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第一章 幸せは己が手で
愚者の行進.01
しおりを挟む結論から言おう。俺はこの3日間のほとんどを逃亡に当てることになった。
俺が王都に向かうという情報は9位によって瞬く間にベゴニアに広がり、十傑の過激派共の耳にも入った。その辺の雑魚の襲撃ならならいざ知らず、十傑がタッグを組んで襲いかかってくるのだから命懸けだ。ゼストやガランが逐一通信魔法具で知らせてくれるから何とか逃げ切ってはいるものの、話をしておかねばならない人にも会えずじまいで困ってしまう。特に2位に至っては領民も普通に暮らしている街中でも平気で戦闘に持ち込んでくる為、ちゃんとした準備もできずほぼ箱庭に引きこもっている。
とりあえず領主殿一族など、世話になっている人間にはきちんと詳細を直接話したかったのだがそれも叶わず、文にすることにした。便箋を広げ、ペン先をインク瓶に浸す。
『何書いてるの?エル』
『エル何書いてるの?』
椅子に座る俺の両脇から覗き込んでくる2人の魔物。最近はずっとボロボロになって帰ってくる俺に不機嫌であったが、箱庭に長居するようになってからはこうしてずっとくっついてくる。2人はサラサラとペンを進める俺の顔をじっと見つめ、直ぐに飽きたのか、トタトタと靴音を響かせて巨大な本棚を繋ぐ螺旋階段で鬼事を始めた。
そういえば、彼ら程の強さ持つ魔物なら、『神子』とやらの異界の生物の気配には気付いているのだろうか。書き終わった手紙を乾かす為に広げて置き、彼らのもとへ向かう。
「ねぇ、ちょっといい?」
『なに?エル』
『エル?なに』
4階からこちらを見つめていた彼らを呼ぶと、ぴょんと足取り軽く飛び降りてくる。ふわりと俺の傍に降り立った2人が抱きついてくるのを受け止め、大きなソファに腰を下ろした。
「お前達はさ、神子って分かる?」
『知ってるよ、まがいものでしょ』
『まがいものでしょ、知ってるよ』
「……まがいもの?偽物ってこと?」
まがいものとは一体どういうことなのか。眉をひそめると、俺の腕にしがみつく力が強くなる。
『招待されたのは2人。1人は神子、1人は忌み子』
『忌み子が神子を騙ってる。だからまがいもの』
「ちょっと待って、じゃあ治癒だのなんだのってのは?」
『その場にいた神子の力を忌み子の力と勘違いしただけ』
『神子は監獄。忌み子は神殿。天族が怒ってる』
思わず天を仰ぐ。この子達が言っていることが本当ならば、本当の神子は汚い監獄にいて、厄災をもたらすと言われる忌み子は神殿で崇められている訳だ。大馬鹿者の集まりか?
神殿は創造神を奉る場所で、言わばこの世で最も穢れのない存在である天族の肉親を崇める所だ。そんな場所に穢れた忌み子がいるのだから、天族は怒ってしかるべきだろう。
『神子は逃げようとしたけど、忌み子が離さない』
『忌み子は離せない。神子がいなければただの無能』
「元来下界に無関心な天族が怒るなんて……万が一降りてくるなんてことがあったら、……いや、ちょっとは見てみたいけれど」
知的好奇心が勝ってしまう。俺だって天族は書物でしか見たことがない。肩甲骨から腰にかけての何処かに、一対の身の丈程の純白の翼があるのだとか。そして、精霊の力を借りない『神聖術』なるものを使う。書物によると原理は魔法と同じようだが、神の祝福を受けた彼らの力は底を尽きるということはないーーらしい。
正直見てみたい。そわっとしてしまう俺の顔を見て、ムスッと頬をふくらませる子どもたち。
『そうなると思ったから秘密にしてた』
『秘密にしてた、そうなると思ったから』
「だって天族だよ?うわー、正直精霊に迷惑がかからないなら現状維持して降りて来て欲しいくらいだ」
言語は同じなのだろうか。精霊とはどんな関係なのだろうか。精霊たちは天族の話をしたがらないが、理由はあるのだろうか。研究者魂に火がついてしまう。
子どもたちが言うには、本来の神子は「治癒」というこの世界そのものを癒す力を上手く使うことで、各種族の均衡を保ち、太平をもたらす為に、来るべき時に現れるという。それをこちら側から無理やり呼び出したものだから、異物である忌み子までもが一緒に現れたのだとか。要は、神殿側の傲慢による失敗だ。
「俺はその尻拭いを手伝えってことね」
『エルは何もしなくていい』
『幸せになるだけでいい』
『愛し子の役割は、愛されること』
『エルは使命を全うしてる』
人の世で生きている限りは、そうもいかないだろう。小さなベルン村では精霊たちと遊び回り、抱き合って眠るだけの日々だったが、ここはそんなに甘い場所では無いのだから。
兎にも角にも、十傑を集めて簡単に説明だけでもしなければならない。疲れでちりりと痛む頭を抱え、項垂れた。
「だぁかぁらぁ、それってエルは関係ないじゃん」
ナユタの発言に、そーだそーだと室内が湧く。何とか十傑全員を集めてくれた最大の功労者ゼストは疲労で机に伸びている。……今度良い狩場教えてあげよう。
確かに、ロサに滅多に行くことの無い俺は、この中でも特に神子とは関係が薄いと言える。しかし、神子が精霊の愛し子と同義で扱われ、それを否定せず享受していると言われれば、精霊に愛されることを受け入れてきた俺としてはどうしても思うところがあるのだ。
「別に、永久就職するわけじゃ、ない。貴族共も、お断りだろうし。十傑の座を、返上しろって言うならまた、取り返すし別にいい。というか、俺はスールなんだから、何をしようと、俺の勝手。俺の自由だ。……ぜぇ、はぁ」
既に一度大乱闘が終わったあとなので、荒い息を必死に沈めつつ口を開く。そう、確かに反王国を掲げる過激派からすれば、同じ十傑が王家に協力するのは腹立たしいだろう。しかし、だからどうしたという話だ。俺は俺の好きに生きる。他の意見は関係ない。
ナユタやユランといった中立派閥は、不満気ながらも俺の言葉に口を噤む。別に彼らに関わらないわけじゃないし、縁が切れる訳でもない。どうやら結構俺の事を好いてくれていたらしく、過激派になりそぉ、と顔をしかめるナユタの頭を撫でておいた。
「なら、私達が貴方を襲撃しようと私達の自由ではなくて?」
「あら、あら、あら、その通りだわ!だって許されないのだわ!」
「そうじゃよ。それでなくても3の君は愛し子として最有力候補なのじゃ。決闘祭での精霊たちの憤怒も沢山の人間がみておるしの。もし公に知れてしまえば、今度こそ逃げられぬぞ」
セレネの言葉に、少しだけ詰まる。そう、もし神子が精霊の愛し子でないと分かれば再び最有力候補は俺に戻ってくる。こんどこそ、捕まってしまえば。ーーレイモンドに、捕まれば。
目を見開く。駄目だ、我慢しなければ。憤怒と憎悪の化け物がずるりと首をもたげてくる。奴らはいつだって隙あらば俺の全てを乗っ取って、理性なき復讐の魔物へと姿を変えようとする。俺の荒れ狂う感情の奔流に気付いたのか、鎧の下で1位がクスリと笑う。ガシャリと重たい音を立てて近づいてきた1位は、俺の肩を抱いて、覗き込んでくる。
「……3位、お前のその怒りは、正しいものだ。お前はそれを燃やして、燃やして、焼き尽くす権利がある」
続く言葉に、失笑が漏れる。
「ーー憎くて憎くて、仕方がないんだろう?」
「……悪いけど、過激派に回るつもりは無いし、学園で得た情報を漏らす気もない。魔力増強剤については勿論情報は共有するけど、お前らの思い通りには動かないよ」
悪いけど、俺は恨みのままに今まで得た全てを捨てる程の覚悟は出来ないな。魔法の研究だってしたいし、魔法具も沢山作ってみたい。再び全属性の精霊と対話できるようになりたいし、他国には友人も沢山できた。
失った過去よりも、得た今があるから。
しん、と静まる室内。過激派との戦闘も覚悟したが、意外にも相手は穏やかにこちらを見つめている。ローゼリッテなんかはブチ切れてきそうだったが、……いや、あれは怒りを通り越して呆れている顔だ。
アリスがニコニコと嗤う。
「……でも、でも、でも。私は逢いに行くのだわ!だってまだ依頼料を払っていないもの!」
「ちょ、その話はここではやめて」
「ん?どうしたんじゃ?3の君」
セレネの目が気まずい。ユランも光の無い目で遠くを見ている。どうやら相当酷い目にあったらしい。というか、絶対に来ないで欲しい。アリスなんかが来たら、学園で死人が出る。
丁重にお断りしていると、背後に小さな気配を感じて振り返った。
「……君は」
「……お、お兄ちゃん、いなくなるの?」
そこにはあの時助けた獣人族の少年が所在なげに立っていた。あの時と同じように垂れきった耳は、寂しいと訴えかけてくれているようで、可愛らしい。結局今日まで1度もちゃんと出会えていなかったことを思い出し、少年の目線に合わせてしゃがみこむ。
可愛らしい大きな目がうるうると輝くのはどうにも庇護欲をそそる。彼にも想像以上に好かれていたらしい。
「無事でよかった。また会いに来るよ」
「……うん、お兄ちゃん、ありがとう」
「……ねぇ可愛すぎない?」
思わず抱きしめると、照れつつも腕を回してくれる。本気で可愛い。行きたくなくなってきた……と呟けば、ナユタがいいぞー!と騒ぐのが聞こえる。頭をひとなでして、ゆっくりと離れる。
「もっと強くなってね、戦ってみたいし」
「ん、お兄ちゃんも、元気で……」
あー可愛い。涙腺に限界が来たらしく、愚図りながらも慌ただしく帰っていく少年を見送り、振り返った。物言いたげな彼らにニコリと笑いかけ、転移魔法具を起動させる。
「じゃ、ルナ待たせてるから。また半年後くらいに」
闘技場を出た俺を出迎えたのは、苛立たしげに鼻を鳴らすブレインと、これまた不満気なルナだった。駆け寄って鼻をくすぐると、ブルル、と嬉しそうに鳴いてくれる。
「遅いぞ、エル」
「ごめんよブレイン。お待たせ」
「う~ん、僕もいるんだけどなぁ~」
ルナの存在はまるっと無視して、ブレインに跨る。さぁ行こう、と囁けば、誇らしげに咆哮してくれた。
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