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雨の日の思い出
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ジュリアスの登場にロマネロ伯爵夫人が慌てて挨拶をしようとしたが、それを制止した。
「ロマネロ伯爵夫人、僕は貴女を買い被っていた。こんな人たちと交流がある貴女に大切なシェリーネを任せては置けない。もう公爵家には顔を見せないでくれ」
ジュリアスの冷たい言葉が、沈黙するサロンを更に冷え冷えとした空気に変えていく。
「そ…そんな、今日の事はわたくしにも予想外のことでして…」
「だが、あの令嬢の噂を知っていれば今日の事は起こらなかっただろう。そんな人間を招待した貴女の落ち度だ」
「……」
夫人は、膝から崩れ落ち、そのまま床にぺたりとへたたり込んでしまった。
今日のお茶会のことは、直ぐに社交界に広まるだろう。実業家としても有名な伯爵夫人の話は噂好きな貴婦人たちによって面白おかしく話題にされるのに違いない。
それは、シェリーネのシンドラー侯爵家も同じだと思った。
「なら、わたくしが彼女の指導をしてもよろしくて」
凍りつくような雰囲気を壊したのは、ベルベット公爵夫人だった。
「どうしてですか?あまりよく知らないわたくしに親切にして頂ける理由がわかりません」
「それは、簡単よ。貴女がわたくしの大切なエリーロマネの娘だからよ。エリーとわたくしは幼馴染で親友だったの。本当はもっと早くに貴女に会いたかったのだけれど、少し事情があってね。その事は機会があればお話ししましょう」
「そういうことでしたら是非、お願いしたい」
「わかりましたわ。では、明後日、ベルベット公爵家にいらして」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ベルベット公爵夫人は扇で顔を隠しながら、満足そうな笑顔を見せて、帰って行った。
ダンブラー伯爵令嬢は、母親に連れられて帰る途中、シェリーネを睨んでいた。
他の招待客も次々と屋敷を後にしていく。
ジュリアスにエスコートされながら、
「今日は、どうしてこちらに来られたのですか?」
「ああ、それはね。急に雨が降って来たから、ちょっと心配になってね」
「本当ですね。雨が…」
外は夫人の自慢の色とりどりの花に滴が落ちている。最初に見た時の感動はなく、何処か寂しげな風情に涙を零れそうになるのは、先ほどの夫人の様子が瞼に焼き付いて離れないからだろう。
あんなに親切にしてもらったのに、こんな形で失ってしまうなんて…。
昨日まで緊張しながら今日のお茶会を楽しみにしていたのに、こんな結末を迎えるとは夢にも思わなかった。
来るときに既に露を含んだ空は、大粒の雨を落としている。
ふいに身体が軽くなったと思ったら、ジュリアスはシェリーネを横抱きにして、屋敷前に付けている馬車に乗り込んだ。
ジュリアスの行動に慌てて従僕が傘を差しだして追いかけた。
シェリーネは、ジュリアスの行動に呆然と彼の横我を見ている。
流れる様な銀色の髪に何処か冷めたアイスブルーの瞳が熱を帯びた様に見えた。
ほんの一瞬、シェリーネの方に視線を移して、
「せっかくのドレスが汚れるからね。このまま馬車まで抱いて行くよ」
その言葉には、甘く…シェリーネの心に浸透していく…乾いた心により深く深く、何処までも浸透して満たしていった。
馬車に乗ると、ジュリアスはシェリーネの方に微笑みを向けながら、
「僕は雨の日が一番好きなんだ。良い思い出があるからね」
「そうなんですか。私は雨の日は屋敷の中にいたので…」
シェリーネは雨の日どころか晴れの日も良い思い出などない。
屋敷の外に出られなかった籠の鳥の様な侯爵家での生活は、いくら慣れ切ったとはいえ窮屈で、寂しいものだった。
特に誰とも話すことない雨の日は、跡取り教育と刺繍をするだけの退屈な日だった。
「昔ね。僕の為に開いたお披露目会でも雨が降っていたんだよ。そこに参加していたある貴婦人が緊張のあまり会場を飛び出した僕に傘を差しだして、泣いて縮こまっている僕をそこから連れ出してくれたんだ。そして、僕とある約束を交わした」
「その方は今はどうしているんですの?」
「随分前に亡くなった…」
車窓にあたる雨の動きを指で追いながら、ジュリアスは遠い目をしていた。
ジュリアスは、昔を懐かしむ様に目を閉じ、押し黙る。
シェリーネもこれ以上は聞けないだろうと、続きの言葉を呑み込んだ。
──その方は、一体どなただったんですか?
シェリーネは、また次に聞けばいいとジュリアスが見ていた車窓にあたる滴を見ていた。
「ロマネロ伯爵夫人、僕は貴女を買い被っていた。こんな人たちと交流がある貴女に大切なシェリーネを任せては置けない。もう公爵家には顔を見せないでくれ」
ジュリアスの冷たい言葉が、沈黙するサロンを更に冷え冷えとした空気に変えていく。
「そ…そんな、今日の事はわたくしにも予想外のことでして…」
「だが、あの令嬢の噂を知っていれば今日の事は起こらなかっただろう。そんな人間を招待した貴女の落ち度だ」
「……」
夫人は、膝から崩れ落ち、そのまま床にぺたりとへたたり込んでしまった。
今日のお茶会のことは、直ぐに社交界に広まるだろう。実業家としても有名な伯爵夫人の話は噂好きな貴婦人たちによって面白おかしく話題にされるのに違いない。
それは、シェリーネのシンドラー侯爵家も同じだと思った。
「なら、わたくしが彼女の指導をしてもよろしくて」
凍りつくような雰囲気を壊したのは、ベルベット公爵夫人だった。
「どうしてですか?あまりよく知らないわたくしに親切にして頂ける理由がわかりません」
「それは、簡単よ。貴女がわたくしの大切なエリーロマネの娘だからよ。エリーとわたくしは幼馴染で親友だったの。本当はもっと早くに貴女に会いたかったのだけれど、少し事情があってね。その事は機会があればお話ししましょう」
「そういうことでしたら是非、お願いしたい」
「わかりましたわ。では、明後日、ベルベット公爵家にいらして」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ベルベット公爵夫人は扇で顔を隠しながら、満足そうな笑顔を見せて、帰って行った。
ダンブラー伯爵令嬢は、母親に連れられて帰る途中、シェリーネを睨んでいた。
他の招待客も次々と屋敷を後にしていく。
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「今日は、どうしてこちらに来られたのですか?」
「ああ、それはね。急に雨が降って来たから、ちょっと心配になってね」
「本当ですね。雨が…」
外は夫人の自慢の色とりどりの花に滴が落ちている。最初に見た時の感動はなく、何処か寂しげな風情に涙を零れそうになるのは、先ほどの夫人の様子が瞼に焼き付いて離れないからだろう。
あんなに親切にしてもらったのに、こんな形で失ってしまうなんて…。
昨日まで緊張しながら今日のお茶会を楽しみにしていたのに、こんな結末を迎えるとは夢にも思わなかった。
来るときに既に露を含んだ空は、大粒の雨を落としている。
ふいに身体が軽くなったと思ったら、ジュリアスはシェリーネを横抱きにして、屋敷前に付けている馬車に乗り込んだ。
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シェリーネは、ジュリアスの行動に呆然と彼の横我を見ている。
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ほんの一瞬、シェリーネの方に視線を移して、
「せっかくのドレスが汚れるからね。このまま馬車まで抱いて行くよ」
その言葉には、甘く…シェリーネの心に浸透していく…乾いた心により深く深く、何処までも浸透して満たしていった。
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