見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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「……どういう意味だい?」

 アンジェロは、ベアトリーチェの言葉をすぐには理解できなかった。
 彼が、どんな顔をしているか。
 その問いかけにどういう意図があるのか掴みきれず、戸惑いを隠せなかったが、ベアトリーチェが冗談を言っているわけではないのはわかっている。
 ベアトリーチェは懸命に平静を装っているが、目の奥に怯えが見えた。
 誰を怖れているのか。
 彼────フォーリアだ。

「君には、彼がどんな風に見えているの?」

 心を落ち着かせるようにベアトリーチェの身体に腕を回し、傍目にはエスコートをしているように見せると、小さな声を拾えるようにできるだけ密着した。
 心配そうなセーラにはジョバンニに目配せして付き添わせ、できるだけゆっくりとエンディミオンたちのあとをついて行かせる。
 フェリックスを両脇から支えるようにシルヴィオとクラリーチェが続き、最後尾となった二人は殊更ゆっくりと歩き出した。

「はじめは、取立てて印象のない素朴な方に見えましたの。けれど以前にティア様とあの方のことをお話ししたことを思い出して……ティア様は、リオーネ伯爵様に似ているとおっしゃっていて、どこかにその面影を探すうち、段々と伯爵様のお顔立ちに似ているような気がしていたのです。
 ……でも、そのあとにヴィオラ様があまり似ているとは思わないともお話ししていましたので、どちらなのかしらとよく見ているうちに……」
「顔がわからなくなった?」

 アンジェロの言葉に、ベアトリーチェは曖昧に首を傾げた。

「わからない……というより、たくさんのお顔が、次から次へと現れるのです」

 フォーリアという人物を定める容貌がわからない。
 年若くも、老いた古木のようにも、艶かしい女性にも雄々しい男性にも見え、目まぐるしく変わっていく姿にベアトリーチェは怖気が走った。
 けれどアンジェロはもちろんエンディミオンもラガロも何事もないように会話をしている。
 自分が見ているものがなんなのか、ベアトリーチェにはわからなかった。
 ただ、たくさんの姿を持つフォーリアと呼ばれる得体の知れない存在が、自分たちをどこかに引き連れようとしているように感じた。
 会話の主導権は確かにアンジェロが握っているのに、まるで導かれるように、次のセリフが決まっているお芝居に入り込んだようでもあった。
 その感覚が何かわからないまま、ベアトリーチェは咄嗟にアンジェロの服の裾を掴んでしまったのだ。
 本当にこのまま付いて行っていいのか、ベアトリーチェの足は心に正直だった。

「……なるほど。
 私にはどうということもない、どこにでもいる気の良さそうな青年に見えていたけれど、今まで見ていたはずなのにこれと言って思い出せる顔がないな……」

 ベアトリーチェの話を聞きながら、アンジェロはフォーリアの顔を思い出そうとして失敗した。

「フォーリアという人物の振りをしている別人、か……けれど彼の話に嘘はないとラガロが判断しているし……」

 慎重に、アンジェロはフォーリアとの問答を反芻する。
 青年は名乗らなかった。
 ただエンディミオンが彼を見知っていたから、グラーノの従者のフォーリアだとわかった。
 それからあとは、グラーノの安否を心配する従者の立場で言葉を返し、ラガロの反応からも、彼がグラーノについて聖国からやって来たことは間違いなさそうだった。

「偽物だとして、エンディミオン殿下が見間違えるほどに似せていらっしゃったのでしょうか……それとも、幻術を……?」

 ここまで闇魔法で撹乱されてきたため、ベアトリーチェはその可能性も考えた。

「そうであればラガロが見抜けないはずがないかな。それにしても、異変を感じたのは唯一ベアトリーチェだけ、か……」

 仮にラガロを騙しおおせるほどの闇魔法を使っていたとして、ベアトリーチェだけに効かなかった理由がわからない。
 ここでフォーリアをよく見知っているのはエンディミオンだけだから、エンディミオンさえ欺くことができれば姿形を似せるだけで闇魔法を使うほどのことではない。
 けれど、ベアトリーチェは「顔がわからない」と言ったのだ。
 ひとつの顔に似せているのではなく、次から次へと顔が変わる……?
 幻術ではない、そんな魔法があるのだろうか。
 今さっき見たばかりのフォーリアの顔は、アンジェロの中ではもうなんの印象も残していない。
 違和感のないほどの、存在感の薄さ。
 そうとも受け取れるが、この切迫した状況でそれはありえるのか。
 ましてルクレツィアが他ならぬレオナルド・リオーネを引き合い出して話題にした、という事実がその印象と矛盾する。
 考えれば考えるほど、ポロポロとメッキがはがれるように、フォーリアという存在の整合性が失われていく。
 しっかりと疑い、ラガロの星を頼りに確認までしていたのに、その過程までまやかしのように覚束ないものになっていく。

「……ラガロの星が及ばないほどの力?」

 そんなものが存在するのか。
 そう考えてみて、ふと気がつく。
 闇魔法は無効化したが、王族の光属性にはラガロの星は効かない。
 ヴィジネー家の治癒、トーロ家の防御力、十二貴族に継承される特性で、わかりやすく魔法の作用があるのはこの二つだけ。どちらもあえて無効化させる必要がないものだが、ラガロが側にいても効力が失われることはない。
 
「それほどの力でも、ベアトリーチェには効かなかったというのがわからないな……」

 いくら考えても、結局そこで行き詰まってしまった。
 なぜベアトリーチェにだけ彼の姿がわからないのか。
 アンジェロの独り言のような疑問に、すぐ前を歩いていた三人の歩みが止まった。

「……フェリックス様?」

 引きずる足で、支えられるように歩いていたフェリックスが動かなくなったのだ。
 
「────フォーリアという人物像に、相反する二つの印象があったからだ」

 しばらく俯いたまま動かなかったフェリックスから、絞り出すような低い声で答えが返ってきた。

「何……?」

 アンジェロとベアトリーチェの話は三人にも届いていたようで、フェリックスに肩を貸していたシルヴィオは訳がわからないとクラリーチェを見たが、クラリーチェも首を振る。

「フェリックスは何か知っているのかい?」

 立ち止まったフェリックスを心配する素振りでアンジェロが側によると、フェリックスはさらに声を低くする。

「殿下とラガロを、アイツから引き離せ」

 フェリックスの言葉に、クラリーチェがすぐに声をあげた。

「エンディミオン殿下!フェリックス様が……!!」

 機転を効かせ、フェリックスに何かあったように叫べば、先を急いでフォーリアに付いて行った二人はすぐに振り返った。
 思ったより後続が遅れていることに驚いたようで、中間にいたセーラとジョバンニも一緒にアンジェロたちのところに駆け戻って来る。

「フェリックス、どうか、……っ?!」

 俯いたまま苦しそうにしていたフェリックスに声をかけようとして、エンディミオンはクラリーチェに体ごとアンジェロのほうに押しやられた。
 何事かわかっていなかったラガロだが、クラリーチェがフォーリアに殺気を向けているのに気付き、咄嗟に全員をかばうように前に出る。

「どういうことだ」
「あの方から引き離せと、フェリックス様が」

 ラガロとクラリーチェは並んで剣を抜いた。
 
「アンジェロ、何があったんだ」

 クラリーチェに力任せに押され、アンジェロに受け止められたエンディミオンは、動揺しながらも状況を理解しようと努める。

「彼は本当に、フォーリアという人物ですか?」
「え……?」
「私たちには無害に見えましたが、ベアトリーチェには彼が複数の姿に見えています。
 そしてフェリックスが、そんな魔法に心当たりがある、と」
「こんな状況で、そんな異様な魔法を使う人間が私たちの味方のわけがないな」

 今にも崩れそうなフェリックスの体を一人で支えながら、シルヴィオも険しい顔をフォーリアに向ける。
 簡単に信用し過ぎてしまった。
 それ自体が、何か悪い魔法の作用だというように。

「偽のフォーリアということ?けれどラガロは何も言わなかっただろう?」

 信じられないようにエンディミオンが振り返ると、駆け戻ってきたエンディミオンたちとは対照的に、慌てる様子もなくフォーリアは悠然と歩いてきた。

「止まれ」

 ラガロとクラリーチェに剣を向けられても、最初から何もかもわかっているように、えん然と笑みさえ浮かべている。

「君は、何者なんだい?」

 アンジェロが二人の隣りに立ち、今度こそ欺かれないように無表情で問うた。

「何者、とは?
 私はグラーノ様の忠実な従者でございます」
「フォーリアの名を騙っている別人ではなく、本人ということ?」
「グラーノ様から賜った名です。騙るような痴れ者がいれば容赦をすることはないでしょう」
「偽物ではなく、ご本人というわけだね。
 考えてみれば、グラーノ殿をあそこから連れ出せるのは彼がヴィジネー家の人間だと知っている者に限られる……私たち以外にはもう数えるほども居ない。君なんだろう?」
「グラーノ様には、安全なところでお休みいただいております」
「グラーノ殿の安否を心配した振りまでして私たちに近付いたのに、白々しいことだ」
「……なるほど。アンジェロ・ガラッシア。グラーノ様の血を引くとは言え、忌々しいほどにあの男に似ているな」

 それまで慇懃に振る舞っていたが、不意に笑みを消したフォーリアから畏まった雰囲気がなくなり、今まで見せていた素朴な青年の姿が消えた。

「?!」

 一昼夜かけて寝ずに王都からやって来た──そう思わせる薄汚れたボロボロの姿もかき消えた。
 目の前には、真っ黒な髪の、真っ黒な瞳をした、陰のような青年が、こちらを蔑む表情を隠そうともせずに立っていた。





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