【本編完結済】この想いに終止符を…

春野オカリナ

文字の大きさ
13 / 29

約束※ジュリアス視点

しおりを挟む
 雨が降るとあの人との約束を思い出す。

 あれは5才の誕生会。

 この国は5才になると嫡男は後継者としてのお披露目を行う。

 だが、僕の家は少し複雑だった。

 普通ならいるはずの両親は、既に亡くなっており、祖父が親代わりとして僕を育てていた。

 3才の時、両親は領地に帰る途中で賊に襲われて、死んだのだ。

 僕の叔父が自分の息子を後継者にする為に、僕達親子を殺そうと企んだが、叔父の思惑は外れ僕はその日、熱を出していた為、王都のタウンハウスで寝込んでいた。

 後から、祖父と一緒に領地に帰る事になっていた。

 母はその時、懐妊していてもうすぐ生まれる予定だった。その弟か妹は母と一緒に死んだのだ。

 その後、祖父は叔父達一家を処断した。

 彼らに毒を飲ませ、流行病で死んだ事になった。

 祖父と面会した叔父の言葉が忘れられない。

 「お前さえいなければ、息子に跡を継がせられたのだ。お前さえ!!お前が生まれて来なければ良かったんだ。そうすればレニアードがこの家の跡取りだったのに!!」

 騎士に強制的に連れられていた叔父は、僕の横を通り過ぎる時、鬼のような形相でそう喚いていた。

 両親は長い間、子供に恵まれなかった。半ば諦めかけていた所に、僕が生まれたのだ。

 レニアードは3つ年上の従兄だった。その彼も一緒に殺された。優しい兄のような大切な存在だったのに…。

 でも本当は彼も叔父と同じで、僕を内心嫌っていたのかもしれない。そう思うと寂しい気持ちになった。

 両親の訃報の知らせが届いた時にも雨が降っていた。叔父一家が処断された時も雨が降っていた。

 僕にとっては、雨は不幸を運ぶ疫病神の様に思えた。

 5才の誕生会で、表情が乏しくなった僕を「冴え凍る君」と呼ぶようになった。意味は分かっている。

 夜空に浮かぶ月の様に冴え冴えとした冷たさで人を凍らせる。

 使用人達でさえ、僕をそう影で呼んでいた。

 居た堪れなくなった僕は庭の植木の隅に隠れたいた。

 ぽつりぽつりと滴が頬を伝っているのがわかる。それは雨だった。泣けなくなった僕の代わりに空から僕の涙が落ちてきている様に思えた。

 暫くすると、衣擦れの音が聞こえて、俯いていた頭を上げると一人の貴婦人が立っていた。

 「こんな所にいるとお風邪を召しますよ。小公子様」

 「ほうておいてください」

 随分と可愛げのない言葉を返したが、今も感情がないと言われている僕は誰にどういわれようが構わなかった。

 「では、あちらで雨を凌ぎましょうか。さあ」

 貴婦人はそういって、傘と手を差し出した。吸い寄せられるように僕は彼女の手をとった。

 彼女と僕は庭にある小屋で雨が止むのを待っていた。

 彼女は、小屋にあった暖炉に火を付けて、僕の濡れた衣服を乾かしてくれた。そして小屋には使用人らが使っているらしいカップやポットが置いてある。暖炉にかけていたケトルのお湯を注いで、お茶を入れてくれた。

 慣れた手つきで、僕にコップを差し出した。

 その手際の良さに彼女は本当に貴族なのだろうかとぼんやりと考えていた。

 「小公子様。お顔にも赤みが戻ってきましたね。良かったですわ」

 「なにもよくない。ぼくはぼくはほんとうはいらないこどもだったのかもしれないのに…」

 「どうしてそう思うのかは分かりませんが、亡くなられたご両親は小公子様がそのように考えられる事を悲しまれるでしょう。それにわたくしも哀しみますわ」

 「そうだろうか。ぼくのせいでおおぜいのひとがいのちをおとしたのに…」

 「でも人は前を向いて生きていかなければなりません。亡くなった人たちの為にもそうしなければ、彼らの魂は浮かばれませんわ」

 「そんなふうにはおもえない」

 「そうかもしれませんが、そう思って彼らの分まで幸せに生きる事が小公子様の償いではないでしょうか」

 「いつかそうおもえるようにどりょくする」

 「いいえ、努力しなくても案外幸せだと思う事は身近にありますのよ。例えば、こうやって小公子様とお話をしている事がわたくしのささやかな幸せですのよ」

 「ほんとうですか?ぼくといてもくつうにならないでしょうか」

 「なる訳ありませんわ。小公子様は誰よりも純粋でお優しいのですから」

 「ぼくがやさしい?」

 そんな事はない。だって本当に優しいのなら、従兄の助命を祖父に願い出れば良かったのに、僕にはその勇気が持てない。

 厳格な祖父を前にして縮こまってしまう情けない僕が…。

 「小公子様はお優しいから、悩んでおられ後悔しておられる。心が優しくなければ気に病んだりしないでしょう」

 そういって、穏やかな微笑みを僕に向けながら、頭を撫でてくれた。

 彼女の仕種や言葉に僕は何時の間にか亡くなった母の面影を重ねていたのだろう。

 知らない間に僕の視界がぼやけていた。

 「泣きたいときは泣けばいいのです。大人になったらそれを恥じだという人がいますが、貴方様はまだ子供なのです」

 「ふっ…う…うわああああああーーーん」

 堰を切って溢れ出した涙は次から次へと流れて行く。僕は彼女の胸に抱かれながら泣いていた。

 僕が泣き止むまで彼女は背中を擦ってくれている。その温もりに身を委ねながら、

 「いつかあなたのおんをかえしたい。なまえをおしえてくれませんか?」

 「ふふっ、またいつか会えるでしょう。でも、もしわたくしに恩を感じているのなら、それはわたくしの娘に返していただけたらとても嬉しいですわ」

 「むすめ…?」

 「ええ、もうすぐ4才になるのですが、とてもお転婆で、わたくしに良く似ておりますのよ。会えばわかります。あの子がこの先、なにか大変な事にあったら、助けて欲しいのです。それこそ本の中に出てくるような王子様ように」

 「わかりました。おやくそくします」

 「わたくしも安心して…」

 その後の事は夢現でよく覚えていない。温かな彼女の腕に抱かれている内に次第に瞼が重くなっていった事だけは記憶していた。

 遠くで誰かが彼女を「エリー」と呼んでいたことだけははっきりと耳に残っていた。

 目が覚めると屋敷の自分の部屋の寝台の上に寝かされていた。

 あの時の貴婦人が『エリーロマネ・シンドラー』だと知ったのは、彼女の訃報を聞いた時だった。

 その日の空は冬の曇天で、雲の間に光が幾つも射していた。まるでその様子は天から彼女を迎えに来たかのように感じた。

 あの日から僕の中で、曇りの日が嫌いになっていた。

 そして、あの思い出のお陰で、雨の日が特別なものになった。

 だから、僕は雨の日が好きなのだ。

 彼女の葬儀の日、祖父と一緒に弔問に訪れたシンドラー侯爵家は閑散とした雰囲気で、大人たちが忙しく働いている中、部屋の隅の方で俯いている女の子を見つけた。

 それが、シェリーネだった。

 母親の死を理解していないのか。何処か虚ろな瞳には現世が映っていないかのようだった。迷子の様に色を失った瞳を彷徨わせながら遠くを見ているようだった。

 声を掛けてみようかと思ったその矢先、シェリーネに近付いた男性が彼女を抱き上げて、

 「シェリーネ。疲れただろう。少し休むといいよ」

 優しい声音で彼女の頭を撫でながら、部屋を退出していく男性の声に聞き覚えがある。

 あの日、「エリー」と呼んでいた声を同じものだった。

 僕が広間に飾っている当主の肖像画に目をやれば、そこにはあの日、僕を抱きしめて慰めてくれた女性の肖像画が飾ってあった。

 肖像画に描かれていた彼女は、僕の記憶の彼女とは違って、似つかわしくない赤いドレスを纏っていた。

 シェリーネの髪の色も赤。だが、エリーロマネの金色の髪や翠の瞳とかけ離れた色に僕は違和感を覚えた。

 彼女が赤色のものを好んで身に付けていたことを知るのは、もっと後の事。

 この妙な違和感が僕の中で大きく膨らんでいくことになる。


 そして、僕らが再び会ったのは貴族学園だった。 
 

 
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。

音爽(ネソウ)
恋愛
伯爵令嬢と平民娘の純粋だった友情は次第に歪み始めて…… 大ぼら吹きの男と虚言癖がひどい女の末路 (よくある話です) *久しぶりにHOTランキグに入りました。読んでくださった皆様ありがとうございます。 メガホン応援に感謝です。

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

【完結】欲をかいて婚約破棄した結果、自滅した愚かな婚約者様の話、聞きます?

水月 潮
恋愛
ルシア・ローレル伯爵令嬢はある日、婚約者であるイアン・バルデ伯爵令息から婚約破棄を突きつけられる。 正直に言うとローレル伯爵家にとっては特に旨みのない婚約で、ルシアは父親からも嫌になったら婚約は解消しても良いと言われていた為、それをあっさり承諾する。 その1ヶ月後。 ルシアの母の実家のシャンタル公爵家にて次期公爵家当主就任のお披露目パーティーが主催される。 ルシアは家族と共に出席したが、ルシアが夢にも思わなかったとんでもない出来事が起きる。 ※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います *HOTランキング10位(2021.5.29) 読んで下さった読者の皆様に感謝*.* HOTランキング1位(2021.5.31)

真実の愛かどうかの問題じゃない

ひおむし
恋愛
ある日、ソフィア・ウィルソン伯爵令嬢の元へ一組の男女が押しかけた。それは元婚約者と、その『真実の愛』の相手だった。婚約破棄も済んでもう縁が切れたはずの二人が押しかけてきた理由は「お前のせいで我々の婚約が認められないんだっ」……いや、何で? よくある『真実の愛』からの『婚約破棄』の、その後のお話です。ざまぁと言えばざまぁなんですが、やったことの責任を果たせ、という話。「それはそれ。これはこれ」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄されましたが、貴方はもう王太子ではありませんよ

榎夜
恋愛
「貴様みたいな悪女とは婚約破棄だ!」 別に構いませんが...... では貴方は王太子じゃなくなりますね ー全6話ー

愛することはない?教育が必要なようですわね!?

ゆるぽ
恋愛
ヴィオーラ公爵家には独自の風習がある。それはヴィオーラに連なるものが家を継ぐときに当代の公爵が直接指導とテストを行うというもの。3年前に公爵を継いだシンシア・ヴィオーラ公爵は数代前に分かれたヴィオーラ侯爵家次期侯爵のレイモンド・ヴィオーラが次期当主としてふさわしいかどうかを見定め指導するためにヴィオーラ侯爵家に向かう。だがそんな彼女を待っていたのはレイモンドの「勘違いしないでほしいが、僕は君を愛するつもりはない!」という訳の分からない宣言だった!どうやらレイモンドは婚約者のレンシアとシンシアを間違えているようで…?※恋愛要素はかなり薄いです※

処理中です...