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さぁ、お礼に参りましょう
3.
しおりを挟む謁見室から出て、俺を案内するように前を歩く【天詠みの聖女】。千年に一度現れる彼女は天の神の声を詠み、その言葉を人間に授けることによって、天の王国を繁栄に導くことが出来るのだという。文献によると歌声のような形で聞こえるから【天詠みの聖女】と呼ばれるらしいが、皆聖女としか呼ばないので覚える必要はない。
聖女は学園にてこの国のことを学び、神殿にて神の声を詠む。まぁ、今代の聖女が学園で学んだのは男を落とす術と操る術ばかりなようだが。
聖女は漸く目的の地にたどり着いたのか足を止め、余裕ある仕草で振り返った。彼女の背後――俺の目線の先には真っ白な円柱形の建物、神殿が天へと高く続いている。そして、神殿を囲むように様々な種類のこれまた真っ白な花々が咲く花園が広がっている。一目見て清廉な魔力の溜まり場だとわかる空間に、俺は思わず息をのんだ。
「ふふ、とっても綺麗でしょう?先代の【天詠みの聖女】が植えたんです」
「……えぇ。こんなに美しい魔力は初めてだ。千年前の魔力が今も残っているなんて……」
呆然と目の前の景色に見とれていると、少しだけ聖女の気配が剣呑なそれに変わる。……どうやら、【先代】は彼女の地雷らしい。千年前の相手にコンプレックスを抱いても仕方ないと思うが、これだけ神殿を魔力で覆われれば苛立ちも感じるか。それでも笑顔を崩さないのはさすがと言える。
聖女は甘く金の目を細めると、俺を花園の中へと手招きする。しかし俺が足を動かさないのを見ると、かすかに眉を顰めた。そして、「どうぞ?」と小首をかしげて口角を上げた。
俺は気付かれない程度に鼻で笑う。
「悪いけど、異国の神殿に入るほど常識外れじゃないんだ。貴女もあんまり易々と神殿に人を誘い入れないほうがいい。国の品位に関わる」
冷たく返す俺に、気分を害したらしい聖女は遂にあからさまに顔を歪めた。こいつの領域に俺がそう簡単に入ると思ったのなら、随分お粗末な作戦だ。せめて謁見室で束になって襲い掛かってくるぐらいしてくれるかと思っていたが、まさか色仕掛けが本命だなんて。今までの交渉で散々俺がこいつに好意を抱いていないとわざわざ表現してやったのに――恐ろしく高い自尊心に恐れ入るばかりである。自尊心が高いことはいいことだが、実力の伴わないそれはただ高慢だ。
俺は数歩花園から離れると、努めてにこやかに柔らかい口調で話しかける。
「2人で話したいことがあるならここでもいいでしょう?」
「大公ともあろうお方を路上に立たせるなんてできないわ」
「なら俺が許す。ここで話してもらおうか」
「……」
「ルーカス殿下のように俺も洗脳しようとでも思ったか?」
「――!!」
俺の言葉に聖女は目を見開いた。どうして、と視線が物語っている。どうやらこいつは本当に【オズワルド・アクアリウス】について何の下調べもしていないらしい。目をきょろきょろとさせて誰かに聞かれていないかと周囲を見渡す彼女をにこやかに待ってやる。
そして、完全に出鼻をくじかれてご立腹な聖女は遂にその本性を現した。
ギリッと音を立てて歯を食いしばり、本性通りの醜悪な笑顔を浮かべる。それでも笑っているのは余裕を見せるための皮か、それとも天詠みの聖女としての無意識下のプライドか。そんなものに興味はないが、俺としてもこいつには言っておきたいことがいくつかあるんだ。俺はエレノアにも見せた新聞記事を取り出して、聖女に見えるように翳した。
「何故そんなひどいことをおっしゃるの……?わかったわ、エレノア様に騙されているのね」
「そのエレノアについてだが、この事実無根の新聞記事、聖女の言葉だと聞いてるけど。俺及び他11名の【大公】への名誉棄損だと思っていいんだな?
あと、……エレノアについて好き勝手言うのはいいが、その発言が彼女の無実を確信して保護した陛下をも侮辱するものだと、お前は勿論理解しているんだよなぁ?」
ざぁ――と俺の中の憤怒に応えるように、花園がゆれる。俺の殺意を正確に感知したらしい護衛騎士がどこからともなく現れ、俺を守るように前に立った。それをきっかけに周囲からも続々と護衛騎士が姿を現す。
隠れていた護衛騎士の存在には気付いていなかったらしい聖女が大きく唇を震わせた。二人っきりって言ったのに?敵国で簡単に二人っきりになるわけがないだろう。馬鹿か。馬鹿なんだろうなぁ。
「そ、そんなの脅しだわ」
「脅し?何度もエレノアを差し出せさもなくば戦争だ戦争だって俺たちを脅したのはそっちだろう」
「ルーカス様を洗脳なんてひどい嘘で私を罵ったわ!!」
「嘘じゃない。お前、交渉相手のことは少しくらい調べたほうがいいぞ」
「どういうこと!?エレノア様の戯言に騙されているだけの愚物が調子に乗らないで!!」
「貴様!!大公様にそのような言葉ッッ」
「いい。下がれ」
顔を真っ赤にして叫ぶ聖女を遮るように、真っ先に俺の前に立った騎士がいきり立つ。そしてさらに俺の周囲を囲む護衛騎士が聖女を見下げ果てたように見つめている。気持ちは痛いほどわかるぞ。今の発言一つで戦争が始まると、この頭お花畑女は気付いていないのだ。呆れを通り越していっそ哀れである。
俺はするりと右手に嵌まる指輪を撫でる。父上の形見であるそれは、精巧な古代文様が凝らされて本当に美しい。自然と浮かぶ穏やかな笑みに、聖女が訝しげに顔を顰めるのが見えた。
「今後国際社会で権威を誇りたいなら、それなりの知識を持つことをお勧めするよ。俺は優しいから教えてやるけど――」
オズワルド・アクアリウスがなぜ18歳という若さで大公になることが出来たのか。それは、俺が魔力を視ることが出来る類稀なタイプの人間であるからに他ならない。一見簡単そうなこれ、実は出来る人はほとんどいない。いても精々量を感知することができる程度で、だれがどんな魔力でどんな質でどんな属性かを、魔法そのものを見ることなく知ることができる人間は、数百万人に一人と言われている。
古代では【邪眼】と忌み嫌われ、処刑対象でもあったが現在はその有用性と希少性が高く評価されるようになって、保護対象になった。普段聖女の魔力が穢れているだのなんだの言っているのも、俺以外の人間には見えていない。だからこそ今もこのクソ女が聖女の地位に甘んじられるのだろうが。
勿論元々も魔力の多さや実力もろもろ評価された結果の大公ではあるが、邪眼なしでは将来的な候補くらいの認識だっただろう。
淡々と自己紹介をしていくうちにも、聖女の顔色はどんどん悪くなっていく。まさか自分やルーカス王子の魔力を見られているとは思わなかったらしい。ちなみに俺が邪眼持ちであることは世界共通の認識なので、俺がばらせば各国から白い目を食らうこと間違いなしだ。そしてこの女と俺でどちらが信用に足るかと言われれば――言うまでもないだろう。
だらだらと汚い冷や汗をかきながら俯く聖女を見下ろす。交渉相手に俺以外の大公を指定していれば、バレなかったかもしれないのに。まぁ、エレノア関係は俺に一任されているので無駄だけど。
「じゃ、話はこれで終わりかな。……エレノアの身柄に関しては勿論お断り。先に戻ってるからゆっくり来なよ」
そう言って来た道を振り返った時だった。
ぞわり、と蛆が背筋を這うような粘着質な気配が俺に襲い掛かった。そしてそれは、護衛騎士が聖女の方を振り返る隙も与えることなく彼らの意識を刈り取っていく。俺はというと、特に抵抗することもなく己の両手足を拘束する棘だらけの茨によって傷つけられ、流れ出した血液をただ見つめていた。さらに首や胴体には蔦のような植物が絡まっている。
背後からおどろおどろしい声が響いた。
「……駄目よ。ルーカス様もオズワルド様も、皆私のもの。エレノア様には渡さないわ」
ぐっと締まる蔦によって呼吸を阻害され、意識がかすんでいく。緩やかに俺を飲み込んでいく深い闇に逆らうことなく身を任せる。
そして、遂に力の抜けた俺の身体はゆっくりと神殿の中へと引き摺りこまれていった。
「ねぇルーカス様、陛下、オズワルド様の体調が宜しくないみたいなの。ちゃんと元気になるまで神殿で預かることにしたわ。ーーそう、これは神の意思なのよ」
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