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第一章 幸せは己が手で
決闘祭.02
しおりを挟む「ご馳走してもらうとはのう」
「美味しかったからね」
昼食から戻り、各々の座席へと戻る。昼休憩はまだ終わらないので、観客席にはまだ持ち寄った昼ご飯を食べている人、会議の情報を再度まとめ直している人、皆それぞれ自由に過ごしている。
戻っている十傑は俺とセレネ、ノア、9位。午後ので試合をする十傑を決める票を集計するのは何時も1位と9位なので、俺とセレネは自由時間だ。
のんびりと再び本を開く。
少しずつ解読は進めているものの、精霊の言語はどうやら人間の言葉以上に単語や品詞の種類があるようで、さっぱり内容が掴めない。前に一度、意味がわからないまま適当に載っている魔法陣を描いてみたら、亜空間に存在する「箱庭」が吹き飛んで空間で迷子になりかけた。当然精霊には物凄く怒られた。
精霊に何度か教えを請いはしたが、どうやらそれは禁忌らしく(そもそもこの本を渡したこと自体ほぼ禁忌みたいなものらしいが)、皆面白がって眺めるだけだ。
「3の君、そろそろローゼリッテ嬢の余興が始まるぞ」
セレネの言葉に、本はそのままに闘技場を見下ろす。いつの間にか闘技場には十傑全員が戻ってきていた。
2位が闘技場の真ん中に立っている。ニコリと笑う2位は長い前髪と薔薇の髪飾りに隠れ、顔半分しかまともに見えていないが、確かに観衆が見とれる程には美しい。
「さぁ、お昼の休憩もあと少しということで、私の方から今回も皆様にプレゼントがありますの」
しかし、その本質は唯の屑女だ。
彼女が手を叩くと、背後に置かれている大きな箱から赤黒い布が取り払われた。一層盛り上がる闘技場の空気とは反対に、俺の心は冷めていく。
ーーはたして箱とは大きな檻であった。
魔法で舞台から地面ごと彼女と檻が浮かび上がり、観客席が少し見上げ、俺たちが軽く見下ろす程の位置で止まる。舞台を挟んで反対側に座るナユタが大きく顔を歪めるのが見えた。
「ーー獣人ですわ。前回は成体ばかりを捕まえたけれど、今回は幼体を重視して選んでみました。鑑賞として、どうぞ皆様ご覧になって頂戴な。」
観客席から「待ってました」と叫ぶ声があちこちから上がる。実際、午前の部よりも観客席はさらに埋まっているのだからこれ目的でやってきた人は多いのだろう。スールだけでなく、貴族もチラホラ混じっているようだ。
檻の中には、まだ子供だろう、幼い容姿をした獣のような耳と尻尾を持つ少年達が身を寄せ合うように震えていた。ーー獣人族である。大昔に人間に国を奪われた彼らは、その獣人族特有の珍しい魔法の有用性と身体の丈夫さから、護衛用や労働用の奴隷として高く取引されたという。
その特徴はなんと言っても獣の耳と尻尾であるが、更に彼らは皆容姿が優れていることでも有名で、性奴隷としても需要が高い。湧いている観客の多くはそれ目的だろう。また、獣人族には雌が存在しない。雄同士で交尾し子を成すというその珍しい体質が男共の興奮を呼ぶらしい。まだ幼い子どもを無理やり孕ませることが趣味の下賎な変態向けだと2位がその昔に語っていた。……理解不能である。
心無い罵声や品のないヤジが飛び交う。愉快そうに笑う2位は、ボロボロと涙を流す獣人の1人の首にかかった鎖を掴むと、無理やり檻の外に引きずり出した。
「コレから行きましょうか。……誰かコレを買い取りたいという方はいらっしゃる?」
俺が、いや俺が、と叫ぶ観衆。人間の汚さ愚かさを丸ごと表に出すようなこの催しが俺は大嫌いだ。そもそも奴隷という制度そのものが不愉快で仕方ないのに、一説には精霊に近い存在とも言われる獣人族の身を脅かすなんて、見ているだけで殺意が湧いてくる。
「ーーねぇ2位。俺の闘技場で奴隷商売は禁止だってぇ、何回言ったら分かるのぉ?」
「あら7位。私より弱いのに反抗するなんて、元奴隷は頭の悪い子ばかりなの?弱者は黙って見ていなさいな」
ビリ、と空気が震える。
闘技場の支配人であるナユタは奴隷制に反対派の人間で、2位はそれをわかっていて敢えて決闘祭で奴隷売買を行うのだからタチが悪い。それでも2位の言う通り、スールの世界は強さが全て。相手の行動を止めたいなら実力で勝たねばならないのだ。ーーだからこそ俺も何も口を出すことは無い。
立ち上がっていたナユタは唇を噛み締め、悔しそうに腰を下ろした。
着々と獣人族の買い手が決まっていく。下卑た笑みをうかべた男達に鎖を引っ張られて泣き叫ぶ子どもたちを悔しそうに眺めるナユタが痛々しい。震える手を血が滲むほど握りしめて、それでも目を逸らさないのだからとことん良い奴だと思う。
観客とは逆にどんどん盛り下がっていく十傑にため息しか出ない。
「次で最後の1匹ですわ」
引きずられるように檻から現れた少年に、周囲の歓声が止まり、次いで感嘆の溜め息が漏れた。俺も思わず目を見張ってしまう。
人間の場合、魔力が多いほど優れた容姿を持つことが多い為、騎士団、十傑として生きてきた俺はある程度美貌を見慣れている。しかし目の前の少年は今まで見てきたそれらを遥かに凌駕する美しさであった。艶やかに流れる薄桃色の髪に、涙で潤み、星に照らされた夜のように深くなった紫色の目。兎のような耳はすっかり垂れ下がり、彼の心の内の恐怖を表している。
競りに負け越して気分が下がりつつあった観客も一気に活気を取り戻し、そこかしこから大金を叫ぶ声がひっきりなしに上がる。
競りの値段は跳ね上がり、とうとう観覧していたでっぷりとした腹の公爵家の男に買われていった。
「これで私がご用意した商品は以上ですわ。楽しんでいただけたようで何よりですわ」
ーー可哀想だが、俺には関係のないことだ。
「なぁにが楽しんでいただけただよ!楽しんでいただけた訳ないよねぇッ!!」
「落ち着けナユタ……屑女に何言っても無駄さ」
「ほんっとにねぇ……ちょっとぉエル、今回の試合で殺してよあの女ぁ」
「巻き込まないでくれる?」
相当頭に来たらしいナユタが憤慨するのを楽しそうに眺める2位は本当に性根が腐りきっていると思う。
一方唯一この余興を楽しんでいた様子のアリスは子うさぎの見た目が相当気に入ったようで、競りに負けたことを悔しがっていた。
「あぁ、あぁ、あぁ、ベゴニアに来てからお金を使いすぎたわ……兎さん可愛かったのに……」
「兎も貴様に買われなかっただけ運が良かっただろうな」
「あら、あら、あら、ゼストったら酷いわ!」
「酷いのは貴様の精神だ」
俺たちは「スール」であって、何よりも自由な存在だ。だからこそこうして欲望や本能のままに行動する汚い人間を目の当たりにする機会も多い訳だが、いつ見ても奴隷売買だけは不愉快だ。
しかし、自分で自分の身を守れない弱者に人生の選択肢を選ぶ権利はない。ーー俺は誰よりもそれを知っている。
奴隷というものを何よりも厭っているナユタが元奴隷やスラムの孤児の生活を補償するために作った「ベゴニア大闘技場」で奴隷を生み出すのだから皮肉なものだ。
「はぁ……」
空が青いな。
さぁ、午後の部が始まる。
と言いたいところではあるが、当の十傑がこの空気なのだ。試合以前の問題である。5、6、7位は萎えて完全にやる気を失ってしまっているし、そもそも9位は試合に出ない。ルール上午前の部で出場した10位も、出ることは無い。……本人の意向はどうであれ。
観客もやる気のない十傑の様子を感じとっているのか、どこか退屈そうだ。
「今日は誰と誰なのじゃ?」
セレネの言葉に、ザワザワと期待と興奮で観客が熱気を取り戻す。傍観を決め込んでいた鎧人間に視線が集まる。
「入場の時にとった希望によると、2位と7位だな……どうする?」
「はぁあ?絶対にいやだ」
「私は宜しくてよ」
「お断りぃ」
間が悪すぎて、天族も地に落ちる(意:滅多にないこと、本来有り得ないことが起こる様)というものだ。愉快そうに笑う2位と対照的にこれでもかと可愛らしい顔を歪めるナユタ。2位は軽い足取りで舞台に降り立ったが、彼は座席から動かなかった。
「わらわが代わってやろうか?ユランとなら良いぞ。ローゼリッテ嬢とは嫌じゃが」
「は?殺すぞてめぇどっちも死ね」
しかも変な方向にも飛び火している。やんややんやと押し付け合いをする十傑に、元来短気な2位のこめかみに青筋が浮かんでいる。この場において観客が楽しそうなのが唯一の救いだ。……俺も観客席に行きたい。
しかし、実際感情的な状態の今のナユタでは2位相手だと大して盛り上がりもなく終わってしまうだろう。何なら殺される可能性まである。個人的に恩がある彼をみすみす殺してしまうのは忍びない。
……仕方ないか。
栞を挟み、本を閉じる。
『エルが戦うの?』
『嬉しい』
『お手伝いする!』
『わーい』
『私も』
『僕も』
愛しい精霊達に期待されたとあれば、応えないと男が廃る。おもむろに立ち上がり、舞台に飛び降りた。
ーーわぁああああああ!!!!!
今日最大の大歓声が轟く。
「あら、珍しいじゃない」
「祭りは皆が楽しいのが1番だからね」
皆が、の部分を強調すると、2位は目をぱちくりと見開き、ついでクスクスと微笑んだ。上空からナユタの「殺せ殺せぇー」というヤジが聞こえてくる。
「それに、ここらで十傑2位の座を手に入れるのも悪くないかなって」
「あら、残念だけどそれは無理だわ」
俺たちのやり取りはユランの音の魔法で拡大され、魔法具である「投影結晶」によって、画面上でしっかりと観戦することができるようになっている。視界の端に、1位が観客席に反映させている防護の魔法具を強化しているのが見えた。……有難い。思いのままに戦える。
「貴方程の方がここで生を終えることになってしまうなんて悲しいわ」
「あはは、自己紹介かな」
ビリビリと殺気が広がっていく。
目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。
周囲の空気に漂う魔力の元素一つ一つの流れを見つけ、理解し、そこにいる精霊の存在を確かめる。
水と刻の精霊以外にも、地、風、光、音、たくさんの精霊がいる。そうだ、俺には精霊がついている。
自分の魔力の器の蓋を開ける。2位が微かに驚く気配を感じる。
「貴方ほど器に底がない人は見た事がないわね」
「ふふ、凄いでしょう。これでも勉強熱心なんだよね」
「えぇ、素晴らしいわ。ーーそして勿体ない」
ゆっくりと瞼をあげる。
見つめ合う。
「それではーー始め」
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