氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

始まりの鐘.01

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(※モブ視点)


 ベゴニアの関所にやってくると、そこは既に大層にぎわっている。

 最近所属ギルドを辞め、スールとして個人活動をするようになった俺は、待ち合わせていたスールの友人の姿を見つけ、駆け寄った。
 並び立って関所を通過すると、ベゴニアの街はお祭り騒ぎである。大通りには普段以上の屋台が並び、広場では多くの大人子どもが思い思いに踊っている。自然と自分の気分も上昇するのを感じて横を見ると、友人も興奮で顔を赤らめながらキョロキョロしていた。

「とりあえず屋台で飯とか買ってから行くか?」
「だな、今日は決闘祭もあるから会議の途中で食べれるだろ」

 適当に屋台で昼食を買って闘技場へ向かう。領主が変わってからのベゴニアは数年で驚く程の繁栄を遂げ、領民一人一人の生活基準も上がっている為、提供されるものも良い物が沢山ある。飯も美味しいことで有名だ。スールの活動にも寛容であるのも一因なのだろう。

「ねぇねぇ!今日は誰が最初に来るかな?」
「アリス様だと思うなー!それか9位様!」
「えー!俺はユラン様!」
「アンタはユラン様のファンなだけでしょ!」

 俺たちを追い越して闘技場へ走っていく子ども達の話を聞きながら、十傑の皆様に思いを馳せる。
 確かにユラン様が1番に来ることはないだろう。彼は会議が始まる時刻の直前にしか来たことがない。大方セレネ様に口を開かせない為だろうが、毎回彼自身が斬りかかってしまう為無意味に終わっている。

「お前は誰だと思う?」

 同様に子供たちの話を聞いていたらしい友人から話を振られ、考える。

 1位のノア様、2位のローゼリッテ様は順位第一的な考えをお持ちだから、だいたい最後の方に来る。順位の低い者に出迎えられるのが当然だと思っているらしい。
 3位のエル様はとにかく自由人だから、そもそも会議に出席するかどうかすら怪しい。彼の出席を賭けて大金が動くほどだ。今日は決闘祭も並行して行われる為流石に出席するだろうが、まずもって遅刻は確実だろう。
 4位のセレネ様は早く来るだろう。彼女?彼?はユラン様に構うことに全てを費やしているから、なるべく長い時間ユラン様と喋りたいと思っているはずだ。
 5位のユラン様と7位のナユタ様は会議直前に来るに違いない。既に闘技場近くに到着してはいるだろうが、セレネ様に合わない為にのんびりティータイムでもしているのだろう。
 6位のゼスト様、8位のガラン様は絶対に会議10分前に到着するから、最初ではないかもしれない。彼らは恋人同士だからどうせまた観客が砂糖を吐きそうな程甘い雰囲気を垂れ流しながら来るに違いないのだ。……爆発しろ!
 9位様は早いはずだ。情報屋として名をあげる彼は会議での情報も全て把握している。きっと最初か2番目には来るだろう。
 10位のアリス様もきっと早い。……いや、普段ならば早いかもしれないが、最近新しい型のドレスが流行りだしたから、洋服店や仕立て屋を回ってから来るだろうな。ましてや流行りの色はだ。となると、同じくお洒落好きのセレネ様も今日は遅いかもしれない。


「……9位様に夕飯を賭ける」
「あ、ズリーぞ安牌とりやがって……じゃあ俺は大穴でエル様にするかぁ」
「ないだろ」
「うるせぇ!エル様ぁあああ早く来てくださぁああぃぃぃぃ!!!」

 気づけば周囲も同じような話題で盛り上がりだしたようで、皆闘技場へ向かう足取りが早くなった。
 俺はほぼ確実に夕飯は頂いたので、特に焦ることなく足を進める。遂には天に向かって祈りを捧げだした友人が、足を止めた。人の波が迷惑そうに彼を避けていくが、彼は上を見たまま呆然としている。

「おい何してんだ」
「いや…………あれ、」

 天に向かって指を指す。友人の異常な顔に周囲もただ事では無いと思ったのか、ザワザワと俺以外にも何人か足を止め、友人の向いている方角を見上げた。そこには、黒い点。


鳥か?……いや、あれは。真逆。



「飛龍だ!!!」


 誰かが叫び、大きな歓声が広がる。闘技場へ急ぐ足は止まり、皆空を見上げて手や旗を振る。旗を持っているのは恐らく彼のファンなのだろう。叫びながら空を見上げて踊り狂っている。


ーーーーグォオオオオ!!!!!


 飛龍の咆哮が轟く。恐ろしい程のスピードで此方へ向かってくるそれに、皆ハッとして闘技場へ猛然と走り出した。俺と友人も火魔法を使ってブーストをかける。
 飛龍とはつまり、十傑第3位のエル様を表すことにほかならない。忠誠心の高い飛龍は、エル様が騎士団を脱した時、主を変えることなく彼に追従したという。

 エル様が闘技場に登場する時の魔法はとても美しい事で有名で、それを見るのも多くの人の楽しみなのだ。
 真逆会議開始30分前に来ると思わないだろうーー何とか間に合うか。呑気に歩いている場合ではなかった。
 友人は賭けの勝利と推しの登場にニマニマとしているが、ではなく、順だ。まだ分からない。



 第3位のお早い登場に入場手続きと出場手続きは大混乱していたが、何とか手続きを終え、席を確保する。決闘の場である舞台を見下ろす形で円状に囲む観客席は既に多くの人に溢れていて、大賑わいだ。売り子に金を払って酒を2人分手に入れ、舞台の上を見上げる。
 十傑会議は舞台の中心に空中に浮ぶ円卓で行われる。ーー宙に浮かぶ机と椅子にはまだ誰も座っていない。

「……エル様まだかなぁ」
「ナユタ様とユラン様と合流したのかもな。そうなりゃ俺の勝ちだ」
「くっそ……大穴で勝ったと思ったのに」






 円卓の中心にある大きな水色の文字盤が、会議開始15分前を知らせる。


「……ぁあああまけたぁあああ!!」
「っしゃ!」


 先程まで誰もいなかった座席に1つの影。真っ黒の外套を被り、その中は全く見ることが出来ない。背丈は100cm程しかないであろう小さな姿は不気味としか言いようがない。気づけばそこにいるがいつから居たのか誰も気づくことは無いーー十傑第9位だ。
 賭けは俺の勝利だ。



 そして10分前の鐘が鳴る。
 鐘が鳴ると同時に、ビキビキと異様な音が鳴る。周囲の歓声も大きくなった。ーー大地に大きなヒビがはいり、そして割れる。割れた大地から除くのは真っ暗闇。地面が割れたのではなく、が割れたのだ。深淵がそのまま顔を出したような恐ろしさに子どもの悲鳴が上がる。真っ暗闇に吸い込まれていくように大地が飲み込まれ、砂が階段を創りあげる。そこから登ってきたのはーー十傑第6位のゼスト・ロナウドと第8位のガラン・ナイトレイだ。
 イチャイチャと腕を絡ませながら円卓に続く階段を登る彼らにヒューヒューと冷やかしの声が上がるが、完全無視だ。


「4位様だ!!!」


 誰かの叫び声に、観客の視線はさらに上空、空にぽつんと浮かぶ漆黒の雫に集められる。雫はどんどんと大きくなり、ーー地に落ちた。大地に吸い込まれることなく闘技場の舞台を広がっていき、完全に舞台が漆黒に染まる。
 そこから血のような赤黒い魔法陣が浮かび上がり、眩い光が零れる。魔法陣の中心に現れたのは、十傑第4位、セレネ。漆黒の目を細め、ニヤリと笑った。




 会議3分前。
 闘技場の巨大な扉が開き、天馬が豪奢な馬車を引いて現れた。馬車から現れたのは、貴族の夜会用の露出の激しい深紅のドレスに身をつつみ、王家の家紋である薔薇の花を片目を覆うようにしてあしらった女性と、反対に全く素肌を見せない昔の王国騎士の鎧に身を包んだ人。彼女らはまだ揃わぬ円卓の席を不快げに眺め、階段を昇った(1人は表情は分からないが)。
 女性は十傑第2位、ローゼリッテ・レーネ。騎士は十傑第1位、ノア・グランドロードである。




 会議1分前。
 イライラと長い爪で机を叩くローゼリッテ様達が現れた扉から、この闘技場の主である十傑第7位のナユタと、十傑第5位、ユラン・ゲーテが現れた。にこにこと微笑むユランに観客からは歓声が上がったが、その笑みは座席から立ち上がったセレネを見た瞬間失われた。呆れ顔のナユタを置いて風魔法で浮かび上がり、真顔でセレネに切りかかる。ニヤニヤと微笑むセレネも応戦し、観客からは大歓声が上がる。
 ナユタはのんびりと階段をあがり、席に着いていた。


 会議開始の鐘がーー
 ビキリ、ビキリ、と時計が凍っていく。空間に巨大な時計の文字盤が浮かび上がる。カチ、カチ、と音が鳴る度、氷で出来た美しい扉が出来上がっていく。ーー巨大な文字盤の正体は魔法陣であった。カチリ、と音がなり、扉の鍵穴が輝き、開いた。扉の向こう側から現れた十傑第3位、エルが指を鳴らすと、氷でできた階段が円卓に続いていく。
 そしてーー観客から大歓声と悲鳴があがった。彼がエスコートするようにして現れた女性は十傑第10位、アリス。
 水色の膝丈のドレスに、真っ白のリボンをあしらった二つ結びの金髪を優雅に揺らし、可愛らしい笑顔でエルにエスコートされる姿は絵画のように美しい。
 きっと悲鳴はエルかアリスのファンの嫉妬の叫びだろう。



 アリスを座らせたエルはため息をつき、指を鳴らす。死闘を繰り広げていたセレネとユランの下半身が凍りつく。


「やめないとこのまま割るけど」


 透き通るように美しい声から吐かれる恐ろしい脅しにゾッとする。ゾッとしたのは当人たちも同じようで、ブンブンと首を降っている。エルが指を鳴らし、魔法が溶けると、彼らはそそくさと座席に戻った。






「……なんで精霊に言葉をかけないで魔法が使えるんだ……」
「……さぁ…………」

 友人の感嘆の呟きに周囲の何人かがウンウンと頷く。俺は結構外れた予想に肩を落としていた。ファンともあろうものが……もっと研究せねば。



 異次元の実力を発揮して現れた十傑が全員揃い、エル様に止められていた鐘が再び鳴る。


 ニコリと笑ったローゼリッテ様がパンパンと2度手を叩き、観客の歓声が消える。静まり返った闘技場で、彼女の声がよく通った。






「ーーさぁ、会議を始めましょう」
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