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オースティン
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かの国は行商人が多く、他国との交易によって国を栄えさせてきた。
オースティンは、自身の治療を受けながら、商人として身を立てることにした。
消息が途絶えて、最早生きていないと判断したルドヴィックは、オースティンが死亡した事を一年後、国中に知らせた。
この瞬間からオースティンは、国王ではなく平民となったのだ。
そんなことはどうでも良かった。
オースティンには確固たる目標があったからだ。
それはエレオノーラとの約束を守ること。
助けてもらった商人の店で、下働きとして雇ってもらい、初めて人に頭を下げ教えを請い、商いを学んでいった。
オースティンは貪欲に学び、確実にものすごい速さで身につけていった。
今までは侍女や侍従たちに囲まれて、身支度一つ出来なかったが、頭を打って記憶喪失を装い、親切な商人らと平民としての暮らしに慣れていく内に、一月あればある程度のことは出来るようになっていた。
もともと外国語や読み書き、計算等の能力はある。
商会で重宝される様になると、今度は自分で商会を立ち上げて、自身で交易を始めた。
それは偶然、行商人時代に隣国のハーメリックが襲撃に合っている所に出くわしてしまい、オースティンの運命が変わっていくことになる。
旧友の窮地に見て見ぬ振りも出来ないオースティンは、結局、その手に再び剣を握って応戦した。
結果、襲撃者らを取り押さえられたが、褒賞を与えると言われて、ハーメリックの御前に召されたのが運の尽き、ハーメリックは、
『おや?行方不明の死者殿が、こんな所にいるとは驚きだ』
そう言って、以降オースティンを何かと宮中に呼び出すものだから、当然、隣国の貴族は訝しむ。
そんな事などお構いなしに、ハーメリックは強引にオースティンに爵位を与えて、囲い込むことにした。
オースティンもエレオノーラとの将来に爵位は何れ必要になるだろう。そう考えて了承したのだ。まあ、しつこいハーメリックの勧誘に負けてしまったという点は否めない。
こうして、オースティンは隣国で男爵から侯爵までのし上がっていった。
そんな時、母国の噂話が舞い込んで来たのは……。
弟王ルドヴィックの愚行を耳にした時には、頭の血がキレそうになるほど怒りが湧いて、今すぐにルドヴィックを殴り倒してエレオノーラを救い出したかった。
しかし、彼女からの合図はない。
どうすることも出来ないまま時だけが過ぎていったある日、母国の式典に参加する事になったハーメリックは、従僕の一人としてオースティンを伴った。
『気になる彼女の様子を見に行けばいい』
ハーメリックは面白そうにオースティンにそう告げたのだ。
何でも器用に熟すハーメリックにとって、オースティンの存在は退屈を紛らわせる娯楽の様なものだったのかもしれない。
ともあれ、オースティンはハーメリックに勧められるままに、従僕の一人となって母国に秘密裏に帰国したのだ。
神殿での式典で久々に見たエレオノーラの変わり果てた姿に驚いた。
彼女の幸せを願っていたのに……。
こんな痩せ細って顔色の悪い痛々しい彼女を見るくらいなら、父王に逆らってでも連れて逃げれば良かったのかとオースティンは後悔した。
そして、最後に神殿の祭壇にエレオノーラが捧げた花は黒いセントロゼリアだった。
オースティンにはその花が今のエレオノーラの境遇を示しているように見えたのだ。
───誰か私をここから出して……。
誰もいなくなった神殿の祭壇の捧げられた花を見て、オースティンは言葉にできないエレオノーラの心の内を知った気がした。
その夜、密かに公爵邸を訪ねたオースティンは、公爵にエレオノーラを隣国に連れて行く計画を話す。だが、オルドレインには話さない事を公爵に約束させられた。
親として将来ある息子を巻き込むことを躊躇ってのことだった。
次の日エレオノーラは予定通り、王宮を去り、久々に公爵邸に帰ってきた。その日が家族として最後の夜になるとも知らないで、エレオノーラもオルドレインも家族揃っての団欒を楽しんでいた。
翌日、エレオノーラは公爵領に向けて馬車を走らせていた。
その背後に魔の手が潜んんでいることも知らずに、馬車はゆっくりと森を抜け、山岳地帯の細い道に差し掛かった時にそれは現れた。
覆面姿の男達と一緒に破落戸の様な風体をした男達に馬車は囲まれてしまったのだ。
オースティンは、自身の治療を受けながら、商人として身を立てることにした。
消息が途絶えて、最早生きていないと判断したルドヴィックは、オースティンが死亡した事を一年後、国中に知らせた。
この瞬間からオースティンは、国王ではなく平民となったのだ。
そんなことはどうでも良かった。
オースティンには確固たる目標があったからだ。
それはエレオノーラとの約束を守ること。
助けてもらった商人の店で、下働きとして雇ってもらい、初めて人に頭を下げ教えを請い、商いを学んでいった。
オースティンは貪欲に学び、確実にものすごい速さで身につけていった。
今までは侍女や侍従たちに囲まれて、身支度一つ出来なかったが、頭を打って記憶喪失を装い、親切な商人らと平民としての暮らしに慣れていく内に、一月あればある程度のことは出来るようになっていた。
もともと外国語や読み書き、計算等の能力はある。
商会で重宝される様になると、今度は自分で商会を立ち上げて、自身で交易を始めた。
それは偶然、行商人時代に隣国のハーメリックが襲撃に合っている所に出くわしてしまい、オースティンの運命が変わっていくことになる。
旧友の窮地に見て見ぬ振りも出来ないオースティンは、結局、その手に再び剣を握って応戦した。
結果、襲撃者らを取り押さえられたが、褒賞を与えると言われて、ハーメリックの御前に召されたのが運の尽き、ハーメリックは、
『おや?行方不明の死者殿が、こんな所にいるとは驚きだ』
そう言って、以降オースティンを何かと宮中に呼び出すものだから、当然、隣国の貴族は訝しむ。
そんな事などお構いなしに、ハーメリックは強引にオースティンに爵位を与えて、囲い込むことにした。
オースティンもエレオノーラとの将来に爵位は何れ必要になるだろう。そう考えて了承したのだ。まあ、しつこいハーメリックの勧誘に負けてしまったという点は否めない。
こうして、オースティンは隣国で男爵から侯爵までのし上がっていった。
そんな時、母国の噂話が舞い込んで来たのは……。
弟王ルドヴィックの愚行を耳にした時には、頭の血がキレそうになるほど怒りが湧いて、今すぐにルドヴィックを殴り倒してエレオノーラを救い出したかった。
しかし、彼女からの合図はない。
どうすることも出来ないまま時だけが過ぎていったある日、母国の式典に参加する事になったハーメリックは、従僕の一人としてオースティンを伴った。
『気になる彼女の様子を見に行けばいい』
ハーメリックは面白そうにオースティンにそう告げたのだ。
何でも器用に熟すハーメリックにとって、オースティンの存在は退屈を紛らわせる娯楽の様なものだったのかもしれない。
ともあれ、オースティンはハーメリックに勧められるままに、従僕の一人となって母国に秘密裏に帰国したのだ。
神殿での式典で久々に見たエレオノーラの変わり果てた姿に驚いた。
彼女の幸せを願っていたのに……。
こんな痩せ細って顔色の悪い痛々しい彼女を見るくらいなら、父王に逆らってでも連れて逃げれば良かったのかとオースティンは後悔した。
そして、最後に神殿の祭壇にエレオノーラが捧げた花は黒いセントロゼリアだった。
オースティンにはその花が今のエレオノーラの境遇を示しているように見えたのだ。
───誰か私をここから出して……。
誰もいなくなった神殿の祭壇の捧げられた花を見て、オースティンは言葉にできないエレオノーラの心の内を知った気がした。
その夜、密かに公爵邸を訪ねたオースティンは、公爵にエレオノーラを隣国に連れて行く計画を話す。だが、オルドレインには話さない事を公爵に約束させられた。
親として将来ある息子を巻き込むことを躊躇ってのことだった。
次の日エレオノーラは予定通り、王宮を去り、久々に公爵邸に帰ってきた。その日が家族として最後の夜になるとも知らないで、エレオノーラもオルドレインも家族揃っての団欒を楽しんでいた。
翌日、エレオノーラは公爵領に向けて馬車を走らせていた。
その背後に魔の手が潜んんでいることも知らずに、馬車はゆっくりと森を抜け、山岳地帯の細い道に差し掛かった時にそれは現れた。
覆面姿の男達と一緒に破落戸の様な風体をした男達に馬車は囲まれてしまったのだ。
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