婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ

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22.逆行…その先に

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 カインデルとアーロンは暗い地下への階段を降りていく。

 今のカインデルには一歩一歩がとても重く感じた。自分に残された時間がないことは誰よりも分かっている。手足の痺れや麻痺が起きているようで、自分の身体が思う様に動かせない。

 どれくらい経ったのだろう。暗い地下の底から僅かに光が見えてきた。

 扉が見える。その扉には神々しいまでの女神の姿が描かれていた。

 アーロンはその女神の手に自分の手を合わせる。

 すると扉は自然と開いて行った。

 カインデルには知らされていない王族だけが立ち入れる場所。

 自分は生まれた時から蚊帳の外だ。どうしこんな理不尽な仕打ちを受けなければならないのか。カインデルの中には口に出さなくても心の奥底にその疑問は常にある。

 皮肉な事に何も知らされていないカインデルだけが、誰よりも早くこの石版の存在に気付いたのだ。

 アーロンさえも石版で時を戻そうなどと大それたことを思いつきもしなかった。

 王族の異端者で異教徒のカインデル。

 生まれた時から隣国の全知全能の神イフェルの加護を受けし者。

 その為にカインデルは生まれた時からセガールに何度も拉致されそうになった。

 前王妃の護衛騎士をセガールに返したのは、騎士がカインデルを誘拐しようとしたからなのだ。真実は明かされず偽りの噂だけが人々に広められた。

 前王妃が心を痛めたのは、故郷の国と嫁ぎ先の国との間で板挟みになったからで、決して夫エドウィンから虐げられたわけでもない。

 手元で育てられない息子を最後まで心配し、夫エドウィンに看取られて亡くなった事は現王妃グレイシアしか知らない事だ。

 グレイシスとエドウィンには夫婦としての情よりも立場を重んじる方が大切で、二人は同士であり、良き理解者という結びつきしかない。

 エドウィンの心には今も前王妃への愛がつまっている。

 そんなエドウィンの心の隙間を埋める為に側妃リリアーナを娶る様に薦めたのもグレイシスなのだ。リリアーナはどことなく前王妃と雰囲気が似ている。

 その息子を甚く溺愛するのは、手元で育てられないカインデルの身代わりなのだと知っているのもグレイシアだけだった。

 カインデルには、何も知らされていなかった。自分が愛されていることも…。

 

 カインデルは、女神の像の前に立つと不思議な感覚を覚えた。そして、石版に手を乗せると物凄い速さで自身の魔力が吸い取られるのを感じた。

 しかし、石版の力を発動させるには至らない。魔力が足りないのだ。

 『アーロン…手伝ってくれ…』

 『わ…わかった』

 アーロンもカインデルの手に自分の手を重ねた。魔力を吸い取られる感覚にアーロンは眩暈を覚えたが、それでも手を重ねたままだった。しかし、カインデルの手が次第に冷たくなってきている事も感じていた。

 二人の魔力が合わさって、石版から光が放たれ、二人同時にその光に跳ね返される。アーロンはすくっと立ち上がり、床に倒れているカインデルを抱き起したが、既にこと切れていた。その表情は満足そうな笑顔を浮かべていたのだ。

 カインデルにとって、レスティーナを蘇らせられればその代償に自分の命が無くなっても構わなかったのだ。彼の目的は達成された。

 『これで満足なの?カインデル兄上…』

 アーロンの悲痛な呟きは、カインデルには届かない。

 アーロンの頬に一滴の水が流れ落ちた。それは、兄へ手向けた気持ちだったのかもしれない。

 光は石版の神語と呼ばれる古い文字を順番になぞっていく。

 最後は女神の像が光輝いたかと思うと女神の持っていた運命の糸車がカタカタと音を立てて逆回りし始めた。

 糸車はまるで糸を回収するかの様にくるくると巻き戻っていく。

 そして、全ての糸が回収し終わった途端、女神の像にある翼が一つ崩れ落ちた。

 その時になってアーロンは女神の像の翼が7枚しかなかった事に気が付いた。

 伝説では10枚あった翼の一つを使って女神の分身を作った。だから女神の像は本来9枚の翼を付けている。だが、今は一つ欠けて6枚になった。

 ということは過去に2回石版を使った事になる。

 翼が全て無くなれば石版の力は無に帰すことになる。

 そのことにアーロンは今初めて気づいたのだ。

 そして、光の空間だけになった場所にアーロンは立っていた。

 死んだカインデルの遺体を見ていると、女神の像から一人の女性が現れた。


 ──レスティーナ……。


 彼女は死んだカインデルに近づいて、その頬に口付けた。

 彼女は自分の心臓から真紅の糸を取り出すとカインデルの心臓に結びつけた。

 アーロンも言伝えでしか聞いていない。

 心臓同士で繋がった糸を持つ二人は永遠に結ばれる奇跡の恋人たちだという事を……。

 彼は、その奇跡の目撃者となったのだ。




 アーロンは足元から暗闇の中に消えていくのを感じ、暗転していった。




 次にアーロンが目覚めると、そこは自分の部屋で手を見ると幼い子供の手が見えた。

 鏡を見れば子供に還っていた。

 アーロンは自分が経験したことを父である国王に話す為に飛び起きたのだ。

 ──記憶が鮮明な内に話さなければ……。

 自分が何故そんなことを考えているのか分からないままに行動したのだった。
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