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苦い思い出
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シンドラー侯爵家の騒動からあっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。
まだそんなに月日が経っていないにも拘らず、シェリーネは遠い昔の様に感じている。
ジュリアスとサロンでお茶をしていると、公爵家同士の集まりがあることを知らされた。
「お茶会ですか?」
「ああ、公爵家同士の略式のものだが、必ず参加しなくてはならない義務がある」
「でも、私が参加してもいいのかしら?」
「婚約者も強制参加だから、断れない」
「そうですか」
シェリーネはお茶会には苦い思い出しかない。
初めて開いたお茶会は、ロゼリナによって散々なものになった。
他家のお茶会にも参加させてもらったことがない。
理由は、シェリーネの髪の色の所為だ。
シェリーネは「建国の王女、救国の乙女」と謳われているブリジット王女と同じ髪、王族特有の「宝玉の緋」を持っている。
幼い頃は、父であるアレンと同じだと思っていたが、実はよく見ると別物だった。赤い髪でなく、紅色に近いもの。陽に照らされれば紅を帯びた黄金に輝く髪…。
ブリジット王女は、この国が他国の属国だった頃、人質として隣国にいた弟王子を救出し、民衆を扇動し、自ら戦場に立って、隣国から独立した。この国の立役者なのだ。
その後、ブリジット王女は戦争で共に戦ったシンドラー侯爵家の祖先セルドアと結婚した。
その雄姿は未だに語り継がれる逸話となり、小説や歌劇で上演される程の人気ぶり。
未だに信者の様な熱狂的なものがいる程だ。
そんなシェリーネを何故、王子と婚約させないのかというと、この国の王族の結婚には決まりがある。
王子は、4つの公爵家かもしくは外国にしか婿入りできず、王女は3つの侯爵家か外国にしか降嫁しない事になっている。
王女の降嫁先の3つの内の一つがシンドラー侯爵家。
シェリーネの祖父、ガストン・シンドラーの母は王女だった。
ジュリアスとの縁組を誰よりも喜んだのは、現王家のはず。長年、血を薄めすぎた所為か。残念ながら、この王家特有の「宝玉の緋」を持って生まれた王族は今はいない。
先王の第三王子がその髪色を持っていたが、5才の時に生母と一緒に流行病で亡くなっている。
そういった状況が重なって、シェリーネが誕生した時には、王都中がお祝いムードになっていた。そしてエリーロマネの第二子の誕生を誰よりも王家は心待ちにしていたのだ。
男子の誕生を……。
男子が生まれれば、シェリーネを公爵家のいずれかに嫁がせる事ができ、その子供は次代の王太子妃ひいては未来の王妃として教育し、大切に育てら何れ王家に血を取り込むことが出来ると考えていた。
だが、エリーロマネの死によって、王家の計画は泡沫の夢となってしまった。
その上、デミオン侯爵家の次男が婚約者として選ばれた為、他の貴族の思惑も潰えたのだ。
シェリーネの婚約解消に伴って、貴族達それぞれの思惑が動き出す前に、その権利をジュリアスがもぎ取ってしまった。
順序からいえば、コールマンの姉は現国王の母、王太后であり、王太子に王子が生まれればその婚約者にマクドルー公爵家の娘が選ばれることは確定している。
結局、王家が思い描いた通りになったのだ。
「今回のお茶会は王宮で開かれる事になった」
「王宮?もしかして第二王子殿下が公爵家を継ぐ事になったからですか」
「ああ、今回はセラプール公爵家を第二王子殿下が継ぐ事になったから、婚約者共々顔つなぎの意味も含めての事だと考えられる」
「では公式のお茶会の支度を…ということですね」
「ああ、今までのお茶会と違って窮屈なものになりそうだ。それと王太后様がシェリーネに会いたそうだ」
「えっ…それは」
「まあ、僕の相手に興味があるんだと思う。そんなに緊張しないで大丈夫だから」
「でも…、実は私は他家のお茶会に参加した事が無くて、礼儀的なものも不安があるんですが」
「わかった。その辺は指導してくれる人材を探しておくよ」
「ありがとうございます」
「ところで、その敬語何時になったらやめるの?」
「す…ごめんなさい」
「まあ、徐々に直してね」
ジュリアスは直ぐにシェリーネの教師となってくれる人物を探してくれた。
ロマネロ伯爵夫人は、元セルジオ侯爵令嬢でブティックなども経営している多才な女実業家としても有名な人物。そして、シェリーネの母親をよく知る友人でもあった。
母の事をよく知らないシェリーネは、夫人が話す母親を不思議な気持ちで聞いていた。
──エリーロマネ・シンドラー侯爵令嬢は、それはそれは聖女の如き慈愛をお持ちで、皆に大変慕われていましたの。
シェリーネの母の記憶と云えば、鬼女の如く罵声を浴びせた女の姿しかなく。彼女のいう「聖女」などとは程遠い存在しか思い浮かばない。
「では、シェリーネ嬢。今度、我が家で貴婦人たちのお茶会を開きますの。皆さま、エリーロマネ様とは同期の方々ばかり、きっと母君の事もきちんと聞けますわ。如何でしょう。招待状を送らせてもらっても構わないでしょうか?」
伯爵夫人のサロンは社交界でも有名で、学園でも名のある令嬢は母親と共に参加していると聞いていたシェリーネは、招待してくれるという言葉を喜んだ。
「婚約者と相談してみます」
「そうですね。マクドルー公爵令息とよくご相談してください。良きお返事をお待ちしていますわ」
「ありがとうございます」
「では、今日のお勉強はこれまでにしましょう。失礼いたします」
シェリーネは、早速そのことを、ジュリアスに相談した。
「参加してみるのもいいんじゃない?誰が参加するのか調べておくから」
「ありがとうございます」
「敬語…」
「あ…」
「いいよ。そういう融通の利かない所も君の良いところだからね」
「そうでしょ…そう?」
「クスッ、無理しなくてもいいよ」
「ごめんなさい」
「謝るのもなしだ」
「はい」
幼子を諭す様にジュリアスは、シェリーネに言った。
そして、ジュリアスは急にシェリーネの体を引き寄せて軽く抱きしめた。
触れているジュリアスの体が微かに震えているのをシェリーネは、感じていた。
「ごめん、このままもう少し…」
ジュリアスのその小さな呟きは、シェリーネには聞こえなかった。
シェリーネは、ジュリアスに許しを得たので、伯爵夫人に出席する連絡をした。
まだそんなに月日が経っていないにも拘らず、シェリーネは遠い昔の様に感じている。
ジュリアスとサロンでお茶をしていると、公爵家同士の集まりがあることを知らされた。
「お茶会ですか?」
「ああ、公爵家同士の略式のものだが、必ず参加しなくてはならない義務がある」
「でも、私が参加してもいいのかしら?」
「婚約者も強制参加だから、断れない」
「そうですか」
シェリーネはお茶会には苦い思い出しかない。
初めて開いたお茶会は、ロゼリナによって散々なものになった。
他家のお茶会にも参加させてもらったことがない。
理由は、シェリーネの髪の色の所為だ。
シェリーネは「建国の王女、救国の乙女」と謳われているブリジット王女と同じ髪、王族特有の「宝玉の緋」を持っている。
幼い頃は、父であるアレンと同じだと思っていたが、実はよく見ると別物だった。赤い髪でなく、紅色に近いもの。陽に照らされれば紅を帯びた黄金に輝く髪…。
ブリジット王女は、この国が他国の属国だった頃、人質として隣国にいた弟王子を救出し、民衆を扇動し、自ら戦場に立って、隣国から独立した。この国の立役者なのだ。
その後、ブリジット王女は戦争で共に戦ったシンドラー侯爵家の祖先セルドアと結婚した。
その雄姿は未だに語り継がれる逸話となり、小説や歌劇で上演される程の人気ぶり。
未だに信者の様な熱狂的なものがいる程だ。
そんなシェリーネを何故、王子と婚約させないのかというと、この国の王族の結婚には決まりがある。
王子は、4つの公爵家かもしくは外国にしか婿入りできず、王女は3つの侯爵家か外国にしか降嫁しない事になっている。
王女の降嫁先の3つの内の一つがシンドラー侯爵家。
シェリーネの祖父、ガストン・シンドラーの母は王女だった。
ジュリアスとの縁組を誰よりも喜んだのは、現王家のはず。長年、血を薄めすぎた所為か。残念ながら、この王家特有の「宝玉の緋」を持って生まれた王族は今はいない。
先王の第三王子がその髪色を持っていたが、5才の時に生母と一緒に流行病で亡くなっている。
そういった状況が重なって、シェリーネが誕生した時には、王都中がお祝いムードになっていた。そしてエリーロマネの第二子の誕生を誰よりも王家は心待ちにしていたのだ。
男子の誕生を……。
男子が生まれれば、シェリーネを公爵家のいずれかに嫁がせる事ができ、その子供は次代の王太子妃ひいては未来の王妃として教育し、大切に育てら何れ王家に血を取り込むことが出来ると考えていた。
だが、エリーロマネの死によって、王家の計画は泡沫の夢となってしまった。
その上、デミオン侯爵家の次男が婚約者として選ばれた為、他の貴族の思惑も潰えたのだ。
シェリーネの婚約解消に伴って、貴族達それぞれの思惑が動き出す前に、その権利をジュリアスがもぎ取ってしまった。
順序からいえば、コールマンの姉は現国王の母、王太后であり、王太子に王子が生まれればその婚約者にマクドルー公爵家の娘が選ばれることは確定している。
結局、王家が思い描いた通りになったのだ。
「今回のお茶会は王宮で開かれる事になった」
「王宮?もしかして第二王子殿下が公爵家を継ぐ事になったからですか」
「ああ、今回はセラプール公爵家を第二王子殿下が継ぐ事になったから、婚約者共々顔つなぎの意味も含めての事だと考えられる」
「では公式のお茶会の支度を…ということですね」
「ああ、今までのお茶会と違って窮屈なものになりそうだ。それと王太后様がシェリーネに会いたそうだ」
「えっ…それは」
「まあ、僕の相手に興味があるんだと思う。そんなに緊張しないで大丈夫だから」
「でも…、実は私は他家のお茶会に参加した事が無くて、礼儀的なものも不安があるんですが」
「わかった。その辺は指導してくれる人材を探しておくよ」
「ありがとうございます」
「ところで、その敬語何時になったらやめるの?」
「す…ごめんなさい」
「まあ、徐々に直してね」
ジュリアスは直ぐにシェリーネの教師となってくれる人物を探してくれた。
ロマネロ伯爵夫人は、元セルジオ侯爵令嬢でブティックなども経営している多才な女実業家としても有名な人物。そして、シェリーネの母親をよく知る友人でもあった。
母の事をよく知らないシェリーネは、夫人が話す母親を不思議な気持ちで聞いていた。
──エリーロマネ・シンドラー侯爵令嬢は、それはそれは聖女の如き慈愛をお持ちで、皆に大変慕われていましたの。
シェリーネの母の記憶と云えば、鬼女の如く罵声を浴びせた女の姿しかなく。彼女のいう「聖女」などとは程遠い存在しか思い浮かばない。
「では、シェリーネ嬢。今度、我が家で貴婦人たちのお茶会を開きますの。皆さま、エリーロマネ様とは同期の方々ばかり、きっと母君の事もきちんと聞けますわ。如何でしょう。招待状を送らせてもらっても構わないでしょうか?」
伯爵夫人のサロンは社交界でも有名で、学園でも名のある令嬢は母親と共に参加していると聞いていたシェリーネは、招待してくれるという言葉を喜んだ。
「婚約者と相談してみます」
「そうですね。マクドルー公爵令息とよくご相談してください。良きお返事をお待ちしていますわ」
「ありがとうございます」
「では、今日のお勉強はこれまでにしましょう。失礼いたします」
シェリーネは、早速そのことを、ジュリアスに相談した。
「参加してみるのもいいんじゃない?誰が参加するのか調べておくから」
「ありがとうございます」
「敬語…」
「あ…」
「いいよ。そういう融通の利かない所も君の良いところだからね」
「そうでしょ…そう?」
「クスッ、無理しなくてもいいよ」
「ごめんなさい」
「謝るのもなしだ」
「はい」
幼子を諭す様にジュリアスは、シェリーネに言った。
そして、ジュリアスは急にシェリーネの体を引き寄せて軽く抱きしめた。
触れているジュリアスの体が微かに震えているのをシェリーネは、感じていた。
「ごめん、このままもう少し…」
ジュリアスのその小さな呟きは、シェリーネには聞こえなかった。
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