氷使いの青年と宝石の王国

なこ

文字の大きさ
13 / 38
第一章 幸せは己が手で

決闘祭.01

しおりを挟む

「だからごめんってばぁ」
「ほんっとにゆるさない……」


 三日後。
 ナユタとユランの不毛な応酬を片耳に、自分の座席へと腰を下ろす。
 予選、本戦と姿を見せなかったユランの登場に観客から大歓声が轟く。本調子でなさそうなユランはサッと手を振り、座席に深く腰掛け、ぐったりと目を瞑った。音の魔法で一切を遮断することにしたらしい。……続いて登場したセレネはご満悦な様子だ。一昨日から機嫌が随分と良い。


 十傑会議では舞台の中心に集まっていたが、決闘祭では十傑全員が決闘の様子を見ることが出来るよう、円形の舞台の円周上に均等な距離を開けて浮かぶ座席に腰をかけて、空から観戦することになる。
 観客も一昨日昨日よりもさらに盛り上がっている様子で何よりだ。精霊たちも楽しそうにニコニコとしている。

 「決闘祭」は、十傑第7位であるナユタが支配する「ベゴニア大闘技場」を3ヶ月に1度、3日間貸し切って行われるスール同士の力比べ大会である。1ヶ月に1度行われる十傑会議と被っている今回のような場合、並行して行われるため、ベゴニアの街はより一層盛り上がる。

 一日目は予選、二日目は本戦、そして三日目の今日はは特別戦である。
 特別戦は、午前と午後の2部に別れている。
 午前の部は本戦の優勝者が十傑の誰かに挑み、勝てば代替わりとなるものである。……負ければ、死ぬか半殺しか、選んだ十傑次第だ。十傑の順位は基本的には強さ順であるから、大抵選ばれるのは10位のアリスか、8位のガラン。ちなみに十傑側には拒否権があるから、9位は選ばれても1度も頷いたことがない。
 午後の部は、十傑同士の決闘である。この決闘祭の醍醐味であり、大トリである。観客の投票で多かった1組が戦うことになるが、大抵本気の殺し合いになるため、しばしばどちらかが死ぬ(もしくはどちらもが)。その場合は優勝者が十傑として補充される。ちなみに今のところ二人共が死んだことは無いらしい。


 モナルダ図書館で高位精霊館長から授けられた本に目を落とす。今回の決闘祭も、多少気になる点はあれどパッとしない終わり方だったから、きっと午前は今回も大した変化なしに終わることだろう。特に5位以上ともなれば選ばれることも滅多にないので、退屈極まりない。


 ペラペラとページをめくり、なかなか進まない解読に呻く。肩に座る刻の精霊がくすくすと笑った。手助けはしてくれないようだ。


 かつて俺が挑戦者として3位に挑んだ時、闘技場は嘲笑のブーイングと冷やかしの口笛で溢れかえっていた。
 午前の部は、要は十傑にボコボコにされ、十傑の強さをスールに知らしめるだけの時間に過ぎないと空から嘲笑った第2位は横の座席でニコニコと笑っている。かつて仲の良かった権威主義的な3位を殺した俺が憎らしくて仕方がないらしい2位とは、以来険悪な関係だ。……大体権威主義者なら貴族のままでいればいいのに、何故身分を捨てて反王国主義者を名乗るのかさっぱりと分からない。



 アリスの名が呼ばれ、10位が嬉しそうに軽やかに地面に降り立つ。馬鹿だなぁ挑戦者も。みんなからアリスを選ぶけれど、あんな殺人鬼と戦うなら、8位のガラン・ナイトレイと戦った方がまだ生存率はあがる。可愛らしい容姿こそしてはいるが、その正体は残酷無慈悲の変態だ。前々回の大会では生きたまま10分かけて挑戦者の首をのんびり落とし、その足で生首を彼の家族の元へ短剣に刺したまま持っていったらしい。恐ろしい以前に気持ち悪い。
 囃し立てる観客の声がどんどん減っていき、恐怖の悲鳴がそこかしこからあがりだす。舞台に目を落とすと、どうやら挑戦者がアリスの短剣に目を抉られ、完全に戦意喪失して逃げ回っているようだ。


「逃げるのは良くないなぁ」


 支配人であるナユタは苛立ちが止まらない様子。闘技場で選手に求めるのは「誠実な戦い」それだけで、それさえ出来ないのなら死ねばいい、とは彼の弁。確かにアリスの時間を取っておいて逃げるのは良くない。……気持ちはわかるが。
 アリスはニコニコと楽しそうに鼻歌を歌いながら短剣を振りかざして走っていく。
 

「あら、あら、あら、待ってちょうだいな、うさぎさん!」
「いやだぁああ!!!!降参!!降参だあ助けてくれ!!!!」
「まぁ、まぁ、まぁ、特別戦に降参なんてないのよ!それは私が決めるのだから!」


 そう、この試合の終わりは十傑アリス次第。観客はとっくにこの試合に興味を無くしたようで、アリスに早く終わらせろと野次を飛ばす。俺としてもこの耳障りな悲鳴を早く終わらせて欲しい。


アリス10位、さっさと終わらせてよ。時間の無駄」
「えぇ、えぇ、えぇ、その通りだわ!楽しい時間ティータイムはこれでおしまいね!」


 仕方なく声をかけると、アリスはニコニコと笑い、観客に向けてお辞儀をする。アリスにしては珍しく挑戦者を殺さないのかと観客は驚きつつも、歓声と拍手で応え、挑戦者は安堵の溜息を着く。 
 恐怖のあまり失禁してしまった血塗れの挑戦者は、優勝者にもかかわらず散々恥をかかされたとご立腹なようで、顔を赤らめて立ち上がった。

 
「ーーーーあ、ぇ?」


 挑戦者の首が綺麗な弧を描いて飛んでいく。ーー次いで、観客の絶叫。 2位が楽しそうに笑う声が響く。トサリと柔らかな音を立てて首をなくした身体がゆっくりと倒れ込む。


「あら、あら、あら、この前怒られてしまったから殺さないようにしようと思ったのだけれど、あまりに可愛らしく頬を染めるものだから……」
「うっかりぃ?あははっ」
「えぇ、えぇ、えぇ、ついうっかり殺してしまったわ!」


 ……支配人であるナユタが満足したのなら何も言うまい。ドン引きする観客を置いてきぼりにし、自分の座席に踊り足で戻るアリス。挑戦者の遺体は何処からか現れた真っ黒な雫に包み込まれ、地面に消えていった。


「ふむ、不味い」
セレネ4位、偏食は程々にね」
「3の君がわらわの心配をしてくれるとは珍しい。……どうやらを摂取しておったようじゃな」


 成程。道理で弱いわけだ。 

 薬物とは、数年前から裏で出回っている「魔力増強剤」のことである。
 魔力とは精霊と対話するために必要な力で、人それぞれの量は決まっている。成長や訓練に応じて多少変化することはあれど、生まれもったものが大きく変動することは本来ない。しかし、その器を無理やり成長させるのが魔力増強剤。たしかに強さは得られるが、身体に見合わない強大な魔力は毒となって主を蝕んでいく。
 近年、魔力増強剤を摂取した人が人の身を外れ、自我を失った化け物となる事件が多発していて、俺も第1王子殿下から秘密裏にその調査を頼まれている。
 

「7の君は最近どうじゃ?」


 ナユタが不愉快そうに顔を歪める。「普通」とだけ言って殺意剥き出しのユランを連れ、闘技場から出ていった。
 午前の部はこれにて終了。観客も昼食を取りに続々と出ていき始める。
……あ、置いていかれた。

 
「ナユタは大丈夫だよ。この前調したから」
「そうか。不躾なことを聞いてしまったのう……騎士団はどうじゃ?」
「時間の問題って感じ。ルナに部下が街で不穏な動きをしてたら注意するように言っておいた」


 ナユタは魔力増強剤に身体を侵されている。彼が被支配者剣奴だった頃に無理やり打たれたのが魔力増強剤だったようで、俺がナユタと出会った頃には、彼は身体も心もボロボロの状態だった。それで十傑7位の座を守り続けているのだから、余程薬との親和性が高かったのだろう。しかしそれでも定期的に調しなければ彼の体は見合わない魔力に蝕まれてしまう。
 彼が剣奴であった時期も考えると、少なくとも10年前前後には魔力増強剤は王都ロサの闘技場に出回っていることになる。騎士団に流れるのも時間の問題だろう。
 神殿はもう手遅れだろう。

 今回の決闘祭を見たところ、急激に実力を伸ばした人間が数十人いた。彼らはもれなく魔力増強剤の餌食だろう。
 ため息が出る。


『エル、わたしアレ嫌いよ』
で命令してくるの』
「聞かないってのは無理なの?」
『むりなの。むりやり動かされる』
『そう、むりやり』
『とっても苦しいの』
『ほんとよ』


 本来我々人間が精霊にお願いして魔法というものは発動するもので、精霊側に強制力は一切ないはずだ。
 原理まで覆してしまう薬……思ったより厄介かもしれない。調査してはいるものの、大元は元騎士団の俺を大いに警戒しているようでなかなか手に入らない。恐らく第1王子殿下と繋がっていることもバレているのだろう。……1度あって指示を仰ぐべきか。


「……やはりか」
「……源は。確実に回ってるのはルビー王国トパーズ王国、そしてエメラルド王国
「そうか……。……所で、今日はわらわと共にお昼はどうじゃ?」
「是非。お洒落で美味しいお店がいいな」
「ふふん、言うまでもないわ」


 セレネが差し出した手を掴む。 
 ドプンと水が落ちるような音がなり、闘技場から2人の十傑が姿を消した。
















「ユランを動かすかのう……」
「だから嫌われるんじゃない」
「逃げられぬと分かっていながら足掻く所が可愛くてのう……つい、な」
「……俺も嫌い」
「すまんすまん、傷つけたの」


「じゃが、3の君も7の君も、十傑とは思えぬほど仲が良くての、嫉妬してしまうのじゃ。あれはわらわのモノじゃからな、ゆめゆめ忘れるなよ。




 でなければ、お前もナユタもわらわが喰べてしまうからの。


 
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 説明は初めの方に詰め込んでます。 えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?) ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます! 5/25 お久しぶりです。 書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。

弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~

マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。 王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。 というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。 この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡
BL
超覇権BLゲームに転生したのは──ゲーム本編のシナリオライター!? その場のテンションで酷い死に方をさせていた悪役令息に転生したので、かつての自分を恨みつつ死亡フラグをへし折ることにした主人公。 創造者知識を総動員してどうにか人生を乗り切っていくが、なんだかこれ、ゲーム本編とはズレていってる……? ヤンデレ攻略対象に成長する弟(兄のことがとても嫌い)を健全に、大切に育てることを目下の目標にして見るも、あれ? 様子がおかしいような……? 女好きの第二王子まで構ってくるようになって、どうしろっていうんだよただの悪役に! ──とにかく、死亡フラグを回避して脱・公爵求む追放! 家から出て自由に旅するんだ! ※ 一日三話更新を目指して頑張ります 忙しい時は一話更新になります。ご容赦を……

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は未定 ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い ・本格的に嫌われ始めるのは2章から

処理中です...