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第一章 幸せは己が手で
決闘祭.01
しおりを挟む「だからごめんってばぁ」
「ほんっとにゆるさない……」
三日後。
ナユタとユランの不毛な応酬を片耳に、自分の座席へと腰を下ろす。
予選、本戦と姿を見せなかったユランの登場に観客から大歓声が轟く。本調子でなさそうなユランはサッと手を振り、座席に深く腰掛け、ぐったりと目を瞑った。音の魔法で一切を遮断することにしたらしい。……続いて登場したセレネはご満悦な様子だ。一昨日から機嫌が随分と良い。
十傑会議では舞台の中心に集まっていたが、決闘祭では十傑全員が決闘の様子を見ることが出来るよう、円形の舞台の円周上に均等な距離を開けて浮かぶ座席に腰をかけて、空から観戦することになる。
観客も一昨日昨日よりもさらに盛り上がっている様子で何よりだ。精霊たちも楽しそうにニコニコとしている。
「決闘祭」は、十傑第7位であるナユタが支配する「ベゴニア大闘技場」を3ヶ月に1度、3日間貸し切って行われるスール同士の力比べ大会である。1ヶ月に1度行われる十傑会議と被っている今回のような場合、並行して行われるため、ベゴニアの街はより一層盛り上がる。
一日目は予選、二日目は本戦、そして三日目の今日はは特別戦である。
特別戦は、午前と午後の2部に別れている。
午前の部は本戦の優勝者が十傑の誰かに挑み、勝てば代替わりとなるものである。……負ければ、死ぬか半殺しか、選んだ十傑次第だ。十傑の順位は基本的には強さ順であるから、大抵選ばれるのは10位のアリスか、8位のガラン。ちなみに十傑側には拒否権があるから、9位は選ばれても1度も頷いたことがない。
午後の部は、十傑同士の決闘である。この決闘祭の醍醐味であり、大トリである。観客の投票で多かった1組が戦うことになるが、大抵本気の殺し合いになるため、しばしばどちらかが死ぬ(もしくはどちらもが)。その場合は優勝者が十傑として補充される。ちなみに今のところ二人共が死んだことは無いらしい。
モナルダ図書館で高位精霊から授けられた本に目を落とす。今回の決闘祭も、多少気になる点はあれどパッとしない終わり方だったから、きっと午前は今回も大した変化なしに終わることだろう。特に5位以上ともなれば選ばれることも滅多にないので、退屈極まりない。
ペラペラとページをめくり、なかなか進まない解読に呻く。肩に座る刻の精霊がくすくすと笑った。手助けはしてくれないようだ。
かつて俺が挑戦者として3位に挑んだ時、闘技場は嘲笑のブーイングと冷やかしの口笛で溢れかえっていた。
午前の部は、要は十傑にボコボコにされ、十傑の強さをスールに知らしめるだけの時間に過ぎないと空から嘲笑った第2位は横の座席でニコニコと笑っている。かつて仲の良かった権威主義的な3位を殺した俺が憎らしくて仕方がないらしい2位とは、以来険悪な関係だ。……大体権威主義者なら貴族のままでいればいいのに、何故身分を捨てて反王国主義者を名乗るのかさっぱりと分からない。
アリスの名が呼ばれ、10位が嬉しそうに軽やかに地面に降り立つ。馬鹿だなぁ挑戦者も。みんな一番弱いからアリスを選ぶけれど、あんな殺人鬼と戦うなら、8位のガラン・ナイトレイと戦った方がまだ生存率はあがる。可愛らしい容姿こそしてはいるが、その正体は残酷無慈悲の変態だ。前々回の大会では生きたまま10分かけて挑戦者の首をのんびり落とし、その足で生首を彼の家族の元へ短剣に刺したまま持っていったらしい。恐ろしい以前に気持ち悪い。
囃し立てる観客の声がどんどん減っていき、恐怖の悲鳴がそこかしこからあがりだす。舞台に目を落とすと、どうやら挑戦者がアリスの短剣に目を抉られ、完全に戦意喪失して逃げ回っているようだ。
「逃げるのは良くないなぁ」
支配人であるナユタは苛立ちが止まらない様子。闘技場で選手に求めるのは「誠実な戦い」それだけで、それさえ出来ないのなら死ねばいい、とは彼の弁。確かにアリスの時間を取っておいて逃げるのは良くない。……気持ちはわかるが。
アリスはニコニコと楽しそうに鼻歌を歌いながら短剣を振りかざして走っていく。
「あら、あら、あら、待ってちょうだいな、うさぎさん!」
「いやだぁああ!!!!降参!!降参だあ助けてくれ!!!!」
「まぁ、まぁ、まぁ、特別戦に降参なんてないのよ!それは私が決めるのだから!」
そう、この試合の終わりは十傑次第。観客はとっくにこの試合に興味を無くしたようで、アリスに早く終わらせろと野次を飛ばす。俺としてもこの耳障りな悲鳴を早く終わらせて欲しい。
「アリス、さっさと終わらせてよ。時間の無駄」
「えぇ、えぇ、えぇ、その通りだわ!楽しい時間はこれでおしまいね!」
仕方なく声をかけると、アリスはニコニコと笑い、観客に向けてお辞儀をする。アリスにしては珍しく挑戦者を殺さないのかと観客は驚きつつも、歓声と拍手で応え、挑戦者は安堵の溜息を着く。
恐怖のあまり失禁してしまった血塗れの挑戦者は、優勝者にもかかわらず散々恥をかかされたとご立腹なようで、顔を赤らめて立ち上がった。
「ーーーーあ、ぇ?」
挑戦者の首が綺麗な弧を描いて飛んでいく。ーー次いで、観客の絶叫。 2位が楽しそうに笑う声が響く。トサリと柔らかな音を立てて首をなくした身体がゆっくりと倒れ込む。
「あら、あら、あら、この前怒られてしまったから殺さないようにしようと思ったのだけれど、あまりに可愛らしく頬を染めるものだから……」
「うっかりぃ?あははっ」
「えぇ、えぇ、えぇ、ついうっかり殺してしまったわ!」
……支配人であるナユタが満足したのなら何も言うまい。ドン引きする観客を置いてきぼりにし、自分の座席に踊り足で戻るアリス。挑戦者の遺体は何処からか現れた真っ黒な雫に包み込まれ、地面に消えていった。
「ふむ、不味い」
「セレネ、偏食は程々にね」
「3の君がわらわの心配をしてくれるとは珍しい。……どうやら薬物を摂取しておったようじゃな」
成程。道理で弱いわけだ。
薬物とは、数年前から裏で出回っている「魔力増強剤」のことである。
魔力とは精霊と対話するために必要な力で、人それぞれ器の量は決まっている。成長や訓練に応じて多少変化することはあれど、生まれもったものが大きく変動することは本来ない。しかし、その器を無理やり成長させるのが魔力増強剤。たしかに強さは得られるが、身体に見合わない強大な魔力は毒となって主を蝕んでいく。
近年、魔力増強剤を摂取した人が人の身を外れ、自我を失った化け物となる事件が多発していて、俺も第1王子殿下から秘密裏にその調査を頼まれている。
「7の君は最近どうじゃ?」
ナユタが不愉快そうに顔を歪める。「普通」とだけ言って殺意剥き出しのユランを連れ、闘技場から出ていった。
午前の部はこれにて終了。観客も昼食を取りに続々と出ていき始める。
……あ、置いていかれた。
「ナユタは大丈夫だよ。この前調節したから」
「そうか。不躾なことを聞いてしまったのう……騎士団はどうじゃ?」
「時間の問題って感じ。ルナに部下が街で不穏な動きをしてたら注意するように言っておいた」
ナユタは魔力増強剤に身体を侵されている。彼が被支配者だった頃に無理やり打たれたのが魔力増強剤だったようで、俺がナユタと出会った頃には、彼は身体も心もボロボロの状態だった。それで十傑7位の座を守り続けているのだから、余程薬との親和性が高かったのだろう。しかしそれでも定期的に調節しなければ彼の体は見合わない魔力に蝕まれてしまう。
彼が剣奴であった時期も考えると、少なくとも10年前前後には魔力増強剤は王都の闘技場に出回っていることになる。騎士団に流れるのも時間の問題だろう。
神殿はもう手遅れだろう。
今回の決闘祭を見たところ、急激に実力を伸ばした人間が数十人いた。彼らはもれなく魔力増強剤の餌食だろう。
ため息が出る。
『エル、わたしアレ嫌いよ』
『まがいもので命令してくるの』
「聞かないってのは無理なの?」
『むりなの。むりやり動かされる』
『そう、むりやり』
『とっても苦しいの』
『ほんとよ』
本来我々人間が精霊にお願いして魔法というものは発動するもので、精霊側に強制力は一切ないはずだ。
原理まで覆してしまう薬……思ったより厄介かもしれない。調査してはいるものの、大元は元騎士団の俺を大いに警戒しているようでなかなか手に入らない。恐らく第1王子殿下と繋がっていることもバレているのだろう。……1度あって指示を仰ぐべきか。
「……やはり黒か」
「……源は。確実に回ってるのは赤と黄、そして緑」
「そうか……。……所で、今日はわらわと共にお昼はどうじゃ?」
「是非。お洒落で美味しいお店がいいな」
「ふふん、言うまでもないわ」
セレネが差し出した手を掴む。
ドプンと水が落ちるような音がなり、闘技場から2人の十傑が姿を消した。
「ユランを動かすかのう……」
「だから嫌われるんじゃない」
「逃げられぬと分かっていながら足掻く所が可愛くてのう……つい、な」
「……俺も嫌い」
「すまんすまん、傷つけたの」
「じゃが、3の君も7の君も、十傑とは思えぬほど仲が良くての、嫉妬してしまうのじゃ。あれはわらわのモノじゃからな、ゆめゆめ忘れるなよ。エル」
でなければ、お前もナユタもわらわが喰べてしまうからの。
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