見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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 泉の水を掬うように、クラリーチェ様は浮かんでいる光を両手で捉えました。

 すると、クラリーチェ様が手にした光だけを残して、泉を照らしていたすべての光が一斉に消えてしまいました。

 泉の水面もぴたりと揺らがなくなり、真っ暗な穴が口を開いたようにも見える中、ボールほどの大きさの光を持ったクラリーチェ様が佇んでいる姿だけが浮かびあがります。
 緊張に、クラリーチェ様が呼吸も忘れているのが見てとれました。

 長い時間そうしていたようにも、ほんの一瞬のことのようにも思える沈黙の後。

 クラリーチェ様の手の甲からゆっくりと滑り落ちた水滴が、驚くほど鮮明な音を響かせて水面に触れた瞬間、泉に波紋を描くのと同じように、ボールほどだった光がぶわりと膨れあがってクラリーチェ様の体すべてを包み込みました。

「クラリーチェ!!」
「クラリーチェ嬢!!」

 思わずと言ったように、フェリックス様やお兄さまたちが声をあげましたが、

「ダメ!」

 今にも泉に飛び込みそうな彼らをセーラ様が引き留めました。

「大丈夫だから!
 何か話してるみたい」

 わたくしたちには何も聞こえてはおりませんが、セーラ様には光が──あれが一番星の煌めきということであれば、はじめの星がクラリーチェ様に語りかけている声が聞こえているようです。

 確かに、何か訴えるように星の光は大きくなったり小さくなったり形を変えて、そのうち感情表現が豊かなジェスチャーをしているようにも見えてきました。

 光の中にいるクラリーチェ様も、答えるように頷いたり首を振ったりしているのがぼんやりとではありますが窺えますから、すぐに何かの危険があるということはなさそうです。

「いったい何を話しているんだろう?」

 話し込んでいるような二人(?)に、殿下が尋ねるようにセーラ様へ目を向けますが、セーラ様は首を振りました。

「言葉っていうより、強い気持ちみたいのがどんどん入ってくるような感じだから、会話の内容まではわかんない」
「強い気持ち?」
「うーん!言葉にするのむずかしい!」

 伝わることはあるのに言語化することが難しいようで、セーラ様はじれったいようにジタバタと足踏みをしました。

 そんな所作も可愛らしいと感心していると、クラリーチェ様を包む光が収縮をはじめ、最初の大きさに戻りました。
 手のひらの上で浮かんでいたようだったのが、今は質量を持ってクラリーチェ様の両手に収まっております。
 遠目にも、それが宝石のように輝いて、丸みを帯びているのがわかりました。

(ヒュンヒュンってなって、宝石みたいのが出てきた……)

 エリサ様の日記の一文を思い出しながら、クラリーチェ様が泉から岸にあがるのを見守っていると、まずはシルヴィオ様が宝石箱のような天鵞絨を敷いた木箱の中に星を受け取り、次いでフェリックス様が泉の中からクラリーチェ様を抱き上げました。

(まあ!お姫様抱っこですわ!)

 驚いているのはわたくしだけではありません。
 クラリーチェ様も目をまん丸にして固まっております。

 濡れた足や服を拭くものもありませんし、岩肌に裸足で立たせることに気が引けたのか、とにかく労うための行為なのかもしれませんけれど、フェリックス様が意外と力持ちなことに驚けばいいのか、おそらくクラリーチェ様本人やわたくしが思っていた以上にフェリックス様が彼女を思いやっていたことに喜べばいいのか、とにかく乙女ゲームのスチルイベントのような展開に胸がドキドキといたします。

(ようなではなく、乙女ゲームなのでしたわ!)

 相手がなぜかセーラ様ではありませんけれど、クラリーチェ様だってぜんぜんかまいませんわね!

(フェリックス様にはじめてときめきを感じました)

 わたくし相手にしていることではありませんが、恥ずかしそうに今すぐにでも降りたそうになさっているクラリーチェ様に、「大人しくしてて」と取り合わずに強引になだめているのも、なかなか乙女ゲームの攻略キャラクターっぽくてぐっときてしまいます。

 当の乙女ゲームのヒロインであるはずのセーラ様も、素敵なシチュエーションを目の当たりにして目を輝かせてテンションを上げております。

(セーラ様とわたくし、相容れないかと思っておりましたけれど、もしかして分かりあえるかも?)

 いつか一緒にどなたかの恋の応援などしてみたら楽しそうです。

(は!思わず脱線してしまいましたけれど!星!星ですわ!)

 そちらはそちらで、殿下とシルヴィオ様、お兄さま、ラガロ様が宝石箱を覗き込んで、触れてもいいものか悩んでおりました。

「……取り込み中のところ悪いけど、クラリーチェ嬢、これで星の回収はできたということでいいのかな?」

 フェリックス様に抱きかかえられたまま、両手で顔を覆ってしまっているクラリーチェ様に、お兄さまが申し訳なさそうに声をかけました。

「………………ぃぇ」

 小さな声が指の隙間からこぼれてきました。

「まだダメ?」

 否定の声を拾って、フェリックス様が問いかけると、

「…………何か、力の形を定めなければならないそうです」

 思いきりフェリックス様から顔を逸らしながらですが、クラリーチェ様がようやく何が起こっていたかを話しはじめてくださいました。

「カルロ・サジッタリオ様が特別な力を手に入れたように、星の持つ力をひとつの形にしないと、この夜が明けるとともにこの星は霧散してしまうそうです。
 そうなってしまえば、星の災厄を阻止する力も消えてしまうのでは?」
「力を形に」
わたくしもどんな力が欲しいのか訊ねられたのですけれど、とくに思い浮かばず、困らせてしまったようですわ」

 流れ星に願いをかけると叶えてくれるというのは前世の世界でのお話でしたけれど、この星も何かの力をくれるという縛りはありますが、願い事を叶えてくれる性質のもののようです。

 十二貴族の始祖となる皆さまは、星の光に形を与える代わりに、それぞれ特別な力を手に入れられたのですわね。
 当時は群雄割拠の戦国時代ですもの、手に入れたい力は枚挙にいとまがないほどでしたでしょう。
 サジッタリオ家の軍略で戦いを終わらせた後の国の治世まで、星の力にかなり助けられていることは歴史からも明らかです。

(星は十二個、力を手に入れたのは十二貴族……バルダッサーレ様は力が欲しくはなかったのでしょうか)

 ふとそんなことに気がつきましたけれど、彼がステラフィッサの建国王となっている事実からも、力がなくても、自ら力を分け与えるような人望のほうが、きっと一国を率いるには必要だったのでしょう。

(さて、平和なこのご時世、どんな力が欲しいかと問われてすぐには出てこないのもわかりますけれど、たとえばフェリックス様に振り向いてもらえるようなそんな力をクラリーチェ様は思い描かなかったのかしら)

 どういう作用の力になるのかはわかりませんけれど、長い片想いをされているのでしたら、そんなことを考えても不思議はないように思います。

「どんな力が欲しいか、か。
 確かに咄嗟には思い浮かばないね」
「星の災厄を止めるにしても、十二貴族の力を考えればそれに固執する必要もなさそうですが」

 殿下とシルヴィオ様で力の方向性について考えをまとめているようですが、星の災厄との関連性が薄いということでしたら、さらに選択肢が広がって難しい判断になりそうです。

「力の形には相性もあるそうです。
 この星は、真っ直ぐな形が好ましいと仰っていて、わたくしの心を見透かしたような提案もしていただいたのですけれど、それは、自分で叶えなければ意味がないものでしたので……」

 ちらりと、クラリーチェ様がフェリックス様を盗み見たのがわたくしからは見て取れました。

(愛は自らも掴み取るもの!でしたわね!)

 サジッタリオ家の家訓を思い出して、浅はかな自分が恥ずかしくなりましたわ。
 星の力を借りずとも、クラリーチェ様はご自身の力だけで恋を叶えたいのですわね。

(はぁ……ベアトリーチェお姉さまに続いて、つくづく恋とは眩しいものですわ)

 あまりにも真っ直ぐな気持ちに触れて、一度失ってしまったその情熱をわたくしも取り戻せるのか、羨む気持ちのほうが強くなりそうです。

「真っ直ぐな力ね……抽象的過ぎる気もするけれど」
「あまり悩む時間はないが」

 お兄さまとラガロ様も一緒に頭を悩ませておりますが、わたくしはなりゆきを見守るしかありません。

 乙女ゲームとして、ここはいったいどんな選択肢が出てくる場面になるのかしらと思い巡らせていると……

(あらあら?どうして、)

 誰も何も決めかねているはずなのに、箱の中の星の輝きが強まりました。
 突然明滅しはじめた星に、殿下たちも何事かと注目します。

「え、決まったの?!」

 セーラ様だけが星の意思を受け取ったようで、いったい誰が、どんな力を手に入れたいと願ったというのでしょう。
 星は殿下たちの意見がまとまるのを待つことなく、自身が気に入った力の形に収まることを決めたようです。

 光だけが大きく膨らみ、形を定めるように震えると、真っ直ぐな光線が一筋、こちらに向かって伸びてきました。

(え?わたくし??)

 何も考えていないはずでしたのに、しかも遠い空の下にいるのに、そんなことってありますかしら???

 驚いて光の行方に息を飲んでおりましたが、その輝きは手鏡を超えてくることはなく。

 光に包まれて真っ白になった鏡が次に映したのわたくしの横顔。

(ええ……?)

 混乱するわたくしが振り向くと、わたくしの鏡と対になっている映写機カメラをこちらに向けて、呆然と立っているファウストが、すぐそこにおりました。






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