氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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序章 過去は置いていく

最後の晩餐

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 執務室に戻った俺を出迎えたのは、無表情のレイモンドと真っ青な部下達。何時もニヤニヤと不気味な笑いだけは耐えないレイモンドの真顔は、彼の不機嫌を如実に表していて恐ろしい。
 見なかったことにして自分の机に戻り、書類や部隊長の職務の引き継ぎなどに奔走する。何か言いたげな部下達の目線も完全に無視して事務的な作業を進める俺とレイモンドの様子はさぞ恐ろしかろう。

 昼休憩も訓練中も兎にレイモンドと職務以外の会話を交わさないように只管逃げ惑う俺を、何故か部下達は手助けしてくれているようだ。レイモンドが俺に近づこうとすれば俺の名を呼んで違う仕事の話をし、訓練中も掛かり稽古は部下全員が俺に並ぶ始末。


「ちょっとお前達、第三幹部殿の方にも行ってよ。俺が疲れるんだけど」
「隊長は今日で最後でしょう」
「そうだけどさぁ……」

「隊長、こちらの書類ですがーー」
「……それは第三幹部殿に聞いて」
「隊長の意見をお聞きしたく」
「えぇ……」


 こんな会話が幾度となく繰り返される。もしかしたら、俺は自分から全てを遮断していただけで、部下達は俺に少しだけでも信頼を置いてくれていたのかもしれない。ーーまぁ、今となってはどうでもいいけれど。


 そんなこんなで俺はレイモンドと一度も話す事なく職務を終えた。正直、ロサに来てから初めて部下に感謝している。しかしながら、レイモンドの機嫌は悪くなるばかりで、この後のことが心配でならない。
 現に職務開始の際にはこめかみに青筋が浮く程度で無表情だった彼は、今や貧乏ゆすりを絶やさず、カツカツと苛立たしげに爪で机を叩き、俺に夕ご飯でも、と話しかける部下を射殺さん限りの目線で追い詰めている。

 最後の夜ご飯くらい、コイツと食べてもいいだろう。しっかりと話をしておかないと、一生追い回されることになりかねない。最悪今性行為を強いられたとして、この先は自由なのだ。将来の為にも、話をつけておかないと。


「第三幹部殿、夕ご飯でもどうですか」


 幹部席に向かってそう言うと、レイモンドは目を見開き、部下はか細い悲鳴をあげた。おい、「ご乱心だ……」って言ってる奴、聞こえてるからな。レイモンドに殺されても知らないぞ。


「……どういう風の吹き回しだい?」
「最後にでも、と」
「……成程ね。ルナも誘うかい?」
「いいえ、貴方と、お話します」

 
 




 王都「ロサ」の飲食街にある馴染みの店、【天の梯子亭】の扉を開ける。兎に角洋食が美味しいと評判のこの店は、値段も相当するが完全個室性なので、をするのに向いている。
 俺とレイモンドが入ってくると、店主は勝手知りたると言わん限りに頷くと、1番奥の大きな個室に通してくれる。
ーー最悪戦闘になってもいいように。

 人払いをしたいので、コースは断っていくつか適当に頼んでいく。目の前の上司はどうやら初めて来たようで、物珍しい様子で辺りを見回している。


「ここは初めてですか」
「あぁ、何時も大体王城で食べるからねぇ、たまにはこういう所もいいね」


 急ぎで優先的に持ってきてくれた料理を2人で食べていく。うん、やっぱり美味しい。


「ーーどうやって取り入った」


 ナイフで肉を割く手を止める。

 早速本題に入るようだ。早漏か?一周まわって笑顔しか湧いてこないようで、ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべる彼に、過去のトラウマの数々が蘇る。身体中の血液が全て吸われてしまったのではないかと思う程寒い。
 机の下で手をにぎりしめる。ーー絶対に屈する訳には行かない。館長や精霊達、第1王子、ブレインからの恩恵を無駄にするような事はあってはならないのだから。


「第1王子殿下は、反乱分子の生き残りであった俺が王国に反する者ではないと決定づけるに、この5年は十分であったと判断して下さいました」
「俺への打診が先だろう」
「貴方は絶対に許してくださらない」


 憎悪で引き攣りそうになる口で、必死に言葉を紡ぐ。


「俺はもう、自由に生きたい。外の世界を見たい。ベルン村は確かに魔力持ちの存在を隠すという罪を犯しましたが、その報いを十二分に受けているはずです。ーー俺の退団にはもう認可が降りていますから、今更どうしようも出来ませんよ」


 



 反射だった。

 俺の目に向かって迷いなく向けられたナイフをフォークで受け止める。机を薙ぎ倒し、レイモンドの剣を盾の魔法具で防ぐ。椅子でレイモンドの横っ腹を殴り、氷魔法で拘束する。俺の制御を超えた範囲でレイモンドの四肢が凍っていくのは、精霊たちの怒り故だろう。


「ーー上司に武器を向けたな?」
「いいえ、武器を向けたのは貴方で、俺はあくまで正当防衛の範囲に収めています。魔法具で全て投影しておりますので、偽装工作などは出来ないと思ってくださいね」


 俺が何も対策せずに2人きりになるわけがないだろう。


「……その氷はで貴方の四肢が壊死するのが先か、精霊達が貴方を解放するのが先かは分かりませんが……俺はお先に失礼致します」


 今までありがとうございましたなんて言わない。この場で無防備な此奴を殺さない事を褒めてくれ。
 弁償代など諸々含め、預金の半分を店主に渡す。何もかも分かっているらしい店主は、何度も何度も受け取らないといったが、結局は折れて受け取ってくれた。ーーロサにもいい人は沢山いる。









 店主が渡してくれたサンドイッチを食べながら、ピアスに触れる。何処からか柔らかな風が吹き、騎士団の制服から一般的な貴族服に変わった。




 もう、自由なのだ。


 もう、苦しまなくていいのだ。



「ーーーーアッハハハハハハ!!!!」


 ギョッとした目線が集まる。あぁ、笑いが抑えきれない。あんな、あんな簡単に抑え込めるようになっていたのに、俺は何を怖がっていたのか。幹部として前線から外れた彼奴と最前線で粛清してきた俺。力の差はあまりに明らかで。


 なんて滑稽な話だろうか。


 あぁ、面白い、面白い、馬鹿馬鹿しい、ムカつく、イラつく。



「ぁああああああ"ぁ!!!」

 苛立ちのままに魔力を暴走させながら歩く。ビキビキと地面や壁が凍っていく。人々が逃げていく。刻がズレる。人が止まる。あぁ、ーー館長。レイモンドが動いたんだね。




パキン。




「エル、上手くいったみたいじゃないか」


 目の前に立ってニコニコと微笑むユラン。ユラン・ゲーテ。音の魔法の振動で氷を割ったのだろう。耳鳴りのような甲高いキィキィ音がこだましている。
 ベゴニアで俺を勧誘した彼は、去り際に「迎えに行く」と言ってくれていたのだ。当てにはしていなかったが、本当に来るとは。俺に並び立つ様にして歩くユランは、騎士団の制服を着ていない俺を見てか、目立った怪我のない俺を見てか、頗る機嫌がいい様だった。


「十傑の皆で相談したんだけど、エルは暫く第三幹部の奴に追い回されるだろうから、十傑第七位のナユタが管理してる闘技場で過ごすのはどうかなって」
「……なんで?」
「あぁ、別に保護しようとかじゃなくて、アンタは学校にも行ってないだろ?闘技場はベゴニアにあるから領主さんもスールでも色んな面でサポートしてくれるし、1番人脈を作るのに便利な場所なのさ」


 ナユタと呼ばれる少年が管理する闘技場は、奴隷を使って盛り上げるのではなく、スール達の力較べの場として利用されているようで、十傑になるにはそこで十傑を倒して成り上がるしかないらしい。……決して悪い条件ではない。あの領主は信用できるし、スールひとりぼっちで生きていくには人脈がないとどうしようもない。レイモンドの注意が外れるまでの間、身を潜めていたらいいだけだ。


「……わかったよ。有難い話だしね。ただ、最高でも5年後には絶対出るから」
「勿論。ナユタ的には十傑になって欲しいみたいだよ。その方が面白いから」
「……まぁ、いけるでしょ」



 ニコニコと笑みを浮かべる俺を、ユランもニコニコと見つめてくる。そんなに笑えたんだな、と穏やかに問う彼に満面の笑みを向けてやると、微妙な顔で逸らされた。










「ーーあぁ、最高で最悪の気分なんだ」




















 第三部隊の一隊員である俺。入隊してからずっと隊長であるエル様に憧れて来た。何も彼に憧れるのは俺だけではなくて、第三部隊は大体が彼の信者だ。
 だから、隊長がレイモンド様に打ちのめされている状況はどうしようもなく辛かった。逆らえないから守れない、好きな人が傷つく所を見ているしかない。



 隊長、そんなふうに笑うんですね。
 そんな美しい笑顔で笑えるのですね。出来ればそれはそんな胡散臭いスールの男ではなくて、俺達が、……俺が引き出したかった。影から想っていることしか出来なかったけれど。後のことは第三部隊の皆に任せて、心ゆくまま幸せになって下さい。


「ーーだからレイモンド様、今だけは貴方を通す訳には行きません」
「……裏切り者として処刑するぞ」
「いいえ、殿下の認可が降りている今、裏切り者は貴方様になります。今はお下がりください。右腕の手当もしなければ」



 壊死が酷かった右腕を迷いなく切り落として、隊長を追ってきたレイモンド様。刻の精霊の仕業か、隊長達の周りだけ刻の進みが早い。いくら走っても追いつけやしない。




 ギチリ、レイモンドの歯が軋む音。
 溢れ出る殺意。ーー身体が震える。




 どうか、どうか逃げ切ってください。
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