氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

満月の夜.03

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 唐突に消えた圧迫感によろめいた俺を支える屈強な体。窓をぶち破って入ってきた男、ガラン・ナイトレイは見下しきった顔でゆらりと起き上がるルナを見つめていた。助かった。しかし、何故彼がここにいるのだろうか。


「何してんだてめぇはァ。話すことがあるって言うんで3位の動向追ってやってたんだろうが。それがお前、理性振り切って襲ってんじゃねぇよ」
「ーーうるっせぇないつまで兄さんに触ってんだ離れろ」
「……ちょっと待って聞き捨てならないんだけど。8位お前、此奴の協力者なの?」


 捨て置けない発言に、ガランの胸板に収まっていた俺は顔を上げる。すると彼は微妙な顔で抱きとめていた俺を離すと、悪いが本題を聞いてやってくんねぇか、と殊更面倒くさそうな顔をした。悪いがこれ以上話すことなど無い。今度こそ、焦るルナを無視して扉に向かう。


「依頼があるんだ、兄さん」


 ピタリ、と足を止める。振り返ると、壊れた窓越しの隣の建物から、薄ら笑いのゼストが手を振っていた。ガランの表情が甘くなる。イラッとして目を逸らし、ルナを見つめる。先程まで浮かんでいた情欲はなりを潜めたようで少しだけ安心する。溜息をつき、俺は扉にもたれ掛かるように背中を預けた。聞く体勢に入った俺に、ガランがほっとしたような顔をする。


「兄さんはココ4ヶ月と14日、トパーズ王国黄の王国にいたよね」
「ちょっと待ってなんで知ってんの。誰にも言ってないんだけど」
「まぁまぁそれは置いといて」


 聞きしに優るストーカーっぷりに、ゾクリと怖気が走る。一刻も早く変態の前から離れ、家に帰りたいのでとりあえず先を促す。……後日9位に情報規制料を上乗せしなければ。


「最近の王都での噂は知ってる?十傑の会議にも少しだけ上がってたけど、その時兄さん本に集中してたから聞いてないよね」
「噂?別にロサは行かないから聞いてないけど」
「ロサは今お祭り騒ぎなんだよ。『精霊の愛し子』が現れたってね」


 ピクリと反応する。おかしな話だ。精霊の愛し子は。自称するのは恥ずかしくて到底無理だが、精霊もそう言ってくれている。……幸せだ。


『私達の愛し子はエルよ!』
『エルを愛してるの!』


 ここにいる全ての属性の精霊が同じような事を言っているのだろう、ルナもガランもうんうんと頷いている。
 窓越しにこちらの話を聞いていたゼストが顔を顰めて口を開く。


「最近急激に勢力を伸ばし始めた神殿の神官共が、兼ねてから長いこと探している人物がいる。……全ての属性の精霊と対話し、その力を最大限に活かすことの出来る『精霊の愛し子』のことだ。その為にルビー王国は、国中の魔力持ちをロサに集める法を作ったわけだが……」
「しかし、いくら経っても愛し子は見つからない。有力だとされたも、観察者であったレイモンド・アレスによって愛し子ではないと判断された」


 目を見開く。そんなはずが無い。レイモンドは俺が全属性の精霊と話すことが出来ることを知っていた筈だ。精霊の姿が見えなくなった夜、彼の目の前で 発狂した記憶があるし、そうでもなければそもそもルナが村を売った時に、「第3部隊」という騎士団の中でも戦闘特化の精鋭部隊を辺境の弱小村にわざわざ派遣するはずがない。下級部隊でも十分だったはずだ。
 


ーーレイモンドは、国に嘘をついている?何故?



「そこで、神官たちはこう考えた」
「『魔物に溢れたこの世界ではなく、精霊達が作ったに愛し子、いや、神子が隠されている』ってね。ーー馬鹿げた話だろう?それからはずっと、毎日異界に存在するとやらを召喚しようとし続けた。」


 ゼストに続くように口を開いたルナは、鼻で笑う。彼がここまで不愉快をあらわにするのはベルン村の人間達相手以来かもしれない。呑気にもそんなことを考えていた俺は、続くルナの言葉にぽかんと口を開けた。


「そして、馬鹿共は遂に召喚にした。僕もその場に立ち会っていたけど驚いたよ。何の訓練もしていない少年が兄さん並の魔力を持っているんだから。ーー神官達は大喜びで少年を神子と呼び、病態の現王の御前に連れて行って歓迎させた。そしたらどうなったと思う?」
「……」
「治ったのさ、現王の不治の病がね。現王と正妃は大喜びですっかり神子を信奉仕切って、それまで治世を担ってきた第一王子殿下から政権を無理矢理取り返して好き放題。ロサ付近の都市の国民から財を掻き集めて神子に貢ぐ毎日さ」


 唖然としてしまう。病気を治すなんて、治癒魔法のないこの世界で可能なのか。どんな魔力をしているのか是非研究したい。ルナが言うには、こちらが全く知らない文字を使うのに、こちらが話す言葉や書く文字を完全に理解し、習得したという。神官達が奇跡の存在だと思うのも仕方ないだろう。
 しかしそんな事よりも、そんな圧政を敷いては、ただでさえ活発化している反乱分子はどうなっているのか。王都からほどほどに離れた所にあるベゴニアにはこの盛況っぷりからまだその影響は来ていないようだが、恐らく時間の問題だろう。水産業が盛んなベゴニアは貿易も主な財源であるし、ロサの税金の影響は大きい筈だ。


「当然第一王子殿下、第二王子殿下は反発し、国民への圧迫を止めるように、神子に財ではなく教育を与えるよう進言した。だけど、そこで口を開いたのは神子だった。なんて言ったと思う?……兄さんが神子の立場ならなんて言う?」
「……この世界のこと、精霊のこと、魔法のこと、全部教えてくれって言うかな……。少なくとも何も知らない状態で宝石やお金があっても仕方ないから。あ、でも服は欲しいかも。やっぱりその土地に合わせた格好をしないとみっともないからね」


 迷わず教育を選ぶよ、と告げる。どうやらここにいる彼らが求めていた答えであったようで、ルナには頬ずりされ、ガランには頭を撫でられる。うむ、頭を撫でられるのは嫌いじゃない。しかし、ルナには平手打ちをお見舞いしておく。


「『なんでそんなこと言うんだ!!王様が俺の為にくれたんだぞ!あ、わかった!お前も欲しいんだな!嫉妬してるんだろ!?友達になってくれるならあげる!名前はなんて言うんだ!?』……第一王子殿下に言った神子の言葉だよ」


 俺は今度こそ口をあんぐりと開けて固まってしまう。ガランは頭を抱え、ゼストは深くため息をつく。第一王子殿下相手に不敬が過ぎる。立場を重んじる殿下は相当怒り狂ったらしい、今は現王の怒りを買って第二王子殿下と共に幽閉されているのだとか。ーー通りで連絡が途絶えがちだと思っていた。
 今、神子は精霊の愛し子として、国の有力貴族や騎士団幹部の怪我や病気を治癒し、彼らの妄信的な信頼を得て国王よりも上の立場に成り上がっているらしい。全然知らない所で(知ろうともしなかったとも言うが)深刻な事態になっている。ゼストとガランが絡んでいるのは、十傑の穏健派がこの2人だけだからだろう。


「……お前ね、そういう真面目な話は先に言いなよ。俺が魔力万全でブチ切れてたらどうするの。大方殿下からの依頼なんでしょう?」
「ごめんなさい、兄さん」
「別にいいけど。なに?解放すればいいの?」


 別に魔力が復活さえすれば、騎士団なんてどうってことも無い。神子とやらの魔力が気になるところだが、大して訓練も勉強もしていないようだし敵ではないだろう。ーー魔力の持ち腐れだ。精霊への大した侮辱である。
 しかし、どうやら違うらしい。


「……個人的には精霊の愛し子が兄さんだって知らしめたい」
「お前の意見は聞いてないし、やだよ面倒くさい。俺は自由に生きるんだから。……膨れっ面しない!」
「俺たちは一体何を見せられているんだ……」


 抱きついてくるルナを引き離しつつ叱りつけるが、ゼストの呆れ声に我に返る。咳払いをし、腰に抱きついてこちらを見上げるルナを冷たく見下ろす。


殿依頼は?」
「……1つ、ロサの魔法学園に教師として一時就職し、『スール最強の魔法士』に神子の関心を持たせ、学園に入学させること。1つ、あわよくば半年後の学園主催の祭り『学園祭』にて神子がと知らしめること」


 それはつまり、一時的に俺からスール自由を奪うということだ。そこまでは聞いていなかったらしいゼストとガランの気配が冷たくなる。スールの3位が組織に加入したなんて情報は、一瞬で世界中に広がるだろう。そして、俺への他のスールからのが強まるだけだ。ーー自分達の代表だと思って尊敬していた相手が自分達を裏切ったかのような。実際、スールとは「自由に生きている人」の総称で、組織に入ろうと何をしようと個人の自由だと思うのだが、凡人は才ある人間に自分の心や行動を無意識に投影したがる。「この人ならーーしないとおかしい」って。


「……2つ目は別にいいさ。1つ目、必要ないよね?学園祭とやらに乗り込めばいいだけなんだから。大方戦力を増強させようとでも思っているのだろうけど」
「教育に興味のない神子が入学してくれないんだ。関心を引く何かが欲しい。……あと、学園内に、『魔力増強剤』がでまわっているとの噂がある」
「!」
「調査し、情報を持ち帰ってもいいって。あと、依頼金としては前金で10万エル、依頼完遂後に100万エル。向こう30年は魔宝具開発に勤しめるよ」


 100万エルなんて大金があれば、普通の貴族が一生豪遊して暮らしていける。魔法具開発や魔法研究には膨大な金がかかるから流石に遊んでは暮らせないが、有難い資本だ。魅力的である。


「あと、もし十傑としての立場が危うくなった時には、支援するって」
「……支援ねぇ。王都で飼い殺しにでもしたいだけでしょ」
「僕は兄さんとずっといっしょにいられるから嬉しいけどね」


 とりあえず、今この場で適当に返事をして王都に向かう訳にもいかないので保留にする。ルナは3日後にはベゴニアを出るらしいのでそれまでに答えをくれればいいとの事だ。
 恩ある殿下の依頼を断れるわけもないので、根回しの時間に当てなければならない。ゼストとガランの力も借りるが、過激派の襲撃に備えなければ。少なくとも9割のスールが敵に回ると思っていなければならない。


「わかった。3日後に学園に着くようにするから、それまでに諸々の手続きはお前にお願いするね」
「!うん、わかった!兄さんが僕に頼み事なんて……うん、任せて!」


 簡単な弟でよかった。
 喜びいさんで個室から出ていくルナを見送り、ゼストに顔を向ける。


「……って事だから、過激派の動向を逐一知らせて欲しい。通信用の魔法具は明日渡す」
「あぁ、任せておけ。3位の席はどうするつもりだ?」
「そのままで。そのままの方が。どうせ半年で戻るしね。無理そうだったら埋めてもいいよ、取り返すし」


 尊大な俺の言葉にクスリと微笑むゼスト。愛し子殿は随分とお怒りらしい、と笑う彼に、俺も笑ってやる。
 別に愛し子なんて呼び名に興味はないし、立場もいらない。ただ、精霊の愛を騙って好き放題して、「こんな子どもを愛するのか」なんて精霊が思われてしまうことが腹立たしい。精霊はこの世で最も尊いものだ。異界の神子だかなんだか知らないが、貶めるなんて許さないよ。


「まぁ、自分が特別だと勘違いしているらしい子どもに、立場ってものを教えてやるだけさ」


 普段怒らない奴ほど怒ると手が付けられないの法則である。









 神子が何らかの特別な人間であることは確かだろう。治癒なんてものが使える時点で、この世界の領域を超えている。ーーだけど、その力はあってはならないものだ。


 人はいつか死ぬのだ。それは事故であれ事件であれ、病であれ、どれだけ生きたいと願っても死んでしまうのだ。ただ回復を促進するだけの力ならいい。だけど、生死という「理」を歪めるような力は、人には出過ぎた代物だ。


 人は欲深い生き物だから。「死」さえも何もかも全てを手に入れたくなってしまう。






 迫り来る嵐の予感に、3人は深い溜息を吐いた。取り敢えず、壊れた窓を何とかしなければならない。
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