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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
懐かしい人
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ハルト様の過去を聞いた私に、
「この手は既に血に染まっている。それでも僕の傍にいてくれないだろうか」
震えながら私を抱きしめる彼に私はそっと頬に口付ける。
「大丈夫です。例えハルト様の手がどれほど血に赤く染まっていようとずっと傍にいます。いえ、傍に置いてください」
それは私の願いだった。
この世で家族と呼べる人はニックとトムぐらい。母以外の人からこれだけ求めたられたのは初めてだった。
だから迷いなんかなかった。只この人の傍に居たいだけ、他に何もいらない。地位も名誉も何も欲しくなかった。
「ありがとう。僕の愛しいアシュリー。絶対に手放さないから覚悟してね」
そう言って、その日はお互いに抱き合って眠った。
それからも公爵家には多くの見知らぬ人たちが出入りするようになっていった。
それはこれから始まる粛清の為の狼煙の様に……。
でも、相変わらずハルト様は私との時間を取ってくれている。
私には何も知らされていない。知ったところで私にできる事は限られている。何の後ろ盾も持たない私には、疲れた彼を癒すぐらいしかできない。
それでもいいと言ってくれる。只、傍に居てくれればそれだけで構わないと…。
暫くすると、王都から懐かしいお客様がやってきた。
「お久しぶりです。エステル公爵」
「久しぶりだね。随分と君には世話になった。おかげで僕は最愛の人に巡り合えたよ」
「お久しぶりです。カートン先生」
そう、王都から来たお客様は、デボラ・カートン伯爵夫人だった。
「見違える様になられましたね。アシュリー様」
「そんな事はないです」
「まあ、それも殿下の愛情を一身に受けているからなのかしら」
ほんのちょっと冗談を交えて話す癖は昔からだ。
いつも堅苦しい勉強が退屈しない様に気を使ってくれたのだろう。
「ははは…君の言っている事は真実だ。僕はアシュリーに夢中なんだよ」
「ほほほ、それは宜しゅうございました」
カートン伯爵夫人の傍らには見たことのない男の人が立っている。
「そうそう、夫のロバートと義兄のアルバートですわ。アルバートとわたくしは昔公爵閣下と生徒会の役員をしていましたのよ」
「はい、その話は覚えています。アシュリー・エステルです。よろしくお願いします」
「はじめまして、アルバートです。」
「ロバートです。妻から貴女の事はよく聞かされていましたよ」
そう言われてちょっと恥ずかしかった。
私が挨拶をすると先生は、
「久しぶりですので、女同士の積もる話に花を咲かせに行くことにしましょう」
そう言って、私を連れて応接室を退出した。
中には男性陣ばかり、きっとこれからの事を相談するのだろう。
「寂しいですか?」
私の心を見透かすように先生は私の顔を覗き込む。
「いえ、私が聞いたところで何かできるわけでもないですから…」
それは本心だが、心のどこかでは寂しいとか知りたい気持ちも大きかった。でもそれは聞いてはいけない気がした。
知ってしまっても力のない私は役立たずだ。
「私も生徒会では女一人という事もあって、いつも蚊帳の外だったんですのよ」
「えっ、先生がですか?」
「ええ、実はそれは彼らのわたくしへの配慮だと知っていましたからね」
先生は私の顔を見ながら悪戯っぽくウィンクした。
「それはどうしてなんですか」
「それは私が女だからです。この国の女性の地位は低いでしょう。何かに巻き込まれたら太刀打ちできるほど力も強くない。わたくしを傷つけない為の配慮だったんですの。勿論、当時は腹が立つこともありましたが、おかげでわたくしはロバートと一緒になれて、伯爵家を無事継げることができました。もし、仮に公爵に直接手を貸していたら、今のわたくしはなかったと思っていますの」
「それはどういう理由ですか?」
私は悲しげに俯く先生に訊ねた。
「アデイラ嬢はわたくしを目の敵にしていましたからね。わたくしは当時第二王子ジークハルト殿下の婚約者でしたから、5年前の事件のおかげでわたくしはロバートと結婚することが出来たのですから、公爵には感謝しているのですわ」
ほほほっと笑う仕草は昔のままだ。私を妹のように可愛がってくれていた頃が懐かしい。
「今回、どうして先生もいらしたのですか?」
「ああ、まだ公爵からお聞きになっておられないのですね。実は近々、王都で盛大な夜会が開かれるのです。その時にエステル公爵夫人のお披露目を公爵からしたいので、王都で今流行の衣装などをアシュリー様と相談してほしいと頼まれたのですよ。公爵のつてで有名デザイナー連れてきています。ドレスは既製品を手直しすることになるかもしれませんが、それでも新鋭のデザイナーのドレスを着られる事は幸運ですのよ」
先生は人気の新鋭デザイナーの予約は2年先まで埋まっていると言っていた。
その人は学園で共に学んでいたが事業に失敗した実家を立て直す為に学園を中途退学したらしい。それを長い間、ハルト様が援助して、今は押しも押されぬ人気デザイナーとして活躍している。
今回の無理なお願いも少しでも恩に報いたいからだそうだ。
私の心に温かい何かが込み上げてきた。
ハルト様はご自分が血塗れの冷血な陶器人形だと言うけれど、本当の彼はこういった思いやりのある温かい人だと思う。
王族という柵が無ければきっともっと平凡に生きてこれたのに、そう考えるのは私が世間知らずなのかもしれないが、本心からそうであってほしいという願望もあったのだろう。
先生との楽しい時間が過ぎようとしていた時、なんだかふらりと体が浮くような感覚に見舞われた。
そして気が付くと自室の寝台に寝かされたいたのだ。
目が覚めると心配そうに泣きそうな顔をしたハルト様が私の手を握っているのが見えたのだった。
「この手は既に血に染まっている。それでも僕の傍にいてくれないだろうか」
震えながら私を抱きしめる彼に私はそっと頬に口付ける。
「大丈夫です。例えハルト様の手がどれほど血に赤く染まっていようとずっと傍にいます。いえ、傍に置いてください」
それは私の願いだった。
この世で家族と呼べる人はニックとトムぐらい。母以外の人からこれだけ求めたられたのは初めてだった。
だから迷いなんかなかった。只この人の傍に居たいだけ、他に何もいらない。地位も名誉も何も欲しくなかった。
「ありがとう。僕の愛しいアシュリー。絶対に手放さないから覚悟してね」
そう言って、その日はお互いに抱き合って眠った。
それからも公爵家には多くの見知らぬ人たちが出入りするようになっていった。
それはこれから始まる粛清の為の狼煙の様に……。
でも、相変わらずハルト様は私との時間を取ってくれている。
私には何も知らされていない。知ったところで私にできる事は限られている。何の後ろ盾も持たない私には、疲れた彼を癒すぐらいしかできない。
それでもいいと言ってくれる。只、傍に居てくれればそれだけで構わないと…。
暫くすると、王都から懐かしいお客様がやってきた。
「お久しぶりです。エステル公爵」
「久しぶりだね。随分と君には世話になった。おかげで僕は最愛の人に巡り合えたよ」
「お久しぶりです。カートン先生」
そう、王都から来たお客様は、デボラ・カートン伯爵夫人だった。
「見違える様になられましたね。アシュリー様」
「そんな事はないです」
「まあ、それも殿下の愛情を一身に受けているからなのかしら」
ほんのちょっと冗談を交えて話す癖は昔からだ。
いつも堅苦しい勉強が退屈しない様に気を使ってくれたのだろう。
「ははは…君の言っている事は真実だ。僕はアシュリーに夢中なんだよ」
「ほほほ、それは宜しゅうございました」
カートン伯爵夫人の傍らには見たことのない男の人が立っている。
「そうそう、夫のロバートと義兄のアルバートですわ。アルバートとわたくしは昔公爵閣下と生徒会の役員をしていましたのよ」
「はい、その話は覚えています。アシュリー・エステルです。よろしくお願いします」
「はじめまして、アルバートです。」
「ロバートです。妻から貴女の事はよく聞かされていましたよ」
そう言われてちょっと恥ずかしかった。
私が挨拶をすると先生は、
「久しぶりですので、女同士の積もる話に花を咲かせに行くことにしましょう」
そう言って、私を連れて応接室を退出した。
中には男性陣ばかり、きっとこれからの事を相談するのだろう。
「寂しいですか?」
私の心を見透かすように先生は私の顔を覗き込む。
「いえ、私が聞いたところで何かできるわけでもないですから…」
それは本心だが、心のどこかでは寂しいとか知りたい気持ちも大きかった。でもそれは聞いてはいけない気がした。
知ってしまっても力のない私は役立たずだ。
「私も生徒会では女一人という事もあって、いつも蚊帳の外だったんですのよ」
「えっ、先生がですか?」
「ええ、実はそれは彼らのわたくしへの配慮だと知っていましたからね」
先生は私の顔を見ながら悪戯っぽくウィンクした。
「それはどうしてなんですか」
「それは私が女だからです。この国の女性の地位は低いでしょう。何かに巻き込まれたら太刀打ちできるほど力も強くない。わたくしを傷つけない為の配慮だったんですの。勿論、当時は腹が立つこともありましたが、おかげでわたくしはロバートと一緒になれて、伯爵家を無事継げることができました。もし、仮に公爵に直接手を貸していたら、今のわたくしはなかったと思っていますの」
「それはどういう理由ですか?」
私は悲しげに俯く先生に訊ねた。
「アデイラ嬢はわたくしを目の敵にしていましたからね。わたくしは当時第二王子ジークハルト殿下の婚約者でしたから、5年前の事件のおかげでわたくしはロバートと結婚することが出来たのですから、公爵には感謝しているのですわ」
ほほほっと笑う仕草は昔のままだ。私を妹のように可愛がってくれていた頃が懐かしい。
「今回、どうして先生もいらしたのですか?」
「ああ、まだ公爵からお聞きになっておられないのですね。実は近々、王都で盛大な夜会が開かれるのです。その時にエステル公爵夫人のお披露目を公爵からしたいので、王都で今流行の衣装などをアシュリー様と相談してほしいと頼まれたのですよ。公爵のつてで有名デザイナー連れてきています。ドレスは既製品を手直しすることになるかもしれませんが、それでも新鋭のデザイナーのドレスを着られる事は幸運ですのよ」
先生は人気の新鋭デザイナーの予約は2年先まで埋まっていると言っていた。
その人は学園で共に学んでいたが事業に失敗した実家を立て直す為に学園を中途退学したらしい。それを長い間、ハルト様が援助して、今は押しも押されぬ人気デザイナーとして活躍している。
今回の無理なお願いも少しでも恩に報いたいからだそうだ。
私の心に温かい何かが込み上げてきた。
ハルト様はご自分が血塗れの冷血な陶器人形だと言うけれど、本当の彼はこういった思いやりのある温かい人だと思う。
王族という柵が無ければきっともっと平凡に生きてこれたのに、そう考えるのは私が世間知らずなのかもしれないが、本心からそうであってほしいという願望もあったのだろう。
先生との楽しい時間が過ぎようとしていた時、なんだかふらりと体が浮くような感覚に見舞われた。
そして気が付くと自室の寝台に寝かされたいたのだ。
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