【完結】この愛に囚われて

春野オカリナ

文字の大きさ
30 / 57

王太子視点3

しおりを挟む
 事故から私はサフィニアの傍を離れなかった。執務や公務をこなしながら、合間で彼女の様子を見に行った。もしかしたら、目覚めているかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、眠っている彼女に会いに行く。

 思い起こせば長い婚約期間の中、彼女と話せたのはどのくらいだろう。考えれば考える程、私はなんと愚か者だったのか思い知らされる。

 彼女の声が聞きたくて、いつも聞いている自分の声は雑音にしか聞こえず、口を閉じていた。碌に会話もままならない私達の歪な関係は、周囲を勘違いさせるのに十分な要素だった。

 ただ、ユリウスだけは解ってくれていて、いつも苦言を呈してくる。

 「殿下、サフィニア嬢がお好きなのは分かますが、きちんと接しないと愛想を尽かされますよ。それになんです。直接、手も握れないなんて、お子様ですか」

 同い年で、王族の一員である彼は、二人だけになるとよくこうやって私を揶揄ってきた。唯一の親友であり、頼もしい部下だった。

 私は知っている。ユリウスもサフィニアを気に入っている事を。

 だから私は警戒した。王位継承権を持っているし、私を出し抜いて、彼女を攫ってしまうのではないかと不安に駆られていた。

 彼女と手を繋いで抱きしめてしまえば、きっと私の理性は何処かに飛んで行ってしまうだろう。自制が利かず彼女を寝所に閉じ込めるかもしれない。それ程、彼女が欲しかった。あの唇に触れ、味わい、犯したかった。自分色に染め上げていく彼女を堪能したい。

 抑えの利かなくなった私は、眠っている彼女に触れながら夜を共にした。

 早く目覚めて欲しい。その瞳に私を映して、あの美しい声で私の名前を呼んでほしい。

 ああ、私は何処かおかしくなっているのかもしれない。

 彼女と過ごす夜は、私に希望を与えてくれていた。

 しかし、医師から王宮ではなく実家に還した方が良くなる可能性があると言われ、確かに王宮よりあのような家でも彼女が安らげるのならそうした方がいいのだろう。

 私はサフィニアを抱いて、公爵家の門を潜った。

 前々から感じていたが、この家は何処かおかしかった。娘がこんな目に遭っているのに心配する様子のない父親、狼狽している母親に、姉の婚約者に執着する妹。使用人らも彼女のこんな状態を見ても顔色一つ変えない。

 この家から彼女を離す為に結婚を急いだのに、それがこんな結果になってしまっている。どこまでいっても己の不甲斐なさに腹が立ってしかたがない。

 彼女の部屋の寝台に彼女をそっと下ろして寝させた。彼女の寝顔を堪能していると、ユリウスが彼女も部屋に似つかわしくない箱を見つけて訊ねている。

 「殿下、あれはなんでしょう」

 彼女の専属の侍女が

 「これはお嬢様の宝物入れです。ご覧になりますか」

 侍女が蓋を開けると、中には見覚えのあるものがあった。

 これは私がサフィニアに贈ったものだった。

 「ああ、サフィニア嬢はこんなものまで大切にしていたのだな」

 思わず呟いてしまった。

 その箱の中には、包み紙やリボンが綺麗に整頓して、メッセージカードや手紙と一緒に入れてあった。

 私は大切な宝物だと言った侍女の言葉が嬉しくなり、早く彼女の目覚めをより一層願うようになった。

 だが、公爵は私の気持ちとは別の言葉を投げかけた。

 「殿下、残念ですが、ここへは来ない様にお願いします。いつ目覚めるか分からない娘の事は一刻も早くお忘れになり、先にお進み下さい。娘も臣下としてそう望んでいるでしょう」

 公爵の言葉は、私が持っていた最後の希望の欠片を砕いたのだ。

 「わ、分かった。一応換言はありがたくもらっておくよ。だが、婚約は続行する」

 私は糸の切れた人形の様に王宮を彷徨い、ある場所に行き着いた。

 そこはかつて、嫡子に恵まれなかった国王が、伯爵家の未亡人を死ぬまで閉じ込めていた離宮だった。亡くなった夫を愛していた未亡人は、国王の子供を産んでも救われなかった。彼女が男子を産んだ後に王妃が懐妊し、嫡男を儲けてしまったことで、無理やり妾にされた彼女の心は壊れた。死ぬまで離宮から出ることは許されなかった。

 サフィニアと見に行った観劇は、この話を元にした悲劇の物語だった。

 彼女の産んだ王子がミシェルウィー公爵となり、サフィニアの曽祖父である。

 私は、荒れている離宮にサフィニアの肖像画や彼女との思い出の品を全て移した。公務が終わると私は離宮に閉じこもる様になっていった。

 もう会えない彼女との思い出に浸るしか今は方法がなかったからだ。ユリウスは心配していたが、私にはまだ先に進む事は出来なかった。

 そして、父から次の婚約者が見つかるまで、彼女の妹ローズマリアとの話が決まった。ローズマリアに決まった理由は他に候補がいなかったことと、ローズマリアは公爵家の跡取りとしての申請を、提出して受諾されている。もし、別の令嬢か他国の王女を娶る際にも簡単に解消できるからだった。

 父王から公爵には婚約の意図は説明してあったにも関わらず、ローズマリアは私の正式な婚約者として振る舞った。夜会でエスコートしてもしな垂れかけて、体を密着してくる姿は、『殿方の女神』そう呼ばれる訳がわかる程、淑女らしくなかった。

 何故、同じ姉妹なのにこれほど違うのだろう。

 公の場では、仮面を付けローズマリアを大切にしているように心掛けた。その度に心の中でサフィニアへの思いが膨れ上がっていく。

 そして、段々その思いを誤魔化す為に寝酒を飲む様になっていった。

 あれは、何時目覚めるか分からないサフィニアとの関係に絶望し始めた頃、少しいつもより酒量が増えて、気分が沈んでいた。

 侍従にもう休むから水を頼み、それを飲んで眠ってしまったのだ。

 気が付いたら朝で、隣にはローズマリアが居た。事情を聴くと私が昨夜、彼女と一夜を共にしたと言うのだ。慌ててシーツを見ると血痕が付着している。

 昨夜、ローズを部屋に呼んだ覚えもない。侍従に水を持ってこさせたが、その後の記憶がない。どうなっている。

 しかし、一晩私と一緒にいる事を侍女たちや侍従らに目撃されている。

 項垂れて、昨夜の記憶を辿っても分からない。取りあえず侍従に命じてローズを部屋から出して、考えていると、ユリウスがやってきて、事の顛末を打ち明けた。

 二度とサフィニアに触れる事が出来ない。

 私には最早絶望しか残されていなかった。
 
 

 
 
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

処理中です...