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厄災の花嫁編
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その黒塗りの門を潜ると暗闇だけが広がる世界だった。そして目の前に大きな赤い目だけが光っている。
──獣の目だ!
イヴォナは、恐れおののいた。しかし、この世界に入った以上もう逃れられない運命だと受け入れるより仕方がない。
グルッグルルルルッ──。
獣は大きな牙を覗かせながらこちらに進んでいるように見えた。
食べられる。
イヴォナは自分が捕食者に捕食される弱者だと認めざるを得なかった。途端体中を駆け巡る痛みと嘔吐に襲われた。
ガハッ
イヴォナはドロッとしたものを吐いた。ヌルヌルとした感触のそれは錆びた鉄の匂いがしたのだ。どうやら自分は血を吐いたようだと理解した。
ああ、自分は死ぬのか。そう考えれば、何故こんな目に遭うのか全く分からなかった。せめて自分の身に何が起こったのか最後に知りたい気持ちで一杯になったのだ。
「大丈夫か?何故、お前のような澄ん魂が穢れのあるこの地に来たのだ」
優しく問いかけるように低く囁く声は、この獣から発せられていた。
だが、あまりの痛みと恐怖でイヴォナは意識を手放した。
次にイヴォナが目覚めると、白い空間にいた。その空間には大きな窓がついていた。そこから見える景色は外界を映していた。窓はいくつもある。
「気が付いたか?」
その部屋ともいえないような空間に見たことも無い男が入ってきた。男は黒髪で赤い瞳の長身の美麗な男だった。
「貴方は誰ですか?」
「俺は『厄災の獣』と呼ばれている」
「ならば私は死ぬのでしょうか」
「このままでは数刻も持たないだろう。そもそもお前は選ばれていない。選ばれるはずがないのだ」
「それはどういうこうとなのですか?」
イヴォナには聞きたいことが沢山あった。一番に聞きたいことは自分が『厄災の花嫁』に何故選ばれたかという事だった。
「お前に選ばせてやる。このまま死ぬのか、それとも復讐を望むのかをな」
「復讐……?」
イヴォナはその言葉には無縁の存在だった。誰かを憎んだこともない。憐れな身の上の伯爵令嬢。それがイヴォナという存在だった。
私が13才の時に両親が相次いで流行病で亡くなった後は、後見として叔父が伯爵家にやってきた。特に虐待なども受けた覚えはない。ただ、大切にされた。亡き王妃様が母の親友だった事もあり、ゆくゆくは王妃様付きの侍女として身を立てられるように配慮もしてもらえた。王太子レンドル殿下は6歳年下でよく遊び相手をしていた。
14歳の時に王妃様から公爵家の嫡男との縁談を取りもってもらえた。見目麗しい婚約者マテウス・ドメイク様にエスコートされデビュタントに出席すると令嬢らから羨ましがられた。ただ、彼には美しい義妹イザベラがいた。彼のイザベラを見る目は妹としてではなく女に向けるような視線だった。
それでもいずれは妻となるのは自分だと信じていた。彼女の誕生日も私と同じだったのだ。
あの日、厄災の花嫁を選ぶ時、何故か彼女の姿が見えなかった。きっと病か何かで来られなかったのだと思っていた。儀式の後、連れて者の中には該当者がいなかったはずなのに、なぜか私に決まったと知らせが入ってその日に国王陛下の命令で、黒塗りの門を潜らせられた。多くの貴族の見守る中、私の目に映ったのは婚約者と隣にいる義妹イザベルの姿が目に焼き付いた。多くの人たちの憐れむような目ではなく蔑みと嘲笑を含んだ瞳が忘れられない。
あの時、一体私の身に何が起こったのか分からなかった。今もこうしてこの世界にいても分からない事だらけなのだ。
厄災の獣は私に選べと復讐とは一体、誰に、何に対しての事なのだろう。
私の頭には何も浮かばなかったのだ。
──獣の目だ!
イヴォナは、恐れおののいた。しかし、この世界に入った以上もう逃れられない運命だと受け入れるより仕方がない。
グルッグルルルルッ──。
獣は大きな牙を覗かせながらこちらに進んでいるように見えた。
食べられる。
イヴォナは自分が捕食者に捕食される弱者だと認めざるを得なかった。途端体中を駆け巡る痛みと嘔吐に襲われた。
ガハッ
イヴォナはドロッとしたものを吐いた。ヌルヌルとした感触のそれは錆びた鉄の匂いがしたのだ。どうやら自分は血を吐いたようだと理解した。
ああ、自分は死ぬのか。そう考えれば、何故こんな目に遭うのか全く分からなかった。せめて自分の身に何が起こったのか最後に知りたい気持ちで一杯になったのだ。
「大丈夫か?何故、お前のような澄ん魂が穢れのあるこの地に来たのだ」
優しく問いかけるように低く囁く声は、この獣から発せられていた。
だが、あまりの痛みと恐怖でイヴォナは意識を手放した。
次にイヴォナが目覚めると、白い空間にいた。その空間には大きな窓がついていた。そこから見える景色は外界を映していた。窓はいくつもある。
「気が付いたか?」
その部屋ともいえないような空間に見たことも無い男が入ってきた。男は黒髪で赤い瞳の長身の美麗な男だった。
「貴方は誰ですか?」
「俺は『厄災の獣』と呼ばれている」
「ならば私は死ぬのでしょうか」
「このままでは数刻も持たないだろう。そもそもお前は選ばれていない。選ばれるはずがないのだ」
「それはどういうこうとなのですか?」
イヴォナには聞きたいことが沢山あった。一番に聞きたいことは自分が『厄災の花嫁』に何故選ばれたかという事だった。
「お前に選ばせてやる。このまま死ぬのか、それとも復讐を望むのかをな」
「復讐……?」
イヴォナはその言葉には無縁の存在だった。誰かを憎んだこともない。憐れな身の上の伯爵令嬢。それがイヴォナという存在だった。
私が13才の時に両親が相次いで流行病で亡くなった後は、後見として叔父が伯爵家にやってきた。特に虐待なども受けた覚えはない。ただ、大切にされた。亡き王妃様が母の親友だった事もあり、ゆくゆくは王妃様付きの侍女として身を立てられるように配慮もしてもらえた。王太子レンドル殿下は6歳年下でよく遊び相手をしていた。
14歳の時に王妃様から公爵家の嫡男との縁談を取りもってもらえた。見目麗しい婚約者マテウス・ドメイク様にエスコートされデビュタントに出席すると令嬢らから羨ましがられた。ただ、彼には美しい義妹イザベラがいた。彼のイザベラを見る目は妹としてではなく女に向けるような視線だった。
それでもいずれは妻となるのは自分だと信じていた。彼女の誕生日も私と同じだったのだ。
あの日、厄災の花嫁を選ぶ時、何故か彼女の姿が見えなかった。きっと病か何かで来られなかったのだと思っていた。儀式の後、連れて者の中には該当者がいなかったはずなのに、なぜか私に決まったと知らせが入ってその日に国王陛下の命令で、黒塗りの門を潜らせられた。多くの貴族の見守る中、私の目に映ったのは婚約者と隣にいる義妹イザベルの姿が目に焼き付いた。多くの人たちの憐れむような目ではなく蔑みと嘲笑を含んだ瞳が忘れられない。
あの時、一体私の身に何が起こったのか分からなかった。今もこうしてこの世界にいても分からない事だらけなのだ。
厄災の獣は私に選べと復讐とは一体、誰に、何に対しての事なのだろう。
私の頭には何も浮かばなかったのだ。
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