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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
おかしな伯爵令嬢〜ロータス〜
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あれは、2ヶ月前の事。
辺境国領レグナにデニーロ伯爵家の長女を名乗る令嬢がやってきた。
その令嬢は社交界デビューもしておらず、誰もその姿を見た者はいなかった。ただ、噂好きのデボラ・カートン伯爵夫人が面白おかしくお喋りをしていたことで、確かに存在している事だけは周知されていた。
貴族名鑑にも名前は載っている秘匿された令嬢。
アシュリー・デニーロ伯爵令嬢。
とんでもないぶっ飛んだ令嬢だったのだ。
「クククッ…そ…それで、今日はどうしたのだ。わが奥方殿は何をしていた」
「笑い事ではありません。殿下!今日は窓から靴を放り投げ、カーテンで作った紐を編んでロープにしてまして、窓から外に出ようとしました」
「ん…?何故、窓からだ。ドアがあるだろう?」
「それが、聞いたところによりますと、伯爵家では食事を抜かれることが度々あったようで……」
「なるほど、それでこっそりと盗み食いをしていたと……」
「まあ左様な事のようです」
「ますます興味深い女だな。退屈しのぎに丁度いい」
「ですが、王家の回し者ですよ。今まで同様に早急に追い出されては……」
ギロリと主の冷たい視線が突き刺さる。あの令嬢が来てからというもの、私の白髪は増える一方で、毎日鏡を見るのが嫌になる程だ。
「余計な手を出すなよ。分かっているな」
美麗な主が低い声で脅しをかけてくる。
全く、あの令嬢に会う前とは別人の様な主に呆れ果ててしまう。
5年前の事故で、主ラインハルト殿下は確かに5才までの記憶しかなかった。しかし、3年前にあのアデイラ元王太子妃が密かにレグナを訪れて、主と対面した時から徐々に主の記憶が甦ったのだ。
あのまま記憶が甦らぬ方が主にとってはある意味では幸せだったと常日頃から思っている。
お可哀想に早くにご生母である王妃殿下を亡くされてから、一人で王宮の悪意ある者達から自身の身を守って来られたのに……。
幼い頃からの婚約者であるアデイラ様は事もあろうか第二王子ジークハルト殿下と通じていた。その現場を15才で見てしまって以来、ラインハルト様は女性という者が信じられなくなってしまった。
そして、あの5年前の事件だ。あれもあの男爵令嬢を使ってラインハルト様を貶めようと仕組まれたものだった。
この国の王位継承順位は長子の男子から継承する事になっている。つまり第一王子であったラインハルト殿下は王妃腹の嫡子。誰にも文句のつけようのない存在だったのだ。
しかし、後ろ盾となる王妃殿下の実家が急に没落した為、側妃の子である第二王子殿下側が様々な画策をし始めた。本来ならアデイラ様の実家が後ろ盾になって動くはずが、アデイラ様はジークハルト殿下と不義を犯していた。
それが暴露されぬようにあの茶番を仕組んだのだが、別の貴族の思惑で結局ラインハルト様が壇上から落ちる羽目になってしまった。
元々、ラインハルト様は王位に興味がなく、話し合いで解決できたものを余計な策略を巡らせて、ややこしいことになってしまった。
女性不振のラインハルト様が手元において愛でておられるのが、今のアシュリー様なのだが、いかんせん出自が気になる。
本妻腹ではなくメイドが産んだ庶子。私からすれば高潔なラインハルト様に相応しくないと何度も申しあげているのに、決して手放そうとはなさらない。
きっとこの件が片付いたら、本当の意味で奥方に据えるおつもりのようだが、王都から来た令嬢など信用のおけるものではない。
油断してはならない。これからも主ラインハルト様の純潔は我ら使用人一同でお守りせねば!!
私は新たに決心して、主の部屋から退出した。
目指すは天敵アシュリー様のお部屋だ。
さて今日はどんな騒ぎを起こすことやら……。
今日も頭の白髪を見ながら小さなため息をつくのだった。
辺境国領レグナにデニーロ伯爵家の長女を名乗る令嬢がやってきた。
その令嬢は社交界デビューもしておらず、誰もその姿を見た者はいなかった。ただ、噂好きのデボラ・カートン伯爵夫人が面白おかしくお喋りをしていたことで、確かに存在している事だけは周知されていた。
貴族名鑑にも名前は載っている秘匿された令嬢。
アシュリー・デニーロ伯爵令嬢。
とんでもないぶっ飛んだ令嬢だったのだ。
「クククッ…そ…それで、今日はどうしたのだ。わが奥方殿は何をしていた」
「笑い事ではありません。殿下!今日は窓から靴を放り投げ、カーテンで作った紐を編んでロープにしてまして、窓から外に出ようとしました」
「ん…?何故、窓からだ。ドアがあるだろう?」
「それが、聞いたところによりますと、伯爵家では食事を抜かれることが度々あったようで……」
「なるほど、それでこっそりと盗み食いをしていたと……」
「まあ左様な事のようです」
「ますます興味深い女だな。退屈しのぎに丁度いい」
「ですが、王家の回し者ですよ。今まで同様に早急に追い出されては……」
ギロリと主の冷たい視線が突き刺さる。あの令嬢が来てからというもの、私の白髪は増える一方で、毎日鏡を見るのが嫌になる程だ。
「余計な手を出すなよ。分かっているな」
美麗な主が低い声で脅しをかけてくる。
全く、あの令嬢に会う前とは別人の様な主に呆れ果ててしまう。
5年前の事故で、主ラインハルト殿下は確かに5才までの記憶しかなかった。しかし、3年前にあのアデイラ元王太子妃が密かにレグナを訪れて、主と対面した時から徐々に主の記憶が甦ったのだ。
あのまま記憶が甦らぬ方が主にとってはある意味では幸せだったと常日頃から思っている。
お可哀想に早くにご生母である王妃殿下を亡くされてから、一人で王宮の悪意ある者達から自身の身を守って来られたのに……。
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そして、あの5年前の事件だ。あれもあの男爵令嬢を使ってラインハルト様を貶めようと仕組まれたものだった。
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しかし、後ろ盾となる王妃殿下の実家が急に没落した為、側妃の子である第二王子殿下側が様々な画策をし始めた。本来ならアデイラ様の実家が後ろ盾になって動くはずが、アデイラ様はジークハルト殿下と不義を犯していた。
それが暴露されぬようにあの茶番を仕組んだのだが、別の貴族の思惑で結局ラインハルト様が壇上から落ちる羽目になってしまった。
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きっとこの件が片付いたら、本当の意味で奥方に据えるおつもりのようだが、王都から来た令嬢など信用のおけるものではない。
油断してはならない。これからも主ラインハルト様の純潔は我ら使用人一同でお守りせねば!!
私は新たに決心して、主の部屋から退出した。
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