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第一章 幸せは己が手で
決闘祭.04
しおりを挟む「……魔物ですって?」
説明しよう。魔物とは、創造神によって太古の昔に生み出された天族や精霊族と同じ最古の種族の一種である。しかし、天界に存在する「世界樹」に成る実から生まれるとされる天族、清らかな魔力から生まれる精霊族とは違い、魔族はもっと人間に近い所から生まれる。
負の感情や汚染が彼らの住処となり、餌となるのだ。小さな子供へのいいきかせに「悪い子どものところには魔物が来るぞ」というものがあるが、あながち間違いではない。実際は来るのではなく生まれるのだが。
多くの魔族は自我を持たず、本能のままにエサを求め、人を襲う。人族の集まるところには悪意が集まるので、街を守る結界の外には常に魔物が大量に生まれ蔓延る。その為、街では騎士団の小部隊やギルドが依頼を得て討伐にあたり、治安維持に務めている。
しかし、負の産物を喰えば喰う程力を得る彼らは当然恐ろしく強く、大抵何十人もの部隊を組んで討伐するのだが、それでも怪我人や死人が多数出て、人族に甚大な被害をもたらした。そこで、各国の代表が集まって、魔族をその強さによって分類することで、討伐における人間の人数や実力の調整を可能にし、少しでも無謀な戦闘を減らそうとしたのである。
脅威となる能力を持たないが、比較的穏やかな「Dランク」。
脅威となる能力はないが、好戦的な「Cランク」。
脅威となる能力を持つが、比較的穏やかな「Bランク」。
脅威となる能力を持ち、好戦的だが知能や自我を持たない「Aランク」。
知能や自我を持ち、高位魔族として魔族を率いる力をもって人族に害をなす「Sランク」。
Sランク以上であることを前提に、その能力が未知数である「SSランク」。
Dランクですら死者が出る時があるのだ。Aランク以上なんて目が合う前に死ぬレベルである。
ちなみに、これらの魔族を1人で倒しにいくのがスールだ。本来何十人で分ける報酬を独り占めするスールは、ギルドや騎士団から大いに嫌われている。当然死亡率も大変高いため、十傑が集めた情報をもとに自分に合った依頼を見つけるのが一般的だ。勘違い馬鹿が十傑に憧れて無謀にも1人で討伐に行き、死亡するなんてことも多く、だいたい1年以内に30%くらいのスールが死んでいるらしい(9位情報)。
「SSランクなんて見たことがないぞ」
「俺A以上の魔物みたの、2年ぶりくらいかもぉ」
そう、Aランク以上の魔物は、魔物が生まれる源泉付近以外で滅多に現れることは無い。ましてや源泉など危険すぎて十傑でも行かない。そんな場所に言ったというのか?……1人で?
「……これ以上は俺の問題。お前達に話す必要ないよね」
「勿論あるわよ。そう言えば私が勝ったのだから、貴方は私の言うことをひとつ聞くのよね。その魔物について聞かせて頂戴な」
「せめて人払いしてくれ」
そう、午後の部では十傑同士が戦い、低い順位の者が勝てば順位が交代し、高い順位の者が勝てば、相手に何でも一つお願いできる。それによって奴隷にされた者もいたし、自殺を強要された者もいた。エルは海よりも深いため息を着く。しかし、敗者の立場で質問で済むだけ運がいい。
1位が決闘祭の終了を告げ、観客に外に出るように告げる。観客からブーイングは上がるが機嫌を損ねれば殺されると踏んだのか、不満そうに出ていった。……後で9位の商売が大いに盛り上がるだろう。
空に浮かぶ座席に座っていたユランたちも舞台に降りる。SSランクなんて危険物に近づきたくないので、皆対角線上に立つローゼリッテのそばに集まった。
「そんなに離れなくても何もしないよ、ねぇ?」
『しない、多分』
『多分、しない』
ユランはもう一歩下がった。
エルの話によると、彼らはエル自身の負の感情によって生まれた魔物らしい。
「俺が騎士団に入ってしばらくしてからかな。当時はレイモンドの屋敷に住んでいたのだけど、精霊たちから話を聞いていたらしい館長が……あー、モナルダ図書館の館長が見ていられないって『箱庭』をくれたんだけど、」
「あそこの館長は不在ではなくて?」
「違う。刻の高位精霊だから、刻属性の人間にしか見えないだけだ。ーーそれは置いといて」
エルは俯いて小さく息を吐く。魔族の少年達が両腕にしがみついた。
「……俺の心は既に限界で、なのに自殺すらさせて貰えない。知っての通り魔法や魔族の研究を昔からやってきた俺はまず、事故を装って派遣先で殺されようとした」
「だけど当然守られるし俺が手加減すると同僚や部下が死ぬかもしれない。俺の我儘で他者を殺すのは絶対に違うと思って……そこで、俺は魔族の起源を思い出した」
「……まさか」
「そう、喰わせようと思った。俺は殺すふりをしてDランクの魔物を捕獲して箱庭に持って帰り、俺自身に巣食う憎悪や恐怖を食べさせた」
呆然としてしまう。なんて危険な真似を。強くなった魔物にいつ殺されてもおかしくなかった。ーーいや、殺されても良かったのか。
ユランは歯を食いしばった。何故彼のような人間が傷つかねばならないのだろう。いつだって傷つくべき人が守られて、守られるべき人が傷つく。
亜空間に存在する箱庭に捕らえた魔物を魔法具で拘束し、レイモンドや王国への憎悪が膨らんで限界が来る直前に箱庭に入って魔物と会うようになった。自室でだって箱庭には入ることができるから、怪しまれることもなかった。
何も考えずにただ魔物の前に座っているだけで、膨らんだ負の感情が雪のように溶けていくのだ。記憶そのものを喰われる訳では無い。ただ記憶に対する憤怒や憎悪という負の感情が失われていく感覚だった。時が経つにつれ、エルは取り憑かれたように魔物のもとへ足繁く通うようになった。
しかし、当然魔物は凶暴化していく。魔宝具での拘束も意味が無くなるのは時間の問題だったが、エルにとってそんなことはどうでもよかった。
「まぁ、俺自身も強くなっていたから何とか魔力で魔宝具を強化し続けていたのだけど、2年前かな、遂に拘束が破られて」
最早習慣のようになったこの時間。何時ものようにボロボロになるまで戦ったあと、座り込んでぼんやりと暴れる魔物を眺めていた。
その時、ビシリ、と音がなり拘束していた魔法具にヒビが入った。大きな音を立てて壊れ、猛然と魔物はエルに襲いかかろうとする。精霊が悲鳴をあげて凍らせようとするが、エルの憎悪を吸いにすった魔物にそんなものが聞くはずもなく。
「あー、死んだなって思ったら、この子達になった」
「1番大事なところ端折らない!!!」
そんな事言われても……とエルは頬をかく。
精霊に愛されたエルの魔力は魔族にも相性のいいものだったらしく、Dランクの魔物がSSランクに成長してしまったと言うだけの話だ。殺されると思ったら小さな子ども2人に抱きしめられ、キスをされ、思いっきり喰われた。その後試しに魔物の多い惑わせの森に連れ出して力を試させたら、魔物の森の半分が更地になるという事件が発生した。直させたが。
「とんだ危険物だと判断して、箱庭の中で普段は過ごさせているから外に出てくることはほとんどないよ。ーーまぁ俺は制御出来ないけど」
『エル早く帰ろ』
『早く帰ろエル』
クイクイと引っ張る可愛らしい少年たちに、エルの顔が綻んだ。呆然とする俺たちを一瞥すると、彼は首に提げていた鍵を取り出し、箱庭に戻って言った。
当人が帰ったことで皆興味を失ったのか、次々に姿を消す。決闘祭の終わりなんて毎回こんなものだ。物凄く盛り上がるが締めが適当すぎて不完全燃焼になる、とナユタに苦情が来ていたなと思い出す。別に俺達は仲良しこよしをやっているわけじゃないから、別にエルが夕ご飯誘ってくれなかったからって、別にショックな訳じゃない……別に。
「ユラン」
薄暗い路地裏に差し掛かった時。
背後に気配を感じ、ナイフを向ける。相手の頸動脈の位置にしっかりと添えられたナイフを動かすことなくゆっくりと振り返った。
呆れ顔で両手をあげるエルと、クスクス笑うアリス。この2人仲良くなりすぎてないか。小さく謝罪してナイフを下ろす。
「随分仲睦まじいようで」
「依頼だよ。さっきの獣人が忘れられないみたいでデブ貴族から助け出してーって」
「そう、そう、そうなのよ!厳重な王都に帰る前に宿にいる今がチャンスなの!」
声落とせ五月蝿い、とアリスの頭を叩くエル。前はそんなに仲良くなかったよね? エルと一番に会ったのはユランなのに、気づけばナユタやセレネ、アリスなどとも仲睦まじい様子を見せるエル。ぐるりと胃がまわるような気持ち悪さに、ユランは顔を歪めた。
「別に俺が言ってもいいんだけど、ちょうど適役が通ったから手伝ってもらおうと」
「俺に利益は?」
「夕ご飯奢る。10位が」
エルも来る?と言うと、不思議そうに頷く。ならいいや。首肯すると、アリスは嬉しそうに笑った。
獣人に関しては、アリスが育てると早死しそうという事でナユタにでも預けるつもりらしい。因みにエルに聞くとこれ以上うちでは育てきれません、と首を振られた。
「で、何処の宿なの?」
「ここです」
俺たちが凭れるようにしてたっていた壁を示される。普通作戦会議って離れた所でするものだと思うのだが。普通の声出喋ってしまったじゃないか。
「じゃ、終わったら『蜜蜂亭』集合」と言う旨を告げ、颯爽と去っていくアリス。なんだか面倒ごとを押し付けられただけのような気がする。
「じゃあ行こう」
穏やかに笑うエル。
腹の不調はとっくに無くなっていた。
「……」
、ぽちゃん。
黒い雫が夜に溶ける。
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