【本編完結】この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

春野オカリナ

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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

ビスク・ドールの願う夢は〜ラインハルト〜

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 僕は王妃である母の腹から生まれた第一王子だった。

 5才までは母が生きていたから、冷遇されてもいなかった。でも弟たちが生まれると次第に周囲が徐々に変化していった。

 父である国王は僕を王太子に据えながら、弟たちにもチャンスがあると仄めかしていた。だから第二王子ジークハルトの母親である側妃も過ちを犯してしまったのだろう。

 5才の誕生日に僕の食事に毒を仕込んだ。でも偶々、母が誤って僕の分の食事に手を付けた。そのおかげで僕は命拾いしたけれど、母は苦しんで死んだ。

 その毒を入れたのは母が王太子妃時代からの古参の侍女だった。侍女の実家は多額の借金をしていて、その借入先の貴族は側妃の実家と繋がっていた。

 蜥蜴の尻尾切りの様に側妃の実家の侯爵家は全ての罪を押し付けて自害させたのだ。状況証拠しかない状態で当時、母の死の真相は表向きは病死という事にされた。

 僕は、そんな環境で育ったんだ。いつしか僕は感情を表に出さなくなり、無表情の顔を婚約者だったアデイラは、

 「まるで生きた陶器人形ビスク・ドールみたい」

 そんな風に僕を揶揄っていた。

 アデイラとは幼い頃からの婚約者で、自然と成人したら彼女と結婚するのだなと漠然と考えていた。

 だが、そんな未来はやって来なかった。

 15才になった時に学園に通うになり、僕は生徒会を任された。

 学園は、貴族子息令嬢が通う場所で尚且つ、将来の国を支えていくための模擬的試験場でもあった。その為に生徒会長は代々王太子や王子、王族がなることになっており、該当する者がいなければ公爵・侯爵の順で高位貴族が務めることに決まっていた。

 だから僕も入学してからずっと生徒会長を任されていた。

 その生徒会のメンバーも成績順で決められていて、この学園で優秀な者はいずれ僕の側近として取り立てる事が決まっていた。でも、僕はそれを拒否した。

 何故なら、僕は知ってしまったから、弟と婚約者のアデイラが僕を追い落そうとしている事を……。

 あれは僕が学園入学一週間前の事だ。

 いつもの執務が終わったので、何気なく散歩コースを気分で変えてみた。人気のない王宮の寂れた裏庭を歩いていると、庭師が使っている東屋があった。そこに弟のジークハルトが入っていくのを見てしまった。何気なく東屋の方に近づくと、中から女の声もした。

 「待ったかい?誰にも見られなかった」

 「ええ、大丈夫よ」

 女の声には聞き覚えがある。婚約者であるアデイラの声だ。

 「本当にやるの?」

 「ああ、俺にだって資格はある。あの『背徳の王』の息子だぞ。きっとうまくやれるさ」

 「でもそうなれば嬉しいわ。あんな感情の無い陶器人形ビスク・ドールのような男の妻になるなんて御免よ。女は何時だって貴方のような悪い男に魅かれるものなのよ」

 アデイラは女独特の強請るような甘い声を出していた。まだ13才だというのに末恐ろしいことだ。

 毒婦の素質があったのだろう。男を転がすのが上手い。一つ下の弟ジークハルトは矢鱈と僕と無駄に張り合おうとしていた。だから僕を引き合いにすれば、弟は必ず僕を排除しようと動き出す。

 彼女の家は僕を操れないと分かったから、言いなりに出来そうな弟に鞍替えをしたのだ。

 僕はそれでも彼女自身は家とは関係なく僕を慕ってくれていると信じたかった。その最後の願いも虚しく現実を突き付けられた。

 彼らの計画は、僕に麻薬のようなものを食べさせて、ある男爵令嬢を宛がい婚約破棄をさせようとしていた。その際、冤罪の証拠を突きつけ、僕を廃嫡に追い込もうと考えていた。

 ははは……。流石『背徳の王』の血を受け継ぐ者だ。やり口が父に似ている。きっと弟は誰よりも父に似ているかもしれない。

 背徳の王…それは父が兄弟を皆殺しにして玉座を手にしたことからそう呼ばれている。父は兄弟を一室に集めて殺し合いをさせたのだ。

 毒煙が漂う部屋で助かりたい一心で皆、自分以外の者を次々と殺していった。最後に残った者は毒が回って死んだのだ。父は最初から誰も生き残れない様に仕向けた。残虐非道な王。それがわが父コンラッドだった。

 そのような父は誰にも関心がなかった。自分の妻や子供にも。きっとこんな計画を立てている弟の事も知っているに違いない。

 見て見ぬふりをしながら事の成り行きを面白がっているのだ。

 そんな父が年若い愛妾にだけは心を寄せている。その愛妾は子爵家の娘だ。きっと何年かしたら側妃に繰り上げる事だろう。そして愛妾が王子を産んだなら間違いなく僕らは廃棄処分として誰も生き残れない。

 僕は王太子という地位に未練はない。寧ろ代わってもらいたいくらいだ。

 だから僕は父とある取り引きをした。

 僕が弟の計画に便乗して王太子の地位から降りる代わりに、成功した暁には辺境レグナに送り込んでほしい。そこで10年ぐらいであの地を有益なものに変えてみせると、そして父には愛妾との子供はまだ作らないでほしいとも付け加えた。

 その理由は父の方がよく理解していたようだ。僕を王太子から追い落とすことには賛同しても愛する女に手出しされるのには我慢がならないようだ。

 父は側妃に見つからない様に愛妾を王宮の一室に囲っていた。

 僕は父との約束通り、学園で例の男爵令嬢と将来国の害になる令息らを引き連れて過ごすようになった。勿論、弟やアデイラに王家の影を付けて彼らを監視していた。

 そして、僕はあの日、壇上で婚約破棄を告げる予定だったのに、ロータスの息子のパリスが僕を止めようとして勢い余って突き落す形になってしまった。

 パリスは僕の従兄弟でロータスは母方の伯父だった。

 運悪く僕は頭を打って5才児に退行してしまい、折角の計画が失敗に終わってしまった。

 責任を感じたロータスは侯爵位を返上し、パリス共々このレグナに僕の世話をするという形で罪滅ぼしをすることになった。

 僕が記憶を無くしていた時に僕が指示していた通り、部下たちは弟達に毒を盛ってくれていた。運よく流行病が蔓延していたこともあり、病死扱いになっていた。側妃にも同じ毒を与えていた。彼女は風前の灯だった。

 もし、僕に記憶があったなら、是非教えてやりたかったよ。

 「お前が王妃を殺害した毒と同じものだ」

 そう突きつけてやりたかった。残念ながら僕はその機会を永遠に失ってしまった。

 そんな時にあの女アデイラがやってきたのだ。

 彼女の甘ったるい甘える声で「もう一度やり直そう」と言われた時に、頭にかかっていた靄が少しずつ晴れていくのが分かった。

 僕の記憶が戻った事を知った父は、密かに王宮に来るように言ってきた。

 僕は父と再び交渉することになった。父が出した条件は、第四皇子が王太子になるまでに治世の安定だった。

 この男はどこまでいっても僕を道具に使いたいようだ。

 銀色の髪に冷たいアイスブルーの瞳。生気のないような青白い陶磁器のような顔に血の様に赤い唇。

 嫌になる程、僕に似た容姿だ。そしてまるで未来の僕の姿。僕はああなりたくない。こんな血塗られた僕にだって幸せになることが出来るはずだ。

 例え、それが一方的な想いでも……。

 そんな時にデボラ・カートンから手紙が来た。

 「面白い令嬢を見つけた」

 そう書いていた。僕はその子に興味を抱いた。

 他人に興味を抱いたのは初めてかもしれない。

 彼女を僕の元に来させる為に、カートン伯爵夫人に令嬢の過大な噂を流してもらった。

 父が送り込んでくる女たちを上手く捌きながら、虎視眈々とアシュリー・デニーロ伯爵令嬢の輿入れを心待ちにしていた。

 彼女が来れば僕のモノクロの人生も鮮やかな色を付けるかもしれない。

 そんなことを願いなら夢を見ていた。

 遂にその願いは叶えられた。僕の元に来たアシュリーはとても美しく可愛かった。

 ああ、毎日見ていても飽きない。君が僕の唯一。絶対に手放さないし、離れていくことも赦さない。

 もし、僕から逃げたらどこまで追っても連れ戻して、僕しか入れない部屋に鎖でつないでおこう。

 彼女のサクランボのような唇から「旦那様」と呼ばれることは嬉しいが、メイド服で「ご主人様」と呼んでほしい気もする。本当にそうなったら僕の心は破裂するかもしれない。

 これは密かな僕の願望だ。

 いつか叶えてくれるよね。

 愛しいアシュリー……僕の唯一の妻。

 
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