氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

満月の夜.01

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(※視点がエルに戻ります)


 機嫌の良さそうなユランと共に、高級宿の裏口に回る。しかし貴族用とあって、警備も万全で隙がない。別に全員倒してしまってもいいのだが、相手が貴族だと大事にされるのも面倒だ。
 どうしたものかと振り返ると、が立っていた。

「うわっ」
「この前作ってもらった変装用の魔法具、こういう時便利なんだ」

 顔に貼り付けるパックのような魔法具で、魔力を注ぐと別人の顔を再現してくれる優れ物だ。ユランのに作った記憶がある。メンテナンスも必要なさそうで良かった。
 裏口からでてきた清掃員を指さされたので、路地裏に入ってきた所を眠り薬で昏倒させる。服を剥き清掃員の顔を再現するユランに渡す。俺は清掃員が持って出てきたゴミが大量に入った台車に入ることになる。

「……うわ、不潔。臭い。この服気に入ってるのに最悪なんだけど」
「早く行くぞ」
「蜜蜂亭でいちばん高いご飯食べよ」
 
 ゴミ臭い代車に乗り、しゃがみこむ。これなら姿は見えない。ガラガラと音を立てて入って行くユラン。裏口には魔法具でのセキュリティは流石に無く、人の目で確認するだけのようで(魔法具とは大変高価なものなのだ)、清掃員ユランは何事もなく通された。侵入成功。
 従業員専用の部屋に入り、中にいた全員をユランの音の魔法で気絶させる。もういいよ、の声に、即座に台車から飛び出した。……匂いが付いてる。最っ悪。

 それにしても、どうやって部屋を調べるか。本来の依頼なら最低でも数日間かけてターゲットについて調べあげるのだが、今回の場合早くしなければ子うさぎの貞操が奪われる。アリスはだから犯される前に救い出さねば。
 清掃員が夜に客室近くを動き回るのは良くない。ここは俺の出番か。

「デブ貴族の容姿覚えてる?再現出来る?」
『できるよ!』
『できたよ!』
「ぉぉー、すごいじゃん」

 ユランがぱちぱちと拍手してくれる。鏡を確認すると、水蒸気の屈折を利用して、ターゲットの姿を再現してくれた。本当に、魔法って何でもありの素晴らしい力だな。ともあれ、ターゲットは既に部屋の中だから、鍵を無くしてしまったとでも言えば、予備の鍵を貰えるだろう。ダメなら……強行突破だ。ルナに揉み消してもらう。
 玄関ホールに向かうと、従業員が焦ったように駆け寄ってくる。

「ベイダン様、何か御用でしょうか」
「鍵を失くした。もう1つあるだろう。早くしてくれ」
「た、大変失礼致しました!すぐお持ち致します」

 貴族が従者を寄越さず本人が出向くほどのが出たなんて他の客に知れたら、宿の評判もガタ落ちだ。真っ青な顔で鍵を取りに走っていく従業員。騙してごめんね。
 鍵を持って走ってきた従業員と宿の支配人。失くす様なデザインに作ってしまったことを謝罪された。意味がわからない。ーーデブ貴族の横暴さが垣間見えた。

 鍵を持って人気のない洗面所に向かい、魔法を解く。汚らしいデブから元の顔に戻り、同じように姿を消させていたユランも横に現れた。横暴な俺の態度に爆笑していたらしいユランは既に涙目だ。部屋の番号は「305」。向かうか。


 昇降機で3階まで上がる。デブ貴族顔で歩くと逆に目立つだろうから、適当に騎士団の元部下の平凡顔を再現して歩く。平凡顔が良かったのか、305室まで向かう途中誰にも警戒されなかった。
 中の様子を確認したいが、下手な動きをすれば不審がられるだろう。潔く鍵を差し込みカチャリと回す。ガチャリと音を立てて扉が開いた。

「先いく」
「宜しく」 

 ユランに任せ、廊下から浴室に隠れる。ここからは本職の仕事だ。……穏便に終わればいいが。






 部屋の扉を開け、最初にしたのはイカ臭いにおい。エルが入らなくてよかった、とユランは息をついた。部屋は暗く、モゾモゾと動く影がぼんやり見える。突然入ってきたユランに、寝具に乗っていた裸の男がビクリと振り返った。

「な、なんだ貴様!!」

 デブ貴族に用はない。デブで見えないが、寝具の向こう側には小さな身体が倒れている。既に事後か?……いや、デブの手に精液がこびりついているから、まだ射精させられただけか。血液も見えない。

「誰だと言ってるんだ!!」

 わぁわぁと騒ぐデブが「呼び鈴」を鳴らそうとしたので、慌てて背後に周り、首に手刀を食らわせる。白目を向いて気絶したデブは、頭から地面に崩れ落ちた。

「終わったよーエル」
「流石。部屋で魔法使うとが残っちゃうから不便だよね、宿って」

 ぱちぱちと拍手をしながら入ってくるエル。そう、貴族用の宿は暗殺などを考慮して部屋で宿主以外の魔力を感知したら、宿の警備兵に警告が行くのだ。万全な状態ならその程度の魔法などかいくぐれるが、2位との戦闘を終え、魔力が枯渇気味の今のエルでは、最悪失敗も有り得る。かと言ってエルは接触を極度に嫌うため、尚更こういうのは向いていない。

「……だ、だれ」







 カタカタと震える美貌の少年。目の前で男を昏倒させたユランに怯えているようで、壁ギリギリまで下がってしまっている。ユランは腑に落ちない顔で俺の隣に戻ってきた。俺助けたのに……と囁くが、向こうは多分そう思っていない。
 ゆっくりと少年が座る寝具に近づき、地面にしゃがみこむ。恐怖に濡れた目でこちらを見る。うさぎの耳がぴこぴこと揺れた。

「俺の顔、覚えてないかな。お昼間檻から出た時に目が合ったと思うんだけど」

 優しく問いかけると、「あ、……おめめの人」と呟く少年。どうやら同じ色の目の人、と覚えていてくれたらしい。確かに人族に紫の目はほとんど居ないから、目につくだろう。
 安心させるよう気を付けて微笑んで、口を開く。

「君のことが心配だっていう人からお願いされて、あのお兄さんと一緒に助けに来たんだ。ここから出よう」
「ほ、他のみんなは?」
「……他のみんなは助けられなかった。けど君が生きていれば必ず会える時が来る」
「……ほんと?」

 恐る恐る近寄ってくるうさぎに手を差し伸べると、ちょんと指先を乗せてくれる。非常に可愛い。両手を広げれば、抱きついてくれた。机に置かれていた鍵を、首に着いている魔力を抑える首輪に差し込み、外してやる。

 身体だけ洗っておいで、と浴室に向かわせ、デブ貴族を寝具に乗せた。ついでに子うさぎの奴隷契約書を破り捨てておく。契約書を破りさえすれば、奴隷契約はになるからだ。
 ユランはユランで棚を漁り、機密書類がないか探し回っている。9位にでも売るつもりだろう。

「お、お待たせ……」
「ううん、大丈夫。ゆっくりできた?」
「うん」

 ホカホカとあったまった様子の子うさぎが背中から抱きついてきた。ユランと目を合わせ、頷く。

「じゃあ、いこうかーー」
「何処へじゃ?」









どぷん

















「あら、あら、あら、4位じゃない!どうしたの?」
「ユランと3の君からこの月兎の君を預かっての。主の依頼じゃというから連れてきた。依頼料は今度でいいらしいぞ」
「まぁ、まぁ、まぁ!そうなの!わざわざありがとうなのだわ!さぁ、こっちへいらっしゃい。7位の所へ行きましょう!」

 真っ青になって震える子うさぎを抱きしめ、アリスはにっこりと笑った。セレネもニコリと笑い返すと、どぷんと雫になって消えていった。


 アリスはとっても嬉しかった。嬉しかったから、4位のも、子うさぎの「お兄ちゃんが、お兄ちゃん助けて」と言うか細い助けの声も、何にも気にならなかった。












「さぁ、申し開きはあるかの?2人とも」


 黒い触手に拘束され、ぐったりと倒れるエルとこちらを睨みつけるユラン。

 セレネはにっこりと微笑んだ。
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