああもう、私も行けたらいいのに……ほんと何かやらかさないか心配」
おでこを手で押さえ、首を振るエレノア。成程どうやら俺の心配ではなく、俺のやらかしとやらの心配をしていることはよくわかった。横に立つ天馬が馬鹿にしたように鼻づらで突いてくる。
交渉の件を愚かにも自分の手でバラしてしまったせいで、エレノアは昨日からずっとこんな感じでそわそわとしている。そしてどんどん顔色も悪くなっていくものだから、俺は【宝瓶宮】に帰らずにエレノアが納得するまで「自分ならば大丈夫」という説得を試みることになった。シャルロッテを一人にしてしまうことも増えてきたし、この際侍女の一人でも付けてもいいかもしれない。
しかし、結果として交渉の当日である今日も彼女から不安そうな気配は消えなかった。そんなに心配しなくても、これまで何度も行って帰ってきているし、そもそも刺客にやられるほど弱くもないし。……そう言えば俺、エレノアの前で戦ったことないのか。
「オズワルドは大公だもの、強いんでしょうね。……でも、なんだか嫌な予感がするの」
「嫌な予感、ねぇ。エレノアに言われると現実になりそう」
「どういうこと、よッッ!」
「ほら、邪神のいっだだだだだ!!!」
思いっきり踏まれる足。思わず悲痛な叫びをあげて蹲る俺を、背後に佇む護衛騎士が顔色悪く眺める。痛そう……と囁く声に振り返って彼らを睨みつけても、素知らぬ顔で目を逸らされるだけだった。
しかし実際の所、エレノアの勘は良く当たる。彼女の高尚な思考の末に立てられた予測だからというのもあるのだろうがーー魔物の出どころだとか騎士の怪我の仕方だとか、見ていなくても地図を見ながら心配そうにつぶやくのだ。そしてエレノアの心配ごと通りに作戦を立てて臨むと、ほぼ必ずと言っていいほど死人なく成功する。
つまり、このエレノアの心配も、ここまでくると現実味を帯びてくるという訳だ。
冗談を言って和ませてやるという、相手に気付かれにくい優しさを見せつつも、俺は気を引き締めることにした。慢心して殺されるなんてことがあれば末代までの恥である。
立ち上がり、エレノアの金糸を指で梳く。気を付けるよ、と微笑んでやれば、エレノアもようやく安心したように紫の目を細めた。
そして。
長旅終えて天の王国の城門前に降りたった俺たちの目の前には、胡散臭い笑顔で迎える外交官一人だけ。天の王国側が頼み込んで来ておいて星の王国に来ない時点でなめているが、王子自ら出迎えもしない。そりゃ俺も護衛騎士もやる気をなくすよなぁ。対応がなっていない。これが歴史ある大国のあり方かと思うと、鼻で笑い飛ばしたくなる。
「ご案内いたします」
そう言って前を歩く男に返事をすることもなくついていく。エレノアに、「格下の自己顕示欲が強そうな奴には無視が効く」と言われたから。案の定男の気配が怒気を帯びる。
今や見慣れてしまった王城の廊下には、公的な交渉の日にもかかわらず侍女や文官がせわしなく動いている。それはつまり「お前らなど国を挙げて歓迎するような存在ではない」と言っているに等しく、護衛騎士が不快そうに鼻を鳴らした。
「ーー久しいな」
「最近よく合いますね、国王陛下」
ぐるりと油断なく室内の気配を探る。国王への道にはずらりと近衛騎士がならび、その背後には貴族が。国王の横にはルーカス王子と聖女、そして所在無げに正妃が座っている。聖女の台頭によって正妃の立場も危うくなっているらしい。妻同士で争っているうちとは大違いだ。
何度目かの回顧になる聖女は、俺と目が合うと、どろどろどろと澱んだ金の目を蠱惑的に細めてゆったりと嗤った。
「お久しぶりですね、オズワルド様」
「……どうも、天詠みの聖女殿。何度も言いますが、俺はあなたに名前を呼ばれるほどの男ではないのでどうぞアクアリウスとお呼びください」
「あら、謙遜はいいの。私がオズワルド様とお呼びしたいんだもの」
そう言ってにっこりと微笑む聖女に、思わず肌を摩る。案の定身体中にぶわりと広がっている鳥肌。何様だ。遠回しにお前に名前で呼ばれるような低い身分じゃねぇっつってんだよ。
聖女はもともと伯爵令嬢だったと聞いているが、その際に学んだ礼儀はどこへ行ってしまったのか。そしてそんな彼女を愛しげに見つめるルーカス王子の陶酔っぷりが本当に気持ち悪い。よく見ると聖女の魔力が血液のようにルーカス王子の体内をめぐっているのが分かる。
今回の交渉はどうやらここで行うらしい。
俺は不愉快を隠しもせずに声を出して嗤う。もはや交渉用の個室すら用意されず、謁見室の最も下手で立ったまま、俺が断罪されているようなこの構図。交渉をこなすにつれて向こうの態度が見るからに悪化していて腹立たしい事この上ない。
だけど、俺は優しいから穏やかに質問してやるのだ。
「で?今回はどのような用件で?」
「エレノアを差し出せ」
「……殿下、あのですねぇ……貴殿らが国外追放処分にした時点で既に、エレノア様の身柄の所有権は彼女自身にある。そして彼女は星の王国にいることを望んでる。だから、その願いには応えられません。――って何度も言いませんでした?」
「エレノアは俺の婚約者だった女だ。所有権は俺にある!!!」
ねぇよ。何言ってんだ馬鹿が。
「万が一エレノア様の身を差し出すとして、こちらになんの利もありませんからね。彼女は本当に有能で完璧な女性だ。おいそれと離すわけにもいかない」
ルーカス王子なら知ってるでしょう。そういう気持ちを込めてまっすぐ彼を見れば、少しだけ彼の魔力の流れがどろりと歪んだ。……不自然だな。
とはいえ、やはり同じことを永遠と繰り返すだけの実りのない交渉だ。新しいことと言えば、貴族たちが騎士に守られながらヤジを飛ばし、俺の護衛騎士の殺気にやられて気絶するループ。つまらないうえにお粗末なこの演出は、俺を怒らせたいのだろうか。あわよく誰かに切りかかりでもして、国際問題にしたいだけか。クソである。
呆れを全面に出して眉を顰める。ーーその時だった。
場の空気を変えるような、甘やかな声が謁見室に響く。
「ルーカス様。きっとオズワルド様はエレノア様に洗脳されているのだわ」
にこにこと楽しそうに此方を見つめていた聖女が、ゆっくりと優雅な足取りで俺の前へと降りてくる。間髪入れず護衛騎士が俺を護るように前に立ち、彼女を威嚇する。
しかし、聖女はその殺気をものともせず、その場に留まるのみであった。ーー余程場慣れしているか、余程の馬鹿か。
「……ねぇ、オズワルド様。
少しだけ、2人っきりでお話しませんか?」
『オズワルド、どうか気をつけて』
「ーー……。ええ、勿論」
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