【本編完結済】この想いに終止符を…

春野オカリナ

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肖像画の秘密

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 マリウスは屋敷に招いた人物をある部屋に通した。

 「ここは誰の部屋なの?」

 「誰なのかは、君ならわかるんじゃあないのか?『真似っこ令嬢』アマーリエ…」

 「な…今更、昔の渾名で呼ぶなんて!!」

 アマーリエは、真っ赤な顔をして怒っていた。

 「全ては、君が仕組んだことなんだろう?そんなに息子とあの娘が一緒になるのが嫌だったのか」

 「そうよ。セザールの相手はシェリーネだけよ。そう決まっているの。エリーがそう約束したのよ」

 そうだと言い張るアマーリエをマリウスは冷たい眼差しで見つめていた。

 「クスッ…エリーがねえ。それは在り得ないなあ。自分を嵌めた相手の息子なんて、何より父である俺が赦さない!!」

 「父ですって…。シェリーネの父親はアレンでしょう。そうなるようにわたくしが…あ…」

 「そうだよなあ。そうなるようにアレンを誘導して、あの部屋に連れて行った。でもあの時既にエリーは身籠っていたんだ。俺との子供を…だから結婚を早めようとしていた。横やりさえなければ皆が幸せになれたのに…」

 マリウスは天を仰ぐように天井を見つめて目を伏せた。あの時、具合の悪くなったエリーを連れて帰っていたらこんな事にはならなかった。

 ずっと、彼女と一緒に居られて、今も退屈で平凡な幸せな毎日を送っていただろう。

 全ては自分の過信からだ。王宮でまさかあんな大胆な事をするなんて思いもよらなかった。

 そう考えると居た堪れなくなり、固く握った手から血が滲んでいる。

 後悔しても何もかも遅い、過ぎ去った昔をいくら悔やんでも取り返しはつかないのだ。ならば、せめてこれから先はシェリーネの幸せの為に動くことを誓った。

 「これを書いたのは君だな」

 マリウスは冷めた視線をアマーリエに向けながら、アレンから預かった紙切れを見せた。

 「ち…違うわ。書いた本人の名前があるでしょう」

 「ふっ…何も知らないのだな。シンドラー侯爵家には、筆跡を真似られた時、自筆かどうか分かるように細工をしているんだ。こんな風にな」

 アマーリエの目の前で、手紙を光に翳した。光が手紙にあたると名前の所に家門を表した図柄が映し出された。

 「代々、侯爵家の人間は自分のサインをした後に、秘密のインクで紋章印を押すんだ。これにはそれがない。つまり誰かが筆跡を真似て書いたものだという事だ。それにこの筆跡はエリーロマネの字とよく似ている。それを踏まえれば誰の仕業か分かるというものだ」

 「だからそれがどうしてわたくしなの?」

 「君はエリーを模倣するのが好きだっただろう。エリーが使っているドレスや靴、それに筆記用具、化粧品。何よりその喋り方や仕種もそうだ。勿論、字もね。何度か君の字を見た事があるけれど、エリーと同じ書き方、癖に至るまで同じに努力しようとした。だから、デミオン侯爵と結婚したんだろう?爵位も同じにしたくて、違うのか」

 正しいと言わんばかりにアマーリエに現実を突き付けてくる。

 「わたくしだけではないわ。他の令嬢だって同じじゃない。皆彼女に憧れていた。それは認めるわ。でも、その手紙は知らない」

 「手紙…?おかしなことを言うんだな?この紙切れがどうして元は手紙だと知っている」

 「そ…それは勘よ。女の勘…」

 「なら、聞こうか。この便箋は、随分前にエリーが使っていた物だ。彼女は最後は別の便箋を使っていた。学園時代の便箋を今も使っている訳を…」

 「そんなのわたくしが知る訳がないわ」

 「いいや、知っていたんだろう。結婚してから、エリーは便箋や自分の物を二つ用意していた。本当に使っていた物は領地の彼女の部屋に今も置いてある。この屋敷に置いている物は新しい物で、エリーはとられても惜しくないようなものばかりだ。なにせ手癖の悪い者が多くてな。セレニィーがエリーの物を盗んでいるのを見たのかもしれないな」

 「それとこれがどんな関係があるのよ」

 「君はそのセレニィーが盗んだエリーの便箋を使ったんだろう」
 
 「ち…違うわ。わたくしは何もしていない」

 「何もしていないか…確かに手紙を送っただけなのかもしれないが、そこには明らかに悪意が込められている。こうなるように誘導したんだろう。セレニィーなら必ずシェリーネに危害を加えるだろうと予測できたはずだ」

 「しょ…証拠はあるの?」

 「ああ、君がシェリーネに送った手紙だ。その中の文字とこの紙切れの文字を鑑定してもらうか?同じ人物が描いたものかどうか」

 その言葉にアマーリエは、顔色を青くした。

 その時、家令がノックして、急な知らせを持ってきた。

 「マリウス様…王宮から火急の知らせが入ってきました。王太后様が先ほど急にお亡くなりになったと…」

 「そうか…」

 マリウスは「終わったな」と短い言葉を呟いた。

 幽閉された王太后は密かに隠し持っていた毒を煽って自死した。その死因を聞いたのは、数日後だった。

 「ど…どうして王太后様が…そんな、それじゃあ…」

 「君に聞くが、アレンがパスパール辺境伯の血筋だと知っていたのか?」

 「うそ…まさか…そんな事があるはずがないわ。だって…そんな話聞いた事もない」

 「やはりな。知らなかったのか。知らずに君はアレンを使ったんだな。さぞかし王太后に叱責されたことだろう。あの方はパスパール辺境伯家を嫌っていた。いや、憎んでいたからな。おかしいと思わなかったのか?俺とアレンが似ていることに…パスパールの血が入っている者は、容姿が似ている。よく見ると所々違うがな。そんな事に気付くのは、近しい者だけだ」

 「パスパールの血…」

 アマーリエはふと、寝台の隣の壁にかけているアレンの肖像画に目をやった。

 ふらふらと肖像画の前まで行くと何を思ったのか、肖像画を引っ掻き始めたのだ。

 「何をする!!止めろ!!」

 マリウスが止めても、アマーリエの手は止まらなかった。

 ガリッガリッと爪で肖像画の絵の具を剥がしていくと、そこには元の絵が出てきた。

 そこに描かれていた人物は…。

 「どうして…こんなこと…嘘だと言って…い…いやあああああああああああーーーーーー」

 アマーリエは髪を振り乱し、頭を抱えてその場に蹲った。彼女の悲鳴にも似た絶叫だけが屋敷の中に響き渡った。

 剥がされた肖像画には、『宝玉のあか』髪と翠の瞳を持った男性が描かれていた。

 その肖像画は髪と瞳の色を変えれば隣に立っているマリウスに瓜二つだったのだ。

 だからシェリーネは『宝玉のあか』髪を持って生まれてきた。

 アマーリエは最後まで王太后の手駒だった。
 
 パスパール辺境伯の血を絶やす為に、彼女を使ってロゼリナを殺させた。

 見事に自分の目的を果たした王太后はさぞかし満足してこの世を去ったのだろう。
 
 しかし、シェリーネだけは生き残った。

 そうしなければ、自分の血筋が絶えてしまうからだ。

 ジュリアスと結婚したシェリーネに手を出す事は最早出来ない。その狂気の矛先は全てロゼリナに向かった。

 アレンの娘に生まれたばかりに憐れなロゼリナは、イフェリナ王太后の復讐の生贄になったのだ。


 そのマリウスの肖像画を見つめながらアマーリエは、絶望した。

 エリーロマネは、最初から最後までマリウスしか愛していなかった。

 毎夜、マリウスの肖像画に口付けて、死んだのだ。

 アレンの肖像画を上書きしてまで、その事を隠した。

 「エリーがどうして、そうしたのか分かるわ。何でも真似されるから、貴方をわたくしに奪われると思ったのね。でも、そんなことあるはずがない。だって…貴方は一度もわたくしを見ない。貴方の目にはエリーしか映っていなかった。だから悔しくて、彼女の筆跡を真似て、彼女の遺言を手紙に書いたの。本当はシェリーネの相手は最初からマクドルー公爵令息だった。エリーが彼を選んだのよ。わたくしのセザールではなかったのに…」

 「分かっていたさ。それを証明する手段がなかった」

 「貴方が仕組んだのでしょう。わたくしのセザールがロゼリナを愛するように…」

 「ああ…そうだ。エリーの望みをかなえる為に、俺が子飼いの使用人を使って誘導した。だが、セザールは本当にロゼリナに堕ちて行ったんだ。それだけは事実だ」

 「全て、わたくしが招いた事…罰は受けるわ」

 「罰ならもう受けているだろう。セザールはお前の元には帰らない。愛する息子を永遠に失ったんだよ」

 「そうね。エリーの様に生きたかった。彼女の真似をしていれば彼女の様になれると信じていたわたくしが、行った愚かな行動のせいで払った代償は愛する息子を失う事になった…」

 「代償か…」

 「ねえ、最後に一つ聞かせて…エリーは何故死んだの?」

 「セレニィーに遅効性の毒を盛られて、次第に弱っていったのは事実だ。だが…」

 マリウスは、アマーリエに近づいて耳元に囁いた。

 「彼女の最期に立ち会ったのは#俺_・__#だよ」

 アマーリエは目を開いて驚いた。

 彼女の目には狂気を孕んだ男の姿が映っていた。

 夫に連れられて、シンドラー侯爵家を後にする時、アマーリエは振り返って、二階のエリーロマネの部屋を見た。

 そこには、マリウスが静かにアマーリエが屋敷から出ていくのを窓辺から見ている。

 アマーリエの頭の中に誰かが唄う声が聞こえた気がした。

 


 ──誰が殺した女侯爵エリーロマネを、


    それは私とマリウスコンラードは嗤った……。





 それからしばらくして、アマーリエは自ら望んで修道院に入った。
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