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第一章
目覚めぬ娘
王宮の貴賓室の寝台で眠っているベアトリーチェを心配しながら、レオンハルトは考えていた。
あの時、数分程ベアトリーチェは確かに消えたのだ。部屋から跡形もなく…。
それにフェリシアを連れていたフードを被った人物もその場にいなかった。
戻ったベアトリーチェは、傷ついた精霊を連れて帰っきた。
何もかも謎に包まれていて、今のレオンハルトには理解しがたい現象ばかりだった。
「大公殿下、陛下が起こしになりました」
王宮の侍従が国王の来訪を告げてきた。
今は出来るだけ、ベアトリーチェの傍にいたい。あの魔方陣から抜け出したとはいえ、何もなかったとは言い切れない。静かに眠る娘の額に口付けを落とし、「少しの間、娘を頼む」と傍に控えている侍女に命じた。
「すまないな。こんな時に」
既に部屋にあるソファに腰を下ろしている国王ジルベスタ―は、申し訳なさそうに謝罪した。
「王女殿下や王太子殿下のご様子はいかかですか」
「ああ、王太子の方は何も異常はない。王女の方は眠っている。外傷のも見当たらない。目覚めてからでないと詳しい事情はわからぬが、先に騎士達から報告は上がっている。その上で、大公の意見を聞きたい」
「私もまだ何もはっきりとは断言できる状態ではないのですが、王女殿下を連れていたフードを被った人物は見つかりましたか?」
「それがおかしいのだ。この王宮にも古代魔法が掛けられていて、許可ない外部の人間は出入りできぬ仕組みだ。いつどうやって侵入したのか。不甲斐無いことに痕跡すら見当たらぬ」
「人間は…ですか…。では人間以外の者なら出入りできるのではないでしょうか。例えば悪魔とか精霊や妖精といった人外の者なら…」
「そ…それは憶測にしても突拍子のない話だな。ないか根拠があってのことか」
「あの部屋にあった魔法陣は複雑で、現代の物ではないようでした。そして、何よりおかしいのはベアトリーチェが一瞬でも消えた事です」
「それは、見間違いではないのか?」
「いえ、その証拠に戻って来た時には傷ついた精霊を連れて帰っています。あの部屋に精霊はいませんでした」
ベアトリーチェと契約した闇の精霊以外は…レオンハルトはその続きの言葉を呑み込んだ。
下手な事を口にすれば厄介な事になりかねないと判断したからだ。
「兎に角、フェリシアと令嬢が目覚めてから、改めて聴取しよう」
「陛下…紫蘭宮をもう一度見せてもらえんませんか?出来れば魔法陣を写真にとって、呪いの解呪方法を探したいのですが」
「よかろう。こちらとしては是非そうしてほしい」
「では、早速取り掛からせて頂きます」
「ああ、先ほど夫人に使いをやって、もうすぐ王宮に着くだろう。夫人も令嬢の様子が心配だろうし、それと…あれは元気にしているだろうか…」
その言葉が何を意味しているのか察したレオンハルトは、
「最近では私の護衛の弟子になって、将来を見据えているようです」
「そうか。息災ならかまわない。もう気負う事もない。これからの生を楽しんでくれたら…」
ジルベスターは物憂げな表情で、抑揚のない声で答えた。誰の事を言っているのか理解していた。
数年前にクレージュ公爵家伝手でアルカイド国王からの依頼があった。
──妻と息子を救ってほしい…
きっとこの孤独な王の心には今も変わらず、彼らへの想いがあるのだろう。
癒えぬ傷跡は、一国の王にも平等に与えられている。
どうせなら、万民に等しく情を分け与えなければならない立場なのに、過ぎた偏愛が妻と子供の命を脅かしたのだ。
ガラスの様な瞳の奥には、深い悲しみと後悔の念が読み取れた気がした。
レオンハルトは、紫蘭宮に戻り、魔法陣を写真に転写し、その場を後にした。
すぐさま撮った魔法陣を自国の研究所に送り、解読調査を依頼した。
フロインティアの貴族は便利な携帯通信機を所持している。
連絡は遠く離れていても、記録された相手とならどこにいても通信できる仕組みになっている。これも古代人が考え出した代物だ。
退化した現代よりも古代人の方が、近代国家を築き上げている。
もしもアルカイドも闇の精霊を迫害しなければ、きっとフロンティアのように、豊かで便利な国になっていただろう。そう考えるとレオンハルトは言いようのない消失感に見舞われる。
いつか、この国全体を覆っている黒い雲が消えたなら、その時は自由に国中の遺跡調査をさせてもらえるだろうかと考えていた。
明るい未来の為にも、この呪いは解かなくてはならない。
紫蘭宮の調査資料を眺めていると、部屋に案内されたリリエンヌはいつに無く取り乱していた。
目覚めないベアトリーチェがよほど心配だったのだろう。
「ベティの様子は…」
「今のところ外傷はないようだが、何があったか分からない。俺がついていながらこんなことになってしまって、すまない」
「一体、何があったの?」
リリエンヌの問いにレオンハルトは、紫蘭宮での出来事を話した。
あの時、数分程ベアトリーチェは確かに消えたのだ。部屋から跡形もなく…。
それにフェリシアを連れていたフードを被った人物もその場にいなかった。
戻ったベアトリーチェは、傷ついた精霊を連れて帰っきた。
何もかも謎に包まれていて、今のレオンハルトには理解しがたい現象ばかりだった。
「大公殿下、陛下が起こしになりました」
王宮の侍従が国王の来訪を告げてきた。
今は出来るだけ、ベアトリーチェの傍にいたい。あの魔方陣から抜け出したとはいえ、何もなかったとは言い切れない。静かに眠る娘の額に口付けを落とし、「少しの間、娘を頼む」と傍に控えている侍女に命じた。
「すまないな。こんな時に」
既に部屋にあるソファに腰を下ろしている国王ジルベスタ―は、申し訳なさそうに謝罪した。
「王女殿下や王太子殿下のご様子はいかかですか」
「ああ、王太子の方は何も異常はない。王女の方は眠っている。外傷のも見当たらない。目覚めてからでないと詳しい事情はわからぬが、先に騎士達から報告は上がっている。その上で、大公の意見を聞きたい」
「私もまだ何もはっきりとは断言できる状態ではないのですが、王女殿下を連れていたフードを被った人物は見つかりましたか?」
「それがおかしいのだ。この王宮にも古代魔法が掛けられていて、許可ない外部の人間は出入りできぬ仕組みだ。いつどうやって侵入したのか。不甲斐無いことに痕跡すら見当たらぬ」
「人間は…ですか…。では人間以外の者なら出入りできるのではないでしょうか。例えば悪魔とか精霊や妖精といった人外の者なら…」
「そ…それは憶測にしても突拍子のない話だな。ないか根拠があってのことか」
「あの部屋にあった魔法陣は複雑で、現代の物ではないようでした。そして、何よりおかしいのはベアトリーチェが一瞬でも消えた事です」
「それは、見間違いではないのか?」
「いえ、その証拠に戻って来た時には傷ついた精霊を連れて帰っています。あの部屋に精霊はいませんでした」
ベアトリーチェと契約した闇の精霊以外は…レオンハルトはその続きの言葉を呑み込んだ。
下手な事を口にすれば厄介な事になりかねないと判断したからだ。
「兎に角、フェリシアと令嬢が目覚めてから、改めて聴取しよう」
「陛下…紫蘭宮をもう一度見せてもらえんませんか?出来れば魔法陣を写真にとって、呪いの解呪方法を探したいのですが」
「よかろう。こちらとしては是非そうしてほしい」
「では、早速取り掛からせて頂きます」
「ああ、先ほど夫人に使いをやって、もうすぐ王宮に着くだろう。夫人も令嬢の様子が心配だろうし、それと…あれは元気にしているだろうか…」
その言葉が何を意味しているのか察したレオンハルトは、
「最近では私の護衛の弟子になって、将来を見据えているようです」
「そうか。息災ならかまわない。もう気負う事もない。これからの生を楽しんでくれたら…」
ジルベスターは物憂げな表情で、抑揚のない声で答えた。誰の事を言っているのか理解していた。
数年前にクレージュ公爵家伝手でアルカイド国王からの依頼があった。
──妻と息子を救ってほしい…
きっとこの孤独な王の心には今も変わらず、彼らへの想いがあるのだろう。
癒えぬ傷跡は、一国の王にも平等に与えられている。
どうせなら、万民に等しく情を分け与えなければならない立場なのに、過ぎた偏愛が妻と子供の命を脅かしたのだ。
ガラスの様な瞳の奥には、深い悲しみと後悔の念が読み取れた気がした。
レオンハルトは、紫蘭宮に戻り、魔法陣を写真に転写し、その場を後にした。
すぐさま撮った魔法陣を自国の研究所に送り、解読調査を依頼した。
フロインティアの貴族は便利な携帯通信機を所持している。
連絡は遠く離れていても、記録された相手とならどこにいても通信できる仕組みになっている。これも古代人が考え出した代物だ。
退化した現代よりも古代人の方が、近代国家を築き上げている。
もしもアルカイドも闇の精霊を迫害しなければ、きっとフロンティアのように、豊かで便利な国になっていただろう。そう考えるとレオンハルトは言いようのない消失感に見舞われる。
いつか、この国全体を覆っている黒い雲が消えたなら、その時は自由に国中の遺跡調査をさせてもらえるだろうかと考えていた。
明るい未来の為にも、この呪いは解かなくてはならない。
紫蘭宮の調査資料を眺めていると、部屋に案内されたリリエンヌはいつに無く取り乱していた。
目覚めないベアトリーチェがよほど心配だったのだろう。
「ベティの様子は…」
「今のところ外傷はないようだが、何があったか分からない。俺がついていながらこんなことになってしまって、すまない」
「一体、何があったの?」
リリエンヌの問いにレオンハルトは、紫蘭宮での出来事を話した。
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