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第一章 幸せは己が手で
始まりの鐘.02
しおりを挟む会議は進んでいく。
十傑の皆様が集める情報は、俺たちのような一介のスールが数ヶ月かかっても到底集めきれないような濃密かつ有益なものばかり。皆メモを取ろうと筆を走らせることに必死だ。
俺もそろそろ手を出してみようと思っていた「ザクロの森(通称:惑わせの森)」の魔物の情報を手に入れられた。何でも最近、本来惑わせの森には出ないはずの強いランクの魔物が発生しているらしい。暫く先送りにした方がいいな。
「エルは何かないのかしら?……もう少し積極的に参加して欲しいのだけど」
ローゼリッテ様の棘を含んだ言葉に闘技場の空気が凍る。滅多に十傑会議で発言をすることがないエル様に不満が溜まっているのだろうか。ーー当の本人は素知らぬ顔だが。
又聞きには精霊の言語で書かれているという大きな本を読むことに集中していたエル様は、ローゼリッテ様の言葉に気だるそうに顔を上げた。俺たちとしても常日頃魔物との戦闘の最前線に身を置き続けているエル様の情報は非常に興味があるので、今回ばかりはローゼリッテ様に感謝だ。
「んー、隣国の港町の魚の姿焼き美味しかったからオススメする」
「えぇ、いいなぁ」
「エル、ナユタ、巫山戯ないで頂戴。私が聞きたいのは騎士団の情報。仮にも第3部隊隊長を担った貴方がなんの情報も漏らさないから……」
尚もいい募ろうとするローゼリッテ様を制したのはノア様。 高慢なローゼリッテ様が唯一言うことを聞く十傑第1位。……トパーズ王国か……今度行ってみようか。
「ローゼリッテ、それ以上はここで話すことではない」
「本当だよね。君たちが反王国主義なのは勝手だけど、巻き込まないでくれるかな。せめてその不愉快な色のドレスを脱いでから喋って欲しいね」
「なんですって?」
赤の王国と呼ばれるとおり、ルビー王国は赤を尊ぶ。王都のあちこちには赤色があしらわれているし、土地の名前にも赤色の花々の名が付けられている。
そんなこの国では、赤は王家の色であり、王族の人間しか赤色を身につけることは許されない。王家に恩があるというエル様には、ローゼリッテ様が身につける赤色のドレスは到底許されないものなのだろう。
反王国主義者の多くは王家への皮肉としてルビーを身につける者が多い。実際、ここにいるスールの多くが何かしらルビーをあしらったものを身につけている者ばかりだ。ーー隣にいる友人も。
ちなみに、第1位のノア様は剣の柄にルビーの宝石をあしらっているし、2位のローゼリッテ様は言うまでもない。第4位のセレネ様は指輪に、第10位のアリス様はピアスに。
不穏な空気が流れる円卓。
「貴方のように騎士団に身体を売って生き残った恥知らずには分からないでしょうけれど、」
あぁ、それは禁句だ。
恐ろしい程の魔力の奔流の後に、ローゼリッテ様の首スレスレに氷の斧が突き刺さった。
この魔力は精霊の怒りの現れなのだろう。対話こそ出来ないが、憤怒の気配は俺でもわかる。
「ーーーーー殺すぞ」
基本的に穏やかなエル様。しかしプライドの高い彼は、地雷を踏み抜けば一瞬でブチギレる。皆が知っている彼の過去は、彼の最大の地雷であった。
セレネ様がため息混じりに手を叩き、斧を消した。
「ローゼリッテ嬢。少々口が過ぎるぞ。貴様が3の君を気に入らんのは知っておるが、他人を不用意に傷付けることは貴様自身の品位を損ないかねん」
「そーだそーだ」
「こら、3の君もちっとは耐える努力をせんか。」
セレネ様が2人を諌めると、ユラン様の席から豪快な舌打ちが響く。華麗に無視を決めたセレネ様は、呆れ顔から一転、ニヤニヤと素敵な笑みを浮かべた。
「そんなことよりわらわは3の君とアリス嬢が一緒に来た理由が知りたいのう。3の君は随分早く着いていたようであるし」
多くのファンが気になっていた事を聞いてくれるセレネ様。流石だ。蚊帳の外だった観客が一気に湧く。
エル様は嫌そうな、アリス様はにこにこと可愛らしい反対の表情を見せる。エル様はこれ以上口も聞きたくないのか、アリス様に視線を投げ、本に意識を戻した。
「あら、あら、あら!皆さんが心配するようなことはなーんにもないのよ!ただお買い物のお約束をしていただけなの!」
「デートかの?」
「ちがうの、ちがうの、ちがうのよ!お目当ての商品が同じだってわかって一緒に取りに行っただけなのよ!」
大きな可愛らしい声で笑うアリス様。きゃあきゃあと照れる姿は童話に登場する姫のようだが、実際は快楽殺人鬼という噂もあるのだから笑えない。黒寄りのグレー。
女子会のような雰囲気に周囲はとっくに置いてけぼりだ。男性達は既に興味をなくしたのか、別の話題で盛り上がりだしている。
この調子だと、今日の会議はこれで終了だろう。ある程度の情報は手に入れられたから良いが、もう少し仲良くなってはくれないものか。ーーまぁ、不可能だろうが。
……明日は決闘祭か。
調子を整えたいし、そろそろ宿に戻らなければ。
「ユラン」
背後から聞こえた声に、エルは剣の柄に手を添えた。並び立って歩いていたユランは振り返ることなくピタリと足を止める。ナユタは今生の不幸とばかりに片手で顔を覆った。
膨れ上がる殺気に、エルもナユタも警戒を高める。こんな狭い廊下で戦闘などされてはたまったものではない。特に、支配人であるナユタとしては何とか穏便に終わらせたいのだ。
「……なに」
「ユラン、今日はわらわと過ごしなさい」
「エルとナユタと約束してるから無理」
「お願いではなく命令しておる」
ビリビリと震える空気。すれ違いざまのゼストとガランはかかわり合いになりたくないとばかりな気配を消して去っていった。
エルはため息を吐いた。面倒ごとは嫌いだ。ナユタがユランの利き手を抑えているおかげで戦闘こそ起こっていないが、これでは時間の問題だろう。
「……ユラン、骨は拾う」
「おいまてエル。裏切る気?」
「裏切るも何もぉ、最初っからぁ味方ではないよねぇーエル」
「ナユタてめぇ今日の昼メシ奢っただろうが」
そうそうにユランを見捨てる選択をしたエルとナユタ。掴みかかろうとしたユランは、次の瞬間ビクリと身体を震わせた。
「ーーー!っぅあ!?!」
「我儘な子はお仕置きじゃぞ。ユラン」
ユランの影に現れたセレネが影越しに彼の身を弄ぶ。ビクビクと震えるユランの顔に、ナユタは哀れみの目を向けた。このままここでおっぱじめられては敵わない。とっととおさらばしよう。
ーーお仕置きという単語にピクリと反応したエルには気付かないふりをしつつ、エルの手を引いた。
「バイバイユラン。また明日ぁ」
「巫山戯んなおぼえてろ、っーー」
自分たちのファンだという雑魚共を無視して手を繋ぎながら予約している店へ向かう。普段人との接触を嫌うエルが、ナユタの手だけは拒まないことに、密かな優越感を抱く。
「……ルナ・アレスとは会ってるんだってぇ?」
「……向こうが会いに来るだけだよ。騎士団に戻れ、レイモンドと一緒に暮らそうってね。ーーーーー虫唾が走る」
お仕置き、という言葉にエルが過剰な反応する原因、レイモンド・アレス。その養子であり現王国騎士団第3部隊隊長を務めるルナ・アレスは、エルに今なお過剰なほどの執着心を見せている。
ことある事にエルに接触しようと現れ、エルの心に大きな痕を残している彼らが大嫌いだ。
「ーーいつか殺してあげるから安心してねぇ、エル」
自分の目が、嫌悪する彼らと同じである事には気付かないまま、ナユタは嗤った。
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