もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

文字の大きさ
29 / 48
第一章

目覚めぬ娘

 王宮の貴賓室の寝台で眠っているベアトリーチェを心配しながら、レオンハルトは考えていた。

 あの時、数分程ベアトリーチェは確かに消えたのだ。部屋から跡形もなく…。

 それにフェリシアを連れていたフードを被った人物もその場にいなかった。

 戻ったベアトリーチェは、傷ついた精霊を連れて帰っきた。

 何もかも謎に包まれていて、今のレオンハルトには理解しがたい現象ばかりだった。

 「大公殿下、陛下が起こしになりました」

 王宮の侍従が国王の来訪を告げてきた。

 今は出来るだけ、ベアトリーチェの傍にいたい。あの魔方陣から抜け出したとはいえ、何もなかったとは言い切れない。静かに眠る娘の額に口付けを落とし、「少しの間、娘を頼む」と傍に控えている侍女に命じた。

 「すまないな。こんな時に」

 既に部屋にあるソファに腰を下ろしている国王ジルベスタ―は、申し訳なさそうに謝罪した。

 「王女殿下や王太子殿下のご様子はいかかですか」

 「ああ、王太子の方は何も異常はない。王女の方は眠っている。外傷のも見当たらない。目覚めてからでないと詳しい事情はわからぬが、先に騎士達から報告は上がっている。その上で、大公の意見を聞きたい」

 「私もまだ何もはっきりとは断言できる状態ではないのですが、王女殿下を連れていたフードを被った人物は見つかりましたか?」

 「それがおかしいのだ。この王宮にも古代魔法が掛けられていて、許可ない外部の人間は出入りできぬ仕組みだ。いつどうやって侵入したのか。不甲斐無いことに痕跡すら見当たらぬ」

 「人間は…ですか…。では人間以外の者なら出入りできるのではないでしょうか。例えば悪魔とか精霊や妖精といった人外の者なら…」

 「そ…それは憶測にしても突拍子のない話だな。ないか根拠があってのことか」

 「あの部屋にあった魔法陣は複雑で、現代の物ではないようでした。そして、何よりおかしいのはベアトリーチェが一瞬でも消えた事です」

 「それは、見間違いではないのか?」

 「いえ、その証拠に戻って来た時には傷ついた精霊を連れて帰っています。あの部屋に精霊はいませんでした」

 ベアトリーチェと契約した闇の精霊以外は…レオンハルトはその続きの言葉を呑み込んだ。

 下手な事を口にすれば厄介な事になりかねないと判断したからだ。

 「兎に角、フェリシアと令嬢が目覚めてから、改めて聴取しよう」

 「陛下…紫蘭宮をもう一度見せてもらえんませんか?出来れば魔法陣を写真にとって、呪いの解呪方法を探したいのですが」

 「よかろう。こちらとしては是非そうしてほしい」

 「では、早速取り掛からせて頂きます」

 「ああ、先ほど夫人に使いをやって、もうすぐ王宮に着くだろう。夫人も令嬢の様子が心配だろうし、それと…あれ・・は元気にしているだろうか…」

 その言葉が何を意味しているのか察したレオンハルトは、

 「最近では私の護衛の弟子になって、将来を見据えているようです」

 「そうか。息災ならかまわない。もう気負う事もない。これからの生を楽しんでくれたら…」

 ジルベスターは物憂げな表情で、抑揚のない声で答えた。誰の事を言っているのか理解していた。

 数年前にクレージュ公爵家伝手でアルカイド国王からの依頼があった。

 ──妻と息子を救ってほしい…

 きっとこの孤独な王の心には今も変わらず、彼らへの想いがあるのだろう。

 癒えぬ傷跡は、一国の王にも平等に与えられている。

 どうせなら、万民に等しく情を分け与えなければならない立場なのに、過ぎた偏愛が妻と子供の命を脅かしたのだ。

 ガラスの様な瞳の奥には、深い悲しみと後悔の念が読み取れた気がした。

 レオンハルトは、紫蘭宮に戻り、魔法陣を写真に転写し、その場を後にした。

 すぐさま撮った魔法陣を自国の研究所に送り、解読調査を依頼した。

 フロインティアの貴族は便利な携帯通信機を所持している。

 連絡は遠く離れていても、記録された相手とならどこにいても通信できる仕組みになっている。これも古代人が考え出した代物だ。

 退化した現代よりも古代人の方が、近代国家を築き上げている。

 もしもアルカイドも闇の精霊を迫害しなければ、きっとフロンティアのように、豊かで便利な国になっていただろう。そう考えるとレオンハルトは言いようのない消失感に見舞われる。

 いつか、この国全体を覆っている黒い雲が消えたなら、その時は自由に国中の遺跡調査をさせてもらえるだろうかと考えていた。

 明るい未来の為にも、この呪いは解かなくてはならない。

 
 紫蘭宮の調査資料を眺めていると、部屋に案内されたリリエンヌはいつに無く取り乱していた。

 目覚めないベアトリーチェがよほど心配だったのだろう。

 「ベティの様子は…」

 「今のところ外傷はないようだが、何があったか分からない。俺がついていながらこんなことになってしまって、すまない」

 「一体、何があったの?」

 リリエンヌの問いにレオンハルトは、紫蘭宮での出来事を話した。

 

 
感想 35

あなたにおすすめの小説

そんなに幼馴染を優先したいですか? あなたの隣はいりません

夏生 羽都
恋愛
 レーデン王国、王立学院の貴族科に通うセレスには、想い人であり婚約する予定の辺境伯家次男のヒューゴがいる。しかし騎士科に通うヒューゴの隣には彼の幼馴染みであり、侯爵家令嬢のニーナがいつもいるのだった。  子爵家に後見をしてもらう事で学院へ通っているセレスは、高位貴族であるニーナとヒューゴに強く言えず、二人の距離が近過ぎても見ている事しかできなかった。  ヒューゴとの交流会の日、セレスはヒューゴと観るために両親が送ってくれた歌劇のチケットを用意していたのだが、ヒューゴに付いてきたニーナにチケットを強請られてしまう。 「ニーナに譲ってくれないか?」ヒューゴのひと事でチケットを譲る事になり、帰りの馬車がないセレスは徒歩で帰る事になる。日が落ちかける街の中を歩くセレスは、帰り道が分からずに迷子になってしまう。そんなセレスを偶然見かけて声をかけてくれたのが、帝国からの留学生でセレスと同じクラスのアルウィンだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になる方は、ブラウザバックをお願い致します。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

十八年前の赤子の取り違え——婚約破棄された「養女」が、公爵家のただ一人の正統な令嬢だと判明した日

歩人
ファンタジー
メリルは、レイクハート公爵家に引き取られた「遠縁の養女」として育った。社交界に出ることも許されず、領地の治療院で病人の世話に明け暮れる日々。義姉ソフィアが王家に嫁ぐまでの「つなぎ」として第二王子の仮の婚約者に立てられても、メリルは「いずれ退く身代わり」と承知していた。 けれど治療院に通う第二王子リオネルと、メリルは本当に心を通わせてしまう。義姉ソフィアと後見人ライラは「養女が分を超えた」と激怒し、婚約を破棄してメリルを治療院ごと辺境へ追放した。 だが、辺境で疫病が広がったとき、王都は気づく。病を癒せる「聖癒」の力を持つ者が、もう一人も残っていないことに。 十八年前、ひとつの嘘があった。公爵令嬢の赤子と、後見人の娘の赤子がすり替えられていたのだ。社交界の令嬢ソフィアではなく——治療院の「養女」メリルこそが、公爵家のただ一人の正統な令嬢だった。 日陰で生きてきた手が、王国を救う。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

夫の幼馴染に家も財産も奪われたので、彼女が捨てた兄妹を連れて出ていきます〜辺境伯家の住み込み家政婦になった今、戻れと言われてももう遅い~

他力本願寺
ファンタジー
夫の幼馴染に家も財産も奪われ、身一つで追い出されたアリシア。 しかし雨の宿場町で、その幼馴染が実子の幼い兄妹を置き去りにした現場を目撃する。 「私が守る」――血の繋がらないエミルとリリィを連れ、彼女は辺境伯家で住み込み家政婦として生き抜くことを選んだ。 帳簿と観察力、揺るぎない実務能力を武器に屋敷を立て直し、偏屈だが真っ直ぐな辺境伯ヴィルヘルムの信頼を得るアリシア。 子どもたちに「先生」と呼ばれ、家族のような温かさに包まれながら、彼との心の距離も静かに縮まっていく。 やがて王都から元夫と幼馴染が「戻ってきてほしい」と懇願してくるが――。 アリシアは静かに微笑み、こう告げた。 「もう、遅いわ」 追放された有能妻が、子どもたちとの家族愛と辺境伯との恋で本当の幸せを掴む、ざまぁと甘さの両方を味わえる完全復讐再生ラブストーリー。

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。