氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

満月の夜.02

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「何か申し開きはあるかの」

 ユランと共にセレネのに拘束されながら、俺は必死に言い訳の方法を考えていた。普段だったらセレネ程度、特に攫われることもなく逃げきれただろう。しかし、2位との戦い、の不本意の召喚による魔力の枯渇は、思ったよりも俺から体力を奪っている。ぐったりと触手に倒れ込む俺を心配そうに眺めるユラン。ーーお前、そういうとこだぞ。


「わらわは忠告したよなぁ3の君」
「はい、そうですね」
「そなたは頷いたよなぁ」
「はい、そうですね」
「何か言うことは?」
「ごめんなさい」


 時には素直に謝ることも大事だぞ、 皆覚えておくといい。殺意増し増しで怒鳴り散らしているユランを完全無視してとりあえず謝っておく。満足気に頷いたセレネは、俺を触手から解放してくれた。
 パンパンと服に着いたホコリを払い落として立ち上がる。まだ少し目眩がするが、寝れば回復するだろう。疲れを自覚したからか、ふわりとあくびが漏れた。


「再三言うが、これはわらわのじゃからな。3の君がわらわのものになるのなら手を出しても良いが」
「ごめんね、俺は俺のものだから」
「おいババア巫山戯たことぬかすなよ」


 怒り心頭のユランの拘束がキツくなったのか、悲鳴混じりの呻き声が響く。セレネの影には精霊はいないので、1度引き込まれてしまえばユランも俺も手も足も出ない。ユランとセレネの事を知っている身からすればユランの気持ちは分かるが、もう少し従う姿勢を見せて油断させた方が逃げ切れるのではないだろうかと思う。賢いユランも彼女の前では形無しって訳か。そんなことを考えていれば、何かを察知したらしいユランに睨まれた。


「エル、俺はお前のこと助けたよな?」
「悪いね、俺は自己犠牲って言葉が好きじゃないんだ」


 じゃ、帰るね、と手をふれば、セレネもニコニコと美しい笑顔で振り返してくれた。ユランの憤怒の絶叫が響く。頑張れユラン。負けるなユラン。



 瞬きをする。目を開けると、先程俺達が合流した路地裏に立っていた。懐中時計を見ると、まだアリスと別れてから2時間程しかたっていない。もしかしたらタダ飯に間に合うかもしれない。急いで『蜜蜂亭』へと足を進めようとした俺は、背後からの気配に足を止める。
 ゆっくりと近づいてくる気配は、振り返ること無く前を見据える俺にため息を着くと、強く抱きしめた。
 ゆっくりと首を擡げ始める殺意にそっと心の内で蓋をする。


「兄さん。久しぶり」
「……ルナ」


 冷たく名前を呼ぶと、もう一度強く抱きしめられ、振り向かせられる。そこには、かつての俺が身に付けていた騎士団の制服を身につける、俺によく似た青年がにこやかに立っていた。
 騎士団に反王国主義であるベルン村を売った張本人であり、俺の血の繋がった弟。そしてレイモンド・アレスの養子として俺の代わりに騎士団第3部隊隊長に就任した、ルナ・アレス。彼の顔を見る度に、冷めることの無い煮えたぎるような怒りが湧いてくるのは仕方の無いことだろう。


「決闘祭見てたよ。兄さんの魔法はやっぱり世界一綺麗だ。なんて、やっぱり兄さんは優しいね」

 聖獣に手を出せない事を手を抜いた、などと表現するあたり、なんにもわかっていない。それでいて俺の事など全てわかっているとばかりに振る舞うのだから腹立たしい。
 無視をして颯爽と歩く俺の横を当たり前のように着いてくる弟。騎士団服に気づいたベゴニアの領民たちが警戒の眼差しで此方を眺めている。俺のことを知っている大人も多いだろうから、心配してくれているようで嬉しくなる。しかし、こんなことになるくらいならもう少しセレネ達といた方が良かったのでは無いか。後悔先に立たずとは先人の言葉である。

 エスコートされるように貴族御用達の高級料亭に入った俺は、完全個室の美しい部屋に通される。基本的に依頼で手に入れた報酬の殆どは魔法具開発、研究に充てるため、こんな高い店で食事をとる事なんてまず無い。自尊心が非常に高い十傑共とご飯に行く時は流石にそこそこの店に行くが。つまり、絶対に奢らせたい。
 にこやかに最も高い値段のコース料理を注文するルナ。そうだよな、そこ第3部隊隊長って高給だもんな。再度、絶対に一銭も出さないという固い決意を決める。

 
『エル、大丈夫?』
『この子、なんか怖いわ』


 怯える精霊たちを宥めていると、ルナの笑みが深くなる。見返す俺が相当冷めた目をしていたのだろう、寂しそうな顔をする彼に、気分が悪くなる。
 その後も特に喋りかけてくることも無く、ルナは精霊と語らう俺をひたすら眺める。比例するように精霊の怯えも深まるばかりで、コース料理を食べ終わる頃には俺の機嫌は地に落ち、精霊もすっかり縮こまってしまっていた。


「ジロジロ見ないでくれる」
「やっと兄さんに会えたんだもの」
「俺は会いたくない」


 俺の言葉にしょんぼりとする彼。そもそもこうして攻撃せずに会ってやっているだけ、寛大だと褒めて欲しいくらいだ。目の前で親や村人、子どもたち、恋人、皆を殺されて、それをこいつは「俺のせいだ」と宣ったのだ。レイモンドの家で暴れる俺を、「兄さんのせいなのに」と只管打ちのめしたのもこいつだ。個室の気温が更に下がっていく。比喩ではなく、俺の憎悪に呼応して、空気中の水蒸気が凍りついていく。俺の気持ちなんて考えもせず、綺麗だと笑うルナ。


「ほんと、どうかしてる」
「……僕からすれば、兄さんの方がどうかしてるよ」


 氷で創り上げた剣を頸動脈スレスレに突き刺す。別に殺す気はないさ、ただ黙らせたいだけ。しかし、ルナは頬を赤らめると、首を退けるどころか俺が創った剣に頬を擦り寄せる。思わず剣は其の儘扉に向かう。悪いがこれ以上の会話は無用。俺は気持ち悪いものが嫌いなんだ。
 しかし扉に手をかけた俺は、続くルナの言葉に手を止め、ゆっくりと振り返った。


「兄さんも気づいてるんだろう?兄さんが村に搾取されていた魔力は、兄さんがじゃなかったらとうに魔力の枯渇で死んでいたはずの量だ。」

「奴らは兄さんのことを生まれたその時から道具としてしか見ていない。出なかったらエル金貨なんて名前つけないでしょう」


 ドアに手をかけたまま、鼻で笑う。知ってるさ、知ってるに決まってる。村人たちがどんな目で魔法を使う俺を見ていたか。
 ルビー王国の通貨は、銅貨ユル銀貨セル金貨エルの三種類だ。銅貨1000枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。平民として暮らしていく上で、銀貨と金貨が市場に出回ることなんて滅多にない。銀貨1枚あれば、向こう10年は楽して暮らせる程、金貨1枚あれば人生の半分は遊んで暮らせるだろう。辺境の地にあったベルン村の皆にとって俺の価値は金貨1枚一生モノだったということだ。


「……それの何が悪い?俺だって村の皆の立場ならって思っただろう。金貨1枚程の価値を見出して貰えてただけ感謝こそすれ、ーーッッ」


 ダンッと鈍い音が鳴る。
 近づいてきていたルナは、俺の身体を扉に押し付けると、耳元で冷たく囁いた。


「兄さんでも兄さんを貶めることは許さない」
「俺を俺がどうしようと勝手だっ」
「ダメだよ兄さん」


 ルナと壁に挟まれて、身動きが取れない俺を抱きしめる。藻掻こうにも、遠距離型の俺と近接型のルナでは力に差がある。今更真面目に十傑会議と決闘祭に出席したことを後悔する。そうでなければ今頃トパーズ王国黄色の王国でワクワク魔法研究生活を送っていたはずなのに。
 首筋に唇を這わせてくるルナに、鳥肌が止まらなくなる。


「離れろーー殺すぞ」
「今の兄さんじゃ無理だよ。……可愛いなぁ、ほんとに可愛い」


 熱っぽい息を吐くルナ。……こいつ、発情してやがる。ゾ、と怖気が走るのを感じた。









『お仕置きだね、エル』





 身体の芯から震えが走る。





「はなれろって言ってんだよ!!」
「酷いな、兄さん…ハァ、」













「何してんだてめぇはァ」







 ルナの体が思いっきり吹っ飛んだ。
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