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思い出せない過去
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私は一つ思い出せない事があった。それはあの日、建国記念日の式典での出来事をはっきりとは思い出せていない。
この国の建国記念日の式典には王公貴族が参加し、パレードが行われる前に祝盃を飲む習慣がある。私の飲んだ薬はその中に入れられていた。
確かに自分で選んでいた。でも、その後の記憶があやふやではっきりとは思い出せない。
何故なら数日間、いやもっと前から一抹の不安を抱えていたから…
三年前、妹がデビュタントを迎えたあの日から私は悪夢に苛まれる様になっていた。いつか殿下に捨てられるのではないかと眠れぬ夜を過ごしていた。両親の様に妹を愛するようになって、私から離れていくのではと。
殿下と私は三歳離れている。この国の王族の結婚にはいくつか決まりがあり、世嗣ぎが成人してから婚約者を選ぶのだ。
その時、10歳~16歳までの高位貴族令嬢に『婚姻禁止令』が出され、王宮にて王太子妃候補の選別が行われる。その中から三人が選ばれ、妃教育を二年施された後に正式に婚約者を発表するのだ。公平な厳重な審査に基づいて行われている。そして、王太子の婚約者が決定した後に高位貴族等が次々と婚約者を定める仕来たりになっている。その為、この国の高位貴族の結婚年齢は早くても18歳からで、王太子が結婚すると結婚ラッシュが起こる。何故なら次の世嗣ぎの伴侶を産み出す事が高位貴族の最大の目標になるからだ。
最後の三人に残った令嬢の嫁ぎ先は王太子の側近か王族の誰かと決まっている。
アモネアはその三人の中の一人だった。もう一人はルーテシア・スタンレー侯爵令嬢。彼女は私達より一つ上で今はローデンバルク辺境伯爵に嫁いでいると聞いている。ローデンバルク家は王族の一員で先代伯爵の時に王女が嫁がれ、領地は隣国からの交易で潤沢だと聞いている。好奇心豊かな彼女にはピッタリな相手だ。彼女とも妃教育で共に過ごしたアモネア同様の友人なのだが、遠い辺境までは中々行くことが出来ない。
いつか又会えれば嬉しいけれど…
目覚めた後、妹が私の代わりに婚約者に選ばれたのには、他に代わりがいなかった事と妊娠した事が大きな要因だと聞かされた。
理由を聞いた時の私にはジークレスト様の最後の言葉を思い出していた。
あの時、私を何があっても手放さないと仰っていたのは偽りなのだろうか。
取り返しのつかいない過去を、何度も振り替えって見ても仕方がないのに、何処か諦めきれない私がいる。
そんな私には最近夕暮れ時に庭にある一人乗り用の揺りかごの形のブランコに乗るのが日課となっている。
辺りが黄金色に染まるのを見ると殿下の瞳の色を思い出す。だからこの時間が一番好き。そして、かつての婚約者と一緒に見た歌劇の一節を口ずさみながら、ブランコを揺らす。初恋は泡沫の如く消え去り、私だけが過去を彷徨っているようだった。
どうして今も過去に囚われているのだろう。他の人は前に進んでいるのに…
私だけがこの世界に取り残されているような気持ちにさせられる。
ぶらぶらと足を揺らしながら…
ふふ、淑女にあるまじき行動よね。でも誰も見ていないし良いわよね。
せめて今だけは、この時間だけは自分らしくしていても…
一人で沈みゆく夕陽を見ながらふと、そんな事を考えていた。
でも、私は知らなかった。私の姿を塀の向こうで誰かに見られていることに。
この国の建国記念日の式典には王公貴族が参加し、パレードが行われる前に祝盃を飲む習慣がある。私の飲んだ薬はその中に入れられていた。
確かに自分で選んでいた。でも、その後の記憶があやふやではっきりとは思い出せない。
何故なら数日間、いやもっと前から一抹の不安を抱えていたから…
三年前、妹がデビュタントを迎えたあの日から私は悪夢に苛まれる様になっていた。いつか殿下に捨てられるのではないかと眠れぬ夜を過ごしていた。両親の様に妹を愛するようになって、私から離れていくのではと。
殿下と私は三歳離れている。この国の王族の結婚にはいくつか決まりがあり、世嗣ぎが成人してから婚約者を選ぶのだ。
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最後の三人に残った令嬢の嫁ぎ先は王太子の側近か王族の誰かと決まっている。
アモネアはその三人の中の一人だった。もう一人はルーテシア・スタンレー侯爵令嬢。彼女は私達より一つ上で今はローデンバルク辺境伯爵に嫁いでいると聞いている。ローデンバルク家は王族の一員で先代伯爵の時に王女が嫁がれ、領地は隣国からの交易で潤沢だと聞いている。好奇心豊かな彼女にはピッタリな相手だ。彼女とも妃教育で共に過ごしたアモネア同様の友人なのだが、遠い辺境までは中々行くことが出来ない。
いつか又会えれば嬉しいけれど…
目覚めた後、妹が私の代わりに婚約者に選ばれたのには、他に代わりがいなかった事と妊娠した事が大きな要因だと聞かされた。
理由を聞いた時の私にはジークレスト様の最後の言葉を思い出していた。
あの時、私を何があっても手放さないと仰っていたのは偽りなのだろうか。
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そんな私には最近夕暮れ時に庭にある一人乗り用の揺りかごの形のブランコに乗るのが日課となっている。
辺りが黄金色に染まるのを見ると殿下の瞳の色を思い出す。だからこの時間が一番好き。そして、かつての婚約者と一緒に見た歌劇の一節を口ずさみながら、ブランコを揺らす。初恋は泡沫の如く消え去り、私だけが過去を彷徨っているようだった。
どうして今も過去に囚われているのだろう。他の人は前に進んでいるのに…
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ふふ、淑女にあるまじき行動よね。でも誰も見ていないし良いわよね。
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でも、私は知らなかった。私の姿を塀の向こうで誰かに見られていることに。
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