氷使いの青年と宝石の王国

なこ

文字の大きさ
20 / 38
第一章 幸せは己が手で

愚者の行進.01

しおりを挟む

 結論から言おう。俺はこの3日間のほとんどを逃亡に当てることになった。
 俺が王都に向かうという情報は9位情報屋によって瞬く間にベゴニアに広がり、十傑の過激派共の耳にも入った。その辺の雑魚の襲撃ならならいざ知らず、十傑がタッグを組んで襲いかかってくるのだから命懸けだ。ゼストやガランが逐一通信魔法具で知らせてくれるから何とか逃げ切ってはいるものの、話をしておかねばならない人にも会えずじまいで困ってしまう。特に2位に至っては領民も普通に暮らしている街中でも平気で戦闘に持ち込んでくる為、ちゃんとした準備もできずほぼ箱庭に引きこもっている。
 とりあえず領主殿一族など、世話になっている人間にはきちんと詳細を直接話したかったのだがそれも叶わず、文にすることにした。便箋を広げ、ペン先をインク瓶に浸す。


『何書いてるの?エル』
『エル何書いてるの?』


 椅子に座る俺の両脇から覗き込んでくる2人の魔物。最近はずっとボロボロになって帰ってくる俺に不機嫌であったが、箱庭に長居するようになってからはこうしてずっとくっついてくる。2人はサラサラとペンを進める俺の顔をじっと見つめ、直ぐに飽きたのか、トタトタと靴音を響かせて巨大な本棚を繋ぐ螺旋階段で鬼事を始めた。
 そういえば、彼ら程の強さ持つ魔物なら、『神子』とやらの異界の生物の気配には気付いているのだろうか。書き終わった手紙を乾かす為に広げて置き、彼らのもとへ向かう。


「ねぇ、ちょっといい?」
『なに?エル』
『エル?なに』


 4階からこちらを見つめていた彼らを呼ぶと、ぴょんと足取り軽く飛び降りてくる。ふわりと俺の傍に降り立った2人が抱きついてくるのを受け止め、大きなソファに腰を下ろした。


「お前達はさ、神子って分かる?」
『知ってるよ、まがいものでしょ』
『まがいものでしょ、知ってるよ』
「……まがいもの?偽物ってこと?」


 まがいものとは一体どういうことなのか。眉をひそめると、俺の腕にしがみつく力が強くなる。


『招待されたのは2人。1人は神子、1人は忌み子』
『忌み子が神子を騙ってる。だからまがいもの』
「ちょっと待って、じゃあ治癒だのなんだのってのは?」
『その場にいた神子の力を忌み子の力と勘違いしただけ』
『神子は監獄。忌み子は神殿。天族が怒ってる』


 思わず天を仰ぐ。この子達が言っていることが本当ならば、本当の神子は汚い監獄にいて、厄災をもたらすと言われる忌み子は神殿で崇められている訳だ。大馬鹿者の集まりか?
 神殿は創造神を奉る場所で、言わばこの世で最も穢れのない存在である天族の肉親を崇める所だ。そんな場所に穢れた忌み子がいるのだから、天族は怒ってしかるべきだろう。


『神子は逃げようとしたけど、忌み子が離さない』
『忌み子は離せない。神子がいなければただの無能』
「元来下界に無関心な天族が怒るなんて……万が一降りてくるなんてことがあったら、……いや、ちょっとは見てみたいけれど」


 知的好奇心が勝ってしまう。俺だって天族は書物でしか見たことがない。肩甲骨から腰にかけての何処かに、一対の身の丈程の純白の翼があるのだとか。そして、精霊の力を借りない『神聖術』なるものを使う。書物によると原理は魔法と同じようだが、神の祝福を受けた彼らの力は底を尽きるということはないーーらしい。
 正直見てみたい。そわっとしてしまう俺の顔を見て、ムスッと頬をふくらませる子どもたち。


『そうなると思ったから秘密にしてた』
『秘密にしてた、そうなると思ったから』
「だって天族だよ?うわー、正直精霊に迷惑がかからないなら現状維持して降りて来て欲しいくらいだ」


 言語は同じなのだろうか。精霊とはどんな関係なのだろうか。精霊たちは天族の話をしたがらないが、理由はあるのだろうか。研究者魂に火がついてしまう。
 子どもたちが言うには、本来の神子は「治癒」というこの世界そのものを癒す力を上手く使うことで、各種族の均衡を保ち、太平をもたらす為に、来るべき時に現れるという。それをこちら側から無理やり呼び出したものだから、異物である忌み子までもが一緒に現れたのだとか。要は、神殿側の傲慢による失敗だ。


「俺はその尻拭いを手伝えってことね」
『エルは何もしなくていい』
『幸せになるだけでいい』
『愛し子の役割は、愛されること』
『エルは使命を全うしてる』


 人の世で生きている限りは、そうもいかないだろう。小さなベルン村では精霊たちと遊び回り、抱き合って眠るだけの日々だったが、ここはそんなに甘い場所では無いのだから。
 兎にも角にも、十傑を集めて簡単に説明だけでもしなければならない。疲れでちりりと痛む頭を抱え、項垂れた。







「だぁかぁらぁ、それってエルは関係ないじゃん」


 ナユタの発言に、そーだそーだと室内が湧く。何とか十傑全員を集めてくれた最大の功労者ゼストは疲労で机に伸びている。……今度良い狩場教えてあげよう。
 確かに、ロサに滅多に行くことの無い俺は、この中でも特に神子とは関係が薄いと言える。しかし、神子が精霊の愛し子と同義で扱われ、それを否定せず享受していると言われれば、精霊に愛されることを受け入れてきた俺としてはどうしても思うところがあるのだ。


「別に、永久就職するわけじゃ、ない。貴族共も、お断りだろうし。十傑の座を、返上しろって言うならまた、取り返すし別にいい。というか、俺はなんだから、何をしようと、俺の勝手。俺の自由だ。……ぜぇ、はぁ」


 既に一度大乱闘が終わったあとなので、荒い息を必死に沈めつつ口を開く。そう、確かに反王国を掲げる過激派からすれば、同じ十傑が王家に協力するのは腹立たしいだろう。しかし、という話だ。俺は俺の好きに生きる。他の意見は関係ない。
 ナユタやユランといった中立派閥は、不満気ながらも俺の言葉に口を噤む。別に彼らに関わらないわけじゃないし、縁が切れる訳でもない。どうやら結構俺の事を好いてくれていたらしく、過激派になりそぉ、と顔をしかめるナユタの頭を撫でておいた。


「なら、私達が貴方を襲撃しようと私達の自由ではなくて?」
「あら、あら、あら、その通りだわ!だって許されないのだわ!」
「そうじゃよ。それでなくても3の君は愛し子として最有力候補なのじゃ。決闘祭での精霊たちの憤怒も沢山の人間がみておるしの。もし公に知れてしまえば、今度こそ逃げられぬぞ」



 セレネの言葉に、少しだけ詰まる。そう、もし神子が精霊の愛し子でないと分かれば再び最有力候補は俺に戻ってくる。こんどこそ、捕まってしまえば。ーーレイモンドに、捕まれば。
 目を見開く。駄目だ、我慢しなければ。憤怒と憎悪の化け物がずるりと首をもたげてくる。奴らはいつだって隙あらば俺の全てを乗っ取って、理性なき復讐の魔物へと姿を変えようとする。俺の荒れ狂う感情の奔流に気付いたのか、鎧の下で1位がクスリと笑う。ガシャリと重たい音を立てて近づいてきた1位は、俺の肩を抱いて、覗き込んでくる。


「……3位、お前のその怒りは、正しいものだ。お前はそれを燃やして、燃やして、焼き尽くす権利がある」


 続く言葉に、失笑が漏れる。


「ーー憎くて憎くて、仕方がないんだろう?」
「……悪いけど、過激派に回るつもりは無いし、学園で得た情報を漏らす気もない。魔力増強剤については勿論情報は共有するけど、の思い通りには動かないよ」


 悪いけど、俺は恨みのままに今まで得た全てを捨てる程の覚悟は出来ないな。魔法の研究だってしたいし、魔法具も沢山作ってみたい。再び全属性の精霊と対話できるようになりたいし、他国には友人も沢山できた。
 失った過去よりも、得た今があるから。


 しん、と静まる室内。過激派との戦闘も覚悟したが、意外にも相手は穏やかにこちらを見つめている。ローゼリッテなんかはブチ切れてきそうだったが、……いや、あれは怒りを通り越して呆れている顔だ。
 アリスがニコニコと嗤う。


「……でも、でも、でも。私は行くのだわ!だってまだ依頼料を払っていないもの!」
「ちょ、その話はここではやめて」
「ん?どうしたんじゃ?3の君」


 セレネの目が気まずい。ユランも光の無い目で遠くを見ている。どうやら相当酷い目にあったらしい。というか、絶対に来ないで欲しい。アリスなんかが来たら、学園で死人が出る。

 丁重にお断りしていると、背後に小さな気配を感じて振り返った。


「……君は」
「……お、お兄ちゃん、いなくなるの?」


 そこにはあの時助けた獣人族の少年が所在なげに立っていた。あの時と同じように垂れきった耳は、寂しいと訴えかけてくれているようで、可愛らしい。結局今日まで1度もちゃんと出会えていなかったことを思い出し、少年の目線に合わせてしゃがみこむ。
 可愛らしい大きな目がうるうると輝くのはどうにも庇護欲をそそる。彼にも想像以上に好かれていたらしい。


「無事でよかった。また会いに来るよ」
「……うん、お兄ちゃん、ありがとう」
「……ねぇ可愛すぎない?」


 思わず抱きしめると、照れつつも腕を回してくれる。本気で可愛い。行きたくなくなってきた……と呟けば、ナユタがいいぞー!と騒ぐのが聞こえる。頭をひとなでして、ゆっくりと離れる。


「もっと強くなってね、戦ってみたいし」
「ん、お兄ちゃんも、元気で……」


 あー可愛い。涙腺に限界が来たらしく、愚図りながらも慌ただしく帰っていく少年を見送り、振り返った。物言いたげな彼らにニコリと笑いかけ、転移魔法具を起動させる。


「じゃ、ルナ待たせてるから。また半年後くらいに」











 闘技場を出た俺を出迎えたのは、苛立たしげに鼻を鳴らすブレインと、これまた不満気なルナだった。駆け寄って鼻をくすぐると、ブルル、と嬉しそうに鳴いてくれる。


「遅いぞ、エル」
「ごめんよブレイン。お待たせ」
「う~ん、僕もいるんだけどなぁ~」


 ルナの存在はまるっと無視して、ブレインに跨る。さぁ行こう、と囁けば、誇らしげに咆哮してくれた。


しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。 それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。 友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!! なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。 7/28 一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫です。 ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

転生×召喚

135
BL
大加賀秋都は生徒会メンバーに断罪されている最中に生徒会メンバーたちと異世界召喚されてしまった。 周りは生徒会メンバーの愛し子を聖女だとはやし立てている。 これはオマケの子イベント?! 既に転生して自分の立ち位置をぼんやり把握していた秋都はその場から逃げて、悠々自適な農村ライフを送ることにした―…。 主人公総受けです、ご注意ください。

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が性格終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、一番嫌いであったはずの悪役令息、兄の本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

処理中です...