【完結】「さよなら」は始まりの挨拶~あなたは今、幸せですか?~

春野オカリナ

文字の大きさ
14 / 15

エレオノーラの行方

しおりを挟む
 馬車の外でキーンと剣と剣が交わっている音が聞こえてくる。

 段々とその音が激しさを増して、遂にはピタリと止んだ。

 静まり返った外から一人の男の声がエレオノーラの耳朶を打つ。

 懐かしいその声にエレオノーラは歓喜した。

 「オースティン陛下…」

 その呟きに呼応するように、

 「エレオノーラ約束通り迎えに来たよ」

 馬車の扉が開き、そこにはエレオノーラが長い間待っていた人物が手を差しだしている。

 エレオノーラはその手に自分の手を兼ねた瞬間。

 掴んでグイッと体を力強く引き寄せられた。

 「ああ…会いたかった。長かった。この数年が永年の様に感じられたよ」

 「わたくしも…」

 オースティンの言葉にエレオノーラも頷いた。

 二人は暫し、離れ離れになった長い月日を埋めるかのように見つめ合っていた。

 傍に控えていた護衛から声を掛けられると、オースティンは直ぐに指示を出した。

 公爵家から連れてきた侍女や護衛は別の馬車で領地に行かせ、エレオノーラが乗ってきた馬車を崖から落とした。

 その際に襲ってきた破落戸の死体も一緒に落としたのだ。

 勿論、侍女の予備の服や護衛の服も一緒に。

 こうして、エレオノーラは行方しれずとなった。

 オースティンはエレオノーラを自分の屋敷に連れ帰ったが、途中意識を手放してしまった。

 急いで、医師を呼んで診察させる。

 「ご婦人は、身籠っておいでの様です。心当たりはおありですか?」

 そう聞かれ、オースティンは静かに頷いた。

 この間まで、エレオノーラはルドヴィックの妻だった。閨事もあるだろうとは予測していた。が、実際に懐妊したエレオノーラを目の当たりにすると、心の奥がツキンと痛む。

 オースティンは、本音を隠して妊娠初期のエレオノーラに出来るだけ優しい言葉を選んだ。今の自分にはそうするしかなかったからだ。

 もっと早くにエレオノーラを連れ出せていたら、今、彼女のお腹の子は自分の子だったかもしれない。

 そう考えると複雑な心境だった。

 それでも、生きて再び彼女と再会出来た事の方が何倍も嬉しい。

 オースティンは気持ちを切り替えて、もう一度エレオノーラに告げる。

 「誰の子だろうと構わない。これからも変わらず君を愛し続ける。だから、これから残りの人生を俺にくれないか」

 エレオノーラもオースティンの必死さは握られた手の強さで理解できた。

 オースティンの顔をじっと見つめて微笑んだ。

 「わたくしでよければ…」

 「他の誰でもない。君だからいいんだ」

 オースティンは、寝台に横たわるエレオノーラをゆっくりと着実に優しく抱きしめた。お腹の子が苦しまないように配慮したのだ。

 その後、二人は隣国で挙式を挙げた。エレオノーラの顔は既に知られていたが、ハーメリックは特に咎めなかった。

 離婚した他国の元王妃が何処で誰と住もうが彼にとってはどうでもいいことで、むしろ自国に優秀な人間が増えた事の方が喜ばしいことなのだ。

 エレオノーラは、月足らずで女の子を出産した。

 色々な事が重なって、エレオノーラ自身も分かっていない程、心と体が疲弊していたのだろうと医師から言われた。

 それでも生まれた娘はすくすくと元気に育っていく。その姿はエレオノーラによく似ていた。

 子供の本当の父親が誰であれ、エレオノーラとオースティンにはどうでもよかったのだ。

 ようやく、離れ離れになった二つの思いが重なったのだから。

 二人は、初めての娘を愛しんで育てた。

 オースティンも自分の娘だと思いながら。

 初めての子育てを楽しいでいた。

 そして、更なる喜びが二人を待っていた。

 本当の二人の子供がエレオノーラの腹に宿ったのである。

 姉になることを喜ぶ娘。

 本当の父となる喜び、再び可愛い赤子を楽しみに待つ日々は3人にとって、幸せな毎日だったのだ。

 やがて月満ちて生まれた赤子は、父親に似ていた。

 そして、別れた元夫にも似ているのだ。

 複雑な想いを胸にエレオノーラは、どうかこの子たちが幸せになれますようにと祈る。

 そんな願いも空しく、エレオノーラはまた、母国に足を踏み入れることになった。
 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

それは確かに真実の愛

宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

気づいたときには遅かったんだ。

水瀬瑠奈
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……

小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。 この作品は『小説家になろう』でも公開中です。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

嘘の誓いは、あなたの隣で

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。 けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。 噂、沈黙、そして冷たい背中。 そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、 一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。 ――愛を信じたのは、誰だったのか。 カルバンが本当の想いに気づいた時には、 もうミッシェルは別の光のもとにいた。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

処理中です...